デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.177-185(DK550033k) ページ画像

大正10年6月15日(1921年)

是日、帝国ホテルニ於テ、当協会第一回総会開カル。栄一出席シ、議長トナリテ、規則一部改正ノ件及ビ其他ノ議事ヲ司宰シ、且ツ、日中親善ニ関シ演説ヲナス。

尚、是ヨリ先、日中親善方策ニ関シ、当協会ヨリ政府当局ニ建議シタル趣旨ヲ公表スルニ決シ、是月二十一日ノ新聞紙上ニ発表セラル。


■資料

集会日時通知表 大正一〇年(DK550033k-0001)
第55巻 p.177-178 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年     (渋沢子爵家所蔵)
五月十七日 火 正午 日華実業協会常例幹事会(同会)
  ○中略。
五月廿四日 火 正午 日華実業協会常例幹事会(同会)
 - 第55巻 p.178 -ページ画像 
  ○中略。
五月廿七日 金 午後四時 日華実業協会幹事会(同会)
             金建問題ノ件
  ○中略。
六月十五日 水 午後五時 日華実業協会評議員会(帝国ホテル)
             引続第一回総会
  ○中略。
六月廿八日 火 正午 日華実業協会幹事会(同会)


竜門雑誌 第三九八号・第六四―六五頁 大正一〇年七月 ○日華実業協会(DK550033k-0002)
第55巻 p.178 ページ画像

竜門雑誌  第三九八号・第六四―六五頁 大正一〇年七月
○日華実業協会 日華実業協会にては、六月十五日午後五時より丸の内帝国ホテルに評議員会を開き、続いて第一回総会に移り、会長青淵先生議長席に着き、会務の報告を兼ね大要左の如き演説を為し、次いで第一年度会計報告及会則改正の件を承認して総会を終り、夫より同別室に於て晩餐を共にし、席上青淵先生の挨拶ありたる後、来賓支那公使館参事官王鴻年氏、駐支公使小幡酉吉氏の挨拶あり、宴会後北支救済事業の実況を撮せし活動写真を観覧し、九時散会したる由。
 大正九年六月十八日本会の創立を告げ、本会の目的たる日支共存の基礎を経済的関係に置き、彼我両国民の感情を疎通し、以て両国国交の改善と国民相互の福利を維持増進する為めに起りたるを以て、爾来支那に対する文化施設に就き調査研究の結果、本会の主旨目的に鑑み、先づ本会の主張として、我当局者に対し軍事的色彩の濃厚なる政策は努めて之を避けしむる為め、幾多の案件中、昨年九月差当つて
  (一)山東鉄道の守備隊を撤退し、該鉄道をば日支両国の民弁事業と為す事
  (二)漢口の駐屯軍は、動もすれば支那官民及列国の疑惑を招き反感を激成する虞れあるを以て撤退を行ふこと
 の二箇条を政府当局者に建議し、第一に関しては政府当局者も大体に於て異議なく、第二も目下慎重に考慮中とあり、本件は日支外交に重大関係を有するを以て、本会も国民も慎重の態度に依りて解決を図らざるべからずと信ず、尚本年度に於て本会事業の重なるものは、中華民国に於ける北支那官民の諒解を得、又居留民の援助を求めて直接に救済事業を行ふ事に決し、二月以来施術延人員六十八万三千余人《(マヽ)》、施療延人員五万三千六百十九人、災害収容人員一万二千二百人、糧食約四百万斤、金額約三十万円を、或ひは支那官民の手を経、又は本邦人直接に行ひたり、本救災事業は固より純然たる博愛慈善の人道的施設なるを以て、始めより政治的結果を打算するを好まざりしも、本会の精神と我国民が隣邦国民の災害に対する同情の態度は、著るしく支那官民の間に好感を与へたる事実を見るに至りたるは、全く望外の好結果なり(六月十六日東京朝日新聞)


