デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商業会議所
■綱文

第56巻 p.37-40(DK560014k) ページ画像

大正7年4月6日(1918年)

是日、当会議所ニ於テ、中華民国前総理唐紹儀一行招待午餐会開カル。栄一、陪賓トシテ出席シ、演説ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正七年(DK560014k-0001)
第56巻 p.37 ページ画像

集会日時通知表  大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
四月六日 土  正午 東京商業会議所午餐会(同所)
           (唐紹儀氏歓迎)


東京商業会議所報 第一号・第五―七頁 大正七年五月 唐紹儀氏招待午餐会(DK560014k-0002)
第56巻 p.37-40 ページ画像

東京商業会議所報  第一号・第五―七頁 大正七年五月
    ○唐紹儀氏招待午餐会
 当会議所に於ては今回来朝せる唐紹儀氏一行を主賓とし、大正七年四月八日正午招待午餐会《(六日)》を開催せり、藤山会頭の挨拶に次ぎ、唐紹儀氏の謝辞及陪賓渋沢男爵の演説ありたり
藤山会頭演説  私は玆に唐閣下に対し歓迎の辞を述べますることを光栄に存じます、我国は陽春三・四月の頃、桜の花の咲く頃には、随分外国の御客さんが多数御出になります、今年も最も此好い季節に支那に於て最も徳望勢力の高い唐紹儀君が御来遊になりました、我国民は平生君の声望を承知致して居りまする為に、何となく懐かしい感じを以て今日唐君を此所に御迎へしまして、我々は此微意を表することを最も愉快に感ずるのでおります《(あ)》、唐君は皆様御承知の通り、支那に於きましては最も勢力なる政治家《(あ)》でありまして、嘗ては国務総理の重職に居られました方であります、又民間に在つては最も実業に力を尽されまして、現に金星保険会社を起して自から其社長となつて居られますると云ふやうに、常に政治・実業の両方面に向つて力を尽され、支那に於て最も有力なる御方であります、私は三年に支那へ旅行しまして君を上海の寓に訪ひまして、此日支の将来の事に就いて胸襟を開いて御話を致しましたことがありまするが、其時の御言葉は尚ほ深く耳底に存じて居ります、其時どうしても日支の間は国民的に連絡を取らなければならぬと云ふ所の議論を唱へられた唐君であります、我国に於きましても、日支親善と云ふことは総ての階級を通じて国民全体の声でありまするが、支那に於て此説を唱へられる所の唐君が今日我日本へ来られ、而かも此我々実業家の多数集まつた此宴席に喜んで御出下さつたことは、我々の最も君に謝する次第であります、どうか此機会に於きまして、唐君は平生の日本に対する御意見を腹臓なく御話下さいまして、若し何等かの日本に対して御希望の点があれば、御遠慮なく御話下されば
 - 第56巻 p.38 -ページ画像 
我々は喜んで聞きたいと考へます。
○中略
 幸に唐君も日本の状態を御視察下さいまして、更に御帰国の上で政治上・実業上に就いて十分の援助を御与へ下さいますれば、我々は非常に満足する次第であります、一言私は唐君の為に歓迎の辞を呈しまして、玆に唐君の健康を祝したいと存じます。
唐紹儀君演説  藤山会頭並に満場の諸君、今日は藤山会頭より御招待に預かりまして、玆に東京商業会議所の方々並に各大都市の商業会議所の会頭並に東京の大実業家・大資本家の方々に御目に掛ることの出来たのを実に光栄とする所であります、殊に今日は昼間でございまして、皆様が至つて御繁忙の御身をも顧みず枉げて御来臨下さつたのは、自分に取つて深く光栄とする所でございます、就きましては、今会頭の仰しやつた中日親善と云ふことに就いては、今日は支那の稍々知識ある人々は皆さう云ふ考を有つて居るのであります。今迄は如何なる誤解であつたに拘はらず、今日になつてはさう云ふことを言つて居る時期ではない、どうしても日本と共に支那は提携して行かなければならぬと云ふことは、皆知つて居るのであります。夫れに依つて自分は聊か皆様に自分の感ずる所を申上げて見たいと存じます。
