デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

昭和3年5月18日（1928年）

是ヨリ先、当協会、屡々幹事会ヲ開キテ、中華民国関係諸問題ニ関スル協議ヲ重ネ、又、日本商工会議所・日本経済聯盟・大日本紡績聯合会トノ共同主催ニヨリ、支那問題聯合協議会ヲ開キ、是日、四団体連名ヲ以テ「支那問題ニ関スル決議」ヲ発表ス。是間栄一、病気ノタメ出席セズ。

日華実業協会第八回報告書　　第一一―一四頁　昭和三年一二月刊
　　　　諸記録（昭和二年十二月以降）
○上略
一、幹事会　四月六日正午、事務所ニテ開会
　渋沢会長・児玉副会長、白岩・入江・荻野・安川・森・角田・河野・倉知各幹事出席、前回ニ引続キ支那関税問題並ニ時局意見、今後ノ措置ニツイテ協議ヲ為シ、午後三時半散会セリ、尚ホ大阪ヨリ上京ノ喜多幹事並ニ福本氏出席、対支時局ニ対シ意見交換ヲ為ス
一、来電　対支時局ニ関シ、奉天日本商業会議所並ニハルピン在留邦人有志大会ヨリ、左記ノ電報ニ接セリ
　哈爾賓邦人大会来電
　　四月十八日ハルピン在留民有志大会ヲ開キ、満場一致左ノ如キ決議ヲナセリ、宣敷ク御厚配　　ヲ願フ
　　（決議文）
　　支那官憲最近ノ暴状言語ニ絶スルモノアリ、国際ノ信義ヲ無視シ条約ヲ蹂躙シ、我政府ノ代表機関ヲ経ズシテ猥リニ直接行動ニ出ズ
　　コレ善頁《（意カ）》ノ抗議ヲ顧ミズ、日本帝国ノ国威ヲ暴涜シ、国家ノ尊厳ヲ毀損スルモノニアラズシテ何ンゾヤ、然モ彼等官憲ノ兵ハ必ズシモ支那民衆ノ福利ヲ代表スルモノニアラズシテ、只地方軍閥ノ野心ヲ満タサンガ為メニ他ナラザルナリ
　　我北満ニアリテモ、支那官憲ハ労農露国ノ混乱ニ乗ジ抑圧横暴ノ限リヲツクシ、昨今労農露国ガ少シク消極的トナルヤ、其矛ヲ吾等邦人ノ頭上ニ翳シ来リ、数年来市政問題・土地問題・日貨排斥不当課税・家宅侵入・立退要求・朝鮮人圧迫・競馬問題・電話線切断等各様ノ問題惹起シ、日華ノ関係ヲ悪化セシメツツアリ
　　吾等在留邦人ハ支那ノ領土ニ於テ、平和的業務ニ従事スルモノナルヲ以テ、常ニ支那官民トノ間ニ友好ナル関係ヲ保持セント努ムルニモ不拘《（衍）》ラズ、彼等支那官憲ハ共存共栄ノ根本義ヲ忘却シ、敢テ我国民ヲ排斥シ、我ガ国威ノ暴涜ニ出デントス、モシ今日ニ於
 - 第55巻 p.497 -ページ画像 
テ支那官憲ノ反省ヲ促シ、最善ノ対支策ヲ実行スルニアラズンバ吾等邦人ノ安定ノ基礎ハ根底ヨリ覆滅セラレントス
　　玆ニ時局ニ鑑ミ、ハルピン在留邦人有志大会ヲ開キ、我ガ当局ヲシテ緊急適切ノ処置ニ出シメンコトヲ期ス
一、奉天日本商業会議所来電
　支那時局問題ニ関シ、本日政府当路、在京満鉄社長並ニ全国商議聯合会宛下記ノ如ク電請セリ、何卒御配慮ヲ乞フ
（電文）
　　昨年以来奉天支那官憲ハ事毎ニ北京政府ノ意ヲ受ケ、或ハ不等課税ヲ強要シ、或ハ排日排貨ヲ行ヒ、或ハ無慮ノ鮮農ヲ圧迫スル等狂暴日ニ至ラザル無ク、其ノ都度当所ハ実情ヲ具シ之ガ対策ヲ建議シ、速ニ禍根ヲ艾除サレン事ヲシバシバ要請セリ、然ルニ爾来支那官憲ハ毫モ反省スルトコロナク、最近我ガ耳目ヲ衝動セシメツヽアル満鉄京奉線クロス問題、並ニ洮昂鉄道ニ対スル満鉄担保ノ貨車無断流用ノ如キハ、条約ヲ蹂躙シ、国際信義ヲ無視スルノ甚シキモノニシテ、目下適切ナル対策ヲ講ゼラレツツアルニ対シ我ガ在留民ハ等シク当局ノ措置ヲ謳歌スルト共ニ、是レ蓋シ止ムヲ得ザルノ挙ニシテ、又当然ノ事ナリト信ジ居レリ
　　唯此ニ考慮ニ訴ヘ度キハ、目下已ニ支那官憲ノ命ニ基キ、昨年排日騒擾ヲ企テタル一団ニヨリ、支那当局援助ノ手段方法ヲ講究シツツアルヤニ仄聞ス
　　本件ニシテ仮令具体化ヲ見ルト雖モ、支那ノ民衆ハ毫モ関知セザル処ニシテ、将来彼我両国民親善ニ累ヲ及スノ虞レ無シ
　　依ツテ此ノ際如何ナル支障ヲ生ズルトモ、断乎タル措置ニ出デ、唯ニ鉄道問題ノミニトヾマラズ、五百件ニ垂ントスル多年ノ対支懸案ヲ悉ク解決シ、満蒙ヲシテ真ノ平和タラシムルコトニ善処セラレタシ、右要請ス
一、全満洲日本人代表者ト会見
　四月廿八日事務所ニ於テ、上京中ノ全満日本人代表者ト協会幹部ト会見、意見交換ヲ為セリ
○下略

