デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
3節 其他ノ外国
5款 メキシコ共和国コロラド河流域開拓事業
■綱文

第55巻 p.610-629(DK550123k) ページ画像

大正13年3月4日(1924年)

是ヨリ先、栄一、当事業ノ成立ニ関シ、種々尽力スルトコロアリシモ、大正十二年九月一日ノ関東大震火災ノタメ、日本側ノ出資不可能トナリタルニツキ、ヘンリ・チェンバレン及ビデーヴィッド・エス・ジョルダン等ニ書翰ヲ以テ諒承ヲ求ムルト共ニ、是日、日本側関係者ニ対シテモ、其旨ヲ通知ス。


■資料

(増田明六)日誌 大正一二年(DK550123k-0001)
第55巻 p.610-612 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一二年      (増田正純氏所蔵)
二月廿一日 水 降雨
○上略
午後三時、和田豊治氏子爵を来訪、墨国土地企業に関する談話あり、神谷忠雄氏其視察状況を報告し、結局神谷氏ニ於て其提案者たるチヤンバーレーン氏に回答する文案を起草して子爵ニ示し、子爵之を検閲の上、チヤンバーレーン氏に回付する事となれり
○下略
   ○中略。
二月廿六日 月 晴
定刻出勤
本日の面会者如左
 - 第55巻 p.611 -ページ画像 
渡辺金三氏 コロラド河岸土地開墾企業ニ関する件
○下略
   ○中略。
三月十二日 月 降雨
定刻出勤
本日の来訪者如左
○中略
一久万俊泰氏 墨国コロラド流域土地開墾事業ニ関する件
○下略
   ○中略。
三月十四日 水 晴
定刻出勤
前十一時、山科礼蔵・指田義雄・神谷忠雄・久万俊泰の四氏を請し、子爵及小生相会し、墨国下加州コロラド河流域土地企業ニ関しチヤンバーレーン氏ニ対する回答案に付き協議す、同氏ハ昨年十月より本問題ニ付日本人之出資を得んと勧め、引続き帝国ホテルニ滞在セるものなるが、子爵之回答が延引すれハする程其滞留を永引かせる次第なるを以て、最近同地方を視察したる指田氏と先ニ其視察を了したる山科神谷両氏とを請し、互に意見を交換したる次第なり、協議の結果回答案の趣意を決し、之を神谷氏起草する事となり、午餐の後散会
○下略
   ○中略。
三月十七日 晴 土
○上略
同○午後四時、久万俊泰氏来訪、チヤンバーレーン氏提案の墨国コロラド河流域土地企業の件ニ付き子爵の面前ニ於て協議す
○下略
   ○中略。
三月十九日 月 雨
定刻出勤
前十時、チヤンバーレーン氏提案墨国土地企業の件ニ関し、同氏と久万俊泰・神谷忠雄の両氏を兜町事務処ニ集め、子爵より日本側出資者を動かす前ニチヤンバーレーン氏ニ於て調査の上報告セられたき事四件ありとて、詳細に本問題ニ関し爾来屡々日本側同志を集め協議したる顛末を談話し、チヤンバーレーン氏ニ於ても希望を陳べ、最後ニ子爵より書面を以て希望を陳ふべき事を約して分れたり
○下略
   ○中略。
三月廿一日 水 晴
○上略
正午、東京会館に於ける渋沢子爵御催の、チヤンバーレーン氏夫妻送別会に赴く、種々斡旋食事央にして
○下略
   ○中略。
 - 第55巻 p.612 -ページ画像 
三月廿三日 金 晴
定刻出勤
来訪者如左
○中略
五渡辺金三氏 墨国土地企業ニ関する件
○下略


(ヘンリ・チェンバレン)書翰 渋沢栄一宛一九二三年七月二三日(DK550123k-0002)
第55巻 p.612-619 ページ画像

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(デーヴィッド・エス・ジョルダン)書翰 渋沢栄一宛一九二三年八月九日(DK550123k-0003)
第55巻 p.619-622 ページ画像

