デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.469-475(DK550091k) ページ画像

昭和2年5月10日(1927年)

是ヨリ先、長江流域ニ於ケル治安益々乱レ、同地
 - 第55巻 p.470 -ページ画像 
域在留邦人代表及ビ漢口日本商業会議所等ヨリ、当協会ニ対シ、ソレゾレ現地ノ実情ヲ報ズルト共ニ、政府ノ積極的対策ヲ要望シ来タル。是日栄一、当協会幹事会ニ出席シテ、右ニ関シ協議ヲナシ、翌十一日、副会長児玉謙次・幹事喜多又蔵ト共ニ、総理大臣兼外務大臣田中義一ト会見シテ、現地ヨリノ情報ヲ伝ヘ、政府ノ善処ヲ要請ス。

二十四日栄一、当協会幹事会ニ出席シ、長野朗ノ中華民国北部視察談ヲ聴取ス。


■資料

日華実業協会 【謹啓 支那時局に対し…】(DK550091k-0001)
第55巻 p.470 ページ画像

日華実業協会               (渋沢子爵家所蔵)
謹啓
支那時局に対し長江流域在留邦人代表より本日左記電報に接し候間不取敢入貴覧候 敬具
電文
近年支那国民の思想益々悪化し、我が国に対する軽侮の念旺盛にして中心を失ひたる支那は是れを処理する能力なく、為に六十年来扶殖したる我有形無形の勢力は、今や一朝にして根底より破壊し去られんとす、我政府は速に現在の支那を理解せざる政策を擲ち、積極的対支政策を確立せられん事を要望す
                      長江流域在留民代表
                             以上
  昭和二年四月二二日
                      日華実業協会


日華実業協会 【陳情書 泰安紡績株式会社の近状は別紙の通りに有之候…】(DK550091k-0002)
第55巻 p.470-471 ページ画像

日華実業協会               (渋沢子爵家所蔵)
    陳情書
泰安紡績株式会社の近状は別紙の通りに有之候
会社創立以来今日迄排日、労資其他の諸問題に直面すること幾度び、其間常に苦心惨憺、幸ひに難関を切抜け、漸く一昨年末頃より、日支人間感情も至極平和、相互愉快に就業することを得、所謂日支親善、共存共栄を実現するを得たりと、私かに自負する所ありしに、昨年九月国民政府武漢占領後は俄然形勢一変、赤化思想伝播、労資隔絶濃厚となり、政治部使嗾の下に成立せし工会は、不公平極まる条件を提出し、最近に至り勝手気儘に休業怠業、為めに能率激減、到底収支償はず、営業継続不可能の実情に陥りたるも、工会の強制反対より休業も断行する熊はす、是れを国民政府に図るも何等の効果なく、漢口駐在総領事に陳情するも、暫時隠忍自重すべき旨に有之、尤も前内閣対支方針は、所謂不干渉主義に終始し居らるゝ折柄、是れ亦不得止、暫らく政府当局の方寸に信頼し、如何なる犠牲をも覚悟せる内に、去四月三日の騒乱発生、是れを機会とし遂に工場は全然閉鎖、就業日本人全部一先つ専管居留地に避難、続いて大部を内地に引揚けしめたる次第にて、而かも其引揚に際し、泰安工場租界外に在るが為め、一時糾察
 - 第55巻 p.471 -ページ画像 
隊の包囲を受け、日本人全部工場内に包囲監禁せられたるも、幸ひに高尾総領事と国民政府外交部との交渉の結果、支那人職工全部給料一ケ月分参万四千弗を支払ひ、漸く危険区域より救出するを得たりし有様に候
最近の報道に依れは、漢口近況緩和せられつゝある模様にて、泰安工会の如き工場の復業を希望せるものゝ如し、乍併若し従前同様無法なる条件にて再開する如き到底難忍処、此機会に於て閉鎖前に於ける工会側の各種交渉条件全部打切り、新たに公平無差別なる共存共栄の条件を基とし、同時に工場所有者として、使用人職工に対し懲罰任免権且工場の開閉等総べて完全に我等の掌中に収め、工場長以下日本人職員の正しき命令は徹底的に行はるゝに非れば、如何に工会側より工場再開の要求あるも絶対に応ずる能はず、其間幾多の犠牲損害敢て辞せずと覚悟致居候、現に上海に於ては、近来工会側の勢力失墜し、無条件にて復業し、会社側に屈服せる実状より見ても、漢口に於ても我政府の態度如何、当業者の覚悟如何に因り早晩解決を見ること至難ならさるやに想像罷在候
本件は元来単純なる労資問題に非ず、極めて複雑したる外交問題にして、且つ将来日支両国間に及ぼす大経済問題と存候、自然予等当業者のみに依り解決すること到底至難にして、官憲且団体の助力指導の下に善処解決すべきものなりと信じ候間、爰許実情報告書○略ス相添へ、貴会に対し陳情致候次第、宜敷御取計相願度候 頓首
  昭和二年五月五日
                 泰安紡績株式会社
                   社長 喜多又蔵
   日華実業協会
    会長 子爵渋沢栄一殿