日華実業協会往復（二）　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
謹啓
　　　　幹事会ノ件
来ル五月四日（金）正午ヨリ、当事務所ニテ幹事会相開キ、当方ノ対支意見ニ対スル其後ノ経過、並ニ日本商工会議所トノ交渉其他、御報告旁御協議願度、御繁用中乍ラ御繰合セ御参会被成下度、御案内申上候　敬具
　　昭和三年五月二日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会
　　　　渋沢子爵殿

日華実業協会第八回報告書　　第一四頁　昭和三年一二月刊
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　　　　諸記録（昭和二年十二月以降）
○上略
一、幹事会　五月四日正午、事務所ニテ開会
　児玉副会長、白岩・入江・荻野・奥村・河野・森・角田・安川各幹事出席
　一、這般発表セル対支意見ニ対スル各方面ヘノ反響、各方面ヘノ意見交換等、其ノ後ノ経過ニツイテ報告協議ヲ為シ、各自意見交換
　　午後三時散会ス
○下略

日華実業協会往復（二）　　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
（謄写版）
拝啓
　　　　対支問題協議会ノ件
昨四日幹事会ニ御報告申上置候対支問題協議会開催打合会ヲ本五日東京商工会議所ニ相開キ候結果、来ル五月十七日（木）及ビ十八日（金）両日間、日本商工会議所・日華実業協会・日本経済聯盟・大日本紡績聯合会ノ四団体ヲ主催者トシテ、協議事項ハ最近大阪各経済団体ニテ発表セシ意見書（別紙）ヲ中心トシテ左記事項ヲ議題トスルコトトシ開催ノ事ニ打合申候
　　一、対支平和勧告ニ関スル件
　　一、支那ヲシテ条約ヲ尊重セシムル件
　　一、我ガ対支方針ニ関スル件
　　一、支那関税問題ニ関スル件
　尚場合ニ依リテハ当面時局（済南事件）ニツキテモ協議スルコト
右ニ依リ、案内ハ内地ノ各関係経済団体及ビ在支在満各商業会議所ニ発送ノ事トシ、尤モ在支各商業会議所ニ対シテハ、特ニ時局ノ為メ出席困難ト思フモ、都合相付カバ御出席ヲ乞フ意味ノ電文ヲ発送ノ事ニ致候、右ノ次第何卒御承知置願度、不取敢御報告申上候　敬具
　　昭和三年五月五日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会
　　　　（宛名手書）
　　　　渋沢子爵殿
　追而当日ノ打合会ニハ、協会ヨリ児玉副会長・白岩幹事、日本経済聯盟ヨリ宮島理事、関西側高柳大阪商工会議所理事、日本商工会議所渡辺理事出席致サレ候　以上
　　○別紙略ス。

