デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
5款 中日実業株式会社
■綱文

第55巻 p.84-86(DK550024k) ページ画像

大正15年8月19日(1926年)

是日栄一、当会社副総裁高木陸郎ニ書翰ヲ送リ、当会社ノ経営上ニ関シ、駐支公使芳沢謙吉トノ会談ニツキ打合セヲナス。


■資料

(芳沢謙吉)書翰 渋沢栄一宛(大正一五年)八月一七日(DK550024k-0001)
第55巻 p.84 ページ画像

(芳沢謙吉)書翰 渋沢栄一宛(大正一五年)八月一七日
                     (渋沢子爵家所蔵)
           (栄一墨書)
           八月十八日香山客舎ニ於テ落手一覧
                翌日高木陸郎氏ヘ回答済
貴翰敬誦 時下酷暑難堪ニ不拘益々御清安奉賀候、陳ハ中日実業公司ノ件ニ関シ態々御晋京之御思召之趣、委曲貴翰及ヒ高木氏ヨリ拝承、国家ノ為メ御尽瘁之次第乍毎度敬服ニ不堪候、実ハ小生明十八日午後上京、陸相ノ招宴ニ臨ミ、十九日早朝出発、亡父十三回忌法会親営並ニ老母見舞旁々郷里新潟県ニ帰省、廿五日迄ニハ帰京之予定ニ有之、就テハ廿六日ニハ必ス拝光可申上ニ付、廿五日迄御都合宜布時間及ヒ場所高木氏迄御通知相煩度、左スレバ同氏ヨリ小生ニ電話致来候事ト存候、一筆不取敢拝答迄右申述候 匆々敬具
  八月十七日               芳沢謙吉
    渋沢子爵閣下
         侍曹


(高木陸郎)書翰 渋沢栄一宛大正一五年八月一七日(DK550024k-0002)
第55巻 p.84-85 ページ画像

(高木陸郎)書翰 渋沢栄一宛大正一五年八月一七日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                 (別筆)
                 大正十五年八月十七日
                    高木陸郎氏来状
謹啓
盛夏の候益々御清適ニ渉らせられ為邦家珍重此事ニ奉存候
陳者去ル十三日夕御静養中突然拝趨御迷惑相懸け候処、長時間懇切なる御高教を賜はり、誠ニ難有奉万謝候、御垂示の次第ニ基づき昨日葉山にて芳沢公使と御面談申上候処、来る十九日朝東京出発郷里越後ニ於て亡父の十三回忌を営み、二十五日御帰京相成る由にて、来る二十六日中子爵閣下の御指定の時刻場所ニ参趨御面談申上ぐる事に致度、公使自身よりも子爵閣下へ此趣書面相認め御打合はせ申上ぐる所存なりとの御話ニ有之候、芳沢公使ニは既に外務大臣ニは吾が社の使命に就きて報告ありたる候由に候て、公使の御意見は、子爵閣下とも御打合せの上、子爵閣下より若槻首相ニ対し当社の事を充分諒解を遂げ置く事は頗る同感なりと申し居られ、子爵閣下より時刻と場所の御指定を相待ち居られ候間、何卒二十六日中御繰り合はせ相賜はり度、何分の御返示相賜はり候はゞ光栄之れに過ぎずと奉存候
先ハ右御礼申述候旁御報告申上度如此ニ御座候 敬具
  大正十五年
  八月十七日
 - 第55巻 p.85 -ページ画像 
                      高木陸郎
    渋沢子爵閣下

(栄一墨書)
八月十八日伊香保客舎落手
十九日回答状発送、但、芳沢公使ト本月廿六日正午東京銀行倶楽部ニ於テ会見ノ事ヲ同公使ニ確報シ、且当日ハ高木氏モ来会ノ事ヲ申添ヘ十九日書通致シタリ
   ○右ハ前掲書翰ノ封筒ニ書入レラレタルモノナリ。


