デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.171-175(DK550031k) ページ画像

大正9年9月24日(1920年)

是ヨリ先、当協会ハ、中華民国北部一帯ノ旱魃飢
 - 第55巻 p.172 -ページ画像 
饉ニ因ル難民ノ救済ヲ決シ、屡々幹事会ヲ開キテ、之ガ方法ニ関シ協議ス。是日栄一、当協会会長トシテ、総理大臣原敬以下関係各大臣ト会見シ、政府ノ援助方ヲ陳情ス。

十一月初旬、当協会ハ、広ク全国ニ亘リ、義捐金募集ニ着手シ、翌十年一月十八日、当協会事務所ニ於テ、救済委員会ヲ開キ、右義捐金ノ使途ニツキ協議ス。栄一、会長トシテ出席ス。


■資料

集会日時通知表 大正九年(DK550031k-0001)
第55巻 p.172 ページ画像

集会日時通知表  大正九年       (渋沢子爵家所蔵)
八月十四日 土 正午 日華実業協会ノ件(元電気局同会事務所)
  ○中略。
九月廿八日 火 正午 日華実業協会幹事会(同会)
                     麹、有楽、一ノ一
  ○中略。
(朱書)
御引籠
十月十二日 火 正午 日華実業協会理事会(同上)


中外商業新報 第一二三九五号 大正九年九月二二日 ○日華協会幹事会 支那饑饉救済協議(DK550031k-0002)
第55巻 p.172 ページ画像

中外商業新報  第一二三九五号 大正九年九月二二日
    ○日華協会幹事会
      支那饑饉救済協議
日華実業協会幹事会は二十一日正午東京商業会議所に於て開会し、山東一帯の饑饉に依る支那民の救済方法に関し、日華実業協会第一回の事業として徹底的方法を講ずる事となりしも、政府の方針未だ決定せざるを以て、其決定と同時に評議員会を開き、引続き総会を招集し、是を附議決定の上着手する事となれり


中外商業新報 第一二四〇一号 大正九年九月二八日 ○政府所有外米で隣邦の餓を救へ 之が世に云ふ一挙両得 本日渋沢子を会長とする日華実業協会幹部会で相談す(DK550031k-0003)
第55巻 p.172 ページ画像

中外商業新報  第一二四〇一号 大正九年九月二八日
  ○政府所有外米で隣邦の餓を救へ
    之が世に云ふ一挙両得
      本日渋沢子を会長とする日華実業協会幹部会で相談す
北支那一帯が大飢饉に陥り、住民は草根木皮を喰ひ、或は子女を売り飛ばして、僅かに飢を凌ぎ、甚だしきに至りては道路に
▽餓死 する者頻々たりとは、一ケ月以前より同方面よりの帰客に依て齎された所であるが、同文同種の中華国民が道路に餓死するが如きは、仮令之を異族なりとするも座視するに忍ばずとなし、渋沢氏を会長とする日華実業協会では、過般来幹事会を開き、何等かの方法を以て救済することに協議した結果、渋沢会長は去る廿四日首相官邸に於て閣議散会後、原首相以下関係各大臣と
▽会見 し、政府に対し応分の援助せしめたき旨を陳情した ○下略


中外商業新報 第一二四三七号 大正九年一一月三日 ○日華協会幹事会(DK550031k-0004)
第55巻 p.172-173 ページ画像

中外商業新報  第一二四三七号 大正九年一一月三日
    ○日華協会幹事会
 - 第55巻 p.173 -ページ画像 
日華実業協会にては、二日正午より同会事務所ニ定例幹事会を開き、伊東・白岩・藤瀬・小池の四常任幹事其他数氏出席、北支救済方法に就き凝議せるも、何等纏まる所なく、四日午後四時より更に緊急幹事会を召集し、具体的方法に就き協議することゝし、午後七時散会


中外商業新報 第一二四五四号 大正九年一一月二〇日 ○日華実業幹事会(DK550031k-0005)
第55巻 p.173 ページ画像

中外商業新報  第一二四五四号 大正九年一一月二〇日
    ○日華実業幹事会
日華実業協会にては、先般来北支救済に関し種々研究の結果実行に着手し居れるが、十九日午後四時より臨時幹事会を開き、大倉男・伊東・白石・藤瀬・門野・土佐・鈴木・奥村・小池氏等の各幹事出席し、左の事項を協議したり
 ▽評議員会開催の件(来廿九日頃)▽第一回義捐金広告の件 △各新聞広告掲載の件


