デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.256-257(DK550046k) ページ画像

大正12年12月22日(1923年)

是日栄一、当協会及ビ日華学会ヲ代表シテ、中華民国前外交総長王正廷ノ一行ヲ、飛鳥山邸ニ招待シテ午餐会ヲ開ク。


■資料

〔参考〕渋沢子爵親話日録 第一 自大正十二年十一月至同年十二月 高田利吉筆記(DK550046k-0001)
第55巻 p.256-257 ページ画像

渋沢子爵親話日録 第一 自大正十二年十一月至同年十二月  高田利吉筆記
                     (財団法人竜門社所蔵)
○十二月十九日
○上略
△白岩竜平氏参邸す、当月初に渡来せし中華民国の王正廷氏ハ同国にて相当の地歩を占め、欧米の事情にも通じ、日支関係についても穏健の意見を懐抱する人と聞ゆるを以て、十一日に招待して小宴を開かるゝ筈の処御病気の為延引せしが、来る二十三日にハ帰国のよし
 - 第55巻 p.257 -ページ画像 
につき、御病気未だ快然にハ至らざるも、二十二日に招待せられたく、白岩氏ハ王氏と懇親の間柄なれば同氏に托して其意を通ずると共に、両国の間従来とかく睽離するハたゞ外交を政治家にのミ一任するに由る、若し経済界・教育界の人々相謀り、能く胸襟を開きて彼我の事情を詳にし、相頼り相輔けて共存同栄を計らば、何ぞ必ずしも扜格を生ぜん、予は其趣旨を以て多年努力しつゝあるものなりと伝へしめらる
△夜正雄君、吉川雄輔・末兼要両氏を伴ひて参邸せらる、両氏ハ正雄君と同しく富士製鋼会社に関係せる人にて、吉川氏ハ今度八幡製鉄所の関係より漢冶萍煤鉄公司の副総理となりて上海に渡航する筈なれば、食事を共にしつゝ従来対支事業につき、日本側の措置誠実ならず、只威と恩との二点のみによりて事をなさんとし人情を欠くの弊あり、かくては両者の間に温情の生ぜんやうなし、蓋し道徳と経済とを一致せしめざるによれり、深く心せさるべからすなど談話せられたり