デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
4款 中国興業株式会社
■綱文

第54巻 p.534-535(DK540099k) ページ画像

大正2年7月9日(1913年)

是日栄一、中華民国使節孫宝琦・李盛鐸ヲ、飛鳥山邸ニ招キテ談話会ヲ催ス。是ヨリ先、是月二日、先ニ中華民国ニ赴キタル我実業団ノ主催ニテ、帝国ホテルニ招待午餐会開カル。栄一、歓迎ノ辞ヲ述ブ。


■資料

中日実業会社書類(二)(DK540099k-0001)
第54巻 p.535 ページ画像

中日実業会社書類(二)          (渋沢子爵家所蔵)
(写)
    創立委員会決定要領
                   大正二年七月二日
一、中国興業株式会社ニ対シ、孫宝琦・李盛鐸両氏ヨリ加入ノ交渉アリタルトキハ、孫文氏ト打合ハセ、成ルベク其加入ヲ許スコト《(ト脱)》ナスコト、尤モ孫文氏等トノ従来ノ関係ハ飽ク迄之ヲ維持スルコト
一、孫文氏ハ会社ノ総裁トナスコトニ関スル従来ノ成行ハ之ヲ維持スルコト
一、孫・李両氏ヨリ資本金増加其他組織変更ニ関スル申出アルモ之ヲ創立後ノ問題トナスヘキコト
        以上


当社の沿革 三(DK540099k-0002)
第54巻 p.535 ページ画像

当社の沿革 三             (中日実業株式会社所蔵)
○上略 袁氏は曾て実業視察を名として李盛鐸・孫宝琦の二氏を日本に派し、視察旁々当会社創立の状況等見聞し、将来北方政府が之に加入すべきを仄めかし帰燕せしが○下略
  ○中華民国ニ於ケル政情ハ、是年三月国民党ノ宋教仁ガ暗殺セラレシ以後孫文等南方派ハ再ヒ袁世凱ノ北方派ト反目、第二次革命ノ勃発ハ既ニ避ケ難キ状態ニアリ。即チ袁世凱ハ此ノ際国民党ト日本資本家トノ結合ヲオソレコノ間ノ消息ヲ探ランタメ、孫・李両使節ヲ特派セルモノナルベシ。