中外商業新報 第一二四七三号 大正九年一二月九日 北支救援努力(DK550031k-0006)
第55巻 p.173 ページ画像

中外商業新報  第一二四七三号 大正九年一二月九日
    北支救援努力
日華実業協会にては、七日午後四時より北支救済特別委員会を開き、大倉委員長以下各幹事全部出席し
 一、去る三日の商業会議所協議会出席代表者に義捐金勧誘を依頼し承諾を得たる事
 一、京阪地方の義捐金募集は、大阪・兵庫両知事及大阪・神戸両市長等の後援を得る事となれる事
 一、内務省は外務省と協議し、各府県知事をして援助する様通牒を発する事
 一、東北・北海道方面へは同会より勧誘員を派遣する事
等を報告し、引続き協議に入り、義捐金の用途及募集締切十二月十五日を都合に依り三十一日に延期する事を決議したるが、今日迄の応募額は既に四十三万余円に達したりと


集会日時通知表 大正一〇年(DK550031k-0007)
第55巻 p.173 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年    (渋沢子爵家所蔵)
一月六日  木 正午 支那饑饉救済ノ件(日華実業協会)
  ○中略。
一月十八日 火 正午 日華実業協会救災委員会(同協会)


渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK550031k-0008)
第55巻 p.173-174 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一〇年    (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 晴 寒
○上略 十二時日華実業協会ニ抵リ、支那饑民救恤ノ方法ヲ協議ス、北京・天津・済南ノ三府ヘ直接経営ノ事ヲ決シ、近日書記長派遣ノ事ヲ議定ス ○下略
  ○中略。
一月三十一日 晴 寒
○上略 日華実業協会主催ノ支那饑民救恤ニ付、北京及天津方面ノ書状ヲ認ム、但明日発送シテ工藤氏ニヨリテ公使又ハ平井氏等ヘ達スルモノナリ ○下略
 - 第55巻 p.174 -ページ画像 
  ○中略。
三月七日 晴 寒
○上略 午飧中、日華実業協会書記来リ、饑民救済ノ実施ヲ談ス ○下略


中外商業新報 第一二五一四号 大正一〇年一月一九日 北支救恤方法 日華実業協会義金処分決す(DK550031k-0009)
第55巻 p.174 ページ画像

中外商業新報  第一二五一四号 大正一〇年一月一九日
    北支救恤方法
      日華実業協会義金処分決す
日華実業協会にては、過般来北支那飢民救恤の為め義捐金募集中なりしが、其総額五十四万四千七百一円に達したるより、十八日正午より同協会に於て委員会を開き、
 渋沢栄一子・大倉喜八郎男・和田豊治・伊東米治郎・白岩竜平・荻野元太郎・奥村政雄・土佐孝太郎諸氏
出席、該義捐金処分案に付き種々協議せる結果、総額五十四万四千七百一円の中約三十万円を以て北京・天津・済南を中心として右三箇所に飢民収容所を設置し、一ケ所に約二・三千人宛を四月末迄約三箇月間収容することゝし、同場所には救護班を附属せしめ、同会代表者を置くことと為して、救護班は赤十字社其他に交渉することに決定し、午後三時過散会したり、右の結果諸般打合せの為、奥村政雄氏は来二十四日東京出発北京に、同会協議員工藤鉄男氏は来廿七日神戸出帆の営口丸にて済南に向け出発する筈なるが、義捐金残余処分に就ては更に協議の上決定する由



〔参考〕中外商業新報 第一二三九六号 大正九年九月二三日 ○社説 北支那の飢饉 国際的援助の要(DK550031k-0010)
第55巻 p.174-175 ページ画像

