デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
5款 財団法人国産奨励会
■綱文

第56巻 p.280-292(DK560075k) ページ画像

大正3年10月15日(1914年)

是ヨリ先、栄一、中野武営・武井守正ト共ニ、当会設立準備委員トシテ、政府当局トモ屡々会シ、会則及ビ趣意書ノ審議ヲナス等、当会設立ニ関シ尽力スルトコロアリ。是日、農商務省会議室ニ於テ、当会創立総会開カル。栄一出席シ、設立準備委員総代トシテ経過ヲ報告シ、且ツ推サレテ座長トナリ、議事ヲ司ル。

尚、栄一、当会顧問タリ。


■資料

集会日時通知表 大正三年(DK560075k-0001)
第56巻 p.280 ページ画像

集会日時通知表  大正三年        (渋沢子爵家所蔵)
九月廿一日 月 午前十時  国産奨励会発起委員会(農商務省)
   ○中略。
九月廿五日 金 午前十時  国産奨励会創立委員会(農商務省)
   ○中略。
九月廿九日 火 午前十時  国産奨励会委員会(農商務省)
   ○中略。
十月十三日 火 午前十時  国産奨励会総会ニ対スル準備会(農商務省)
   ○中略。
十月十五日 木 午前十時  国産奨励会(農商務省)


中外商業新報 第一〇二〇三号 大正三年九月一七日 ○国産奨励会進捗 知名実業家協議(DK560075k-0002)
第56巻 p.280-281 ページ画像

中外商業新報  第一〇二〇三号 大正三年九月一七日
    ○国産奨励会進捗
      知名実業家協議
政府当局及び民間の一部に於て過般来唱道せられたる国産奨励会組織計画は、昨今更に一大進捗を示したる由なるが、之が経過並に内容に関し関係者の一人たる上山農商務次官の語る所を聞くに左の如し
△協議の経過 事の発端は今春大正博覧会開催中、平山・野沢・武井村井・杉原・大谷・星野等の諸氏が会合の際、談偶々国産品の使用を奨励するの急に及び、遂に此の目的を達するに必要なる一団体を組織すべしとして一案を作製したるに在り、其の後五月中旬同志の一人より該案を余に提示して賛成を覓め来りたるが、其の趣旨の是なるを以て早速賛同の意を表し、大浦農相にも諮る所あり、結局本省内に於て改めて発起人と協議することとなり、三・四回会合の後、政府に於ても之に賛し、其の経費に対し今年度に於て三千円、次年度よりは約五千円宛補助するの件まで内定の運びに至れる以て、更に組織に関する一案と収支予算を作製し、十六日午後一時より前記発起人以外更に
 三島子・渋沢男(欠)・近藤男(欠)・大倉喜八郎・中野武営・朝吹
 - 第56巻 p.281 -ページ画像 
英二・豊川良平(欠)・早川千吉郎・森村市左衛門(欠)・安田善三郎・浅野総一郎
の諸氏をも本省に招致して協議するに至れる次第とす
△組織の内容 十六日協議の結果は出席者何れも其の大体の趣意には賛成にして、原案に対し別に異議を挟むべき筋もなけれど、兎も角も改めて委員を挙げ決定するに如かずとし、該委員には中野武営氏・武井守正氏外一名を不参者中より選び承諾を得るに決し、散会せり、而して原案に掲げたる組織内容の要綱は即ち如左
 △名称、国産奨励会△目的及事業、内地生産品の使用奨励を目的とし、此目的を達する為めに国産品に関する品評会・展覧会・講習会を開き、質問に応答し、商品見本目録を蒐集して一般に観覧せしむ△会員及役員、会員は名誉会員・賛助会員の二種に分ち、会員の互選を以て会長(一名)・副会長(一名)・幹事(十名以内)・評議員(百名以内)を挙ぐ△経費、経費は賛助員をして一口若干額と定めて醵出せしめたる基本金の利子及び政府の補助金を以て充当す


中外商業新報 第一〇二〇八号 大正三年九月二二日 ○国産奨励委員会(DK560075k-0003)
第56巻 p.281 ページ画像

中外商業新報  第一〇二〇八号 大正三年九月二二日
    ○国産奨励委員会
国産奨励会委員渋沢栄一・中野武営・武井守正三氏は廿一日午前十時より農商務省に参集し、国産奨励会々則に就き逐条審議したるも、全部の議了を見るに至らず、先づ発起人を全国各府県より一・二名宛推挙すること、並に近々該趣意書を全国に配布するの二件を決定し、正午過ぎ散会せり


