デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
4款 日本実業協会
■綱文

第56巻 p.269-273(DK560071k) ページ画像

大正2年12月22日(1913年)

是日当協会、総理大臣山本権兵衛・文部大臣奥田義人・大蔵大臣高橋是清外各大臣及ビ次官等ヲ生命保険協会ニ招待シ、晩餐会ヲ開ク。栄一出席シ、会長トシテ当協会設立ノ趣旨ヲ説述ス。


■資料

竜門雑誌 第三〇八号・第八二―八三頁 大正三年一月 ○実業協会の会合(DK560071k-0001)
第56巻 p.270 ページ画像

竜門雑誌  第三〇八号・第八二―八三頁 大正三年一月
○実業協会の会合 日本実業協会は十二月 ○大正二年二十二日正午より有楽町の生命保険協会に山本首相以下奥田文部・高橋大蔵・元田逓信・山本農商の各省大臣及び勝田・福原・本郷・財部各省次官、水町日銀副総裁・大岡下院議長等を招待し、午餐会を催せり、食後会長青淵先生は協会設立の趣旨を述べ大要左の如く説述し、之れに対し山本首相の挨拶ありて、同二時頃散会せり
    △青淵先生の演説 ○次掲
    △山本首相の挨拶
協会設立に就て渋沢会長より詳細の説明を聴取し、多士済々たる実業界の計画に成り、殊に吾人の平日最も尊敬する渋沢・中野正副会長の関係せられ居る以上其成功期して疑はず、殖産工業は固より貿易に対しては此際実業家の自覚を要し、偉大なる励精を要する秋なりと信ぜり、冀くは諸子が各担当業務に至誠を傾注されん事を、蓋し至誠は成功の要訣なればなり云々


竜門雑誌 第三一〇号・第二六―二九頁 大正三年三月 ○日本実業協会披露会に於て 青淵先生(DK560071k-0002)
第56巻 p.270-273 ページ画像