渋沢栄一書翰 高木陸郎宛(大正一五年)八月一九日(DK550024k-0003)
第55巻 p.85 ページ画像

渋沢栄一書翰 高木陸郎宛(大正一五年)八月一九日 (高木陸郎氏所蔵)
  芳沢公使ヘハ老生よりハ別ニ書通不仕候ニ付、貴台可然御申上可被下候也
   尚々老生ハ来ル廿五日午後にハ無相違帰京可仕ニ付、其旨申上置候、而して廿六日正午の御会合ハ事務所白石へも申遣候ニ付老生帰京前にも同人より御打合可申と存候、為念申添候也
貴方十七日之御細書昨日落手拝見いたし候、過日当地尊来之節種々御協議致候貴会社之現状、外務当局もしくハ内閣首班に詳細ニ具陳して将来之計画を考定するにハ、是非とも第一に芳沢公使に充分事情を開陳して、其内示を得る必要有之事と存候旨縷々之愚見、貴台より公使へ御申通相成、公使も充分了解せられ、早々老生と会見之事御同意被下候趣貴翰にても拝承、公使よりも丁寧ニ当方へ回答有之候、就而ハ老生ハ廿五日ニハ当地を引揚け、無相違帰京可致ニ付、来ル八月廿六日正午に於て、銀行集会所に御会同相願度候間、貴台より其段公使へ御申上被下御来会被下度候、当日ハ勿論貴台も共ニ公使と会同致度と存候も、春田氏ハ如何ニ候哉、是ハ貴案ニ任せ候間、可然御取究可被下候、但午飧之用意ハ老生方にて可申付候間、白石喜太郎へ申示置候ニ付御打合可被下、万一銀行倶楽部ニ差支有之候ハヽ、弊事務所ニ相願度候ニ付、是又公使へ御許容之程可然御申上可被下候
此会合ニ付而ハ、郷男爵ハ如何可致哉、御一考被下度、老生ハ可成会同相望候へとも、公使に於て余りニ公開的と御思考被下候而ハとも相考候より、特ニ書中御相談仕候、貴案郷男之会同御望ニ候ハヽ、早々御交渉、当日出席被成候様御取計可被下候
右尊翰拝答旁公使ヘ之御伝言相願候為メ早々如此御坐候 拝具
  八月十九日         伊香保客舎ニ於て
                      渋沢栄一
    高木陸郎様
                                 貴酬


渋沢栄一書翰 白石喜太郎宛(大正一五年)八月一九日(DK550024k-0004)
第55巻 p.85-86 ページ画像

渋沢栄一書翰 白石喜太郎宛(大正一五年)八月一九日 (白石喜太郎氏所蔵)
○上略
中日実業会社之要務ニ付、芳沢駐支公使と会見之筈ニて、高木氏と打合之上来ル廿六日正午銀行集会所ニ於て会同之積、今日高木氏へ書通し公使へ申伝候都合ニ候、就而ハ早々高木陸郎氏ニ照会被成、会同之人員ハ何人ニ相成候哉も御聴取之上、場所及午飧之用意御取究被下度
 - 第55巻 p.86 -ページ画像 
候、老生・公使・高木之外尚二名位参加之事と存候、午飧ハ通常之程合ニて可然と存候
右之約束いたし候ニ付、老生ハ廿五日ニハ必す帰京之筈ニ候、是又事務所一同御承知有之度候
○中略
  八月十九日               渋沢栄一
    白石喜太郎様


集会日時通知表 大正一五年(DK550024k-0005)
第55巻 p.86 ページ画像

集会日時通知表 大正一五年        (渋沢子爵家所蔵)
八月廿五日 水 午後六・三一時 伊香保御引揚ゲ御帰京(王子駅着)
八月廿六日 木 正午 中日実業会社評議員会(銀行クラブ)
   ○八月二十六日、栄一ト芳沢公使会談ス。「竜門雑誌」第四五六号(大正十五年九月)第八一頁参照。


集会日時通知表 昭和二年(DK550024k-0006)
第55巻 p.86 ページ画像

集会日時通知表 昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
二月十七日 木 午前九時 高木陸郎氏来約(アスカ山)
   ○中略。
五月五日 木 午前十時 高木陸郎氏外二人来約(飛鳥山)
   ○中略。
七月廿九日 金 午前九時 高木陸郎氏来約(飛鳥山邸)