デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
3款 東亜興業株式会社
■綱文

第54巻 p.491-495(DK540094k) ページ画像

明治42年8月18日(1912[1909]年)

是ヨリ先、栄一、外務大臣小村寿太郎及ビ総理大臣桂太郎ヲ訪ヒテ夫々要談シ、更ニ会社設立ニ関スル書類ヲ検閲スル等、当会社設立ノタメ尽力スル所アリ。

是日、東京銀行集会所ニ於テ、当会社創立総会開カル。栄一出席シ、議長トナリテ議事ヲ司宰シ、重役選定ニ当リテハ、取締役ニ古市公威外五名ヲ、監査役ニ大橋新太郎外一名ヲ指名ス。栄一、株主トナル。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四二年(DK540094k-0001)
第54巻 p.491-492 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四二年         (渋沢子爵家所蔵)
八月四日 曇又雨 暑
○上略 午前九時小村外務大臣ヲ官舎ニ訪ヒ、東亜興業会社設立ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
八月十二日 晴 暑
○上略 午前八時半桂総理大臣ヲ三田私邸ニ訪ヒ、益田氏ト共ニ東亜興業会社設立ノ事ヲ談ス、小村外務大臣来会ス○下略
八月十三日 晴 暑
午前七時起床入浴八時半シ○中略小村外務大臣ヲ官舎ニ訪ヒ、益田・古市氏等ト共ニ東亜興会業社ノ事ヲ談ス、後、外務省ニ抵リ石井次官・倉地政務局長《(倉知)》ト談話ス○下略
八月十四日 晴 暑
午前五時半起床○中略東亜興業会社成立ニ関スル書類ヲ検閲シ、且調印シテ白岩氏ヘ送付ス○下略
  ○中略。
八月十八日 半晴 暑
 - 第54巻 p.492 -ページ画像 
○上略 午飧後銀行集会所ニ抵リ、東亜興業会社創立総会ヲ開キ、要件ヲ議決ス○下略


渋沢栄一書翰 井上馨宛(明治四二年)八月一八日(DK540094k-0002)
第54巻 p.492 ページ画像

渋沢栄一書翰  井上馨宛(明治四二年)八月一八日   (井上侯爵家所蔵)
  ○本文略ス。
  八月十八日○明治四二年
                      渋沢栄一
    井上侯爵閣下
         侍史
○中略
  東亜興業会社之創立も今日百事決定之筈ニ御坐候、右等乍序申添候也


東京経済雑誌 第六〇巻第一五〇四号・第三九―四〇頁明治四二年八月 ○東亜興業株式会社創立総会(DK540094k-0003)
第54巻 p.492 ページ画像

東京経済雑誌  第六〇巻第一五〇四号・第三九―四〇頁明治四二年八月
    ○東亜興業株式会社創立総会
予て創業準備中なりし東亜興業株式会社創立総会は、十八日午後二時東京集会所《(銀行脱)》に開会、出席人員委任状三十九名《(共脱)》、此権利個数七千四百株にして、渋沢男発起人総代として議長席に着き、書記をして会社創立に関する事項報告書を朗読せしめ、一同異議なく承認し、次で取締役監査役の報酬に関する件は、益田孝氏の提議にて、重役総員に対し年三千円と議決し、更に重役選定の件は、大倉喜八郎氏の提議にて議長一任と決し、渋沢男は定款に於て七名以内の取締役、二名以内の監査役と規定しあるも、取締役は差当り六名、監査役は二名を以て至当と認め左の諸氏を推薦選定せり
△取締役 古市公威(社長) 小田切万寿之助 山本条太郎 門野重九郎 岩下清周 白岩竜平
△監査役 大橋新太郎 中島久万吉
次て商法第百卅四条に依る調査報告承認の件も異議なく承認を与へ、玆に東亜興業会社は滞りなく成立を告げたり、依て古市公威氏は株主を代表して、議長渋沢男は渡米の斯焦眉の間に迫り、頗る繁忙なるに拘らず、斯く会社創立に関し多大の尽瘁を賜はれるは一同の深く感謝する所なりと謝辞を述べ、二時半散会せり
  ○是月十九日、栄一、渡米実業団一行ヲ率ヰテ東京ヲ発ス。


銀行通信録 第四八巻第二八七号・第七四―七五頁明治四二年九月 ○東亜興業会社創立総会(DK540094k-0004)
第54巻 p.492-493 ページ画像

銀行通信録  第四八巻第二八七号・第七四―七五頁明治四二年九月
    ○東亜興業会社創立総会
対清企業団の発起に係る東亜興業会社にては、株式引受確定したるを以て、八月十八日東京銀行集会所に於て創立総会を開き、渋沢男爵会長席に着き、創立費の承認を得、取締役・監査役の報酬年額三千円を議決し、次で会長指名に依り左の諸氏を重役に選挙せり
 取締役 古市公威 小田切万寿之助 山本条太郎 門野重九郎 岩下清周 白岩竜平
 監査役 大橋新太郎 中島久万吉
斯くて最後に商法第百三十四条に依る調査報告の件を可決し散会せり
 - 第54巻 p.493 -ページ画像 
然るに重役中小田切・中島の両氏は何れも本務多忙の故を以て辞任を申出でしが、社長には古市氏就任することゝなれり○下略


