デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
5款 中日実業株式会社
■綱文

第55巻 p.36-44(DK550018k) ページ画像

大正13年11月26日(1924年)

是日付書翰ヲ以テ、栄一、当会社専務取締役ヨリ、中華民国ノ政局変動ト当会社総裁袁乃寛・専務取締役呂均等、中華民国側重役ノ立場ニ関シ、北京滞在中ノ当会社副総裁高木陸郎ノ報告ニ接ス。爾後数次ニ亘リ、中華民国ノ政変ト当会社トノ関係、特ニ参戦借款・兵器借款ノ処置等ニ関シ、同様報告ニ接ス。


■資料

中日実業会社書類(一)(DK550018k-0001)
第55巻 p.36-38 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十三年十一月二十六日
             中日実業株式会社
                     専務取締役 春田茂躬(印)
    (宛名手書)
    相談役 子爵渋沢栄一閣下
拝啓 初冬ノ候愈々御健祥ニ被渉奉慶賀候、陳者今回北京滞在中ノ高
 - 第55巻 p.37 -ページ画像 
木副総裁ヨリ、支那昨今ノ政局変動ニヨル支那側役員ノ立場ニ関スル説明、並ニ吾社ノ関係ヲ記述セル報告書到達致候間、何卒御高覧被成下度候、支那ノ如キ政局ノ変転常ナキ処ニアリテ事業ヲ経営スルニ際スル用意ニ就テハ、一党一派ニノミ傾クヲ許サヾルヲ覚悟シ居候間、直派崩落セル暁ニ於テモ亦不安ヲ抱クノ要無之ト存候間、御含置被下度候 敬具
(別紙、報告書)
    支那政局ト当社支那側重役ニ就テ
曹錕カ大総統ノ印綬ヲ解キ、呉佩孚カ漢口ヨリ洛陽ニ帰リ、奉直戦争ニ一大段落ヲ告ゲタルモ、京津間ノ政局ハ未ダ安定ヲ見ルニ到ラズ、段祺瑞・張作霖ノ保守系ト、馮玉祥・胡景翼・孫岳等ノ所謂裏切組ト黄郛・王正廷等ノ孫文系ト結ビタル急進派ト種々暗中飛躍ヲ試ミルアリ、果シテ支那政局ハ那辺ニ落着クヤ、誠ニ逆睹ヲ許サヾルモノアリ当社ノ支那人側ノ地位ハ此ノ政局ノ移推トハ密接ノ関係アリ、先ヅ
一、総裁袁乃寛
 農商総長辞任後、同氏ハ保定系トノ関係ヲ遠カリ、主トシテ実業界ニ力ヲ注グ事トナセル為メ、今回ノ政変ニヨリ何等影響ヲ蒙ムル処ナク、馮玉祥氏トノ関係ニモ可モナク不可モナク、現状ヨリ考ヘ、其地位ニ動揺ヲ見ル気遣ナカラム
一、専務呂均
 馮玉祥トハ同郷ニシテ極メテ眤懇ノ間柄ニアリ、馮玉祥ノ子息ト張紹曾ノ娘ト結婚ノ時ノ媒酌人ヲナシ、黄郛ヲ紹曾内閣ノ外交総長ニ推薦シタルモ、馮玉祥ニ薦メテ国務総理ニ就任セシメタルモ、共ニ呂均氏ノ口添ナレバ、現在ハ最モ得意ノ地位ニアリ
一、董事文群
 同氏ハ政学会領袖ノ一人ニシテ、現司法総長張耀曾・陸軍総長李書城モ同系ニ属シ、黄郛氏亦近頃政学会系ニ近接シ来レルヲ以テ、現在ノ政局ニ於テハ活動上非常ナル便宜ヲ有シ居レリ
一、董事楊晴川
 政党政派ニ関係薄キ故、現政局ト痛痒ヲ感ゼザル方ナルカ、曹汝霖ノ幕下ナレバ、段系ノ擡頭セル時代ハ活動上大ナル便宜ヲ享クル次第ナリトテ、本人モ寧ロ得意ニナリ居レリ
一、董事鄭廷璽