(デーヴィッド・エス・ジョルダン)書翰 渋沢栄一宛一九二三年八月九日
                   (渋沢子爵家所蔵)
DAVID STARR JORDAN
STANFORD UNIVERSITY P.O.
   CALIFORNIA
                    August 9, 1923.
Viscount Eiichi Shibusawa,
  2 Kabuto-cho,
  Nihonbashi, Tokyo, Japan
My dear Viscount:
  I am glad to hear of your recovery. Mrs. Jordan is very well
 - 第55巻 p.620 -ページ画像 
 and joins me in kindest regards to the Viscountess and to yourself.
  I met Mr. Chamberlain again lately in Los Angeles, and he showed me the letters and telegrams. He has chosen an excellent set of men as co-workers. Miller is one of my closest friends. Bridge, Scott and Shoup I have long known. Phillips and Cochrane I know by reputation as successful managers of the Pacific Mutual Life Insurance Company. When the organization is completed, these men will have great influence. I think that Mexico will soon be recognized, a matter which will bring about extension of American investments. Our business men have great confidence in President Obregon.
  Referring to the four propositions, I may say (1) is well adjusted. (2) cannot be fully settled at once. The only limitation existing is the bar, placed unasked by the Foreign Office of Japan. This was done as a precaution against further criticism from America. The State Department of America has nothing to do with it in any direct fashion.
  It might be well to have Mr. Hanihara discuss the conditions with Mr. Hughes and Mr. Hoover. In Tokyo, I had a long conversation regarding it with Mr. Hanihara and Mr. Nagai. The leases of Mr. Allison to Mr. Shima and others, as I understand it, cover all the land now ready for leasing. There is plenty of Mexican labor to be had and Japanese are more needed as foremen or lessees than as laborers. I see no reason why skilled farmers as lessees or foremen could not come in at any time. When once under way, the influence of the corporation would go a long way towards neutralizing the Mc Clatchey campaign. The main purposes of his supporters have been to carry elections and to get near San Francisco a naval base, which will expend in that city about $2000,000 per month for supplies.