日華実業協会主意書及規則 第一―一四頁刊(DK550033k-0003)
第55巻 p.178-183 ページ画像

日華実業協会主意書及規則  第一―一四頁刊
    日華実業協会主意書○前掲ニツキ略ス
 - 第55巻 p.179 -ページ画像 

    日華実業協会規則(大正十年六月改訂)
      第一章 総則
第一条 本協会ハ日華両国ノ親善ヲ企図シ、相互ノ経済的発展ヲ増進スルヲ以テ目的トス
第二条 本協会ハ日華実業協会ト称ス
第三条 本協会ハ本部ヲ東京市ニ置キ、必要ニ応シ各地ニ支部ヲ設ク
      第二章 会員
第四条 本協会ノ会員ハ会社・銀行・商店及個人ニテ日華経済ニ関係ヲ有スルモノニ限ル
第五条 会員タラントスルモノハ、会員二名以上ノ紹介ニ依リ、幹事会ノ全会一致ノ承認ヲ経ルヲ要ス
第六条 評議員会ノ決議ヲ以テ名誉会員ヲ推挙スルコトヲ得
      第三章 役員
第七条 本協会ニ左ノ役員ヲ置ク
     会長          一名
     副会長         二名
     評議員        五十名
     幹事長         一名
     幹事(幹事長ヲ含ム) 十七名
第八条 会長及副会長ハ評議員会ニ於テ之ヲ選挙ス
第九条 評議員ハ総会ニ於テ之ヲ選挙ス
第十条 幹事ハ評議員ノ互選ヲ以テ之ヲ定ム
第十一条 幹事長ハ幹事ノ互選ヲ以テ之ヲ定ム
第十二条 会長・副会長・評議員・幹事長及幹事ノ任期ハ三年トシ、重任スルコトヲ得
第十三条 会長ハ本協会ヲ代表シ、総会及評議員会ニ於テ議長トナル
    会長事故アルトキハ、副会長之ヲ代理ス、但シ会長・副会長事故アルトキハ、幹事長之ヲ代理ス
第十四条 幹事ハ幹事会ヲ組織シ、幹事長之ヲ統轄ス、幹事会ハ各般ノ会務ヲ執行ス
第十五条 評議員会ノ決議ヲ以テ本協会ニ名誉顧問及嘱託ヲ置クコトヲ得
第十六条 評議員会ハ会務ニ関スル規程及其他重要事項ヲ議定ス
    但シ機密又ハ緊急ヲ要スル事項ハ幹事会之ヲ決行スルコトヲ得
第十七条 本協会ニ書記長一名、書記若干名ヲ置キ庶務ニ従事セシム
      第四章 集会
第十八条 総会ハ毎年一回之ヲ開ク、但シ評議員会ニ於テ必要ト認メタルトキ、又ハ会員三分ノ一以上ノ請求アリタルトキハ、臨時総会ヲ開クコトヲ得
第十九条 評議員会ハ幹事会ノ請求ニヨリ会長之ヲ招集ス
第二十条 総会及評議員会ノ議事ハ出席員ノ過半数ヲ以テ之ヲ決ス、可否同数ナルトキハ議長ノ決スル処ニ拠ル
第二十一条 評議員会ニ出席セサル評議員ハ、他ノ評議員ニ委任シテ
 - 第55巻 p.180 -ページ画像 
表決ヲ為スコトヲ得
第二十二条 総会ニ出席セサル会員ハ、他ノ会員ニ委任シテ表決ヲ為スコトヲ得
      第五章 会費及会計
第二十三条 本協会員ハ左記ニ依リ会費ヲ納付スヘキモノトス
    法人             年額金参百円
    法人ニ非ル商店及団体代表者  年額金壱百円
    其他             年額金五拾円
第二十四条 臨時必要ノ経費ニ関シテハ、幹事会ノ決議ヲ経テ之ヲ処弁ス
第二十五条 第一条ノ目的ヲ達スル為メニ必要ナル資金ハ、寄附金ヲ以テ之ニ充ツ
第二十六条 会計ハ幹事ニ於テ之ヲ管理シ、書記長其事務ヲ掌ル
第二十七条 会計報告ハ、評議員会ノ承認ヲ経タル後、毎年総会ニ提出シテ、其承認ヲ受クルコトヲ要ス
      第六章 規則ノ変更
第二十八条 本規則ノ変更ハ、総会ノ決議ヲ経ルコトヲ要ス
    附則
 創立第一期ノ役員ハ発起人ニ於テ之ヲ推挙ス

