デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
3節 其他ノ外国
11款 其他 1. 移民ニ関スル栄一ノ談話・講演
■綱文

第55巻 p.670-672(DK550132k) ページ画像

大正2年10月(1913年)

是ヨリ先、栄一、雑誌『実業之日本』ノタメ、移民問題ニツキ談話シ、是月ノ同誌上ニ掲載セラル。


■資料

竜門雑誌 第三〇七号・第二六―三〇頁大正二年一二月 ○言忠信行篤敬 青淵先生(DK550132k-0001)
第55巻 p.670-672 ページ画像

竜門雑誌  第三〇七号・第二六―三〇頁大正二年一二月
    ○言忠信行篤敬
                      青淵先生
 本篇は青淵先生が「実業之日本」記者の訪問に対し語られたるものにて、十月発行の同雑誌に掲載せるものなり(編者識)
△たゞ夫れ進め 明治の時代は、新しい事物を入れて、旧い事物を改造し、汲々として進歩を図つた時代であつた。勿論進歩が充分なりしとは申されぬが、長い間国を鎖して、欧米の文物に接触せなんだものが、僅に四・五十年の間に、漸次彼の長を採り我が短を補うて、或る点は彼に恥ぢぬ迄に進歩した。勿論これは聖代の御蔭、明治天皇の聖明に由る処、在朝有司の誘導も亦謝意を表さねばならぬが、又国民の精励の然らしめたものと申さねばならぬ。
 さて明治が大正に移つた処で往々世間では、最早創業の時代は過ぎた、是からは守成の時代だと言ふ人があるけれども、お互国民は左様に小成に安んじては相成るまい。版図か小さく人口が多く、尚ほ追々に人口が増加して行くのだから、左様な引込思案では居られぬ。内を整ふと同時に、外に展びる事を工夫しなければなるまい。
 耕地の面積は少いけれ共、農法を改良して耕地の効用を増すことが出来る。種苗を改良し、耕作法を改良し、窒素肥料・燐酸肥料等優良な肥料を適当に宛て行ひ、集約的に農法を改良すれば、上田米五俵の処は七俵も穫れ、下田は二倍にも収穫が増すであらう。今まで出来なかつた陸稲も、人造肥料に依れば、一反歩から五俵も七俵も穫れると云ふ例もある。耕地が狭いからとて、其効用を増す事を粗略に考へては不可ぬ。又北海道或は他の新領土等にも、須要の資金労力を注入して行届くだけ事業を行立たせなければならない。斯様にお互努めてもさて限りあるものは限りあるから、一面海外に対して大和民族発展の途を開くことを須臾も懈つてはならぬのである。
 海外に対つて発展するには、何の方面を選ぶかと申せば、矢張一番利益のある所に赴くと云ふことは自然の趨勢であらうと思ふ。気候も良し、地味も佳くて、其土地が能く人を容れ、農業に、商業に、総ての事の遣り好い所を選ぶのが人情である。玆に於て私共の切に憂ふるのは北米合衆国と我邦との関係である。今日のやうに紛議を醸して居るのは、お互実に遺憾に堪へない。惟ふに是は、先方にも大なる我儘があるに相違ない、不道理を申張つて居ると云ふことは事実あるけれ
 - 第55巻 p.671 -ページ画像 
ども、又事の此に至つたに就ては、我が国民も反省しなければならぬ点があらうと思ふ。是等の事は、現に当面の交渉問題となつて居るから、詳細に立入つて言ひ能はぬ事情もあるけれども、国民の期待は何処迄も果す勇気を以て、而して能ふだけの耐忍を以て、大和民族の世界的発展の途を開き、何れの地方でも厭がられ嫌はれる人民とならぬやう心懸ることが、即ち発展の大要素であらうと思ふ。
 南米に於ても現にブラジルなどでは、段々日本人が骨を折て、土地の約束等をして殖民方法を立てるやうにして来たに就き、当春私共も力を入れて一の殖民会社を成立せしめた。爾来私は実務には関係して居らぬが、仕事は徐々に進歩して居る様である。併し近比の新聞紙で見ると、何だか北米の顰に倣つて日本人が余り多数に入り込んだならば、又何か其地方に面倒でも惹起しは為ぬかと云ふやうな声をポツポツ聞くやうであるが、甚だ以て心苦しい儀である。斯様な取沙汰があるにしても、殖民会社の計画は、目下着々進んで行つて居るから、それ等の新聞紙の妨礙等に因つて事の頓挫するやうな筈はなからうし、進めるだけは計画を進めて行くことが出来ると思ふ。
