デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商業会議所
■綱文

第56巻 p.121-126(DK560038k) ページ画像

大正11年11月20日(1922年)

是日、東京会館ニ於テ、当会議所主催、東京市内会社・銀行・商店満二十年以上勤続者表彰式挙行セラル。栄一、来賓トシテ出席シ、祝辞ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK560038k-0001)
第56巻 p.121 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
十一月二十日 月 午後一時半 東京商業会議所催
                二十年以上勤続者表彰式(東京会館)


東京商業会議所報 第五巻第一二号・第二〇―二五頁 大正一一年一二月 ○二十年以上勤続従業員表彰式(DK560038k-0002)
第56巻 p.121-125 ページ画像

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中外商業新報 第一三一八五号 大正一一年一一月二一日 四・五年も前なら私もと渋沢子 嬉しさうな顔が集まつた勤続店員の表彰式(DK560038k-0003)
第56巻 p.125 ページ画像

中外商業新報  第一三一八五号 大正一一年一一月二一日
  四・五年も前なら
    私もと渋沢子
      嬉しさうな顔が集まつた
        勤続店員の表彰式
思ひ切り見得を造つて集まつた、それが皆嬉しさと真面目さの上からの見得で、店頭で算盤でよせた
 皺も 今日は晴れやかにのびて、紋服やらフロツクが、出来上つた許りの東京会館の四階の大ホールの、眼がさめる様な天井の下に集まつた集まつた一千七・八百、二千に近い人々、それが廿年以上勤め上げたゆかしい人々であることを見れば、その表彰式を挙げた東京商業会議所の仕事も徒爾ではなかつた、二十日の午後一時杉原副会頭が「実に二千五百十七人と言ふ勤勉家と相見ゆる」嬉しさを述べて、藤山会頭や各大臣・知事の
 祝辞 のあとで、やをら老躯を起したのは先刻から歓喜の眼を輝かして居た渋沢子爵「若し之が四・五年前であつたら、私も第一銀行で大正五年まで四十年も勤め上げたのですから、確に表彰されたに違ひない、二十年の方々などはまだまだ足許にもつかない」と笑はせる。「宇佐美知事は醇朴の風が地を払つたと言はれたが、まア地を払はうとして居る時に皆さんの様な人々が中心となつて、日本の実業界を
 支持 して居ることを思へば、現在から将来に向つて益々諸君の力にまつことが多い」といふと、一同は夢中で拍手して居る、やがて賞状及記念品を総代に授与して二時半散会した ○中略
近頃のゆかしい会合であつた
 - 第56巻 p.126 -ページ画像 


竜門雑誌 第四一六号・第五八―五九頁 大正一二年一月 ○二十年以上勤続者表彰式(DK560038k-0004)
第56巻 p.126 ページ画像

竜門雑誌  第四一六号・第五八―五九頁 大正一二年一月
○二十年以上勤続者表彰式 東京商業会議所に於ては十一月廿日午後一時より東京会館に於て商店・銀行・会社・工場等に於ける二十年以上勤続せる使用人に対する表彰式を挙行したるが、総数二千五百十七名、内勤続五十年以上七名、四十年以上四十三名、三十年以上二百五十九名、二十年以上二千二百八名にして、式は杉原東京商業会議所副会頭の開会の辞に次ぎ藤山会頭の式辞あり、続いて加藤首相・荒井農相・水野内相・鎌田文相・宇佐美東京府知事・後藤市長並に星野実業聯合会長・青淵先生の督励的演説あり、終つて表彰者一同に賞状及記念品を授与し、最後に被表彰者総代の答辞ありて同三時散会せる由。