  (3) should offer no difficulty. Most of the land, with water, is very good. Without it, all is worthless.
  (4) The Boulder Cañon dam for flood control on the Colorado is one of the greatest enterprises of our government. I think that it will be accomplished. Hoover has set his heart on it. I understand too that, in consequence of the Imperial ditch passing across Mexican territory, half its water is, in perpetuity, to be used in Mexico. As to this, I have no direct knowledge. It is everywhere so understood.
  There has been talk of an "All American ditch" ― but I think it impossible, as it would have not only to tunnel mountains but to cross or dig under extensive sand dunes.
               Very sincerely yours,
 - 第55巻 p.621 -ページ画像 
              (Signed) Daivd Starr Jordan
(別筆書入レ)
九月廿五日入手
(右訳文)
 東京市                   (九月廿五日入手)
                    (栄一墨書)
  子爵 渋沢栄一閣下         十月二十二日一覧
(別筆)
返事済
    スタンフォード大学、一九二三年八月九日
              デヴヰッド・スター・ジョルダン
○上略
閣下の御全快被遊候由を聞き嬉しく存候、愚妻亦健在にして、閣下及令夫人に対し小生と共に敬意を奉表候
最近ロスアンゼルス市に於て再チャンバーレーン氏に面会致し候処、氏は閣下よりの御手紙並ニ電報を小生に示し候、氏の選びたる組合員は立派なる人物にして、ミラー氏は小生親友の一人に有之、ブリッヂスコット、シャウプの諸氏は永く交際せる人々に候、フヰリップ、カックランの両氏は太平洋生命保険会社の支配人として名声高き人々に候、計画中の合辦事業成立の暁には此等の諸氏は大いに尽力せらるべしと存候、メキシコの承認は軈て実現すべく、然る上は米国の投資区域は益拡大すべく候、米国の実業家はオブレゴン大統領に対し大なる信用を有し居候
四個の問題に就て申上げんに、(一)は誠に当を得たるものと存候、(二)は今直ちに決定する事能はず候、現存のメキシコ移民の禁止は日本外務省が将来米国より批難を受けざる様自ら設けたるものに候へば、米国国務省は此に対し何等直接的の行動をとること不可能に御座候
埴原氏をしてフーヴァー、ヒューズの両氏と協議せしむれば好都合と存候、小生は東京に於て此問題に就き埴原・永井の両氏と長時間協議致候、牛島氏其他の人々がアリソン氏より借受くべき地所は今日貸附を予定せる全部の地域を占め居候、メキシコ労働者の傭入るべきものは多数有之候も、日本人は労働者といふよりも彼等の監督若くは借地人として必要あるものに候、老練なる農夫は監督又は借地人として何時にても自由に入国し得べき道理なりと愚考致居候、されば合辦会社の力を以てすれば、マックラチー氏の勢力に拮抗し得べしと存候、マックラチー氏を擁せる一派のものゝ主目的は桑港附近に海軍根拠地を作り、且つ之れを選挙の好餌と為さんとするものに有之候、尚海軍根拠を作る事と相成候へは、其必要品供給の為に毎月二百万弗の金を全市に流入せしむるを得るが為めに御座候
(三)は何等問題と為すに足らざるべくと存候、同地の大部分は灌漑良く地味良好に候、若し此れ無くば無価値の土地と存候
(四)コロラド河の汎濫を防止する為にブールダー・ケンヨン堰を建造する工事は米国政府の大事業に候へ共、何れ完成を見ることゝ存じ、フーヴァー氏も大いに望を抱き居候、メキシコを横断すべき帝国平原河渠を造るに於ては、コロラド河の水量の半はメキシコ国内に於て永久的に使用せらるべきものと小生は了解致居候、此事に就きては実際の知識を有せざれども、何処に於ても斯くあるべきものと考へられ候
 - 第55巻 p.622 -ページ画像 
「全米河渠」の話も有之候へども、山を穿ち広漠たる砂漠を横り、又は其下を掘るが如き大工事は到底実現不可能と存候 敬具
   ○欄外数カ所ニ書入レアルモ略ス。