 中米の大国たる墨西哥などでも頗る日本人を歓迎して居る。啻だ我が政府は、満足に墨国に移民を送ることの利害に就て、尠からず懸念して居るやうに見受られるけれども、同国の上下を通じて、日本人を迎へることは甚だ懇篤を極めると云ふことである。
△日輪様と米飯 南洋方面に於ても亦、爪哇其の他の護謨栽培であるとか、日本人を迎へる仕事が沢山ある。或は又近い処では東京とか緬甸とか云ふやうな此方も日本人を迎へ入れるに適した土地が沢山あり是非働く人を送り越してくれなどゝ交渉して来る向きも多くある。是等地方の地勢事情に通じ、耕耘若くは他の作業に充分熟練した崛竟な働き人が勇気を鼓して移住して、相当の施設を試み、相当の努力を為すならば、必ず何れの地方でも事業に取着き、相当の成果を挙げ得るのは疑ふに及ばぬ。所謂日月の照す所、雨露の潤ふ所、草木の繁茂する所、禽獣鳥魚の棲息する所、必ず人は以て是を利用することの出来ぬ筈はないと思ふ。徒爾に自国の小天地に安住して一生を送るといふばかりでは不可ぬ、相当の方法を設けて這般の発展を誘致すべき計画を為る人、その計画に従つて海外に出向いて勤勉努力する人の多くなるやうに、我邦の気運を進めたいと深く希望して居る。
△誘導機関の必要 気運をこゝに進め、発展の途を開いて行く為には何か一つ大なる誘導機関を作らなくてはならぬ。殖民協会と云ふやうな機関が必要である。確乎した基礎を以て是を組織し、或る点に対つては、政治の上からも相当に是に力を添へる事も必要である。而して其仕事としては、先づ第一に我が国民の発展に適せる海外各地の事情を審かに究め、巨細に其状況を報道して、出向つて行く働き人の便宜に資するやうに為る、さて愈々其地に対つて或は資本を以て、或は労力を以て、何か一事業に着手しやうと云ふ場合には、如何様な方法で着手するが宜からうかと云ふ相談に応じ、又既に着手したものに対しては、政治上に於て、社交上に於て、諸事その仕事に妨礙となる事があらば、相互の間に斡旋してその妨礙を除くことに骨折ることも緊要
 - 第55巻 p.672 -ページ画像 
事である。要するに事業の計画に就ては、工業にあれ、農業にあれ、商業にあれ、或は運輸にしても、金融にしても、機関自身が直接に着手し遂行する訳には行かぬとも、それぞれの向々を、一番適当な方法を以て誘導すると云ふ事は是非行ひたいものである。斯様な機関が出来たならば、対外発展に裨益する処尠くなからう。
 斯ういふ運びが、仮りに着いたとした処で、玆に最も重要な問題は出向いて行く人の資格である。それは一語を以て掩ふことが出来る。
論語に、『子張行はれんことを問ふ』と云
孔子答へて『言忠信行篤敬ならば、蛮狛之邦と雖も行はれん、言忠信ならず、行篤敬ならざれば、州里と雖も行はれんや』と曰はれた。解り易く之を砕いて云へば、忠と云ふのは、君に忠なるばかりではない物事に心をこめて、為さうと思ふ事は必ず成し遂ると云ふやうな意味である。こゝの忠はその意味である。信は『まこと』である。又敬と云ふのは人間は敬意と云ふものがなければ、何事にも他と融和して行くことが困難である。篤と云ふのは、一事に専らにして心を動かさぬと云ふことである。斯様な美徳が人に備つて居ればどのやうな夷の中に行つても必ず行はれる。それと反対に、不忠信不篤敬であるならば我が居る所でも行はれはせぬと云ふのである。実に一語ではあるけれども、余蘊なく処世の機微を言ひ尽して居る。私は孔子に私淑して居るから申すのではないが、能くこの旨を服膺して、日常之に悖らざるやう心懸ることは、内に処しても、外に処しても、是を行つて失なき要諦なりと信ずる。海外に発展しやうと為る人の此に三思するのが最も切要な事である。
 智者も、賢者も、君子も、小人も、愚者も、資本家も、労働者も、皆此に思を致し、皆此旨を守りさへすれば、何れの地方へ行つても、排斥されるやうな障碍も起らず、それ相当に勤労の功果を挙げ得るに相違ない。例令前申すやうな機関や手続がスツカリ整つて、さア何時もお出懸なさい、いくらでも多数にお出懸なさいと申した処が、行く人々にこの心懸が欠けて居つて、旅の恥は何とやら、あとは野となれの了簡方で、食ひ散しに行く積りならば、何処へ行つても早速又行詰り、海外発展の途は八方塞りとなり了るであらう。