デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
3節 其他ノ外国
5款 メキシコ共和国コロラド河流域開拓事業
■綱文

第55巻 p.608-610(DK550122k) ページ画像

大正11年10月20日(1922年)

是日栄一、浅野総一郎・福井菊三郎等六名ヲ、東京銀行倶楽部ニ招キ、ヘンリ・チェンバレン及ビジェー・シー・アリソンヲ紹介シタル後、当事業ノ大要ニツキ談話ス。

十二年二月九日、栄一、渋沢事務所ニ於テ、先ニ栄一ノ依頼ニヨリ、当事業ノ現地ヲ視察シテ帰国セル山科礼蔵・神谷忠雄ヨリ、其調査報告ヲ聴取シ、次イデ十九日、渋沢事務所ニ浅野総一郎・福井菊三郎等ヲ招キテ、右調査報告会ヲ催ス。


■資料

(増田明六)日誌 大正一一年(DK550122k-0001)
第55巻 p.608 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一一年      (渋沢子爵家所蔵)
十月二十日 金 晴
○上略 十二時、事務処ニ出勤、直ニ子爵に随伴して銀行倶楽部に於ける墨国企業ニ関する会合ニ出席、来会者ハ浅野総一郎・福井菊三郎・宮島清次郎・根津嘉一郎・高田釜吉氏代松原鋭蔵・星野錫代同辰雄及チヤンバーレイーン、アリソン、久万俊泰・渡辺金三の諸氏にして、子爵並小生ハ主人側なり
食後子爵よりチヤンバーレイーン、アリソン両氏を来会者ニ紹介し、且其企業の大要を談話して、各自の意見を腹蔵なく開陳せられ度しと陳へ、根津氏其他より二・三の質問ありしのみにて時刻段々移るを以て漸次辞去し、結局後日の問題と為す事となりて主客凡て退散
○下略
十月二十一日 土 晴
○上略
三井合名福井菊三郎氏代理として秘書役吉田英一氏の来訪を受けた、昨日の墨国起業会合の際福井氏ハ他に約束ありて中坐した為め、其後の景況を聞かんと之事である、詳く話しを為て置いた
○下略
   ○中略。
十一月廿四日 金 晴
○上略夕刻久万俊泰氏来訪の結果、急に米国スニ《(ニユ)》・ーオーレンアンス領事館宛山科礼蔵氏並ニバークレー牛島氏ニ電報を発する事となり○中略右電報ハ、チヤンバーレイン氏提出の墨国土地を山科氏帰路現地ニ立寄り視察して貰ひ、其耕地としての価値及我労働者を移住セしむるニ付ての意見を立てゝ電報して貰ひ度いと之依頼である、又牛島氏にハ山科氏ニ如此依頼したから氏を案内して呉レロと云ふ依頼である


集会日時通知表 大正一一年(DK550122k-0002)
第55巻 p.608-609 ページ画像

集会日時通知表 大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
 - 第55巻 p.609 -ページ画像 
十月二十日 金 午後〇半時 チャンバーレン氏、アリソン氏両氏提議ノ件(銀行倶楽部)(墨国起業ノ件)
十二月二日 土 午後一半時 チャンバーレイン氏ノ墨国土地活動写真会(帝国ホテル)


(増田明六)日誌 大正一二年(DK550122k-0003)
第55巻 p.609-610 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一二年      (増田正純氏所蔵)
一月十九日 金 晴
定刻出勤
午後四時、昨年南米視察団長として旅行の途に就きたる山科礼蔵氏東京駅ニ帰着、子爵閣下の代理を兼ね出迎を為す
○下略
一月二十日 土 晴
今朝十一時廿七分、子爵閣下湯河原ヨリ急ニ帰京、東京駅ニ安着セらる、其前事務処ニ来訪の神谷忠雄氏と共ニ同駅ニ出迎ヘ、急用を自動車内にて済ます
神谷氏ハ山科礼蔵氏と共に南米視察より昨日帰朝、其帰途米国通過の際下加州(墨国領)コロラド・リバー・コムパニー所有土地視察を電報依頼したるが、其視察の梗概報告の為め来訪ありし次第なり
○下略
   ○中略。
九日○二月 晴 金
○上略
子爵、湯河原より午後〇時五十分東京駅ニ無事帰着セらる
○中略
午後二時、兜町事務処に於て山科礼蔵・神谷忠雄両氏の来車を請ひ、子爵・小生及小畑会談す、山科・神谷両氏は昨年南米視察の途ニ上られ本年一月十九日帰朝セられたるが、先之帰途北米通過の際子爵より墨領下加州ニ於けるコロラド流域土地状況調査の依頼あり、両氏之を視察したる報告を子爵ニ為さんが為の会合なり、其報告を略叙すれハ
一面積八十三万ヱーカーと称すれとも、内既墾地十五万ヱーカーの内にて約四万ヱーカーは墾成地不可能なり、残六十八万ヱーカーの内五十万ヱーカーは耕地ニ適するも、残地ハ開墾の価値無し
一、位置ハ米墨国境より南下しコロラト河域ニ沿ふたる下加州ニ於ける最も肥沃の地たるハ疑なし
一労働者は墨人を用ゆる外致方無し、本国より邦人を移入する事ハ米国と之協約ニ依りて不可能なり、又米国ニ在る邦人を移さんとしても、同地ニ於ける賃銀ハ遥ニ墨国より高きを以て、少くとも同一額又ハヨリ以上を払ハされハ転入セさるべし、況んヤ気候極めて炎く日本人の体質ニ順応セさる恐あるニ於てをや
一土地所有者ハ参千万弗ニて売却したしと之希望なるが極めて高価なり、況して八十三万ヱーカーの内六十万ヱーカーの外ハ耕地ニ適セさるニ於てを哉
一米国より云ハヽ下加州は将来買収又ハ其他之方法を以て手ニ入るべき必要の土地と推考セらるゝなり、而して墨国ニ在る日本人カ国境
 - 第55巻 p.610 -ページ画像 
を浸入して米国ニ入らさる哉とハ常ニ同国政府の憂ふる処なる《(を脱)》以て愈日本人の投資と決する以上ハ米国ハ相当の警戒を為し、或ハ為之日米親善を腸《(傷)》くる恐を生セんも難計、故ニ両国親善の意味より投資セんと企図するハ全く意味を為さす、只単ニ綿花栽培を以て利益を得る目的ならハ、其価格さへ廉ならハ相当算盤が取れるならん云々
   ○中略。
二月十九日 月 晴
○上略
午前十時、兜町事務処ニ於て墨国コロラト河流域土地企業ニ関する山科礼蔵・神谷忠雄両氏の調査報告会あり、渋沢子爵を始め大倉男・浅野総一郎・福井菊三郎・根津嘉一郎・小池国三の諸氏来会す、山科・神谷両氏の報告談は去九日子爵ニ対してセられたると同様なれハ略す福井・根津両氏を始め其他の人々より意見を述へられ、結局子爵ニ於て近日和田豊治氏ト会談し、両氏の報告を示したる上、紡績業者としての同氏の意見を確かめたる然る後、チヤンバーレーン氏ニ答ふる事と為れり
○下略


集会日時通知表 大正一二年(DK550122k-0004)
第55巻 p.610 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年       (渋沢子爵家所蔵)
二月十九日 月 午前十時 コロラド河流域土地ニ関スル調査報告会
             (兜町)