デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
5款 中日実業株式会社
■綱文

第55巻 p.30-36(DK550017k) ページ画像

大正13年5月15日(1924年)

是日、東京銀行倶楽部ニ於テ、当会社相談役会開催セラル。栄一出席シテ、当会社設立ノ趣旨並ニ現状ヲ説明シテ、今後ノ経営方策ニ関シ種々協議ス。


■資料

集会日時通知表 大正一三年(DK550017k-0001)
第55巻 p.30 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
二月十六日 土 午前十一時半頃 高木陸郎氏来訪(事務所)
   ○中略。
二月廿三日 土 午後二時   中日実業会社相談役会(銀行クラブ)
   ○中略。
三月廿一日 金 午前八時   春田茂躬・高木陸郎両氏来約(アスカ山)
   ○中略。
五月六日  火 午前九時   高木陸郎氏来約(飛鳥山邸)
   ○中略。
五月十五日 木 午前十一時半 中日実業会社相談役会(銀行クラブ)


中日実業会社書類(一)(DK550017k-0002)
第55巻 p.30 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十三年二月十八日
                  中日実業株式会社
    (宛名手書)
    渋沢子爵閣下
拝啓 益々御隆祥奉賀候、陳者弊社高木副総裁帰京ヲ機トシ、来ル二十三日午後二時ヨリ丸ノ内銀行倶楽部ニ於テ、相談役会相催シ度候間御繁忙ノ折柄御迷惑ノ段恐縮ニハ候得共、何卒御繰合セ御光来被成下度願上候
 追テ当日ハ渋沢子爵閣下御名義ニテ席ヲ設ケ置候間御承知願上候


中日実業会社書類(一)(DK550017k-0003)
第55巻 p.30-31 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十三年五月一日
               中日実業株式会社
                副総裁 高木陸郎(印)
   (宛名手書)
   相談役 渋沢子爵閣下
拝啓 益々御清祥奉賀候、陳者弊社第拾壱回定時株主総会ハ予而御通知申上候通リ、四月三十日弊社北京総行ニ於テ開催仕リ候処、凡テ原
 - 第55巻 p.31 -ページ画像 
案通リ可決シ、且監査役全部重任ノコトニ議決相成候旨入電有之候間御了知置被成下度、右不取敢御通知迄得貴意申候 敬具


中日実業会社書類(一)(DK550017k-0004)
第55巻 p.31 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十三年五月七日
               中日実業株式会社
                     高木陸郎
    (宛名手書)
    相談役 渋沢子爵閣下
拝啓 益々御清祥奉賀候、陳者本年十五日当会社相談役会開催仕度《(月)》、尚席上渋沢子爵ヨリ当会社近情ニ付キ御説明可有之筈ニ御座候間、御繁忙中御迷惑ノ次第ト存候得共、何卒御繰合セノ上、同日午前十一時半銀行倶楽部ヘ御来車被成下度、右御依頼申上候 敬具
 追テ同日ハ午餐ノ用意仕置候


中日実業会社書類(一)(DK550017k-0005)
第55巻 p.31-33 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    中日実業株式会社現状説明
一、当社ハ日支経済聯絡ノ目的ヲ以テ、支那ニ於ケル富源開発ノ使命ノ下ニ、之カ実行機関トシテ設立セラレ、其資本ハ日支各半額宛ヲ出資セル理想的合弁ノ実質ヲ具備シ、日本法人タルト共ニ、支那法人タルノ特権ヲ享有スル唯一ノ合辦会社ナリ