 曹鋭氏ノ秘書トシテ活動シ来レル関係上、今回ノ政変後全然失脚セルヲ以テ、当社重役ヲ辞スルナラント思ハル
一、監査役于振宗
 曹鋭氏トノ関係アル故ヲ以テ、推挙セラレテ監査役トナリタルモノナレバ、其ノ地位ハ安固ナラズ
一、監査役潘承業
 保定系ト親善ニシテ、京兆府財政庁長ノ任ニアタルモノニシテ、今回ノ政変ニハ一時逮捕セラレタリトノ風説モアリ、拾万元ノ罰金ヲ課セラレタリトモ云フ、結局失脚セリ
 要スルニ、従来吾社ハ直隷系ト親善ナリシヲ以テ、直派掃蕩セラレタル現在ノ政局ニ於テハ、吾社ノ立場失ハレタリトノ観測ヲ下ス向
 - 第55巻 p.38 -ページ画像 
モアラムガ、此ノ点ニ対シテハ常ニ留意シタル結果、奉天派トモ孫文系トモ相当ノ連絡ヲ保チ居リ、且ツ直接北京ノ政局ニ於テモ、支那側重役ノ関係ヲ説明セル通リ、呂均専務・文群董事ニヨリテ当社ノ立場ハ従来ヨリモ一層好良ニ赴キ居レルヲ以テ、何等ノ不安ヲ抱クノ必要ハナキナリ
 山東省長熊炳琦氏失脚セルモ、熊炳積氏カ省長トナリ、従来ヨリハ一層親善ノ間柄ナレバ、此点ニモ心配ハナキモ、只時局ノ為メ財政困難ニ陥リ、借款ノ取立ニ悪影響ヲ及ボシ来レル事ダケハ憂慮ニ堪ヘザル処トス。
                    右
                      高木陸郎


中日実業会社書類(一)(DK550018k-0002)
第55巻 p.38 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十三年十二月六日
              中日実業株式会社
                専務取締役 春田茂躬
    (宛名手書)
    相談役 子爵 渋沢栄一閣下
拝啓 益々御清穆奉賀候、陳者過般支那ニ起リタル大動乱ハ、延テ政局ニ一大変動ヲ来シ、当社ハ立場上不利ニ陥リ、従テ当社ノ宿案タル参戦・兵器借款ノ解決困難ニ陥リタルヤニ観測セラルヽ向モ不尠ト被察候処、別紙高木氏来電ノ通リ、極メテ有利ニ展開シ、参戦・兵器借款ノ解決モ近キニ在ル事ト被存候間、右御諒承被下度、高木氏来電写相添ヘ此段奉得貴意候 敬具
(別紙、謄写版)
    高木氏来電
              十二月二日午後〇時十五分北京発
第五十号
昨日段祺瑞氏ト会見シ、日本側ヲ代表シ就任ノ祝賀ヲ述ベ、尚曹錕氏退位ノ今日ニ於テハ、従来ノ歴史ニ鑑ミ、支那ノ主権者タル段祺瑞氏ガ当然当社支那側首脳者トナラレタルモノナルニ就テハ、当社ノ維持発展ニツキ充分考慮セラレ度キ旨ヲ述ベ、且参兵借款書替ノ事ヲ話セシニ、段氏ハ本件解法ヲ容易ナラシムル為メ、代理トシテ曹汝霖氏ヲ指定シ、曹汝霖氏ト打合セヨトノ事故、四日天津ニ行キ、直接曹汝霖氏ト交渉ノ予定ナリ、渋沢子爵外関係者ニ伝達セヨ、新財政総長李思浩ハ上海ヨリ明日(三日)天津着ノ筈
   ○外一通、第四十九号略ス。


中日実業会社書類(一)(DK550018k-0003)
第55巻 p.38-42 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十三年十二月二十日
