デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商業会議所
■綱文

第56巻 p.28-33(DK560012k) ページ画像

大正6年2月13日(1917年)

是ヨリ先、前駐日中華民国公使陸宗輿来日ス。是日、当会議所ニ於テ、其歓迎午餐会開カル。栄一、陪賓トシテ出席シ、演説ヲナス。

十九日、陸宗輿及ビ駐日中華民国公使章宗祥ハ、栄一及ビ日本銀行総裁三島弥太郎等本邦実業家二十九名ヲ、同国公使館ニ招待シテ、晩餐会ヲ催ス。栄一出席シ、来賓ヲ代表シテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

東京商業会議所月報 第一〇巻・第二号 大正六年二月 前駐日支那公使陸宗輿君招待会(DK560012k-0001)
第56巻 p.28-29 ページ画像

東京商業会議所月報  第一〇巻・第二号 大正六年二月
    △前駐日支那公使陸宗輿君招待会
大正六年二月十三日正午、前駐日支那公使陸宗輿君歓迎会を開き、中野会頭の歓迎辞、陸氏の謝辞及渋沢男爵の演説あり、款談数刻にして数会《(散)》せり、当日出席左の如し
  章宗祥君     王鴻年君
  周啓濂君     郭左淇君
  劉光謙君     渋沢栄一男
  近藤廉平男    大倉喜八郎男
  奥田義人君    倉知鉄吉君
  中野武営君    藤山雷太君
  杉原栄三郎君   諸井恒平君
 - 第56巻 p.29 -ページ画像 
  中根虎四郎君   角倉賀道君
  大村彦太郎君   大塚栄吉君
  前川太兵衛君   杉山義雄君
  竹内林之助君   山料礼蔵君《(山科礼蔵)》
  内藤彦一君    高野亀次郎君
  浜本義顕君    原田金次郎君
  橋本直一君    篠田和助君
  守谷吾平君    町田徳之助君
  岡崎久次郎君   指田義雄君
  小池国造君    柴田清之助君
  安田善三郎君   星野錫君
  志村源太郎君   添田寿一君
  福原有信君    池田謙三君
  和田豊治君    郷誠之助君
  東園光基君    山中隣之助君
  岡田来吉君


東京商業会議所月報 第一〇巻第二号・第一―四頁 大正六年二月 陸氏招待会に於ける演説(DK560012k-0002)
第56巻 p.29-32 ページ画像

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竜門雑誌 第三四六号・第七一―七二頁 大正六年三月 ○陸宗輿氏の歓迎会(DK560012k-0003)
第56巻 p.32 ページ画像

竜門雑誌  第三四六号・第七一―七二頁 大正六年三月
○陸宗輿氏の歓迎会 日支経済提携の要務を帯び、且つ交通銀行借款取極めの必要上目下来朝中なる、前駐日支那公使陸宗輿氏歓迎の為め東京商業会議所これが主催となり、去る二月十三日正午より同所に於て陸氏を主賓に、支那公使館在勤高等官一同、及び青淵先生・近藤・大倉・郷の四男爵、奥田市長・志村勧銀総裁・安田善次郎諸氏を陪賓として午餐会を開きたり、席定まるや青淵先生には、中野・陸両氏の挨拶に次ぎて大略左の如き演説をせられたる由。
  日支の親善は独り政治上の関係のみに依りて之を得べきに非ず。寧ろ経済上に於て大に相互意志の疏通を謀りてこそ、玆に始めて其目的を貫徹する事を得べし。然るに幸ひ今回陸氏の如き旧交ある有力の同情者を得たるは、日支経済界の為めに洵に慶賀の至りに堪へざるなり云々。
終りて一同食卓を共にし驩を罄して散会したるは三時なりきと云ふ。


集会日時通知表 大正六年(DK560012k-0004)
第56巻 p.32 ページ画像

集会日時通知表  大正六年       (渋沢子爵家所蔵)
二月十九日 月 午後六半時 章公使ヨリ御案内(支那公使館)
二月二十日 火 午後五時  章公使・陸氏招待晩餐会(飛鳥山邸)


竜門雑誌 第三四六号・第七二頁 大正六年三月 △章公使の招待会(DK560012k-0005)
第56巻 p.32-33 ページ画像

竜門雑誌  第三四六号・第七二頁 大正六年三月
△章公使の招待会 陸宗輿氏は来朝以来各方面よりの歓迎に対し謝意を表する為め、去る二月十九日午後六時より永田町同国公使館に於て
 - 第56巻 p.33 -ページ画像 
青淵先生を始め三島日銀総裁其他重なる実業家・銀行家二十九名を招待し、主人側としては陸氏及び章公使以下公使館員一同列席の上盛んなる晩餐会を催したるが、宴酣にして章公使は主人側を代表して一場の挨拶を述べたるに対し、青淵先生は来賓を代表して概略次の如き挨拶あり。
  閣下並に陸大人、諸君、本夕は我が親愛なる陸氏の来朝を機とし公使より斯の如き盛宴を張られたるは我々一同の深く感謝する所なり。而して章公使が唯今我が実業家及び国民に対して今後倍々両国の親善を希望せられたるに就ては、我が国民は勿論厚き好意を有することは今更申述ぶる迄も無き所なれど、而も其親善が未だ我が実業界の以て期待せる点までに到達するに至らざるは、我々の頗る遺憾とする所なり。然りと雖も我が実業家及び国民の誠意の存する所は、陸氏帰国の後貴国民に伝へらるゝ所によりて、更に彼我親善の度を増すことの多きものあるを信じ深く欣ぶ所なり。吾人は両国の提携発達の為めには敢て微力を吝むものに非ず、故に我国の政治上に於ける日支親善以外、又我が新聞紙に於ける日支親善以外、更に最も捷径に両国の真の親善をして之を事実に現すものは、唯それ日支経済提携の一途に之を待つべきのみ云々。
 右終りて主客互ひに歓を交へ、同夜十時散会せりと云ふ。