渋沢栄一電報控 ヘンリ・チェンバレン宛大正一二年一一月一三日(DK550123k-0004)
第55巻 p.622 ページ画像

渋沢栄一電報控 ヘンリ・チェンバレン宛大正一二年一一月一三日
                    (渋沢子爵家所蔵)
(別筆)
返事済
    無線電信
                   (栄一鉛筆)
 ロスアンゼルス市          十一月十三日一覧
  ヘンリー・チェンバレン殿
七月廿三日付貴書拝誦致シタルモ、当地ニ於テ組合員タルベキ人々何レモ今回ノ震火災ニテ大ナル打撃ヲ受ケタル為メ、該企業ニ加入出資スルコト困難ノ状況トナレリ、又九月八日付貴書御申越ニヨル貴台等御計画ノ救援ハ御厚意拝謝スレドモ、最早其必要ナカルベシト思ハル委細書面ニ譲ル
                         渋沢


渋沢栄一書翰控 ヘンリ・チェンバレン宛 大正一二年一一月二四日(DK550123k-0005)
第55巻 p.622-623 ページ画像

渋沢栄一書翰控 ヘンリ・チェンバレン宛大正一二年一一月二四日
                   (渋沢子爵家所蔵)
  ヘンリー・チェンバーレイン殿
                      渋沢栄一
拝啓 七月廿三日付貴電並貴翰落手拝見致候、疾ニ御返事可致候処、当地去九月一日突発の大震火災ニ際会、爾来其復旧善後策の講究ニ忙殺され、心ならすも遷引致候段不悪御承引被下度候
扨先般貴電にて当方より代表者を派遣する様との御申越ニ対し回答したる当方の電報及書翰御閲覧相成、其派遣不可能の次第御諒解被成居由委細の御申越逐一了承致候
本企業ニ関し第一の問題たる貴方資本家の選定の件ニ付てハ、貴我両者の意見一致せざるとせバ、夫ハ人選ニ於て不成効の為めなりと之御趣旨の下に前便尊書御通知の如き第一流の有力者を加入せしめ、尚貴政府並メキシコ問題ニ関し有力なる某氏を将来組合員たらしむべく御尽力相成候趣、誠ニ慎重なる御注意敬服の至ニ候、又第二、三、四の問題ニ関してハシヨルダン博士《(ジヨルダン)》・大山総領事及牛島氏と会し種々御協議相成、第三の土地の評価の件ハ将来組合員と為るべき貴我両国人が現場ニ臨ミて協商するニ非らされハ満足ニ行ふ事能ハさるべし、第四の洪水防止の件ハ現在左程危険の状態ニあらす、又貴政府が目下計画セる工事ニより一切の危険を将来必す除去すべきニ付、之又双方の代表技師の調査に委せば可なり、而して第二の墨国移民自由渡航の件ニ付てハ、貴下の代表者ハ華府ニ於て研究し、牛島氏ハ華府ニ埴原大使を訪問して種々考慮する処あり、ジヨルダン博士も亦大ニ講究せられ居るも、要之本件ハ貴下並貴方出資者か卒先米政府ニ解決を迫るべき問題ニあらす、日米の資本家が其地に会合商議したる後、日本側ニ於て本問題解決の可能なるを思ひ、他の問題と共ニ之が解決の援助を請ハるゝニ於て、米国側資本家ハ米政府ニ対して本件を提出し、日本側
 - 第55巻 p.623 -ページ画像 
と協力して解決に努むべし、殊ニ日本政府ハ移民ニ関する協約ハ総て之を改締《(訂)》し度希望を有するニ付き、此機会ニ於て日本政府の此希望も達せらるゝニ至るべしと御評議相成候ニ付てハ、第一の問題たる貴我双方の出資者既ニ決定したる以上、他の三問題ハ双方より選任したる代表者ニ於て協議するを最良策と思惟するニ付き、可成早く代表者を派遣すべし、若又代表者派遣の義適当の時機ニあらずとせハ、其旨直ニ通知すべしとの御懇篤なる御申越一々了承致候へ共、日本側出資者の意見ハ、貴下の熟知せらるゝ如く、四箇の問題ニ関し貴方より十分御研究を遂けられたる具体的提案を受け、日本側出資者の之を審議して一致の意見を得たる上、始めて我代表者を派遣すべしと決居候義ニ付、今回尊書のミニ依りて直ニ代表者を派遣する事ハ到底難出来候、特ニメキシコ移民自由渡航の件ニ関してハ、貴下並貴方出資者の御尽力ニ拠りて解決の途を得度希望せし本邦出資者ハ、予て期待したる処と大ニ相違せる今般の貴書ニ接し、痛く失望致居候次第にて、当方側としてハ予て得貴意候如く、第二の問題たる墨国移民の件、第三・第四の問題たる土地評価及洪水防止の件ニ付ても、第一の問題たりし貴方出資者人選の件ニ於けると同様貴下より具体的提案を受け、之ニ対し本邦出資者協議致、然る後代表者の派遣ニ及ふハ本企業ニ関する本邦出資者の取るべき第一歩と御承知可被下候
貴下が此移民問題解決の為ニ本企業全部の解決を遅延するか如き事あらハ、本企業全部を放棄するの止む無きニ至るべしと之御憂慮ハ、小生ニ於ても御同感ニて、若シ移民問題解決の途を得る事能ハさるニ於てハ、貴方ニ於て如何なる立派の出資者を得るニしても、当方の出資者は本企業ニ加入する事を悦ハさるべしと憂慮ニ不堪候 敬具
   ○右英文書翰ハ大正十二年十一月二十四日付ニテ発送セラレタリ。