二、資本総額日本金五百万円、株式総数五万株、全額払込済
三、営業機関所在地
   本店 東京市麹町区内幸町一丁目三番地
   総行 北京
   出張所 上海、済南
四、営業範囲
  一、各種企業ノ調査設計引受及仲介
  一、各種債権ノ応募又ハ引受
  一、各種企業ニ対シ直接又ハ間接ニ資金ノ供給融通ヲナス
  一、其他一般金融並ニ一般商行為ノ仲介及代理
五、大正二年三月渋沢子爵・孫逸仙ノ両氏発起シ、同年八月創立ス、当初中国興業株式会社ト称セリ
六、孫逸仙氏カ第二革命ノ為失脚スルヤ、時ノ大総統袁世凱氏ハ当社ヲ重視シ、財政部ニ命シ国庫金ヲ支出シ支那側持株ヲ引受ケ、大正三年四月東京ニテ開催セル第一回定時株主総会ニ於テ、社名ヲ変更シテ中日実業株式会社ト称シ、以テ今日ニ及ヘリ
七、主ナル株主ハ左ノ如シ
  日本側
   台湾銀行・三菱合資会社・三井合名会社・大阪商船会社・日本興業銀行・日本郵船会社・十五銀行・大倉組・住友合資会社・南満洲鉄道会社・保善社・第一銀行・第百銀行・久原本店・古河合名会社・男爵安川敬一郎・男爵藤田平太郎・子爵渋沢栄一
 - 第55巻 p.32 -ページ画像 
  支那側
   中華民国政府
八、当社ハ日本法律ニヨリテ設立セラレタル日本法人タルト共ニ、設立当時支那政府農商部ニ登録シ、最近ニ至リ資本金全額払込済ナル旨ヲ復タ農商部ニ登録シ、支那法人タルノ資格及特権ヲ有ス、随テ日本法律ノ保護ヲ受クルト共ニ、支那内地ニ在リテハ純然タル支那会社ト同様、自由ニ土地ヲ所有シ、工場ヲ設立シ、鉱山ノ採掘、鉄道ノ敷設等百般ノ事業ヲ経営スルコトヲ得ルナリ
  此特権ヲ条約上ヨリ厳密ニ攻究スルトキハ、或ハ国際的問題ノ一因トモナリ得ヘキカナレトモ、兎ニ角之カ利用者ノ態度・方針及努力ノ如何ニヨリテハ、優越異常ノ働ヲ為シ得ヘク、若シ仮ニ此ノ如キ特質ヲ有セル営利機関カ英・米・独・仏等ニ存在セリトセハ、必スヤ彼等ハ巧ニ之ヲ利用シ、其実績ヲ挙クルコトヲ忘却セサルヘシ
九、顧ルニ袁世凱氏カ孫逸仙氏ノ失脚ニ乗シ、奇貨措クヘシトナシ、当社ヲ中央政府側ニ誘致セル真意ハ、当社カ孫氏等民党系統ニ利用セラルヽヲ虞レ、表面好意ヲ以テ之ヲ迎ヘ、内実当社ヲ拘禁束縛シ、其事業ヲ妨碍シ、無為無能ニ終始セシメントノ魂胆ニ外ナラサリシナリ
  然ルニ袁氏没シ、爾来時世ハ変転ヲ重ネ、竟ニ支那政府当局ヲシテ我国トノ経済提携ヲ直摯ニ顧念セシムルニ至リシ為、当社ハ漸次ニ支那政府カ当社ヲ以テ経済方面ニ於ケル支那政府ノ代表者タラシメ、極力当社ヲ善用スヘキ様仕向ケ来レリ、左レハ我政府ニ於テモ特別ノ庇護ヲ加ヘラレ、我国資本家ヲシテ当社ノ特徴ヲ了悉シ、進ンテ之ヲ利用セシムル様誘導セラレンコトヲ切望シテ已マサルナリ
一〇、最近支那ニ於ケル当社ノ立場ハ特別ナル親善関係ニ在リ、即チ従来支那側持株ハ政府所有ナリシヲ、故ラニ之ヲ隠蔽シテ個人出資ノ如ク装ヒタルハ、老獪ナル袁氏ノ常套的手段ニ因リタルモノニシテ、折角附与セラレシ特権モ持チ腐レノ状ナリシモノナルヲ直隷派政局ニ立ツニ迨ヒ、之カ実体ヲ露ハシ、支那側株主権ノ全部ハ大総統ノ掌中ニアル関係ヲ公示シ、閣員モ現官ノ儘当社ノ重役タルヲ得ルコトヲ内規シ、当社ノ善用ヲ以テ国交ノ親善ヲ増ス所以ナリトノ観念ノ下ニ行動スル状況トナレリ