竜門雑誌  第三一〇号・第二六―二九頁 大正三年三月
    ○日本実業協会披露会に於て
                      青淵先生
 本篇は昨年十二月二十二日、日本実業協会が其の設立披露の為め山本首相以下各大臣を保険協会に招待して午餐会を開きたる席上に於て、同会長青淵先生が挨拶旁々一場の演説を為したるものなり。
                        (編者識)
 首相閣下及内閣諸公並に諸閣下、今日は我実業協会が玆に産声を挙げましたに就て之を御披露申上げ、将来の御援助を仰ぎたい為に尊臨を請ひました次第でございます。歳末御多忙の折柄特に御繰合せを頂いて斯く皆様の尊臨を得ましたのは本会の光栄此上ございませぬ。会員一同を代表致しまして私は深く感謝の意を表します。斯る席上に於て事々しく愚見を陳上するは却て尊厳を汚す恐れがありますけれども今日此実業協会の生れました所以と又協会員たる吾々の意志を此際政務当局の諸公に陳上したいと思ふ理由に就て、玆に一言を述べまして諸公の御諒納を請ひたいと存じます。
 第一には実業協会が何故に起つたかと云ふことに就いて申述べて見たいと思ひます。元来此聖代の進運に伴ひまして実業方面に発展の必要を感じますことは、独り吾々の我仏尊しと云ふ僻見ではなからうと思ひます。人文の開けぬ時代所謂攻伐を以て賢とする世の中に於きましては、人生の富と云ふことは第二に置きまして、只武力を以て事物を制する、又力のみに依つて富を致すと云ふことも出来たか知れませぬ。併し世界の開明に随伴して事物を進めて往くと云ふ場合には、どうしても武力のみで往く訳には参りますまい、蓋し国家の進運は政治軍事・法律・教育等各方面の完全の発達が勿論必要でございますけれども、是と同時に実業の進歩が最も重んぜられることと思ひます。
 但し富のみに重きを置きますと、所謂士気の旺盛人格の高尚と云ふことに欠ける所かございますから、富と共に士気を旺盛ならしめたい
 - 第56巻 p.271 -ページ画像 
と云ふことは吾々実業家と雖も最も希望致しますけれども、段々世界列国の日々に進んで参りますのは帰する所富力の増進にあるので、其富力を増すには主として物質的の発達に基因する。而して此物質的の発達は吾々実業家の任ずる所である。斯く論究致しますと、次に起る問題は、果して此富を致し力を増すには自己的のみで増せるか、而してそれが国家の隆盛を何時迄も持続して往けるか、即ち自から助くると互に助くる、自から愛すると他を愛する、自から高むると他を尊重する、自助と互助、若くは自愛他愛、自尊他尊、是は余程攻究すべきことゝ考へますのでございます。前にも申す如く、偏に武力のみ是主とする場合は、或は自尊自助で個々相当に発達して往きましたならばそれで国運の進歩が挙げられるか知りませぬけれども、併し世界的に秩序を追て進むと云ふ場合でございましたら、どうしても進で互助を必要とせねばならぬ、自分から社会、社会から国家、共に進むことを考へねばならぬと思ふのでございます。故に吾々実業家は実業の閑却すべからざることを自覚すると共に、唯自己のみの発達を以て盛運を期すると云ふことは、決して完全なる方法ではないと思ふのでございます。元来我邦の一般の気風はどうかと顧みますと、今申上げました自助には、相当なる性格を有しますけれども、互助に付ては大に欠ける所がありはせぬかと思ひます。是は私の此席に申上げるばかりでない、常に思想界精神界の研究に従事する学者連の議論も尚然りと思ひます、或る哲学者は我邦の山川の険岨なるのを見て、山水明媚と云ふことは一方からは誇りとしますけれども、其山川の崎嶇険峻なる所から自然に人の気風も鋭く烈しく、同時に又偏狭狷介と云ふやうな嫌ひがある、是を以て個性多く自助に傾き易いと云ふ説を為すものもあります。又歴史家は日本の王朝時代は別として、千年に近い間封建制度が行れた、封建は割拠の性質を持つて居る。割拠の性質は自助思想が強い、彼を倒して我を保つと云ふことになつて、互助の気風が乏しいと論ずる。又宗教家は古来の神教が千数百年前から仏教・儒教と種々伝来し、近頃は又耶蘇教も入りて、各派に分れて我仏を尊しとする為に、自然孤立になり易い傾があると云ふ説を為すものもございます。蓋し此宗教が自助の気風を助長するといふは其理由如何を了解しませぬが、各宗の議論一向統一して居らぬ為に其の説を耳にすると或は然らんかと云ふ疑を起すのでございます。想ふに自助の性質が強くて互助の性質の乏しいと云ふことは、我国民の通有性即ち一の長所であつて同時に又短所ではなからうかと思ひます。殊に吾々実業家の自身の富を増すと云ふ観念は、反対に人の貧しいことを好みはしませぬけれども、人の利益を我身に受けたいと云ふ慾心が自然に自助の性質を助成するのでございます。物は買つた後は高くなることを望み、売つた後は安くなることを欲するは、自助あつて互助ではないことになります。斯る吾々がこの時運に向つて唯自助的にのみ進んで往くと云ふことであつたならば、重要なる実業界を穏健に且共同的に発展して往くことが出来ませうか、甚だ疑ふべき点であると思ひます。是に於て相当の方法を設けて、成るべく吾々の意志を或点に於て自から励み自から務めることは論を俟ちませぬが、共同の力に依つて或は政治に、軍