中外商業新報  第一二三九六号 大正九年九月二三日
 ○社説
    北支那の飢饉
      国際的援助の要
北支那の旱魃飢饉は直隷・山東・山西・河南の四省に渉り、罹災民実に二千万に及ぶと云ふ。此の計数は聊か誇張に失するの嫌ありと雖も今次飢饉の状態が真に尋常一様にあらざるは、敢て想像するに難からず。今支那当局者の計算する所を観るに、昨年の収穫は例年に比し約八割なりし上、本年の収穫は地方に依りては皆無若しくは二・三割に過ぎず、従つて将来数百万人乃至一千万人の失職者を生ずべきことは又疑ふべからざるが如し、既に被害の激甚なる地方に至りては、農村に於ける第一の財産家も、一切の家具・貴重品・子供等を売払つて食に換へ、木葉・木皮・木根を喰ひ尽して、竟に人肉を啖ひたりとの惨話も伝ふ。所謂着るに衣なく、喰ふに食無き窮民は、天候の寒さに向ふと共に、只管都会に赴きて生活を求めんとして移動を始め、現在北京附近にも多数の窮民蝟集し来れるが、官憲は北京城内に入ることを絶対に阻止、之れを綏遠城(外蒙古)方面に輸送し居れるも、猶ほ青山附近には窮民逐日蝟集し来れる為め、同地方に別荘を有する富豪連は掠奪を怖れ、続々同地方より北京に帰来せりと云へるが、支那政府は機宜の処置として、約二百万元の義捐金を募り、各省亦略同額の救済資金を作り、以て道路の修繕工事を開始して職を与ふると共に、食
 - 第55巻 p.175 -ページ画像 
料の廉売に尽力するの計画なるも、猶及ばざるものあるが如し。
現に直隷省議会の如きも、同省々長に対し、北京・天津の各大銀行より二百万元を借入れ、安徽・江蘇・奉天等の地方にて穀物を買収し、天津・保定・冀県・順徳・大名の五箇所を中心として廉売を行ふこと盗匪横行の取締を厳行して秩序を維持し、糧市糧道を保護すること、直隷救済奨券を発行して、資金を南方にて募集すること、及び移民者に便宜を与ふること等の項目を具して請願したり。同省長に於ても、此請願と共に廉売の一方法として、運賃の軽減、税金の免除、糧道の粛清、掠奪の取締を厲行し、民間の救済会と合同して適当の処置を講ずるに依り、各県知事に於ても、右趣旨に準拠して遺憾なきを期すべき旨の訓令を発したるが、未だ何等施設の見るべきものなきが如く、他の各省共皆一状態に在るが故に、駐支日・英・米・仏の四国公使は各自委員を挙げて、救済方法を講じて国際的援助を与ふるの必要を認め、是等各国の代表者は最近英支倶楽部に会合し、北支飢饉救済に関して協議する所ありたるが、当面救済の方法としては、滄石鉄道の土工及び運河の開墾等に関する提議あり、結局、北京に於て将来組織さるべき救済団体と聯絡し一致の行動を執ること、国際的実行委員として天津に於ける各国商業会議所会頭、英・米・仏教会代表、米国赤十字社支部代表、コンブラルドル組合代表を挙げ、而して道路修築、運河開鑿、鉄道工事等則ち工事を以て窮民を救済する為に、外債を起すことに関しては、各国使臣と協議することを申合せたりと聞く。
支那側の見込に依れば、極めて内輪に見積るも、窮民約一千万人以上に達し、若夫れ来年の収穫期迄救済するとせば、少くとも一億弗以上を要す可く、今回の如き多数の窮民を救済するには、所謂義捐金募集位にては到底不可能なるを以て、遂に外債に依るの外なかるべしとの意見を有し居れる模様なれば、必ずや近く外債を起すの議出で来ることを予想せざるを得ず、同時に外資を以て運河の開鑿、鉄道工事を為すに方りては、其間又各国が利権の争奪に努むることも、是れ又推想し得べき事柄なり。従つて充分の用意と、周到なる注意を以て事に臨まざるべからざることは云ふ迄もなきが、要するに、我国は他の列強とは自ら立場を異にし、又最も密接の関係を有するものなるが故に、隣邦一千万の人民が飢餓に泣くの惨状を座視する能はず、故に各国と共に進んで国際的援助を与ふるは勿論のことなるが、更に独立して特殊の機関を設け、以て出来得るだけの救済を行ふの必要あるべきなり此の如きは、只単に在支我国人のみの救済事業に求めず、内地に於ても自ら相当の手段方法あるべく、是非共此際は内外相応じて、隣邦罹災民の救済に当らざる可からず。
  ○本資料第四十巻所収「北支旱魃飢饉罹災民救済」ノ条参照。