東亜興業株式会社 営業報告書 損益計算書 貸借対照表 財産目録 損失金繰越案 第一年度自明治四十二年八月十八日会社設立至明治四十二年十二月三十一日 第三―五頁(明治四三年)刊(DK540094k-0005)
第54巻 p.493 ページ画像

東亜興業株式会社 営業報告書 損益計算書 貸借対照表 財産目録 損失金繰越案
    第一年度自明治四十二年八月十八日会社設立至明治四十二年十二月三十一日 第三―五頁(明治四三年)刊
    営業報告書
      第一 業務概要
一当会社ハ明治四十二年八月十八日創立総会ノ終結ニ因リテ成立シ、同月三十一日設立登記ヲ了セリ、而シテ此期間ニ於テ処理セシ事務ノ概要ヲ叙セハ左ノ如シ
 八月二十五日第一回重役会ヲ開催シ、日清起業調査会ヨリ従来同会ニ於テ調査シタル書類ノ引継ヲ受ケテ、之ヲ精査スルト共ニ、一面清国枢要ノ地ニ会社代表員若クハ嘱托員ヲ置キ、其報告ヲ求ムルコトトシ、爾後屡々重役会ヲ開催シテ重要ノ案件ヲ協議シ、苟モ当会社ノ目的トスル事業ニ対シテハ常ニ調査ヲ進メ、目下交渉中ニ属スルモノアルモ、未タ具体的ニ之ヲ報告スルノ時機ニ達セス
      第二 創立総会
一明治四十二年八月十八日東京市日本橋区坂本町四十番地東京銀行集会所ニ於テ当会社創立総会ヲ開ク、出席株主三十九人、此株数七千五百株、創立委員長男爵渋沢栄一会長席ニ著キ、会社創立ニ関スル事務ノ要項ヲ報告シ、次テ左ノ事項ヲ議決セリ
一会社創立ニ関スル発起人ノ報告ヲ承認スルコト
一取締役・監査役ノ報酬ハ年額金参千円トシ、事業ノ緒ニ著クヲ待チテ更ニ議定スルコト
一取締役ニ古市公威・小田切万寿之助・山本条太郎・門野重九郎・岩下清周・白岩竜平ノ六名、監査役ニ大橋新太郎・男爵中島久万吉ノ二名ヲ選任スルコト
一商法第百三十四条ニ依リ検査役ノ調査報告ヲ承認スルコト
      第三 役員
一明治四十二年八月十八日創立総会ニ於テ取締役ニ当選シタル古市公威・小田切万寿之助・山本条太郎・門野重九郎・岩下清周・白岩竜平ノ六名、又監査役ニ当選シタル大橋新太郎・男爵中島久万吉ノ二名中、小田切万寿之助ハ取締役ヲ、男爵中島久万吉ハ監査役ノ就任ヲ辞退シ、他ハ総テ就任ヲ承諾セリ
一明治四十二年八月十八日定款第二十六条ニ依リ、取締役ノ互選ヲ以テ、古市公威ヲ社長ニ選定ス
一明治四十二年十二月三十一日現在使用人員左ノ如シ
  書記  一人
  雇   一人


東亜興業株式会社 営業報告書 損益計算書 貸借対照表 財産目録 損失金繰越案 第一年度自明治四十二年八月十八日会社設立至明治四十二年十二月三十一日 第一一頁(明治四三年)刊(DK540094k-0006)
第54巻 p.493-494 ページ画像

東亜興業株式会社 営業報告書 損益計算書 貸借対照表 財産目録 損失金繰越案
    第一年度自明治四十二年八月十八日会社設立至明治四十二年十二月三十一日 第一一頁(明治四三年)刊
    東亜興業株式会社株主姓名簿
              明治四十二年十二月三十一日現在
 - 第54巻 p.494 -ページ画像 

図表を画像で表示東亜興業株式会社株主姓名簿

  株数    府県   株主姓名       株数   府県   株主姓名 一、〇〇〇  東京  男爵 三井八郎右衛門  三〇〇  東京     古市公威   五〇〇  同   男爵 岩崎小弥太    三〇〇  同   男爵 渋沢栄一   五〇〇  同      大倉喜八郎    三〇〇  大阪     鈴木馬左也   三〇〇  同      小田切万寿之助  二〇〇  東京     原田二郎   三〇〇  京都     大谷尊由     二〇〇  横浜     原富太郎   三〇〇  東京  男爵 高橋是清     二〇〇  東京     大橋新太郎   三〇〇  同      村井吉兵衛   ○中略   三〇〇  同      安田善三郎       人員 五十一人   三〇〇  同   男爵 松尾臣善     合計 株数 一万株   三〇〇  大阪     藤田平太郎       払込金額 弐拾五万円 