 - 第56巻 p.272 -ページ画像 
事に、宗教に、法律に説を述べ論を戦はすと云ふやうに進みたいと考へますのは、決して自から高ぶるでもなければ、又僭越なる行動ではなからうと思ふのでございます。斯る趣意から、先づ第一に東京に於て此実業界の人々が相共同して、公共の利益を進め妨害を除くことを努めたいと云ふので、即ち此実業協会が生れましたのでございます。どうぞ吾々の微衷のある所を首相閣下及内閣諸公其他臨場諸閣下には能く御諒納を請ひたう存じます。
 第一段は前に申上げました通りで、更に第二段を陳上しますと、如何なる理由から特に今日御多忙の際をも顧みず強いて御繰合せを頂いて首相閣下を初め内閣諸公其他諸閣下を此処に御臨場を願ふたか、是は実業家が権勢に近寄つて何か得る所でもあるかと云ふ疑を受くるとも考へますが、之に就いても一応衷情を吐露して置きたいと思ふのでございます。頃日も或る会合の席にて某府県知事と相会して色々雑話の間に、彼の官辺接待の事に就いて府知事の言はれますには、都会は兎に角地方では少し有力で実業界に立つて自家の事を能くやつて往く人が県知事などに面会することを求めない、呼びにやつても来て呉れぬと云ふ風で困る。併し能く熟慮して見ると、或る点に於ては少しく不便だが其人こそ真に良民で、屡々県庁に来て彼是と論ずる人は多くは不良民があると申して居りました。今日の社会でも尚此嘆声を聞くのでございます。昔の道徳を以て論じますと、妙に引例を出すやうでございますが、論語に子游が武城の宰となつた時、孔子の問に答て曰はれるのに「曰有澹台滅明者行不由径非公事未曾至於偃之室也」公のことでなければ私家へは来ない、而して是が完全の人物であると論語に書いてあるから、私共の今日の行為は全く反対である。蓋し澹台滅明は東洋風の昔気質で、今日はそれのみを尊重する訳にも参りませぬかなれども、或点からは頗る真理があるやうに思ふ。元来吾々実業家も決して仙人ではないから、唯無暗に金銭を嫌ふと云ふことは宜しくございませぬけれども、併し或る勢力に接近して利益を謀ると云ふことは実業家の自助自尊を欠くことになつて頗る忌むべきであると思ひます。故に吾々は前に申す古風なことを取失はぬやうに望みますけれども、併しそれは私事である、公に属することにして尚且左様にしたならば、国家を忘れ、公務を怠る訳であつて、縦令吾々の本分が政治に関係が薄い、権勢に接近する必要がないに致せ、公事に於ては決して左様には相成りますまいと思ふのでございます。試に吾々実業協会の目前に横つて居る種々の問題、例へば財政の整理、行政の整理、税制の軽減的整理、兌換制度の鞏固、我帝国の富の程度は如何であらうかと云ふやうな実際的調査抔に就て吾々の意見を陳上する場合は、何れの方面に依つて発表するか、其施設は如何なる力に依つて世の中に現れるか、申上げます迄もなく今日尊臨を得た諸公の善政良法の御力に依らざるを得ぬのでございます。故に吾々は決して権勢に接近することを求める意念は微塵もございませぬけれども、併し吾々の精神のある所は、斯る機会に於て政治の中枢たる諸公の面前に申上げるのは前に申す所の権勢阿附と云ふことゝは全く別事であることを御諒承を請ひたいのでございます。即ち吾々は今日斯る組織を致しましたから
 - 第56巻 p.273 -ページ画像 
これを御承認あつて、向後御援助を請ひたいと云ふのでございます。去りながら今申上げます実業協会は漸く昨今呱々を挙げた計りで、二葉が開けたまででございます。是から先に無事に発育しますか、風雪の妨げを受けず繁茂して往きますか、私さへ其行末を覚束なく考へます、或は其間に雑草に蔓られて折角の大事な幹が成長せぬ間に枯痩することがあつてはならぬと思ふて居りますが、多数の者が集りて同じ種類を以て育てる樹木でございませぬから、種々なる意見が出て遂に木に竹を継ぐと云ふことがないとも期し難うございます。是は未来に於ける吾々の覚悟として能く戒めて必ず一致の挙動を執りたいと考へます。我が実業協会は第一の理由に依つて生れたものである、今日尊臨を請ひ上げたのは第二の理由に依つたのでございますで、臨場の諸公は此微意のある所を深く御諒承を頂きたうございます。玆に会員一同と共に盃を挙げて臨場閣下及諸君の御健康を祝します。