デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.352-353(DK550064k) ページ画像

大正14年8月16日(1925年)

是ヨリ先、栄一、馮玉祥ノ中日親善ヲ説ケル書翰ニ接シ、是日返書ヲ送ル


■資料

(馮玉祥) 書翰 渋沢栄一宛(大正一四年)七月二二日(DK550064k-0001)
第55巻 p.352-353 ページ画像

(馮玉祥) 書翰  渋沢栄一宛(大正一四年)七月二二日
                     (渋沢子爵家所蔵)
青淵先生道鑑久仰
大名未覩
芝宇東望海天曷勝企慕
閣下以実業振興国家兼以関心東亜大局敞国改革之初多承
閣下熱心援助十余年来提倡中日実行親善
高誼宏識并世罕儔際東亜風雲緊吾兄弟両国不能不迅速設法積極謀根本親善補救于未然則東亜之危亡将不堪設想也
老誠熱心如
閣下者料早已計及之矣万望
大力主持正義倡率全国各大実業家互相提携互相団結方不至使凌我弱我
 - 第55巻 p.353 -ページ画像 
者生覬覦之心挑撥其間乗此而得漁人之利況近数十年来欧西野心専図擾乱我東亜和平種種証拠不勝枚挙今夏之滬漢粤各惨殺案更為奮恨中日唇歯相依未有中国危而東亜不陥于淪亡之理
公之鼎言為全国各大実業家所重而国民随之響応矣則東亜之和平可以永久保持将来之実業発達寧有底止耶鄙人有心愛国愧乏建樹惟以事関東亜存亡故敢直陳玆派敞署顧問鄧恢宇為代表前来敬候
起居并望
賜以教言為荷附上微物聊表私衷尚祈
哂納専此敬叩
道安            馮玉祥 拝啓 七月二十二日


渋沢栄一書翰 控 馮玉祥宛大正一四年八月一六日(DK550064k-0002)
第55巻 p.353 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  馮玉祥宛大正一四年八月一六日   (渋沢子爵家所蔵)
                  (別筆朱書)
                  「大正十四年八月十六日」
閣下ノ芳名ハ夙ニ我邦ニ喧伝致居候モ小生ハ未タ御面接ノ機会ヲ得ス残懐ニ堪ヘサリシニ、今回図ラスモ懇篤ナル尊翰ヲ寄セラレ、殊ニ美麗ナル花瓶ヲモ恵贈セラルルハ実ニ望外ノ幸福ト感謝ノ至リニ候
来示現今東亜ノ風雲稍急ナルノ時ニ際シ、貴我両国ノ親善最モ緊密ナラサルヘカラストノ貴諭ハ、真ニ適切ノ至言ニシテ、小生ハ単ニ時局ノ如何ニ拘ハラス、世界ノ平和ハ将来東西洋文化ノ融合ニアリテ、而シテ其事実ハ貴我両国ト北米合衆国トノ国交如何ニ在テ存スト相信シ居候、故ニ貴我両国ハ独リ古来ヨリ伝統的ノ国交ヲ保存スルノミナラス、更ニ其親密ノ度ヲ増大セサルヘカラサルモノアリト存候、而シテ其施設トシテハ素ヨリ有為ナル政治家ノ力ニ俟ツモノ多々アルヘシト雖モ、愚案ニハ、真成ノ国交親善ハ両国ノ経済関係ニ因リテ、其事ニ当ルノ人士カ、公益ニ由リ、私利ヲ後ニシ、所謂共存同栄ノ実ヲ挙クルニアラサレハ、決シテ永続スヘカラサルモノト確信仕候、蓋シ小生ハ数十年来此方面ニ向ツテ微力ヲ致シ居候モ、未タ以テ何等ノ効果ヲ見ル能ハサルハ頗ル慚愧ノ至リニ候、然リト雖モ、真理玆ニ在リトセハ、縦令老朽タリトモ、尚ホ且ツ斃而後已ムノ覚悟ナカルヘカラス、故ニ此上トモ躬行ト共ニ、我カ経済界ノ同人ヲ努メテ督励可致ト存候間、自然其方法等ニ付テ賢慮御伏臓ナク御指示被下、当方ヨリモ亦追追開陳可致事共モ相生シ可申ト存候、小生ハ既ニ八十有余ノ頽齢ニシテ、加フルニ昨年来宿痾相発シ、今尚籠居ノ為御代表ノ鄧恢宇君ニモ会見ヲ得ス、真ニ遺憾且欠礼ノ極ニ候、依テ小生関係ノ日華実業協会ノ同人ニ托シテ鄧君ヘ伝語仕候、同君御帰国ノ際御聴取被下度候
右拝答旁可得貴意如此御坐候 敬具
  八月十六日
                     渋沢栄一
    馮玉祥大人閣下