              中日実業株式会社
                専務取締役 春田茂躬
    (宛名手書)
    相談役 渋沢子爵閣下
 - 第55巻 p.39 -ページ画像 
拝啓 愈々御清祥奉慶賀候、陳者支那政局ト当社トノ関係ニ就テハ曩ニ得貴意候処、今回別紙ノ通リ高木副総裁ヨリ詳細報告有之候ニ付、玆許写同封奉供貴覧候 敬具
(別紙、謄写版)
  大正十三年十一月二十七日
                  在北京
                      高木陸郎
   東京
    春田取締役殿
拝啓
    支那政局ト当社トノ関係ニ就テ
昨日貴電第三十九号ニ相接シ候処、貴地関係筋ニ於テハ、当社ノ支那側関係ヲ単ニ直隷派ノミト誤信シ、且ツハ又段祺瑞氏出山ヲ往年ノ安福派復活シテ徐樹錚・靳雲鵬諸氏ノ全盛時代再現セルモノト観察致セルニヤ見受ケラレ候得共、右ハ今次政変ノ真相ヲ知ラサル誤解ニ有之事実ハ決シテ斯クモ平凡ナル政権争奪トハ解シ難ク候、就テハ今左ニ少シク支那政局ノ実状ニ付解説致スヘク候
    一、段祺瑞氏ノ立場
大正八年復辟後ニ於ケル段祺瑞氏ハ、当時ノ最大ノ兵力把持者ニシテ名実共支那唯一ノ中心人物タリシハ世人周知ノ如クニ有之候、而カモ其結果ハ政権悉ク段氏ヲ囲繞スル一部政客ノ独占ニ帰シ、遂ニハ海内ノ怨恨ヲ買ヒテ失脚ノ素因ヲ作レル次第ニ候処、今次ノ段氏復活ハ斯カル実力的段氏ノ復活ニ非スシテ寧ロ名望的段氏ノ復活ト称スル方適当カト被存申候、要スルニ今回反直ノ火蓋ヲ切リタルハ盧永祥ニシテ首義ノ名ハ盧氏ニ捧クベク、実際直軍ノ鋭鋒ニ当リ奮闘血戦セルハ張作霖氏ニシテ、戦勝ノ功ハ張氏ニ献スヘク、最後ニ直軍ノ死命ヲ制シ北京ヲ占領シタルハ馮玉祥氏ニシテ、其誉ハ馮氏ニ帰スヘキカ当然ニ有之、段氏ハ事件ニ差シタル大功無キモ、唯タ名望高キニ依ツテ婿養子ニ迎ヘ入レラレタル形ニ外ナラス候、事実張・馮・盧諸氏ノ婿養子ニ候間、仮令復活セル後ト雖モ段氏カ自己ノ意ノ儘ニ振舞フ訳ニハ相成リ兼ネ、所詮ハ養父母ノ鼻息ニ気兼ネ致スハ必然ノ結果ト可申候、サレバ今日段氏カ復活致シタレバトテ、直ニ大正七・八年ノ段氏全盛時代カ再現シ、段氏亦タ当時同様ノ手腕ヲ振フモノト期待致スハ大変ナル誤謬ニシテ、結局今回ノ段氏ハ従前ノ段氏ト異リタル純乎タル新人段祺瑞氏ノ出現ナリト見サルヘカラサル次第ニ有之候
又段祺瑞氏ヲ囲繞スル所謂段派政客等モ、今次ノ段氏復活カ決シテ段氏実力ノ復活ニ非サル一事ヲ充分ニ承知シ居リ、其結果「段氏ノ態度ハ一党一派ニ偏スルコトナク、全然超然的タルヲ要諦トス」トノ一条ヲ標語トシ、今後ノ時局ニ処スルニ決定致シ、尚ホ段氏周囲ノ者カ、段氏若シクハ安福倶楽部ノ名ノ下ニ集結スル事ハ、上記ノ主旨ニ戻ルハ勿論、世間ヨリモ段氏ノ態度ヲ誤解サルヽ素因タルヘキヲ慮リ、安福派ノ主領王揖唐ハ段氏執政就任ノ翌日「一般ノ誤解ヲ防クタメ安福倶楽部ハ正式ニ之レヲ取消ス」旨全国ニ通電ヲ発スルト同時ニ、同派ノ領袖王印川亦タ一切政派関係ヲ脱離シ不偏不党タルヘキ旨声明、以
