デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
3節 其他ノ外国
8款 日本移民協会
■綱文

第55巻 p.656-660(DK550127k) ページ画像

大正4年5月30日(1915年)

是日、当協会会頭大隈重信邸ニ於テ、当協会第二回総会開カル。栄一、出席シテ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正四年(DK550127k-0001)
第55巻 p.656 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年          (渋沢子爵家所蔵)
五月三十日 晴
○上略 午飧後早稲田大隈伯邸ニ抵リ、移民協会ノ総会ニ出席シテ一場ノ意見ヲ述フ○下略


集会日時通知表 大正四年(DK550127k-0002)
第55巻 p.656 ページ画像

集会日時通知表  大正四年          (渋沢子爵家所蔵)
五月三十日 日 午後二時 移民協会、大隈伯 (早稲田邸)

 - 第55巻 p.657 -ページ画像 

竜門雑誌 第三二五号・第六六頁大正四年六月 ○日本移民協会総会(DK550127k-0003)
第55巻 p.657 ページ画像

竜門雑誌  第三二五号・第六六頁大正四年六月
○日本移民協会総会 同協会にては五月三十日午後二時より早稲田の大隈伯邸に於て開かれたる由なるが、当日青淵先生にも案内に応じて出席し、移民事業に就て一場の演説を為されたる由。


竜門雑誌 第三三一号・第三七―三九頁大正四年一二月 ○日本移民協会総会席上に於て 青淵先生(DK550127k-0004)
第55巻 p.657-658 ページ画像

