デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
5款 中日実業株式会社
■綱文

第55巻 p.16-18(DK550004k) ページ画像

大正4年5月18日(1915年)

是日、帝国ホテルニ於テ、当会社相談役会開カル。栄一出席シ、四月二十日北京ニ於テ開催サレタル当会社定時株主総会ニ列席セル副総裁倉知鉄吉ノ報告ヲ聴取ス。

爾後栄一、当会社ニ赴キテ、副総裁倉知鉄吉・専務取締役尾崎敬義ト要談シ、又、当会社ノ諸会合ニ出席スル等、当会社ノタメ尽力ス。


■資料

中外商業新報 第一〇三九七号大正四年四月一日 中日実業総会 廿日北京に於て(DK550004k-0001)
第55巻 p.16 ページ画像

中外商業新報 第一〇三九七号大正四年四月一日
    ○中日実業総会
      廿日北京に於て
中日実業公司は是迄東京に於て株主総会を開きしが、今回は四月二十日北京に於て定時株主総会を開くに決し、日本側よりは、倉知副総裁出席の為め十日頃東京発、北京に向ふ由、因に同公司は揚子江流域に於て近く四・五の事業に着手すべしと


集会日時通知表 大正四年(DK550004k-0002)
第55巻 p.16-17 ページ画像

集会日時通知表 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
四月二日  金 午前七、二〇時 東京駅発関西へ御旅行の予定
        午前      倉知鉄吉氏ト御会見ノ約(右列車内ニテ)
   ○中略。
四月十六日 金 午後三時    尾崎敬義、郷隆三郎両氏来約(兜町)
   ○中略
五月七日  金 午後五時    倉知鉄吉氏来約(兜町)
 - 第55巻 p.17 -ページ画像 
   ○中略。
五月十八日 火 午前十一時   中日実業会社ノ件(帝国ホテル)


渋沢栄一 日記 大正四年(DK550004k-0003)
第55巻 p.17 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
四月廿九日 晴
○上略 横堀技師、尾崎敬義氏ト共ニ来話ス、支那鉄鉱ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
五月十五日 晴
○上略 一時半平岡熙氏・倉知鉄吉氏来会、支那ニ於テ経営スヘキ事業ニ付種々ノ協議ヲ為ス○中略六時帝国ホテルニ抵リ、無所属代議士連ノ開催スル懇親会ニ出席ス、食卓ノ演説及食後ノ意見交換等アリ、一同胸襟披瀝シテ散宴ス、帰宿後倉知氏ニ電話シテ、其会同ノ模様ヲ井上老侯興津別邸ヘ伝言セシム
   ○中略。
五月十八日 曇
○上略 正午帝国ホテルニ抵リ、中日実業会社相談役会ニ出席シテ、倉知滞氏支中ノ要務ヲ報告セラル、午飧後尚雑件ヲ協議ス○下略
   ○中略。
六月八日 曇夕方ヨリ雨
○上略 午前十時事務所ニ抵リテ庶務ヲ処理ス、支那人徐錫驥氏来話ス、日中会社ノ野口同伴ス、会見シテ種々ノ談話ヲ為ス○下略
   ○中略。
六月廿三日 晴
○上略 四時麻布ニ井上侯ヲ訪フモ会見ヲ得ス、中日実業会社ニ抵リテ、倉知氏ト日支関係ニ付種々ノ談話ヲ為ス○下略
   ○中略。
六月廿六日 晴
○上略 午前十二時帝国ホテルニ抵リ、三島子爵ト会話ス、又藤瀬政次郎氏来リ、支那各地ニ於ル日貨排斥ノ近況ヲ演説ス、白岩竜平氏ハ日清汽船会社ノ営業景況ヲ話ス、来会者ハ中日実業会社重役及相談役ノ数名ナリ○下略
六月廿七日 晴
○上略 森恪氏北京ヨリ帰京セリトテ訪問セラル、同地ノ消息アリ、楊・李・孫其他ヨリノ伝言ヲ受ク○下略
   ○中略。
七月二日 晴
○上略 午後六時瓢屋ニ抵リ、中日実業会社ノ招宴ニ出席ス、支那公使劉賛参官来会ス、久濶ノ情ヲ叙シ、将来日支実業ノ進歩ニ関スル意見ヲ交換ス○下略


集会日時通知表 大正四年(DK550004k-0004)
第55巻 p.17-18 ページ画像

集会日時通知表 大正四年       (渋沢子爵家所蔵)
六月八日 火 午前十一時 徐錫驥氏来約(兜町)
   ○中略。
六月廿三日 水 午前十時 高木陸郎氏来約(兜町)
 - 第55巻 p.18 -ページ画像 
   ○中略。
六月廿六日 土 午前十一時 中日実業株式会社午餐会(ホテル)
   ○中略。
七月二日 金 午後六時 中日実業会社晩餐会(瓢屋)


渋沢栄一 日記 大正四年(DK550004k-0005)
第55巻 p.18 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年      (渋沢子爵家所蔵)
七月三日 曇
午前七時起床入浴朝飧ヲ畢リ○中略中日実業会社ニ抵リ、尾崎敬義氏ト共ニ、横堀博士ノ支那鉄鉱山ニ関スル視察談ヲ聞ク○下略
   ○中略。
八月七日 晴 当地ニ来リテ僅ニ今日ノ快晴ヲ得タリ
○上略 中日実業会社上海支店主任和田正世氏来話ス○下略
   ○栄一、八月二日箱根小涌谷ニ避暑、十二日帰京。
八月八日 曇
○上略 中日会社倉知氏ヘ、広東水害寄附金ノ事ニ付各方面ヘノ書状ヲ作リ、和田氏帰京便ニ托ス○下略
八月九日 曇
○上略 午飧後○中略中日会社上海支店長和田氏帰京スルトテ来訪セラル、依テ東京倉知氏・事務所増田氏ヘノ書状ヲ委托ス○下略
八月十日 曇
○上略 此ノ日時々雨降リテ気候清涼ヲ覚フ○中略午飧後中日会社倉知氏ヨリ来状アリ、広東水害寄附金ノ事ニ付事情ノ報告アリシモ、既ニ昨日出状シテ取扱方ヲ申遣シタレハ回答ヲ要セス○下略
   ○中略。
八月廿二日 朝来濃霧寸前ヲ弁セサルノ有様ナリ、但気候ハ秋涼ヲ増スヲ覚フ
○上略 夜飧後森恪氏来話ス、氏ハ近日出立シテ北京ニ帰任スル由ニ付、孫宝琦又ハ楊士琦其他ノ支那知友ニ伝話ヲ托シ、且向後日支実業ノ関係、特ニ中日会社ニ於テ注意且尽力スヘキ要件ヲ詳細ニ説示シテ、其努力ヲ奨励ス○下略
   ○栄一、八月十五日再ビ箱根小涌谷ニ避暑、二十四日帰京。
   ○中略。
八月廿九日 晴
○上略 成功雑誌記者多田氏来リテ支那ニ対スル実業上ノ意見ヲ問ハル、依テ中日実業会社設立ノ趣旨及爾来ノ尽力ヲ概括的ニ説明シ、且支那人一般ニ対スル余ノ企望ヲ示ス○下略