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テ段氏並ニ段氏周囲ノ政客カ、今日以後断シテ従前ノ政党ニ執着致サザルノ心事ヲ表明致シ候、今左ニ両氏通電中重要ノ部分ヲ摘記シ、御参考ニ供スヘク候
王楫唐通電ノ一節
 (前略)窃カニ謂フニ、過去ノ国会ト政団トハ情勢ヲ論スレハ既ニ已ニ推移シ、良知ヲ論スレハ能ク自ラ懺ユル無シ、楫唐身ヲ奉シ国ニ許シ久シク群賢ニ附セリ、安福倶楽部成立ノ初ヲ回溯スレハ、今ニ至リテ已ニ陳迹ト成レリ、昭蘇ノ会ニ当ツテハ敢テ湔濯ノ図ヲ忘ルヘキニ属ス、凡ソ我カ朋儕均シク斯ノ旨ヲ同シクセン、即チ本日ヨリ起リ安福倶楽部ヲ正式取消スルヲ宣告シ、此後旧ヲ除キ新ヲ布キ、別ニ塗轍ヲ籌シ、深ク匹夫責有ルノ義ヲ維セント欲ス云々
即チ時勢ハ已ニ推移シ、安福倶楽部成立ノ当時ヲ回溯スレハ、之レ亦陳迹トナレリ、殊ニ昭蘇ノ時(昭蘇ハ蟄虫蘇生ノ時)ニ当ツテハ湔濯ノ図モ忘ルヘキカ当然ニ付、本日ヨリ起リ安福倶楽部ヲ完全ニ取消スト申スニ有之候
王印川氏通電ノ一節
 (前略)夫レ国家ハ全国ノ国家ニシテ、合肥(段執政ヲ指ス)一人ノ国家ニアラズ、合肥ハ全国ノ合肥ニシテ一人一系ノ合肥ニ非ズ、主権ハ已ニ人民ニ在リ、庶政ハ宜シク輿論ニ憑ルベシ、而ルニ論者察セズ、或ハ合肥国ニ当レバ、段派ノ人必ズ将ニ時ニ乗ジ、専政ヲ把持シテ、権ヲ擅ニセントスルヲ慮ルモノアリ、此レ実ニ賢者ノ過慮ナリトス、段派ノ人争フ所ノモノハ是非、論スル所ノモノハ功罪今ハ曹呉既ニ天下ノ共ニ棄ツル所トナリ、是非已ニ明カニシテ、功罪自ラ定ル、所謂政権ナルモノハ則チ之レヲ独夫ノ手ヨリ奪ヒ、之レヲ全国ノ民ニ公ニスベク、段派ノ人ニ絶ヘテ与フル所ナシ、若シ余ヲ信ゼズト謂ハヾ、請フ隗ヨリ始メン、即チ合肥国ニ当ラバ余輩野ニ下リ、爾今願ハクハ赤裸ノ一国民タル資格ヲ以テシ、各党各派関係ヲ脱離シ、全国人士ト協力シテ西北富源ヲ開発シ、以テ裁兵・理財・国民生計ノ諸問題ヲ討論セン云々
以上段派領袖ノ声明ニ拠ルモ、今回段氏ガ如何ナル覚悟ヲ以テ政局ヲ処理シ、段派政客ハ亦タ如何ナル決心ヲ以テ時局ニ臨ムカノ大体ハ略ホ預知セラレルヘク、今日日本朝野カ段氏出山ヲ目シテ六・七年前ノ段氏復活ト心得、再ビ従前同様ノ時勢カ現顕スヘシト観察致スカ如キニ至ツテ、時事ニ暗キモ亦甚シト謂ハサル可カラス候
又段氏モ已ニ挙国一致ヲ声明致セル以上、北方張作霖氏ハ勿論、南方民党方面ノ意見モ、極メテ慎重ノ態度ヲ以テ聴取スヘキハ当然ニテ、旁々今後ノ政権ハ断シテ段氏若シクハ段派一味ノ専有ニ無之候
    二、当社ト支那当局ノ関係
当社重役ト黄郛内閣時代当局トノ関係ニ付キテハ已ニ前便説明致セル通リニ候得共、段氏出山後ノ政局ト当社トノ関係ニ付尚ホ左ニ大略ノミヲ申述フヘク候
由来今次ノ段氏執政ハ一党一派ノ政府ニハ無之、広ク人才ヲ招来シ多ク群言ヲ采納スルヲ本旨ト致シ居リ候結果、成ルヘク広ク各方面ト関係アルヲ便利トスル故、此点当社ハ実ニ他社ニ見得サル便宜ヲ有シ居
 - 第55巻 p.41 -ページ画像 
ル次第ニ有之候、即
総裁袁乃寛氏ハ目下政局ノ正面ニハ立チ居ラサルモ、旧北洋系内部ニ相当ノ勢力ヲ有シ居リ、王士珍其他ノ元老ヲ動カスニハ最モ屈強ノ人物タルハ勿論ニ御座候