集会日時通知表 昭和二年(DK550091k-0003)
第55巻 p.471 ページ画像

集会日時通知表 昭和二年         (渋沢子爵家所蔵)
五月六日  金 正午   日華実業協会幹事会(銀行クラブ)
             大谷光瑞氏「上海ノ将来」ノ講演アリ
  ○中略。
五月十日  火 正午   日華実業協会幹事会 同会
五月十一日 水 午前十時 田中首相ヲ御訪問(同官邸)


日華実業協会第七回報告書 第二二頁昭和二年一二月刊(DK550091k-0004)
第55巻 p.471 ページ画像

日華実業協会第七回報告書  第二二頁昭和二年一二月刊
    役員会並ニ諸会合記録 (大正十四年十二月以降《(五)》)
○上略
幹事会 五月六日正午、銀行倶楽部ニ於テ開催、渋沢会長・児玉副会長外各幹事出席、大谷光瑞氏ヨリ対支意見ヲ聴キ、午餐ヲ共ニシテ散会ス
○下略


日華実業協会 【五月八日着、在漢口高尾総領事来電】(DK550091k-0005)
第55巻 p.471-472 ページ画像

日華実業協会              (渋沢子爵家所蔵)
五月八日着、在漢口高尾総領事来電
 - 第55巻 p.472 -ページ画像 
当地三井支店は、漢口の状況険悪にして、政府は断乎たる措置に出て近く居留民全部は引揚くへき旨上海より情報に接したる処、事実如何との電報を東京本店より接受したる趣に付、本官は之に対し、右様の事実は何等承知せさるのみならす、目下の処断乎たる措置の如きはあり得へからさることゝ信せられ、又居留民全部引揚の如きは其の必要を認めさる旨を申聞け置きたるが、近頃当地及上海に於ても頻に強硬論を唱へ、人心を煽動せむとする向あるも、当地の現状は国民政府当局に於て極力労働者の取締をなし、兎に角事態は極めて平穏にて、本邦人の在荷整理も進行し、上流各地の在荷整理も近く実行せむと存し居る次第なり
唯此儘邦人の業務を復旧せしむることの可否は頗る疑問にして、現銀集中条例の如きは一般取引に対して著しく不当にして、此儘に之を復活せしむるを得す、又土豪劣紳条例は支那側顧客に対し多大の脅威を与へ、此種不法なる現状の打開せられさる限り、今後業務を安全に遂行し得さるは当然に付、本官も之か善後策考究中なり、右の実状に対して、当地商業会議所及居留民団に於ては他方面よりの刺戟を受けて此際強硬手段に依り根本解決を希望する旨決議し、会議所は東京日華実業協会へ、又民団は本官に対し夫々陳情せり、陳情書各写郵送す。


日華実業協会往復(二)(DK550091k-0006)
第55巻 p.472 ページ画像

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日華実業協会第七回報告書 第二二―二四頁 昭和二年一二月刊(DK550091k-0007)
第55巻 p.472-473 ページ画像