   役員氏名 (いろは順)
     会長
    子爵 渋沢栄一
     副会長
       和田豊治
    男爵 藤田平太郎
     名誉顧問
    男爵 岩崎小弥太      井上準之助
    男爵 大倉喜八郎      久原房之助
    男爵 古河虎之助   男爵 三井八郎右衛門
    男爵 住友吉左衛門
     評議員
           伊東米治郎       伊沢良立
           岩井勝次郎       稲畑勝太郎
           今西林三郎       伊藤忠兵衛
           浜岡光哲        服部金太郎
           橋本辰二郎       星野錫
           堀啓次郎        土佐孝太郎
           小野英二郎       荻野元太郎
           奥村政雄        尾崎敬義
           小倉正恒        大橋新太郎
           大沢徳太郎       岡本忠蔵
           大谷嘉兵衛       門野重九郎
           高杉晋         武智直道
 - 第55巻 p.181 -ページ画像 
           田村新吉        添田寿一
           中川小十郎       夏秋十郎
           内藤久寛        武藤山治
           山岡順太郎       山科礼蔵
           山本厚三        藤瀬政次郎
           藤山雷太        永滝久吉
           木村雄次        喜多又蔵
           白岩竜平        島定治郎
           持田巽         鈴木島吉
           須田信次        杉原栄三郎
     幹事
           伊東米治郎       今西林三郎
           伊藤忠兵衛       土佐孝太郎
           荻野元太郎       奥村政雄
           門野重九郎       田村新吉
           中川小十郎       藤瀬政次郎
           喜多又蔵        白岩竜平
           鈴木島吉        杉原栄三郎
   発起人氏名 (いろは順)
     東京ノ部
         男爵岩崎小弥太       伊東米治郎
           井上公二        井上準之助
           池田謙三        伊沢良立
           石塚英蔵        服部金太郎
           星野錫         土佐孝太郎
           大橋新太郎       大川平三郎
         男爵大倉喜八郎       小野英二郎
           奥村政雄        尾崎敬義
           荻野元太郎       和田豊治
           梶原仲治        門野重九郎
           高田釜吉        高山長幸
           高杉晋         竜居頼三
           武智直道        竹内直哉
           団琢磨         添田寿一
           根津嘉一郎       内藤久寛
           中川小十郎     男爵中島久万吉
           夏秋十郎        村井吉兵衛
           野村竜太郎       野沢源次郎
           倉知鉄吉        山科礼蔵
           山本悌二郎       馬越恭平
         男爵古河虎之助       藤原銀次郎
           藤山雷太        藤瀬政次郎
           小池張造      男爵近藤廉平
 - 第55巻 p.182 -ページ画像 
           永滝久吉        江口定条
           浅野総一郎       荒井賢太郎
           桜井鉄太郎       木村雄次
         男爵三井八郎右衛門     美濃部俊吉
           白岩竜平        志村源太郎
         子爵渋沢栄一        人見次郎
           土方久徴        持田巽
         男爵森村開作        須田信次
           末延道成        杉原栄三郎
           鈴木島吉
     大阪ノ部
           伊藤忠兵衛       伊藤伝七
           岩井勝次郎       稲畑勝太郎
           今西林三郎       林市蔵
           日本綿花同業会     日本綿花株式会社
           堀啓次郎        東洋紡績株式会社
           大倉邦彦        小倉正恒
           大阪貿易同志会     大阪工業会
           大阪電気分銅株式会社  大阪輸出同盟会
           大阪綿布商同盟会    大阪綿糸商同盟会
           大阪実業組合聯合会   河崎助太郎
           片岡直輝        大日本紡績聯合会
           谷口房蔵        田村政次郎
           武居綾蔵        武内才吉
           中山太一        久原房之助
           山岡順太郎       八木与三郎
         男爵藤田平太郎       小山健三
           安宅弥吉        阿部市太郎
           安住伊三郎       佐渡島伊兵衛
           喜多又蔵        北支那輸出同業会
           島徳蔵         島定治郎
           樋口勇吉        森下博
         男爵住友吉左衛門      鈴木馬左也
     京都ノ部
           稲垣恒吉        井上金治郎
           飯田新七        浜岡光哲
           西村治兵衛       渡辺定次郎
           辻貞吉         大沢徳太郎
           奥村寅次郎       松風嘉定
           舟坂八郎        錦光山宗兵衛
           湯浅七左衛門      島津源蔵
     横浜ノ部
           原富太郎        大谷嘉兵衛
           渡辺福三郎       増田増蔵
 - 第55巻 p.183 -ページ画像 
           安部幸之助       茂木惣兵衛
     神戸ノ部
           本多一太郎       岡崎藤吉
           河内研太郎       川西清兵衛
           勝田銀次郎       金子直吉
           田村市郎        田村新吉
           滝川儀作        直木政之介
           武藤山治        内田信也
           山下亀三郎       松方幸次郎
           神戸海陸産物組合    神戸外米輸入組合
           神戸燐寸同業組合    神戸燐寸軸木商同業組合
           湯浅竹之助
     名古屋ノ部
           伊藤守松        豊田佐吉
           加藤勝太郎       神谷宗八
           滝定吉         中井巳治郎
           近藤繁八        鈴木摠兵衛
     函館ノ部
           岡本忠蔵        加賀与吉
           堤清六         小熊幸一郎
           佐々木平次郎      佐々木忠兵衛
           目貫礼三        森卯兵衛
     長崎ノ部
           橋本辰二郎
     小樽ノ部
           山本厚三
     大連ノ部
           相生由太郎
     上海ノ部
           児玉謙次
    以上