専務呂均氏ノ張紹曹並ニ馮玉祥氏トノ関係ハ、前便ニモ屡々御報知致セル通リニ候処、馮玉祥氏ノ下野説仮令実現スルニモセヨ、馮氏ハ相当兵力ノ把持者ニシテ、今次革命ノ少クモ殊勲者ノ筆頭ニ候間、其発言ハ同氏カ朝ニ在ルト野ニ在ルトノ論無ク、多大ノ威力アルハ当然ニ有之候、而カモ馮氏ノ発言ハ重ニ呂均氏ノ劃策ニ由ルモノナルノミナラス、且ツハ張紹曹氏モ民国元老ノ一人タル以上、呂均氏ノ将来ハ今後トモ頗ル有利ノ立場ニ御座候、尚ホ呂氏ハ安徽出身ニシテ、段祺瑞王楫唐氏等ト同郷ナル関係ヨリ、馮玉祥・張紹曹諸氏ト段派政客トノ連絡ハ重ニ同氏ノ担任スル所ニ有之候
董事文群氏カ政学会ノ領袖タルハ御承知ノ通リニ候処、政学会ノ党議ハ該会ノ代表者トシテ文群氏ヲ推挙致シ居ルニ付、仮令閣員ニハ加入シ得サル迄モ、何カ特任(親任待遇)ノ地位ヲ与ヘラルヘク、何レ近日中ニ発表ノ運ビト可相成候、又同氏ハ段氏ト最モ近キ現司法総長章士釗氏、孫文氏ノ参謀総長李烈鈞(同郷ノ関係モアリ)等トモ殆ント刎頸ノ間柄ニシテ、今後ノ政局ハ同氏ノ為メ極メテ都合好キ形勢カ招来サレタル次第ニ御座候
董事楊毓瑊氏モ安徽出身ニシテ、同氏ノ一門多ク要路ニ就職シ居ル関係上、之レ亦活動上多大ノ便宜アルハ勿論ニ御座候
顧問孫潤宇氏ハ国務院秘書長ヲ辞任シ、法制局長官ノ本任ニ帰リ、現ニ尚ホ在任致シ居リ、今後モ其儘留任可致ト被察申候、元来孫氏ハ段祺瑞氏ノ秘書官出身ニシテ、前ニ段氏在任中ハ国会方面ノ疎通重ニ孫氏ニテ引受ケ、民党ヲ対手ニ永年奮闘シ来リ、段祺瑞氏トハ極メテ深キ関係アルモノニ候処、段派カ徐樹錚氏ト靳雲鵬氏トニ分裂セル折ニ同氏ハ靳雲鵬氏派ニ属セル結果、徐樹錚一派即安福派一味ト面白カラサル状態ト相成候得共、段氏トハ別段疎遠セル訳ニハ無之候、其後昨年以来直隷派ニ起用サレタル関係モ候得共、安福派カ前述ノ如ク解散シ、王楫唐氏等モ旧ヲ棄テ新ヲ採リ、何人トモ握手スル襟度ヲ示セル今日ニ在リテハ、孫氏ノ如キ固ヨリ段氏麾下ニ帰参スヘキ因縁ニ有之候、其他
唐紹儀・徐世昌・黎元洪氏等ハ小生カ最モ親交アル事御承知ノ通リニシテ、岑春喧氏ノ文群氏ニ於ケル、王正廷・李思浩・曾毓雋・黄郛・王印川諸氏ノ小生以下在北京当社同人ニ於ケル、皆他社ノ企及シ得サル連絡ニ御座候
要スルニ当社ノ支那側関係ハ、単ナル部分的交誼関係ノミニハ無之、実際ニ於テ利害ヲ共ニシ、或ハ又政治的運命ヲ同シクスル不可離ノ連鎖ニ有之候、又当社カ直隷派ト親交アリト称スルモ、其直隷派ハ当社支那関係ノ一小部分ニシテ全部ニハ無之候、即チ直隷派ノ失脚ヲ以テ当社ノ支那関係カ全滅シタルモノト解釈致スハ、之レ最モ可笑曲解ニ有之、兎ニ角当社ハ直隷派ト親交アル時代ニモ反直隷派トノ連絡ヲ忽ニ致セル事無之、万一ニ処スルノ準備ハ平常ヨリ充分ニ用意致シ居候
 - 第55巻 p.42 -ページ画像 
尚ホ当社現監査役于振宗氏ハ、奉天派ノ李景林氏トノ特殊親善関係アルヨリシテ、直隷省長ニ推薦セラレ居リ、未タ公然ノ任命ヲ見居リ不申候得共、新聞等ニテハ盛ニ之レヲ喧伝致シ居候