日華実業協会第七回報告書  第二二―二四頁 昭和二年一二月刊
    役員会並ニ諸会合記録(大正十四年十二月以降《(五)》)
○上略
幹事会 五月十日正午、事務所ニ於テ開催シ、渋沢会長・児玉副会長白仁・安川・白岩・森・入江・奥村・倉知・天宅各幹事出席、上京中ノ喜多幹事ヨリ漢口ノ泰安紡績其後ノ情態ヲ聴取シ、尚漢口商業会議所及民団ノ時局ニ関スル決議電報ニ関シ、之カ対策ニツキ意見交換ノ結果、渋沢会長・児玉副会長及喜多幹事、外務大臣訪問ノ事ヲ申合シタリ、又漢口地方残留邦人一同ノ食糧品ニ充ツル為メ見舞金送附ノ件、並ニ長江一帯引揚邦人事務所設置ニツキ援助セシ件報告ス
一、時局ニ対スル漢口日本商業会議所決議来電
 - 第55巻 p.473 -ページ画像 
 暴民ヲ使嗾シ虐政ヲ敢行スル共産過激的国民政府ノ治下ニ於テハ、中外人共ニ生命財産ノ安全、営業ノ保障絶無ナリ、吾等在留民ハ、日本政府ノ対支方針タル内政不干渉主義ニ順応シ、隠忍自重スル事玆ニ半歳、而シテ結果ハ南京・漢口事件トシテ現ハル、斯ノ如キ乱状ハ彼等共産党ノ政策タル計画的行動ニシテ、正ニ暴民政治ノ一端ヲ暴露セルモノナリ、最近ノ小康ハ列国態度ノ硬化ニ鑑ミタル国民政府権宜ノ策略ニシテ、時局ヲ此儘朦朧ノ内ニ逡巡スルハ国家百年ノ大計ニ非ス、此際我等ハ一挙ニ武漢政府ヲ排撃シ、彼等ヲシテ再ヒ暴政妄挙ヲ繰返サシメサル対策ナカル可ラス、併シテ我漢口ノ利権ヲ上海ト共ニ絶対ニ把持セント欲セハ、宜シク左ノ方法ヲ取ル必要アルヲ信ス、現在ノ如ク防備ヲ日本租界ニ限ルハ経済上無意義タリ、宜シク列国協調ノ下ニ、旧五ケ国租界全体ニ拡張スルト共ニ、国民政府ニ対シ各種共産的暴令ノ撤廃ヲ求メ、更ニ進ンテ過激的分子ノ駆逐及ヒ総工会ノ矯正ヲ要求シ、一定期間内ニ是レヲ遂行セシムヘシ、若シ実行不能ト認メタル場合ニハ、直チニ武漢三地ニ対シ武力ヲ行使シテ叙上ノ目的ヲ達成スヘシ、若シ夫レ、我カ政府ノ方針ニシテ尚ホ現状ノ防備ニ止マリ武漢政府ノ分解ヲ持ツカ如キ消極策ニ止マルトセバ、吾等ハ財産ノ保護ヲ当局ニ托シ速ニ引揚ケヲ断行スルノ外ナシト信ス、右ハ当地商業会議所臨時総会ニ於テ満場一致決議シタル所ニシテ、此目的貫徹ノ為メ切ニ貴会ノ御配慮ヲ祈ル
外務大臣訪問 外務省ヨリノ長江一帯派遣調査委員五月十一日神戸発渡支ニツキ、協会ヨリモ社用ノ為メ漢口出張中ノ角田幹事並ニ在上海船津幹事ニ協会代表者トシテ、右一行ト共ニ諸般ノ協議ニ加ハルコトヲ電報ニテ委嘱シ、尚漢口商業会議所及民団ニ対シ、外務大臣訪問ノ結果ニツキ返電シタリ
    漢口民団及商業会議所宛返電(五月十一日発)○次掲ニツキ略ス


日華実業協会往復(二)(DK550091k-0008)
第55巻 p.473-474 ページ画像

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日華実業協会 【記 昭和二年五月十一日午前十時、総理大臣官邸ニ兼摂外務大臣田中義一氏を訪問せらる。…】(DK550091k-0009)
第55巻 p.474 ページ画像

日華実業協会               (渋沢子爵家所蔵)
      記
昭和二年五月十一日午前十時、総理大臣官邸ニ兼摂外務大臣田中義一氏を訪問せらる。児玉謙次氏並ニ喜多又蔵氏同伴す。声明書を示し且各種の情報を陳へ、漢口問題ニ付努力を望む。田中外相に於ても趣旨了承、出来る丈努力すへき旨申示されたる由。
           昭和二年五月十一日子爵より承ル 白石
関係書類を一括添付せり
  ○右ハ渋沢事務所ニ於ケル覚書ナリ。印ハ、白石喜太郎。


(喜多又蔵) 書翰 渋沢栄一宛 (昭和二年)五月一四日(DK550091k-0010)
第55巻 p.474 ページ画像

(喜多又蔵) 書翰  渋沢栄一宛 (昭和二年)五月一四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
謹啓 支那問題に関しては、終始甚大の御尊慮を煩し、且御高見拝聴難有奉謝上候、此度は長江危局に付き不尠御尽力を頂き、諸事好都合に取運び、深く感佩罷在候、帰来在華紡同業会席上在京中之模様詳細説明且報告致候処、一同日華実業協会の不一方御助援に対し感謝之意を表し居申候、尚乍此上老台之御高配を煩し度御願申上候
先ハ右御礼旁々御挨拶迄申上度、如此に御坐候 敬具
  五月十四日
                     喜多又蔵
    渋沢老台
       玉案下


日華実業協会往復(二)(DK550091k-0011)
第55巻 p.474 ページ画像

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集会日時通知表 昭和二年(DK550091k-0012)
第55巻 p.474 ページ画像

集会日時通知表  昭和二年     (渋沢子爵家所蔵)
五月廿四日 火 正午 日華実業協会ノ件(同会)
           長野朗氏講演会

 - 第55巻 p.475 -ページ画像 

日華実業協会第七回報告書 第二四―二五頁 昭和二年一二月刊(DK550091k-0013)
第55巻 p.475 ページ画像

日華実業協会第七回報告書  第二四―二五頁 昭和二年一二月刊
    役員会並ニ諸会合記録(大正十四年十二月以降《(五)》)
○上略
幹事会 五月二十四日正午、事務所ニ於テ開催、渋沢会長・児玉副会長、白岩・森・入江・荻野・奥村・天宅・倉知各幹事出席、最近北支那一帯視察談ヲ聴取シ、各自意見交換、二時半散会ス
○下略