竜門雑誌  第三三一号・第三七―三九頁大正四年一二月
    ○日本移民協会総会席上に於て
                      青淵先生
閣下、諸君、殊更に此議事の御順序を変更して私が愚見を申上げると云ふほど良い考案を持つて参上致したのではございませぬが、今日の此会に従来御懇親を厚うする添田君から是非出席するやうにと云ふ御誘ひを蒙つて居りましたので、頃日少し不快で引籠つて居りましたが今日は稍々宜しいやうでありますから押して参上いたしました、此の如く髯蓬々として甚しく見苦しい段は御許しを願ひます、前にも申上げまする通り、此協会に対して利益になる御話を申述べる丈けの学問も実験も有つて居りませぬ、去りながら私も此会員になつた以上は、向後大に注意いたし、且努力も致したいと思ふことを一言申上げるのであります、凡そ事物は其始めが甚だ肝腎であつて、維新以後欧米の文物が日本に移つて来る有様から見ても、物に依つては左迄緊急なる事柄でなくても、其名が宜かつた為めに追々に発達したものもあります、又或る種類のものは其名からして遂に其実を軽視するものもあります、蓋し名は実の賓と申しますが、或る場合には実が名の賓にならぬとは申せぬと思ひます、譬へば私の経営して居る銀行の如きも、往昔金貸と云ふものは東京にも大阪にも沢山ございました、又金を預かる人もあつた、併し其名称が甚だ悪かつた、甚しきは高利貸と云ふ世間で忌嫌する名があつた、今日では銀行と云ふて其唱へ方が洵に宜い但し本業とせぬ諸君は何と思召すか、自分だけは頗る宜い名と思ひます、其名が宜い為めに社会からも善く見られ、段々発達して参りました、けれども維新以後の新創事業中に其例に応ぜぬ種類も大分ある。此移民事業も其一と私は思ふのであります、現に移民会社は二・三ございますけれども、世間一般の観察が従来の有様からして此の如き必要の事柄なるにも拘はらず、葭町に存在する雇人口入宿同様に見做したやうな嫌ひがありはしないか、之れは蓋し有力な人が其経営の任に当らなかつたのか、又は其人は居つても注意が充分でなかつたと言はなければならぬやうに私は考へますのであります、元来幕府の制度から言ふと所謂人宿とか人入れとか云ふやうなものは一種の極く卑下した事業であつた、其中には彼の侠客、所謂め組の親方と云ふやうなものもありましたけれども、近頃葭町へ行くと何屋と看板を掲げて居ります、又何某と称する人入業者もある、さう云ふやうな種類の者が此人夫を集めて必要に応ずるの要具になつて居つたからして、移民会社と云ふものも夫れと同様と見做された様に思はれる、但し此会は移民協会でありますけれども、従来移民会社と云ふものゝ沿革及其発達が今日迄思ふやうに進まなかつたのは、其名と共に従事する人の心掛が
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悪かつたのではないかと、私は疑を有つて居るのであります、而して其移民の事業は我帝国には頗る重大なることである、大いに注意してやらねばならぬと云ふことを忘却したのではないか、甚しきは其必要に気が付かなかつたのではないかと申して宜いだらうと思ひます、近頃亜米利加に往つて居る移民に就いて種々なる紛議が生じたと云ふは人種の関係もありませう、宗教の差異もございませう、政治的の事も無いとは言はれぬか知らぬが、併し現に米国移住の人々の行状若くは心掛の善くなかつたと云ふことが大いに其排斥の声を高めたと云ふことである、果して夫れが事実としますれば、此移民協会があつて前以て此点に注意して、移住の前によく其移民に注意を与へると云ふことを致したならば、排斥の声もなく無事に済んだかも知れぬのである、斯う考へて見ると只今大隈伯爵閣下の仰せの通り、我帝国の人はどうしても此儘に安んじては居られぬ、既に此繁殖力を持つて居る以上は外へ出んければならぬと云ふことは論を俟たぬ、成る丈け多く出るやうにせねばならぬと云ふことは殆んど同胞の務めである、又国の発達をなす手段である、斯く考へますと是迄極めて必要なるものが甚だ不必要視されて居つたのではなからうか、果して右様な訳であれば前にも申します如く、此移民の仕事を葭町にある雇人口入事業同様に見たと云ふことは、政事家も御気が付かれなかつたか知らぬが、又実業家も甚だ等閑にして居つたのではあるまいかと私は思ふのであります、然るに此際玆に我移民協会が完全に成立して、大隈伯の如き大政治家を会頭と戴き、殊に副会頭には学問に実験に十分なる添田君を得ましたのは本協会の此上もない幸福と存じます、私は之れから先きのことに付いて宜い思案もございませぬが、唯今伯爵が仰せられた、差向いて満蒙に対する移民に付いて本協会は如何なる注意をなし、又何等の方法を講ずべきかと云ふことを御熟慮ありたいと思ひます、又我々の考も若しあつたならこれを建議して、其初めから宜い仕組を以てこれを進行して、将来米国の如き紛議はなからしめたいと思ふ、どうぞ本協会が成るべく十分な効果を奏すると云ふことを平素攻究して、世間にも其必要を唱道することは甚だ肝腎ではございますまいか、故に私は従来世間一般の移民に対する考案が少しく違つて居つたやうに思ひますから、殊更に此会に対して最も力を入れなければならぬと思ひまして、病を押して参上致したのであります、どうぞ諸君と共に微力を尽したいと考へて居ります、而して今日は時も時とて移民に対して本協会の成立は実に機宜に適したことゝ思ひます、勿論政府からも本協会に種々の便宜を御与へ下さるでありませう、及本協会からも政府に向つて求めることもありませう、要するに本会の如き極く有力な会が成立して、さうして之れを導き之れを訓へ或は之れを矯正すると云ふことが甚だ必要であらうと思ふ、斯く考へますると、実は此移民協会が二十年前に成立つて居なかつたのが残念だと言はなければならぬ、併し既往は追ふべからす、来者に勉めて大いに力を尽したいと思ふのであります、一言希望を述べて諸君の御参考に供しました。