日華実業協会往復（二）　　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
謹啓
　　　　幹事会ノ件
来ル九日（水曜日）正午ヨリ、当事務所ニテ幹事会相開キ、対支協議会其他ニ関シ、御報告旁御協議願度存候間、御多用中乍ラ御繰合セ御出席被成下度、御案内申上候　敬具
　　昭和三年五月七日
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会
　　　　渋沢子爵殿
　　○右幹事会開催日ハ、五月十五日ニ延期サレタルモノト考ヘラル。

日華実業協会第八回報告書　　第一四―一六頁　昭和三年一二月刊
　　　　諸記録（昭和二年十二月以降）
○上略
一、幹事会　五月十五日正午、事務所ニテ開会
　児玉副会長、白岩・入江・荻野・奥村・角田・安川・白仁・森各幹事出席
　一、対支問題協議会ニ関スル協会トシテノ意見並ニ其ノ他ノ打合セヲ為シ、時局ニ関シ意見交換ヲ為シ、午後三時半散会ス
一、対支問題聯合協議大会　五月十七・八両日ニ亘リ、日本商工会議所・日本経済聯盟・大日本紡績聯合会並ニ当協会ノ四団体主催ニテ在支各商業会議所及内地各経済団体ノ賛同来会ヲ求メ、支那問題協議会ヲ東京商工会議所ニ於テ開催セリ、大会ノ順序ハ第一日支那各地代表者ノ対支意見並ニ実情報告ヲ為シ、第二日ハ特別委員会ニ於テ一致ヲ見タル前項所載シタル対支意見○次掲　「支那問題ニ関スル決議」「満蒙問題ニ関スル決定」ノ発表ヲ為セリ、更ニ実行委員ヲ選ビ、決議主旨ヲ首相始メ関係各大臣及各政党ニ進言シ尚朝野各方面ニ配布セリ
一、時局ニ関スル上海日本商業会議所来電（五月十二日）
　今回ノ済南事件ニ関シ、支那人ハ一般ニ逆宣伝ニ誤ラレ、対日感情険悪トナリ居ルモ、当地ニ於テハ、我帝国海軍ノ周到ナル保護ニ依リ、目下ノ処表面平穏ノ情態ニアリ、吾人ハ紛擾ノ揚子江流域ニ拡大スルハ不利ナルヲ信ズルヲ以テ、此ノ際慎重ノ態度ヲ持シ、苟モ我同胞ノ生命財産ニ関シ不祥ノ事件勃発ノ恐レアルニ於テハ、我政府ハ断乎タル措置ニ出デラレンコトヲ切望ス
一、時局ニ関スル漢口日本商業会議所来電（五月十五日）
　当地英字新聞ニ東京電トシテ、日本ノ新聞ノ内ニハ、山東出兵ハ南支那ノ排日ヲ招ク恐レアリ策ノ得タルモノニアラズ等、論ズルモノアリト報ジ居レリ、斯カル事ハ支那側ニ乗ゼラルルノミナラズ、カヘツテ吾人ノ迷惑スルトコロナリ、事実当地在留邦商ハ従来数度ノ経験ニ依リ、排日排貨ハ少シモ恐ルヽトコロニアラズ
　此ノ際徹底的手段ヲ取ラレン事ヲ希望スルモノニテ、之レガ却ツテ排日熱ヲ終熄セシムルモノト観測シ居レリ
一、南満吉敦鉄道撮写会
　五月廿三日午後八時、丸ノ内日本工業倶楽部ニ於テ、協会会員並ニ関係各方面ニ対シ、今回南満鉄道会社ニテ完成ノ吉敦鉄道ノ活動写真ヲ撮影観覧ニ供セリ
○下略