中外商業新報 第一二六六七号 大正一〇年六月二一日 日支親善方策の建白 日華実業協会公表(DK550033k-0004)
第55巻 p.183-184 ページ画像

中外商業新報  第一二六六七号 大正一〇年六月二一日
    日支親善方策の建白
      日華実業協会公表
渋沢子爵を会長とし、対支事業関係者を網羅せる日華実業協会は、日支両国の関係が毫も親善の実効なきを鑑み、其具体的意見に関し研究し、具体的意見を作製し、曩に渋沢子爵より原首相を始め外務・陸軍両大臣に建議したるが、其内容は爾来厳秘され居たるも、最近高橋蔵相の対支意見書配布さるゝが如き事例ありて、所論の中一致する所もあり、旁此機会に於て、之れを或程度迄其趣意を公表するも差支なかるべしとの意見もありて、去る十五日の総会に於て、大体右の趣旨に基き之を是認し、一層時局現状に鑑み目的の貫徹に努力することに申合せたり、該建白書の内容大要左の如し
 - 第55巻 p.184 -ページ画像 
 凡そ支那関係の事業に従ふものゝ最も希望する処は、同国政界安定の一事に有之候、而して其安定を得せしむる有力なる原因は、我対支方針の確立に存すること言を俟たざる処に候、然るに従来我国の対支方針は終始一貫せず、列国環視の裡に我外交政策の不統一を暴露せるの憾あり、為に帝国の威信を失墜し、隣邦官民の疑惑と軽侮とを招き、甚しきは我国が領土的野心を有し、侵略主義を取るものの如く誤解せしむるに至りたるは、実に遺憾至極の義に候、惟ふに帝国の対支方針は、両国の地位利害に因りて自ら定まるものあり、本協会員等が多年実際の経験に由りて得たる断案に依れば、対支政策の根本義は支那自身のことは支那人自らをして処理せしむるに在り、而して我国は、常に支那の友邦として、終始一貫渝らざる関係を維持するを以て要諦とす、即ち支那朝野の正当なる希望は、日本は多少の犠性を忍ぶも、進んで之を援助するを要す、蓋し此方針は日支両国相互の利益を永遠に確保する所以にして、万一此本義に違ひ、徒らに支那の内政に干与するものあり、日支両国の利益が危ふせられんとする場合あるに於ては、我朝野は飽迄前記方針の貫徹に努力せざるべからず、本協会は玆に見る処あり、自ら深く信じ、此根本方針に依て立ち、支那国民に対し進んで誠意を披瀝して、其諒解を求むるの途に出で、有ゆる支障を排し、以て其徹底を企図するものに有之候、就ては政府当局に於ても其意を諒とせられ、此の際我対支方針を確立し、外交の統一を期せられんことを冀望に禁へず候、本協会が現下の状勢に於て、成る可く速に実行を要すと認むる事項を左に開陳致候
 第一 先づ山東鉄道を両国民合弁事業と為し、鉄道守備隊は速に其全部を引揚けらるゝを妥当と相信じ申候、要するに、本件を青島問題より分離して処理せらるゝを解決の捷径と存候
 第二 支那革命騒乱に際し派遣せられ、嗣後引続き当時駐屯せる駐屯軍は、国交上に好ましからざる影響を及ぼすのみならず、一旦有事の際は、在留邦人保護の目的をも達する能はざる虞有之、斯の如き意義効力の乏しき駐兵は、何等の交換的利益を考慮せずして、速に引揚げらるゝを得策と信じ候