又江藤取締役ハ、曾テ奉天ニ在リシ関係上、張作霖氏ハ勿論子息張学良・楊宇霆(総参議)氏等トハ旧知ノ間ニテ、今回新タニ交通総長ニ任命サレタル葉恭綽氏ハ全ク楊宇霆氏ノ推挙ニヨルモノ故、楊氏ヨリ特ニ葉氏ニ対シ、当社トノ関係ニツキ注意スル所有之、当社ノ電話借款書替等ニモ大シテ不便ハ無之ル可シト考ヘ居ル次第ニ候
先ハ政局ノ実況解説旁々当社ノ支那側関係御報知申上度、如斯御座候
                                       匆々


中日実業会社書類(一)(DK550018k-0004)
第55巻 p.42 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
                 (栄一墨書)
                 十四年一月
  大正十三年十二月卅一日    湯河原客舎ニテ一覧済
            中日実業株式会社
                    専務取締役 春田茂躬(印)
    (宛名手書)
    渋沢子爵閣下
拝啓 愈々御清穆奉賀候、陳者今回北京滞留中ノ高木副総裁ヨリ、別紙ノ通リ、貿易港トシテノ青島ノ将来ニ関スル意見書送付越シ候ニ付御参考ノ一端ニモト存ジ、玆許同封御送付申上候間、御高覧賜リ度、此段奉得貴意候 敬具
   ○別紙略ス。


中日実業会社書類(一)(DK550018k-0005)
第55巻 p.42-44 ページ画像

中日実業会社書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十四年一月十日
            中日実業株式会社
                    専務取締役 春田茂躬(印)
    (宛名手書)
    相談役 渋沢子爵閣下
拝啓 愈々御清祥奉慶賀候、陳者弊会社高木副総裁ハ客年十月二十二日東京出発、同月二十九日着燕後引続キ日誌ヲ送付シ来リ居リ候処、其ノ内主要ナル事項ニ関スル経過ヲ要約シ、別紙ノ通リ相認メ、玆許同封御送附申上候間御高覧賜ハリ度、此段奉得貴意候 敬具
(別紙、謄写版)
    高木副総裁滞燕執務事項要領
一、交通部電話借款
電話借款月賦金ハ、奉直戦争ノ結果交通部ノ経済愈々窮迫甚ダシキヲ告ゲ、月賦金参万元ヲ支払フ事出来難ク、十月分ハ僅カニ壱万元ヲ支払ハシメタルノミナルヲ以テ、新交通総長黄郛氏ヲ始メ総核科長其他各員ト会見シ、極力多額ノ支払ヲ為ス様交渉シタリ、当方ハ各方面トノ連絡密接ナルヲ以テ、交通部ニ於テモ誠意ヲ以テ応対シ呉レ、電政司長等協力ノ結果、多額ノ月賦金支払ハ到底不可能ナルモ、兎ニ角遣繰困難ノ間ニ若干ニテモ入金ヲ継続シ来レルハ、当方トシテハ聊カ満
 - 第55巻 p.43 -ページ画像 
足ヲ感ズル処ニシテ、此点ハ岡部三郎氏ノ如キ非常ニ当方ノ努力ヲ多トセラレ、銀行団ニ対シテモ当方ノ苦心ヲ報告スル積リナリト語ラレ居タリ、尚ホ当方ハ引続キ葉交通総長以下幹部トノ折衝ヲ重ネ、月賦金ヲ参万元以上是非取立テルベク努力中ニ属ス
月賦金ノ取立右述ノ如ク困難ナルニ、恰モ電話借款契約ノ満期更改ヲ要スルアリ、依テ黄郛総長トノ間ニ
 電話材料優先供給権ヲ向フ七ケ年延長スルコト
 利息ハ年一割トシ、半年毎ニ前払スルコト