日華実業協会往復（二）　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
（謄写版）
拝啓
 - 第55巻 p.500 -ページ画像 
時下益御清適ノ段奉欣賀候、陳者去ル五月十七日及ビ十八日両日ニ亘リ開催致候在支那・在満洲及ビ内地各経済団体対支問題協議会ニ於ケル決議書、別紙不取敢御参考迄ニ入貴覧候　敬具
　　昭和三年五月三十一日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会
（別紙、印刷物）
　　　　支那問題ニ関スル決議
　　第一　済南事件ニ関スル件
不祥ナル済南事件ノ勃発ハ日支両国ノ為メ遺憾至極トスル処ニシテ、之レカ善後処置ハ極メテ慎重ナル考慮ヲ要ス、支那側ノ惨虐ナル行動ニ対シテハ断然タル態度ニ出テ、飽迄モ其ノ反省ヲ求ムルト共ニ、此上事態ノ拡大ヲ防キ、将来此種事件ノ絶滅ヲ期スル為メ最善ノ努力ヲ払ハレン事ヲ希望ス
　　第二　和平勧告ニ関スル件
近年隣邦支那ハ不幸ニシテ争乱相踵キ、国内ニ於テハ人命ノ損傷、財産ノ破壊、租税ノ苛歛誅求等実ニ名状スヘカラサルモノアリ、対外関係ニ於テハ通商ノ阻害、企業ノ衰頽、外人生命財産ノ危害、条約ノ蹂躙等其ノ例枚挙ニ遑アラス、之ヲ其ノ成行ニ放任センカ、支那国民ノ疲弊困憊ヲ一層深酷ナラシムルハ勿論、在支外人ノ不安亦益々甚シカルヘシ、仍テ我カ政府ハ善隣ノ交誼ニ鑑ミ、適当ノ時期ニ於テ関係列国ヲ誘ヒ、支那ニ対シ、争乱ノ停止、和平ノ促進ヲ勧告セラレンコトヲ望ム
　　第三　条約尊重ニ関スル件
近年支那側ノ条約改正要望ニ対シテハ、其ノ趣旨ニ於テ同情スヘキ所アリト雖モ、交渉ノ相手方ハ其国民ヲ完全ニ代表シ得ルモノタルヘク其ノ交渉又合理的ナラサルヘカラス、然ルニ支那ノ現状ヲ見ルニ、当然負ハサルヘカラサル義務ヲ履行セス、種々ノ口実ノ下ニ擅ニ之カ改廃ヲ計リ、外人ニ対シテ益々不法ノ圧迫ヲ加ヘツツアリ、此ノ如キハ支那ト政治上及経済上密接ノ関係ヲ有スル吾人ノ断シテ許容シ難キ所ナリトス、仍テ我カ政府ハ支那各地官憲ヲシテ現行条約ヲ徹底的ニ尊重セシムルヲ主眼トシテ、各地ニ発生スル条約違反ノ行為、軍民ノ暴行等ニ対シテハ随時随所ニ我カ利益ト居留民ノ保護ノ為メ必要ナル機宜ノ自衛手段ヲ採リ、其ノ結果各種ノ排斥運動発生スルコトアルモ一貫シタル方針ヲ持シ、以テ之カ対策ヲ講セラレンコトヲ望ム
　　第四　関税会議ニ関スル件
関税会議ハ時局ノ為メ中止中ナルモ、早晩何等カノ形式ニ依リ関係列国ニ対シ之ヲ提議シ来ル可シト予測セラル、固ヨリ該会議ハ関税制度改革及ヒ現行ノ各種不当課税解決並ニ債務整理ノ為メ之カ再開ヲ必要トスヘク、我邦トシテハ大体前会議以来ノ主義方針ニ則リ、宜シク小異ヲ捨テ大同ヲ採リ、努メテ之カ成立ヲ計ル可キナリ
該会議ノ再開ハ少クモ支那国民ヲ代表スト認メラルヘキ政権ヨリノ提議ニ対シ、主要関係国同一歩調ノ下ニ始メテ之ニ応ス可ク、別項和平ニ関スル勧告ト関聯シ、以テ国内統一ノ形勢馴致ニ努ムルコト最モ適切ナリト思考ス
 - 第55巻 p.501 -ページ画像 
　　第五　対支外交ニ関スル件
従来我国歴代政府ノ対支政策ヲ顧ルニ、其ノ交迭毎ニ変更著シキモノアリタルカ為メ、対支貿易及企業上有形無形ノ損害少ナカラサリシハ勿論、往々支那国民ヲ誤解ニ導キタル事ナキニ非ス、仍テコノ際政府ハ支那ノ和平並ニ両国ノ経済的繁栄ヲ基礎トシ、政党政派ヲ超越セル対支根本政策ヲ確立セラレンコトヲ望ム
　　　　満蒙問題ニ関スル決定
満蒙問題ハ我国ト特殊ノ関係アルヲ以テ、本協議会ニ於テハ最モ慎重ニ協議ヲナシ意見ノ一致ヲ見タルモ、本問題ハ刻下事態ノ頗ル重大ナルニ鑑ミ、意見ノ発表ハ之ヲ差控ヘルコトニ決定セリ
　　昭和三年五月十八日
　　　　　　　　　　　　　　　　　支那問題聯合協議会
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　主催団体
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本商工会議所
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日華実業協会
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本経済聯盟会
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大日本紡績聯合会