一一、前述ノ事情ニテ、創立以来十載ヲ閲シタル今日漸ク、彼我共ニ真摯ニ当社設立ノ主旨ヲ遂行セントスル気運ニ到達セルカ、此間ニ於ケル当事者カ非常ナル苦心ト努力トヲ以テ著手セシ事業ノ主ナルモノヲ列挙スレハ、対支那政府借款トシテハ交通部電話拡充借款、同材料売込契約、電線工場ノ設立、山東省実業借款、財政部直轄漢口造紙廠借款等ニシテ、対民間事業借款トシテハ棉業ノ改良、石炭及アンチモニー等ノ礦山借款ナルカ、就中特筆スヘキハ安徽省ニ所在セル桃冲鉄山ナリトス、尚又江蘇省浦口ニ土地組合ヲ組織シタルハ、将来嘱目ニ値スルモノナリトス
一二、最近ニ至リ当社ハ良好ナル立場ニアルヲ利シ、石油・瓦斯・塩
 - 第55巻 p.33 -ページ画像 
及棉花等ノ事業ニ対シ新ニ企劃斡旋スル所アルト共ニ、他社関係ノ対支借款又ハ掛売代金ノ取立並ニ整理等ノ委任ヲ受ケ、且又当社独得ノ特権ヲ善用シテ、我国対支事業家ノ等シク望ミテ、等シク遂クル能ハサル土地ノ所有、鉱山ノ採掘、工場ノ経営等ニ対シ我カ政府ヲ初メ資本家・事業家ノ手足トナリ、嚮導トナリ、先駆トナリ、充分貢献スル所アランコトヲ期ス
一三、現在当社ノ重役氏名左ノ如シ
  総裁    袁乃寛
  副総裁   高木陸郎
  専務取締役 春田茂躬・同呂均
  取締役   倉知鉄吉・窪田四郎・江藤豊二・文群・楊敏瑊・鄭廷璽
  監査役   藤瀬政次郎・森恪・于振宗・潘承業
一四、相談役
  子爵渋沢栄一・男爵大倉喜八郎・男爵郷誠之助・山本条太郎・藤山雷太・中川小十郎・大橋新太郎・小野英二郎・宮尾舜治・野中清・曹鋭・王士珍
  張紹曹・劉恩源・王毓芝・顔恵慶・呉毓麟・楊度
  (栄一書入レ)
    五月十五日正午より銀行倶楽部ニ於て開会、高木陸郎氏外社員二名出席、但春田常務取締役《(専)》は病中ニて欠席、来会者は
                   日本興業銀行
                      小野英二郎
                   東洋拓殖会社
                      宮尾舜治
                   朝鮮銀行
                      野中氏
                     大橋新太郎氏
                     倉知鉄吉氏
                     窪田四郎氏
                     余と共に
                      合計十人
  先ツ余ヨリ、本会社創立当時ノ状況ト計画ノ大要ヲ陳述シ、爾来ノ営業ニ付テハ高木氏縷述スル所アリテ、来会者各自其意見ヲ吐露シ、決局新事業創設ト従来ノ事務整理トニ付各自ノ意見ヲ開陳セラレ、一同充分ノ了解ヲ得テ午後二時過散会ス