渋沢栄一書翰 控 ヘンリ・チェンバレン宛大正一二年一二月一七日(DK550123k-0006)
第55巻 p.623-624 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 ヘンリ・チェンバレン宛大正一二年一二月一七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
 ロスアンゼルス市
  ヘンリー・チェンバーレイン殿       渋沢栄一
拝啓 予て御企画の墨国企業に関しては、貴下が昨年来全力を傾注して成立に努めらるゝは単に利益問題に非ずして、米日両国親善の企図に出られたるは小生の深く敬服する処にして、小生も亦日米親善之趣旨を貫徹する為の一要件として貴図に賛し、是非成立せしめ度と爾来尽力致居候事は貴下の熟知せらるゝ処に御座候、然るに爰に貴下の熱心なる御申越に酬ゆるに忍ひさる御報告を為すの已むを得ざる事情出来致候
貴下の既に厚き御配慮を払はれたる去九月一日東京及横浜並其近県に突発したる大地震に引続きたる大火災は、両市を焼燼《(尽)》して住民及官民事業の大半を壊滅に帰せしめ、為之日本政府に於ても総ての事業を繰延、又明年度予算に於て大削減を致して民力の回復及両市の復興に努め、居間に於ても協力一致極度に経費の節約を図りて復旧に努め、到底其の事業の拡張又は新規の事業に投資する事能はざるの悲境に陥り候、昨年貴下御来京之節会見せられし出資者たるべき人々も、自己の
 - 第55巻 p.624 -ページ画像 
財産を焼燼したるに止まらす、其主宰する事業に於て多大の損耗を蒙り、此際之が復旧善後策に没頭して他を省みる遑無き状態と相成候間乍遺憾日本側出資者を本企業より御除外相願候外致方無き次第と相成候間、何卒不悪御諒承被下度候、乍併本企業を米日両国の合辦に依らんとせられし貴下の御精神並爾来の御努力に関しては、小生は勿論日本側出資者たるべき人々の深く感銘致居候義に付き、他日災害の復旧せし時尚日本人の加入を御希望せらるゝに於ては、更に一層之努力を以て成立に努むべき義務ありと存候、以上の次第貴下よりジヨルダン博士を始め貴方出資者各位に御致声被下、呉々も万不得止に出でたる義を御諒察被下度希上候
次きに前記当地方に於ける大震火災に付き小生の安否御心配相成、御懇切の御手紙を寄せられ、御厚意難有敬承仕候、不幸にして昨年貴下御来邦の際屡々御訪問を受けたる彼の水を以て囲まれたる小生の事務所は、同夜東京市の三分二の建物と共に延焼の厄に遭ひ、一本の樹木一冊の書物すら残す処なく一切を挙けて烏有に帰し候得共、幸に小生は激震の際同事務所にありて執務致居しにも不拘、無事避難致、且飛鳥山なる住宅は延焼を免かれ家族一同も亦無事に経過致、小生は引続き壮健其翌日より罹災者の救護及都市復興に付き微力を尽し居候間、御安意被下度候
貴下等は右大震火災の惨害に同情せられ、先きにロスアンゼルス市民諸君と共に多額の救恤品を罹災者に寄贈せられ候処、更に貴兄等長時間御協議の上別に一団を組織し、救助の途を講じ度に付き、小生に於て救助の実を挙くるニ最も適当と認むる具体的方法を御通知致候様御懇示の趣拝承、又右御申越の貴意は先般御通知の資本家諸氏・ジヨルダン博士・アリソン氏等を代表したるものなる由、是又拝承致し重ね重ねの厚き御同情に関し甚深の謝意を表し候、併し貴国官民を始め諸外国よりの寄贈金品及東京市内の有力者並に内地の各地方より寄せられたる救恤品は、罹災者に対する配給を豊富ならしめ居候に付き、更ニ御送品を請うべき必要無之と認め、前項墨国企業ニ関する件と合ハセ、左記電報を発したる次第に御座候、何卒不悪御承引被下度候
   ○前掲電報ニツキ略ス。
右は夙に可申上義に候処、震災後各種の用務一時に蝟集し、心ならすも遷引本日に相及候段不悪御認容被下度候 匆々敬具
  十二年十二月十日
   ○右英文書翰ハ十二月十七日付ニテ発送セラレタリ。