日華実業協会第八回報告書　　第四―六頁　昭和三年一二月刊
　　　　会務報告
　　　　　　第八回会務報告（昭和三年一月以降）
○上略
　　一、支那問題聯合協議会開催並ニ決議
多年支那ノ内乱ノ為メ日支両国ノ経済発展ヲ阻害スルコト甚大ナルノミナラズ、過激ナル排外運動ノ為メ在留邦人ノ生命財産ノ安全モ保シ難キ実情ナルニ鑑ミ、内地並ニ在支各経済団体ノ聯合大会ヲ開催シ、対支根本政策ノ確立ヲ期シ、以テ両国経済関係ノ緊密ト円滑ナル進展ヲ図ル為メ、本協会並ニ日本商工会議所・日本経済聯盟・大日本紡績聯合会ヲ主催団体トシ、五月中旬東京商工会議所ニ各経済団体ノ支那問題聯合協議会ヲ開催セリ、該会議ノ詳細ニツキテハ別ニ当時報告セル通リナルモ、当時決議ノ要項左記ノ如シ
○下略

竜門雑誌　　第四七七号・第五七頁　昭和三年六月
　　　　青淵先生動静大要
　　　　　　五月中
四月廿一日以来、自邸に於て専ら療養に努めらる。

対支回顧録　対支功労者伝記編纂会編　　上巻・第七八〇―七八二頁　昭和一一年六月再版刊
　　　　附録　支那政情の概観
○上略
　昭和三年　二月七日、南京の国民政府は内務薜篤弼・外務黄郛・財政宋子文・交通王伯群・司法王寵恵の各部長を任命発表し、中旬、蒋介石は河南省開封に於て馮玉祥・閻錫山と三巨頭会議を開き、第一蒋
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第二馮、第三閻及び第四李宗仁の四集団軍に区分して、愈々京津攻略に前進することとなり、四月九日には津浦線方面の奉天軍を総攻撃して山東に進出、臨城・曲阜を経て四月十六日済寧を占領し、済南を半月形に包囲した。済南の危急は再び切迫したので、日本政府（田中内閣）は在留民現地保護の目的を以て第二次山東出兵を断行、第六師団は二十六日済南警備に就いた。然るに北軍は三十日夜になつて孫伝芳張宗昌等相前後して済南を逃出し、総退却を開始したので、南軍は戦はずして五月一日払暁から済南へ入城した。
　図らずも五月三日、支那兵の掠奪を導火線として北伐軍と日本軍との衝突から、意外にも所謂済南事件と云ふ重大事件を起し、稀に見る市街戦や攻城戦を続けること九日間、十一日午前二時に至つて日本軍は済南全市を占領した。第三師団に第三次出兵の動員令下り、北伐軍を泰安以南に退却せしめた。斯る間に南北両軍の京津間に於ける衝突は目睫の間に迫つた。日本政府は同方面より更に満洲方面への動乱波及を防止する目的を以て、十八日、満洲に於ける日本の権益を擁護するために戦乱が同地方に及ぶ場合は必要且つ適当の行動を取る旨の宣言を発表した。
　済南陥落の報は北京政府に大動揺を来したが、張作霖は断乎決戦を決意した。兵禍の京津に及ぶべきを慮り、わが芳沢公使より「北京の平和授受」を勧告したが、張作霖は肯かなかつた。しかし大勢は飽まで奉天軍に不利であつたので、遂に六月一日、張作霖は大元師府に外交団を招請して退去の声明と別離の挨拶を述べ、北京の元老王士珍に後事を託して、同月三日午前一時十五分幕僚を随へて一路奉天に向つたが、翌日午前五時半、京奉線と満鉄とのクロス点に於て列車の爆撃に遭ひ、黒竜江督弁呉俊陞と共に爆死した、年五十六。尚ほ三日午前十時、革命の元勲前大総統黎元洪も天津の自宅に於て脳溢血にて急死した。行年六十一。
　六月八日、奉軍退出後の北京城内は、王子珍の総裁する北京治安時局会議に依て一時の治安を保つたが、次で青天白日旗が掲げられ、先駆として山西軍が駐屯した。ここに蒋介石の北伐軍は完全に北伐を完成したのである。七月六日、西山碧雲寺に孫文の遺骸の前に北伐完成の報告祭を行つた。