東亜興業株式会社 営業報告書 損益計算書貸借対照表 財産目録利益金分配案 第八期自大正五年一月一日至同年十二月三十一日 第一二―一五頁(大正六年)刊(DK540094k-0007)
第54巻 p.494 ページ画像

東亜興業株式会社 営業報告書 損益計算書貸借対照表 財産目録利益金分配案
        第八期自大正五年一月一日至同年十二月三十一日 第一二―一五頁(大正六年)刊
    東亜興業株式会社株主姓名簿 (大正五年十二月三十一日現在)

図表を画像で表示東亜興業株式会社株主姓名簿 (大正五年十二月三十一日現在)

  株数    府県   株主姓名       株数   府県   株主姓名 一、四〇〇  東京  三井合名会社社長    三〇〇  大阪  合名会社藤田組社長            男爵 三井八郎右衛門           男爵 藤田平太郎   五〇〇  同   男爵 岩崎小弥太    三〇〇  東京     桜井鉄太郎   五〇〇  同   男爵 大倉喜八郎    三〇〇  同   渋沢同族株式会社社長   三〇〇  同      岩上荘治郎                渋沢敬三   三〇〇  同      村井吉兵衛    三〇〇  大阪     鈴木馬左也   三〇〇  同      安田善三郎    二〇〇  横浜     原富太郎     人員 八十人            ○中略  合計 株数 一万株     払込金額 五拾万円 





〔参考〕青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和三年九月一四日(DK540094k-0008)
第54巻 p.494-495 ページ画像

青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和三年九月一四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
    東亜興業株式会社
  東亜興業株式会社設立の沿革並創立旨意の概要
明治四十年四月男爵渋沢栄一・近藤廉平・益田孝・大倉喜八郎の四君は対支経済事業の調査を以て目的とする日清起業調査会を設け、白岩竜平を幹事となし、爾来鉄道工事の請負、電気・鉄道及電話事業に関する借款の申込等に対し、会員は屡々会合を催し、実地の報告を徴し必要なる交渉を試みたるも、未だ之を事業の上に実現するに至らざりしに、其後故桂公爵・故小村侯爵の熱心なる主唱に依り、明治四十二年六月二十二日に至り、会員は支那に於ける官私の鉄道に材料及技師を供給し、又鉱山・造船・電気等に関する各種事業の調査設計引受及直接間接に該事業に投資し、又は資本の供給を為すを目的として、「シンヂケート」の性質を有する一会社を設立するの必要有利なるを認め、之を会員以外の同志に謀ることを決議せり、因て目論見書及定款の起草を為し、七月十三日東京・横浜・名古屋・大阪及神戸の同志者三十余名三井集会所に会合し、一同会社設立の議を可決し、定款調査委員を選定し、該委員会を七月十四日及同十六日に於て東京銀行集
 - 第54巻 p.495 -ページ画像 
会所に催し、目論見書及定款を調査の上二・三の修正を為し、株式は同志及賛成者に由りて其全部を引受け、公衆より募集せざることゝし同月二十日更に三井集会所に同志全部の協議会を催して之を報告し、目論見書及定款を確定し、出席者各自の引受株数を定め、欠席及賛成者に対しては引受株数を予想して夫々交渉することゝし、男爵渋沢栄一・近藤廉平・益田孝・大倉喜八郎・山本条太郎・大橋新太郎・古市公威・白岩竜平の八名発起人となり、創立事務を進行したる結果、七月二十五日株式引受の確定を見るに至り、次で八月四日総株式壱万株に対する第一回払込金壱株に付金廿五円の払込を完了し、同月十八日日本橋区坂本町四十番地銀行集会所に於て創立総会を開き、同月三十一日会社設立の登記を為せり
一、当会社資本金
 設立当時 金百万円
 第一回増資 大正六年三月十六日、資本金百万円を金参百万円に増加す
 第二回増資 大正七年四月四日、資本金参百万円を金弐千万円に増加す
一、国家に貢献したる事績
 国家に貢献したる事績としては、特に挙ぐべきものなきも、当社の支那事業に対して今日まで投資したる金額は約六千万円に達し、我邦の使命たる支那開発に資し、日支経済上の関係をして益々密接ならしめ、彼我共存共栄の精神を涵養し、国交上に於ても相当効果ありしものと認む
一、発起人の氏名
 男爵渋沢栄一・近藤廉平・益田孝・大倉喜八郎・山本条太郎・大橋新太郎・古市公威・白岩竜平
一、今日迄の事業概要及主なる投資者
 営業報告書参考(渋沢事務所に在り)