   ○渋沢子爵家所蔵「中日実業会社書類(一)」ニハ右ト同ジ書類三通綴込ミアリ、ソノ一通ハ監査役・相談役ニ異同ヲ示ス。氏名左ノ如シ。
     監査役 加藤辰弥・森恪・于振宗・袁永廉
     相談役 子爵渋沢栄一・男爵郷誠之助・山本条太郎・藤山雷太・大橋新太郎・小野英二郎・王士珍・顔恵慶


中日実業会社書類(一)(DK550017k-0006)
第55巻 p.33-36 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十三年五月二十七日
                中日実業株式会社
                    高木陸郎(印)
    (宛名手書)
    相談役 渋沢子爵閣下
謹啓 益々御清適奉賀候、陳者去ル十五日銀行倶楽部ニ於テ開催仕候
 - 第55巻 p.34 -ページ画像 
相談役会ノ記事要録一部、玆許加封御送附申上候間、御査覧被下度候
                           敬具
(別紙)
 (表紙)

    大正十三年五月十五日
   秘
     相談役会記事録

(謄写版)
    大正十三年五月十五日相談役会記事概要
       正午於丸之内銀行集会所
 出席者
   相談役 渋沢子爵   大橋新太郎
       小野英二郎  宮尾舜治
       野中清
   重役  高木陸郎   倉知鉄吉
       窪田四郎
   支配人 清水新平   米沢靖
本会ハ相談役中新任ノ方モアルニ付、渋沢子爵ヨリ当社設立ノ主旨並ニ現状ヲ御話セラレ、当社ノ善用方ニツキ懇談セラレタルモノナリ
渋沢子爵ヨリ挨拶アリテ開会、其要領左ノ如シ
大正二年第一次支那革命ニ成功シ臨時大総統タリシ孫逸仙氏ガ、大総統ヲ袁世凱氏ニ譲リ、中国鉄路総辦トシテ来朝ノ節、同氏歓迎会ヲ開キ、席上支那ノ政治経済ニ関スル孫氏ノ意見ヲ叩キタルニ、孫氏ハ革命成リシ今日、最早政治ニノミ没頭スルヲ好マズ、之ヨリ支那ヲ経済的ニ開発セシムルコトニ専念セント欲ス、支那ノ富源ヲ扶殖スルニハ日本ノ知識ト財力トヲ藉ルヲ要ス、玆ニ日支経済的提携ノ方針ヲ以テ進ムコトノ肝要ナルヲ知覚セリ、然而此方針ヲ具体化スルニハ、経済連絡ノ合辦機関ヲ設立シ、其資本ハ金壱千万円位ノモノト致度シトノコトナリシガ、自分ハ井上馨侯・益田孝男トモ協議シ、愈々孫文ト自分トガ発起人代表トナリ、資本金五百万円、日支折半出資ノ合辦会社中国興業株式会社ヲ設立スルコトニ孫文ト約束シタリ、然ルニ孫文帰国ノ途、氏ノ政友宋教仁ガ或ル巨手ノ為メ暗殺セラレタルヲ聞キ、支那ノ経済的覚醒ヲ求ムル前ニ、徹底的ニ政治ノ革新ヲ実現セシメザルベカラズト為シ、心気一転、長崎ヨリ書面ヲ致シテ此由ヲ述ベ、先日ノ約束ヲ取消サレタシト申越セリ
袁大総統ハ当社ノ設立ヲ重視シ、特ニ孫宝琦並ニ李盛鐸ヲ派遣シ実状ヲ視察セシメタリ、斯テ当社ハ一旦孫文等ヲ株主トシ、大正二年八月設立ヲ見タリシガ、孫文ノ失脚ト北京側ノ希望トニ依リ、翌三年四月第一次定時株主総会ノ前、倉知前副総裁ト当時ノ農商総長張謇及楊士琦トノ間ニ孫文等ノ持株全部ヲ北京側ニ譲渡スルノ議成リ、総会ヲ東京ニ開クニ際シ、支那側株主及重役ヲ変更シ、社名ヲ中日実業株式会社ト改メ今日ニ至レルモノナリ、尚自分ハ同三年渡支シ、当時外交総長タル孫宝琦並ニ次長曹汝霖並ニ当時当社専務取締役タル孫多森等ト
 - 第55巻 p.35 -ページ画像 
日支経済提携ノ緊密ナランコトニ付、親シク協議スル所アリタリ
如此希望ト使命トヲ以テ生レタル中日実業会社ハ、既ニ十星霜ヲ経タル今日、尚未ダ業績挙ラザルハ誠ニ遺憾トスル所ナレ共、其不振ノ原因ハ他ニアリテ、設立ノ主旨ニ誤リナク、日支経済提携ガ国策トシテ重要ナル枢軸ナリトセバ、其連鎖機関トシテ特設セラレ日支法人タル資格ヲ兼備シ、折半出資ノ合辦会社タル当社ノ存在ヲ認メ、之ヲ益々善用セラレンコトヲ切望スル次第ナリ