渋沢栄一書翰 控 デーヴィッド・エス・ジョルダン宛大正一二年一二月三〇日(DK550123k-0007)
第55巻 p.624-625 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 デーヴィッド・エス・ジョルダン宛大正一二年一二月三〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
  デヴヰット・スター・ジョルダン殿
拝啓 爾来御無音に打過候処益御清適奉賀候、貴方八月九日附尊翰拝見仕候、不相変米日両国親善に付き御配慮被下候段拝謝仕候
○中略
玆に一事特筆仕候義は、昨年貴台より御紹介被下候墨国コロラド流域土地企業の件に御座候、同件に付ては引続き種々御配慮を蒙り居候趣
 - 第55巻 p.625 -ページ画像 
チェンバーレイン氏の通信に依りて拝承致、又其四個の問題に付ては今回の尊書を以て一々御意見御垂示被下難有敬誦仕候、然る処爰に貴台の厚き御配慮に対し頗る遺憾なる御報道を為すの已むを得ざる事情出来致候
去九月一日東京及横浜両地方に勃発致したる大震火災は、両市の枢要なる地方の住民及其事業を壊滅せしめ○中略本問題に対する日本側出資者たるべき人々の大半も、多くは自己の財産を焼燼《(尽)》したるが、夫のみならず其主宰又は出資したる事業に於て多大の損害を蒙り、目下之が善後策に全力を傾注して他を省みるの遑無き状態と相成候
右の結果としてチェンバーレイン氏提出之企業に対しても、其損害の復旧したる上にあらざれば出資する事能はざるは自明之理と存候に付過日同氏宛出状右の事情を述へ、日本側出資者を該企業より除外せらるる事を請うに至りたる次第に御座候
昨年貴台が同氏を小生に御紹介相成候は、申迄も無く該企業が単に利益問題にあらずして、米日両国親善上必要なるべしとの御趣旨に基かれしものと被察、小生に於ても之を成立せしめたらんには必ず其趣旨を貫徹するに至るべきものと相考へ、爾来尽力致来候処、図らずも前掲の御報道を為さゞるべからざる事と相成候は真に遺憾の至に御座候へ共、目下の処是より他に策無き状況と相成候次第は、貴台に於て御諒察被下候義と遥察仕候、併しながら他日我災害復旧致候時、尚日本人の加入を希望せらるるに於ては、其際は更に一段の努力を以て成立に努力至《(致す)》べしと期待仕候事を附記仕候
終に臨ミ貴台並令夫人の御健康を祈上候 敬具
  大正十二年十二月十三日
   ○右英文書翰ハ同月三十日付ニテ発送セラレタリ。


渋沢栄一書翰 控 牛島謹爾宛大正一二年一二月一六日(DK550123k-0008)
第55巻 p.625-626 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 牛島謹爾宛大正一二年一二月一六日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                   (栄一墨書)
                   十二月十七日一覧
  牛島謹爾様
拝啓 時下益御清適奉賀候、然は予て御力入れの墨国コロラド河流域土地企業の件に付ては、小生に於ても昨年来微力相尽し居候次第は爾来の小生書翰に依りて御承知相成居候義と存候、然るに玆に特筆致候は、去九月一日当地方に勃発したる大震火災が本件に甚深なる妨害を与へたる一事に御座候
同大震に引続きたる大火は我国家に非常なる惨害を与へ、其損害額実に百億円を算し、死者十数万人を出すに至り、此際我政府は勿論民間も共に戮力協心継続的事業を緊縮すると同時に、総ての新計画を中止して之が復興に尽力せざるべからざる次第と相成候
本企業に関する日本側出資者たるべき人々の大半も、此災害の為め自己の財産を焼燼したるに止まらず、其主宰又は出資したる事業に於て多大の損害を蒙り、今や之が善後策に全力を傾注して他を省みる事能はざる状況と相成、従て本企業に関しても其損害の復旧したる上にあらざれば出資する事能はざるは自明の理に付、過日チャンバーレイン氏宛右の事情を述へ、日本側出資者を該企業より除外せられ度き旨書
 - 第55巻 p.626 -ページ画像 
通致候
本企業は小生の最も尊敬するジョルダン博士の紹介もあり、又貴兄の参加せらるゝあり、昨年チャンバーレイン、アリソン両氏より企業の趣旨を承り、若し日米両国の合併に依りて之が成立を見るに至り候はば、将来両国の親善に裨益する処尠からざるべしと、当時南米旅行より帰朝の山科・神谷両氏を煩はして其実地を調査せしめ、爾来屡々同志と会し、之が成立の為に相当尽力致居候処、図らずも前掲の如く一大障碍に遭遇致候は真に遺憾千万に候へ共、事情止むを得ざる次第に候間何卒不悪御諒察被下度候、乍併他日我災害復旧後尚日本人の加入を要望せらるゝに於ては、更に一段の努力可相尽事を期待仕候、右御通知申上度匆々如此御座候 敬具
  大正十二年十二月十六日 渋沢栄一
 尚々ジョルダル博士にも本文日本側出資不可能の次第委細申上置候