  隣国と親善すると云ふことは弊国の固より重んずる所でありますが、殊に貴国と支那とは最も近隣でありまして、又同種同文の関係を有つて居るから、両国の人々にして聊か見識ある人々は、両国の国民の真正なる親善の実を挙ぐることを望まない人は殆んどありませぬので御座います、然るに此両国の人々は親善を談ずる人は甚だ多しと雖も、往々其各自の立場の違ふ所に依つて銘々其見る所が異なり、随つて其主張する所の親善の意味も又様々でありまして、其主張の不同なる所より色々の誤解も生じ、御互に迷惑を感する事がないでもないのであります、併し今日商業会議所へ御集まり下さつた皆様は、悉く商業と云ふ立場に立たれる方々でありまして、此商業の原則は互に有無交換し、以て互に利益を得るにあるのであります、此立場に依つて親善を唱へることは最も親善なるものゝ真相を得たるものと信じます、此立場に依つて親善を計れば、彼我一切の誤解、一切の意見の相違は悉く之を正することが出来るのであります、若し貴国の国民、弊国の国民が悉く此議を能く了解するならば互に提携して真正なる親善の道が成立するであらうと、自分は信ずるものであります、又此親善を永遠に続け得ることゝ思ひます、弊国は幸に土地が広く色々の富源もありまして、悉く其開発を俟つて居るのであります、然れども此資本及び人才の点に於ては大に欠乏して居るのでありまして、貴国の助けを俟つことは甚だ多いのであります、貴国の要する所の工業上の原料は、弊国に於て之を供給する力を有つて居る、弊国の望む所の人才と資本は貴国が持つて居るのであります、故に自分は貴国と弊国の両国民が、極く公平なる見地を以て御互に相益することを計り、此親善の機運を促すことを希望するのであります。
 - 第56巻 p.39 -ページ画像 
  凡そ事業を始めるに就いて注意すべぎことは、目前の利益を得んとする考を去ることであります、目前の利益に拘泥すると、却つて事業の成立を妨げることになる、例を引いて申すと昔時亜米利加が始めて開発せられた時に、カリフオルニアの金山であります、人々は皆此カリフオルニアの金山を掘つて以て富をなすことが出来るだらうと思つて居りましたが、実際の結果は却つて其富を得た者は金山を掘る人々でなくして、寧ろ其開墾事業に従事した人々でありました、故に石油の大王、鉄の大王などと云ふ称号はありますけれとも、金山大王と云ふ称号はないのであります、もう一つの例を申すと、弊国の唐沾鉄道でありますが、 ○中略 是から見ると目前の利益は必らずしも永久の利益でなく、永久の利益は必らず目前の利益に伴はないのであります、故に自分は貴国の工業家並に資本家の諸君に向つて、目前の利益を重んずることを避けまして、永久の利益に着目し、以て将来両国の相互の利益を計ることを望むのであります、斯くすれは貴国の商業・工業の前途の発達にも無窮の望みがあり、随つて我国も又無窮の利益を受けるのであります、是が貴国の実業家に向つて唯一の望みであります。
  然るに玆にもう一つ是を可能ならしむる極く必要なる前提があるのであります、夫れは何であるかと申しますと、即ち弊国の政治であります、弊国の此実業発達を望むには、其前提として先づ法律を守る中央政府がなければなりませぬ、法律を守つて憲政の常規に添ふ、さう云ふ政府があれば支那の治安も維持することが出来ます、然かる後に支那の実業の発達を望むことも出来、又貴国が弊国に向つて商業をなすにも何等不安の影響を受けないのであります、而して貴我両国の相互の利益も、東亜の平和も、此前提の下に於て始めて成立するのであります。