 毎月賦金ハ洋拾万元以上トスルコト
 月賦金ノ納入遅滞スルトキハ、京津電話局並ニ京漢鉄路局ニ監理会計員ヲ派遣スルコト
 延滞利息ニ対シテハ利払借款ヲ締結シ、津浦鉄道ノ収入ヲ担保トスルコト
ノ条件ヲ以テ書換方交渉ヲナシタリ、其後黄郛内閣倒壊セルヲ以テ、引続キ新総長葉恭綽氏ト交渉中ナレ共未ダ纏ルニ至ラズ
二、参戦借款・兵器借款
参兵借款ノ書換ニ就テハ、直隷内閣ノ最末期ニ於テ調印ヲ了ストノ入電ニ接シ、大ニ満足シテ入燕シタルニ、事情急転ノ結果、亦々最初ヨリ遣リ直シノ外ナキニ到リタルガ、王正廷氏ハ参兵借款ノ民国ニ与ヘタル影響ヲ述ベテ、反対ノ意向アリタルモ、弁蒙ノ結果釈然諒解シ、至急一切ノ手続ヲ遂ゲテ書換ヲ断行スト声明シタリ、而モ黄郛内閣倒壊ノ結果、右解決ヲ見ルニ至ラズシテ王正廷ハ去リタルヲ以テ、引続キ張我華氏ト数次ノ交渉ヲ試ミ、内部関係者方面ヨリ参兵書換ヲ至急断行スル機運ノ促進ヲ試ミ居レリ、其後段執政ノ下ニ新内閣発表セラレ、李思浩財政総長ニ就任セシカバ、李思浩ト当社トノ関係ハ極メテ好都合ナルヲ以テ、直ニ右書替手続ノ協議ニ入レリ
而シテ十二月一日江藤取締役同道、段執政ト会見シ、段氏ニ対シテ当社ノ沿革ヲ説明シ、従来支那ノ主権者ガ当社ノ支那側株主代表者タルノ事実ヲ充分会得セシメテ後、段氏ガ会社ノ発展ニ対シ十分ナル援助ヲ与ヘラレタキ旨、並ニ参兵借款ノ整理ノ件懇談セシニ、段氏、曹汝霖氏ヲ代理人トシテ一切当社ノ事ニ参画セシムベシト述ベラレタリ、仍テ曹氏ヲ天津ニ訪ヒ懇談ヲ重ネタルガ、其後秘書長梁鴻志氏ト李思浩財政総長トハ打揃フテ当社ヲ来訪シ、手続ニ関スル打合セヲ数時ニ亘リテ討議シ、本件ハ愈々実行ノ期ニ入リ来レリ
三、天津拡張電話ノ件
予豊公司鮑宗漢氏来訪、支那銀行団ハ長期金融ノ便宜ヲ有スルヲ以テ此際天津拡張電話ニ関スル融通ニ対シテ細目ノ交渉ヲ試ミタリ、支那銀行団トシテハ金利稍高キモ、七百万元位ノ投資ハ何時ニテモ用意アリト云フ、乍併米国銀行家ガ天津電話拡張ニ対シテ垂涎シ初メタルヲ以テ、此間ノ事情宗漢氏ノ注意ヲ喚起シ置キタリ
四、湖南省鉱山関係借款ノ件
湖南省鉱山ノ内安質母尼鉱山ハ、現在安質母尼ノ市価擡頭シタルヲ以テ、当社ノ投資シタル右鉱山ノ価格ハ約壱百万元ニ達スル計算タリ、就テハ本鉱山ノ採掘権ヲ当社名義ニ移スノ件ヲ、公然湖南省政府ヲシ
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テ承認セシムルコトヲ要求スルコトヽシ、万一承認セザル場合ニハ、当社投資額壱百万元ヲ湖南政府ヨリ当社ニ返還スル事ヲ要求スルコトニ決定シ、湖南省政府並ニ日支両官憲ニ対シ之ガ手続ヲ為スコトヽス
                           (終)
   ○参戦借款・兵器借款トハ、所謂西原借款ノ一部ニシテ、大正九年九月ノ償還期限ニ至ルモ書替ヘラレズ、利子ノ支払モ滞リタルママナリシヲ、大正十二年、大蔵省ノ依頼ニヨリ、当会社ニ於テ之ガ整理ヲ引請ケ、中華民国政府当局トノ交渉ニ入リタルモノナリ。
    尚、両借款ノ元本ハ合計三千三百万円、延滞利子ハ約千三百万円(大正十二年九月現在)ナリ。