(ヘンリ・チェンバレン)書翰 渋沢栄一宛一九二四年一月一六日(DK550123k-0009)
第55巻 p.626-628 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

墨国下加州コロラド河流域開拓事業書類 【拝啓 時下益御清適奉賀候、…】(DK550123k-0010)
第55巻 p.628 ページ画像

墨国下加州コロラド河流域開拓事業書類
                    (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 時下益御清適奉賀候、然は予て種々御高配を蒙り候墨国コロラド河流域土地開墾に関する件は、其後提案者たるロサンゼルス市チャンバーレイン氏と屡々電報又は書翰を以て往復致候へ共、当方に於て同氏に解決を求めたる四問題、即(一)米国側出資者人選の件、(二)墨国移民自由渡航の件、(三)土地評価の件、(四)洪水防止の件は、到底当方の満足を得ること能はざる状態に候処、折柄昨年九月の大震災に際し御同様意外の損害を蒙り、当分の内到底出資すること能はざる次第と相成候に付、過般別紙写第一号の通出状致候処、同第二号の通回答有之候間、是にて該企業は一ト先中止と相成候次第に御座候、此段御承知可被下候 匆々敬具
  大正拾参年参月四日
                        渋沢栄一
          殿
   ○別紙第一号ハ大正十二年十二月十七日付栄一書翰、第二号ハ大正十三年一月十六日付チェンバレン書翰ノ写ナリ。何レモ前掲ニツキ略ス。


(福井菊三郎)書翰 渋沢栄一宛大正一三年三月五日(DK550123k-0011)
第55巻 p.628-629 ページ画像

(福井菊三郎)書翰 渋沢栄一宛大正一三年三月五日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                (栄一墨書)
                三月十日一覧 明六
拝啓 益御清祥奉賀候、陳者三月四日附御芳書正ニ拝受仕候
該事業計画ニ付テハ当初ヨリ不一方御尽力ヲ賜リ、御高配厚ク御礼申
 - 第55巻 p.629 -ページ画像 
上候、然処此度一先中止ノ已ム無キニ至リ候事モ遺憾ニハ存候得共、目下ノ事情如何トモ致シ方無之事ト存シ候
先ハ右呉々モ御高配之程厚ク御礼申上度、如此ニ御座候 敬具
  大正十三年三月五日
                     福井菊三郎 (印)
    子爵 渋沢栄一閣下


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK550123k-0012)
第55巻 p.629 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一四年       (渋沢子爵家所蔵)
三月八日 晴 軽寒
○上略 神谷忠雄氏来リ、山科礼造氏《(山科礼蔵)》ノ伝言トシテ、墨国土地関係ノ事及加州移民移転云々ノ一案ヲ伝ヘラルルモ、充分ノ理会ヲ得サルニ付、追テ承リ合スヘキ旨ヲ回答セシム
○下略
   ○当時栄一大磯ニアリ。