此ノ時高木副総裁ハ、当社ガ思フ様ニ発展ヲ為シ得ザリシ一大原因ハ袁大総統ノ政略ニ懸ルモノニシテ、同総統ガ当社ヲ中央政府側ニ誘致セル真意ハ、当社ノ如キ特種機関ガ孫文等民党一派ニ利用セラルヽヲ虞レタルモノニテ、当社ノ発達ヲ阻止シ無為無能ニ終ラシメントスルノ魂胆ナリシコトヲ話サレ、又倉知取締役モ其通リナリト附言セラル当社支那側ニ於テハ、従来ノ諸事業中当社唯一ノ稍々成功トモ見ル可キ事業タル桃沖鉄鉱石年額参拾万噸ヲ製鉄所ニ納入シナガラ、一厘モ収益ナク、上海ニ於ケル諸事務費ヲ損スル程度ナルニ対シ、甚ダ不満ヲ感ジ、或ハ日本政府ト慣レ合ヒノ結果ニ因ルニアラズヤト疑ヒ居ル次第ニテ、之レハ曩ニハ袁世凱ノ政策ノ犠牲ニナリタル実例モアリシ事トテ、今又日本ノ政策ノ犠牲ニナルニアラズヤトノ色目ヲ以テ見居ル故也、然シテ当社ハ東洋製鉄トノ覚書ニ於テ、中日ノ収益ハ一噸ニツキ最少限度毎噸金四拾銭ノ限度ニ於テ、之ヲ認ムルコトニナリ居ルモノニテ、之ハ取消サレ居ルニアラズ、之ハ東洋製鉄ヨリカ、或又東洋製鉄ノ事業ヲ引受ケタル製鉄所ヨリカ、何レカヨリ其支払ヲ得ルコトニ努メタシト支那側重役ヨリ申出アリ、又最初ヨリ本問題ニ関与セル春田専務モ、此覚書ハ取消サレ非ズト申シ居レルガ、如何ノ成行トナリ居ルモノナリヤト倉知取締役ニ対シ話サレタルニ、倉知取締役ハ四拾銭ノ右覚書ハ取消サレ居ルモノニアラズト話シ居ラレタリ
尚又宮尾東拓総裁ヨリ、東拓カ鄭州商埠地運動ニ関スル投資ノ整理ニ中日ノ援助ヲ求ムトノ意向ヲ申出ラル
高木副総裁ヨリ、塩及石油ノ件ニツキ話サレタルニ、野中朝鮮銀行総裁ハ、中日ノ如キ特種ノ会社ニ於テハ、其特性ヲ利用シ、目下全然停止シテ、如何トモスル能ハザル山東塩ノ輸入問題ニツキ努力セラレテハ如何、山東塩ハ山東交渉ノ結果、支那側ヨリ輸出指定商ヲ定メテ我専売局ニ同意ヲ求メテ決定スベキ処、丁敬臣ナル者政界ニ連絡アルヲ利シ、輸出取扱人トシテ指定ヲ受クル迄ニ漕ギ付ケタル由ナルモ、一方ニ於テ塩生産者全部ニ前渡金ヲ為シ、実際ニ於テ之ヲ操縦シ得ル勢力ヲ有スル随石郷ナル者運動ニ来リ、玆ニ両者ノ競争軋轢甚ダシク、未ダ決定ヲ見ザル趣ナリ、又最近本問題ニ呉佩孚モ関係シ来レル由ニテ、中々解決困難トナレリ、中日トシテモ容易ノコトニアラザランモ本問題ノ如キニ対シ特性ヲ利用セラルヽ様努メラレテハ如何、山東塩ハ毎年壱億乃至参億五千斤ヲ輸出シ得ルコトニナリ居リ、値段ハ関東州塩ヨリ幾分安カルベキ取決メノ由、関東州塩ハ百斤壱円見当ナリ
専売局ガ一手ノ買方ナレバ貸倒レノ虞レナシ、手数料ハ輸入取扱人ニ対シテ八分ヲ支給スル筈ナリトノ事、長蘆塩ハ輸出禁製品トナリ居ル故、之ガ輸出ハ中々大問題ナラント話シ居ラレタリ
 - 第55巻 p.36 -ページ画像 
大橋相談役ハ、此際ノ事ナレバ新ラシキ仕事ニ対シ中日ノ善用ヲ乞フヨリモ、各社ノ整理事業ニ対シ中日ヲ利用セラルヽ様ニ願ヒ度シトノ言ニ次イデ、倉知取締役ハ、誠ニ然リ、各社トモ此際ノコトナレバ、多少トモ整理ヲ要スル仕事アルベク、又各社トモ出先ニ於テハ支那人ヲ使用シ居ル次第ナレバ、其支那人ヲ使用スル代リニ其仕事ヲ中日ニ委嘱セラレンコトヲ望ム旨述ラル
宮尾東拓総裁ハ、東拓ハ元ヨリ満鉄ノ如キニ対シテモ充分中日ヲ善用スルノ機運ヲ作リ度シ、満鉄ノ川村社長トモ近ク面会シテ、其新邱炭鉱投資ヲ東拓ノ連続鉱区ト共ニ中日ニ整理ヲ托スル様取計フベシ、目鼻ガ附ケバ必要ニ応ジテ新ニ投資シテモ其完成ヲ期スルコトヽシ度シ窪田取締役
対支事業ノ整理ヲ要スル項目ヲ集メテ、各対支関係事業団ノ組合ヲ組成シ、中日ガ之ヲ主宰スルヲ妙策トスト語ラル
 午後二時散会
                        以上


集会日時通知表 大正一三年(DK550017k-0007)
第55巻 p.36 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
六月廿三日 月 午後三半時 高木陸郎氏来約(事務所)
   ○中略。
八月廿七日 水 午前九半時 倉知鉄吉氏来約(王子邸)
        午後一時  高木陸郎氏来約(事務所)
   ○中略。
九月十六日 火 午前十時  高木陸郎、春田茂躬両氏来約(事ム所)
九月十七日 水 午後一半時 団琢磨氏ト中日実業会社ノ件ニ付御会見(工業クラブ)