日本移民協会報告 第二 大正四年八月一三日(DK550127k-0005)
第55巻 p.658-660 ページ画像

日本移民協会報告 第二  大正四年八月一三日
 - 第55巻 p.659 -ページ画像 
                    (日本移民協会所蔵)
    第二回総会
五月三十日午後二時より第二回総会を大隈伯邸大広間に開く、出席者は百余名にして、倉知鉄吉氏より「会の整理の為め座長を選挙したし」と発議し、木内重四郎氏の賛成あり、更に同氏より「座長は手数を省く為め倉知氏の指命《(名)》に依りて決定したし」と発議し、一同異議なかりしを以て倉知氏は中野武営氏を座長に指命し、中野氏着席
      中野武営氏挨拶
 諸君、唯今座長の御指名がございまして私に勤めろと云ふことで、暫時のことでございますから甚だ不肖を顧みず此席を涜します、私から此席に於て諸君に御報告を致し且つ御紹介を申上げますことがございます、先刻本会の評議員会に於きまして副会頭を選挙致したのでございます、其副会頭には添田博士を推選いたしました、添田君は之を御承諾下されました、此事を私より玆に御報告を致し、合せて添田君を御紹介を致します、而して既に副会頭が出来ました以上は、此会の整理は会頭に差支があれば副会頭が勤められるが相当なことでございますから、添田君に座長を勤められるやうに願ひます、私は唯一言御挨拶を申して引下がることに致します、本協会は昨年創立になりまして段々運びつつ居りましたが、近時有力な諸君が此会を大いに発展さして往かなければならぬと云ふので、段々厚き志を以て此会を援けられ、其結果と致して規約の改正等も出来、今日総会を開いてそれ等を諸君に御諮りを申すと云ふ運びになりました、今日迄は副会頭は厶いませなんだが、大隈会頭に次ぐ副会頭それに添田君が当られまして、而して今日は此総会に於て、必らず其規約に基いて夫々の役員を御選定になることと存ずるのであります、此事業の必要なることは私が申上げる迄もない、諸君は既に必要を御認めになつて会員になられたことと思ふのであります、それは此事業の必要と云ふことに就て之れを発達させるには何かと云へば実は人物にある、人にある、それで誰しも此日本の移民を十分に発達させなければならぬ、将来此儘では立行かぬとまで憂へて居りますのは皆一致して居りまする訳だらうと存じますが、それ故にいろいろな会が出来て居りますけれども、どうも未だ思はしく発展せずに居ると云ふ有様であります、幸に我協会が宜き人を得、役員組織の完全なものが出来ましたならば、此社会の趨勢上忽ちに此協会は盛大を期することが出来ると思ひます、而して実は此事業は唯民間丈けの力でのみやらうとしてもなかなか出来ない事業と存じまして、私は此所に居らつしやる渋沢男爵と御相談を致し、此事業は官民力を合せてやつて往かなければならぬと思ひ、民間一方のみでは到底思ふたやうな働きは出来ませぬことでありますから、昨年来始終政府当路の御方などに御交渉を申したことがあつたのであります而して民間には十分な組織も出来て居りませぬのでありましたが、今回斯う云ふ協会の完全なものが出来まして愈々発展の気運に向ひました以上は、民間の者も競ふて之れに賛同を致しますると同時に又政府当局に於ても此協会に重きを置きまして、共に力を合せて進
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むと云ふことに至るだらうと信ずるのであります、先刻評議員会に於きまして私に座長を勤め、座長より副会頭の指名をせよと云ふことの命を受けましたに依りまして、添田君を御指名申した所、添田君が御承諾下すつて副会頭を勤められることとなりましたのは、私の喜び此上もないのであります、将来諸君と共に力を此会に尽して兼々希望致しまする所の目的を達したいと存じます、一言御挨拶を申します。
と述べ、添田副会頭を紹介して席を譲り、副会頭は拍手に迎へられて着席
      添田副会頭挨拶
 唯今中野君の御紹介に依りまして不肖私が此席に着きますることになりましたが、甚だ未熟者なるが故迚も此の如き大任に堪ふると云ふ自信はございませぬ、適任なる副会頭を諸君が御見出しになりまするまで、私は已むを得ず潜越ながら当分此席を涜すことに致します、どうぞ諸君の御後援に依りまして過失なく此任務を尽させて頂くやうに切に御願ひしたいと思ひます、どうぞくれぐれも宜しく願ひます、これより議事に入ります筈でございますが、会頭大隈伯は之れから御他出になる必要があるさうであります故、順を改めまして唯今会頭の御話を諸君と共に伺つては如何かと思ひます、此事を諸君に御諮り致します
との挨拶を為し、満場異議なかりしを以て、会頭は壇上に進みて別項の演説を為したり、副会頭は又「渋沢男爵には特に病躯を押して出席せられたるを以て長く着席に堪へられざるの事情あり、特に引続き演説ある様取計ひて差閊なきか」と諮りて、同男は別項の演説○前掲を為し、終つて趣旨及規約修正案の議事に入り、幹事の朗読ありて後別項評議員会にて審議を経たる通りに可決確定したり、此に於て会頭は新規約に依り別項相談役及び会計監督の推薦を為し、次きて嘉納治五郎氏は別項の演説を為し、法学博士矢作栄蔵氏亦別項の演説を為して、総会を閉ぢ、茶菓の饗応ありて五時三十分散会せり、尚ほ当日の出席者左の如し
○下略