  唯今藤山会頭から自分に此中日親善に対して努力せよと云ふ御話がありましたが、自分の思ふには支那と日本の関係は仮令昔は親善でなかつたにしても、今日は親善でなくてはならぬのであります。苟くも支那国民たる者は此親善に向つて力を注がなければならぬのであります、故に自分は支那国民の一分子として自分の力の及ぶ限り御便宜を計り、又此親善の為に尽力したいのであります、 ○中略 終りに臨んで今日の御礼を申上げ、諸君の御健康を祝します。
渋沢男爵演説  会頭、唐閣下、満場の閣下、諸君、東京商業会議所に於て今般中華民国よりお越しになりました唐閣下を御招きになりまして、私も席に参列すること得たのは深く有難く感じまする。会頭よりの歓迎の御言葉、又た唐大人より是に対する御答辞で、両国親善のことはもう言尽されて居るやうに存じ上げまする、私はもう是に添へる言葉を見出しませぬので御座います、況んや過日隣席の井上正金銀行頭取の御宴会に於て、唐閣下に対する私の所存は概略陳情致したのでございます、旁々長く愚見を陳述することを見合せまして、斯る機会に多数の我国実業界が集まつて唐閣下を御迎へて此の如く将来の中日実業上の進歩に対する御意見を十分に換はしたことを深く喜ぶのでございます、唐大人の御説もどうぞ此商工業と
 - 第56巻 p.40 -ページ画像 
して目前の利益に拘泥せず、永遠の利益を主としたいものだと云ふことは、私共最も主張して居る所であつて、兎角実業界が目先に走つて遠大の考を疎くすると云ふことは、民国も其弊は免かれぬであらう、我帝国も矢張り其弊は有つて居るのでございます、是に対しての御注意は実に御尤もと考へます、又実業の連絡進歩は最早言論の問題ではない、実行の問題がと云ふ会頭の御説は、私共誠に双手を挙けて賛成致すのであつて、どうも此議論のみして居つて実行の挙らぬと云ふことは甚だ面白くないのであります、而して是が実行を進めて行かうと云ふには、我々実業家が最も心を用ひなければならぬのは論を俟ちませぬが、如何にも政治上に於て能く之を導くことも必要でございます、此点に就いて、過日唐閣下に対して銀行倶楽部で能く申上げて置きましたから、御記憶下さつて居らうと考へます、唯今唐閣下は我国の政治上は余程注意しなければならぬ所があると云ふ御意味のやうに拝承しましたが、之は私共も大政治家たる唐君がさう御考へ下されば、実に私共両国の実業進歩の上に一段階をなす程に喜ぶのであります、帝国の此実業に対する政治の方針も成る可く自国のみの考を持たず、両国共に利益を得ると云ふ方針にやりたい、同時に貴国もどうぞさう云ふ考を有つて、自国のみの観念を止めて、両国相共に進むと云ふことに御考を付けて頂きたい蓋し経済は我れ人共に利するのでなければ、真実貫徹したと申せぬのであります、どうぞ真の経済をなすには、両方の利益の進むと云ふことを要点として進むやうに致したいと思ひます、我々実業家も唯自己丈けの利益を主とせず、又唐大人の御戒しめの通り、目前の利益を貪ぼることなく、永遠と双方との公益とを要旨として進むやうにしなければならぬと思ひます、貴国の官とし民とし、即ち政府とし人民とし、どうぞ其主義を成る可く推拡まるやうに、唐閣下の御力に依つて、御帰国の上は其域に達せしめられんことを希望致します、丁度這回御来遊の時期は、会頭の御述べの通り、我日本においては一倍の好き時期で、即ち花開き、所謂春風駘蕩、銘々の心の浮立つ時でありますが、併し唐大人は唯花を見るばかりは御喜びなさらぬだらうと思ふ、此花の実が結んで完全なる果実を収め得ることを御喜びになると思ひます、目では花を御覧なさるが、御心は実を結ぶことを希望なさるだらうと思ひます、玆に一言御挨拶申上げます。
   ○本資料第三十八巻所取「中華民国前総理唐紹儀・殷如耕歓迎」参照。