〔参考〕竜門雑誌 第三九八号・第六五―六六頁 大正一〇年七月 ○日支親善の妙諦(DK550033k-0005)
第55巻 p.184-185 ページ画像

竜門雑誌  第三九八号・第六五―六六頁 大正一〇年七月
○日支親善の妙諦 左は青淵先生の談話として六月二十八日の帝国新報に掲載せられたるものなり
 日支両国が親善であらねばならぬ事は、古い歴史の上から云つても国の位置から見ても必要であることは論を俟たない、然るに
 △日支両国 間の親善は事実に於て出来てゐない、今迄随分種々の手段を講じて来たけれ共、尚完全な親善は結ばれてゐない、不完全である、自分は老人で、英米や外国の問題等に就ては解りもしないが、又其の資格が無い、殊に若い時には外国人を嫌ふ攘夷論者であつた、けれ共身を漢籍に置いてゐた為めに、支那に対する理解は多少自信があると思ふ、吾々
 △日本臣民 が常に体得すべき教育勅語は支那の漢学の教と同じい
 - 第55巻 p.185 -ページ画像 
と思ふ、だから自分は今頃の西洋カブレの人に笑はれるかも知れないが、支那の学問には崇敬の念を持つてゐる、実に現在の支那には同情の念に堪へぬ、自分は現に日華実業協会の会長も勤めてゐる、渋沢老たりと雖も、日支親善には微力を尽したいと常に忘れた事はない、実際日本の
 △実業界も 政治上に於ても支那に対してはヤリ方が悪かつたが為めに親善が出来ない、勿論支那人のヤリ方も満足は出来ない、一々挙げれば相当非難の点もあるけれ共、日本と支那との現今に於ける国情、文化の程度は大分差異がある、日本及び日本人は常に彼等に対し同情の念を以て臨まねばならぬ、孔子が云つた『恕』の一字が最も大切である、己の欲せざる所人に施すなかれである、支那は
 △国土広く 天与の資源亦豊富である、此際日支経済合同して此の富源を開発して、彼等にも十分の利益を得さしめ、日本人のみ利益を取る様な行為に出てはならぬ、又彼等に、事実に於て斯迄極端になくとも、少しにても彼等にかゝる観念を起させてはならぬ、自分は昨年の支那の大飢饉にも義金を
 △募集して 経済界不況の折とて満足ではなかつたが、それでも六七十万円贈つてやつた、必ずしも之によつて日支親善を得られる訳ではないが、各方面共に此の点に就き留意し、前にも云つた如く、所謂己の欲せざる所人に施す勿れで、何事も同情してかゝれば必ず立派な効果が追々現われて来ると思ふ



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK550033k-0006)
第55巻 p.185 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一〇年      (渋沢子爵家所蔵)
三月十五日 晴 軽寒
午前七時起床入浴、朝飧ヲ畢リ、谷山氏・石丸格正及支那人許冀公氏来リ、南洋華僑ノ事ニ付種々談話アリ、近日日華実業協会ノ幹事ニ相談スヘキ旨ヲ答フ○下略