中外商業新報 第一〇二一〇号 大正三年九月二四日 ○国産奨励会総裁(DK560075k-0004)
第56巻 p.281 ページ画像

中外商業新報  第一〇二一〇号 大正三年九月二四日
    ○国産奨励会総裁
外国品の輸入加重を防止し、内地生産品の使用を奨励すべく起れる国産奨励会は、目下渋沢栄一男・武井守正男・中野武営の起草委員三氏及鶴見農商務商事課長の手許に於て之れが趣意書を起稿中なるが、同会の目的・事業・基本金等に就きては既に決定せるものゝ如く、其総裁は皇族を推戴すべく目下寄々協議中にて、多分伏見宮貞愛親王殿下を総裁に仰ぐに至るべしと


中外商業新報 第一〇二一二号 大正三年九月二六日 ○国産奨励会準備協議(DK560075k-0005)
第56巻 p.281 ページ画像

中外商業新報  第一〇二一二号 大正三年九月二六日
    ○国産奨励会準備協議
国産奨励会準備委員渋沢・武井両男及び中野武営氏は廿五日午前十時農商務省の上山次官・岡局長と会見の上、先日に引続き協議し、大体に於て結了を告げたるが、尚来る二十九日同時刻より前三委員の外過般集合したる早川・朝吹・浅野・三島・大倉・安田・杉原・星野・平山・大谷・近藤・森村・野沢・村井・豊川等諸氏の合同を求め、詳細説明の上一・二未了事項を決議し、全部完成を遂ぐる筈、尚同発企人は全国を通じて三百五十名とし、其人選は同日出席したる人々之が任に当る可しと

 - 第56巻 p.282 -ページ画像 

中外商業新報 第一〇二一六号 大正三年九月三〇日 ○国産奨励委員会(DK560075k-0006)
第56巻 p.282 ページ画像

中外商業新報  第一〇二一六号 大正三年九月三〇日
    ○国産奨励委員会
国産奨励会設立委員会は廿九日午前十時より農商務省に開会、渋沢男中野・武井男の三起草委員、平山・大倉・野沢・星野・杉原・村井・安田・森村・豊川・三島諸氏等十三名出席、本省よりは上山次官・岡商工局長・鶴見商事課長等列席して、先づ起草委員より、十四日以来の委員会経過を報告し、次で同会の規則及び設立趣意書等を議題に供し大体議了したるが、尚字句の修正及び一・二未了事項あるを以て、前記三起草委員の外、更に平山成信氏を加へ、来る十月一日午前十時より最後の協議会を開く筈にて、同日を以て愈々具体的に決定せらるべしと、尚ほ同会維持会費として一口五円以上を醵出する由なり


中外商業新報 第一〇二一八号 大正三年一〇月二日 ○国産奨励準備会(DK560075k-0007)
第56巻 p.282 ページ画像

中外商業新報  第一〇二一八号 大正三年一〇月二日
    ○国産奨励準備会
一日午前十一時より国産奨励会準備委員たる渋沢・武井両男、平山成信三氏及び上山農商務次官・岡商工局長・鶴見商事課長、農商務省大臣室に会合、同会規約及趣意書に就き審議したれど、未了の点あり確定に至らず、正午散会す、五・六日頃今一応会合すべしと云へり


中外商業新報 第一〇二二二号 大正三年一〇月六日 ○国産奨励会成る 各府県に趣意書配付(DK560075k-0008)
第56巻 p.282-283 ページ画像

中外商業新報  第一〇二二二号 大正三年一〇月六日
    ○国産奨励会成る
      各府県に趣意書配付
去十二日以来二十名《(マヽ)》の準備委員の手に依り審議起草されつゝありし国産奨励会規則は五日漸く出来したるが、之が発起人は全国各府県より三百五十余名を嘱託する事とし、上山農商務次官より地方長官に依頼し、地方長官の手により県内有数の人物を選任する事とし、五日各府県に宛て趣意書を配付したるが、第一回の発起人総会は来十五日午前十時より農商務省会議室に於て開催する事と決定せり、従て会則に依り総裁を皇族より奉戴する筈なるが、未だ御裁可を経ざるを以て、多分十五日の総会後にあらざれば確定し難かるべく、次で副総裁二名は某々両侯に依嘱する事となり已に内諾を得たりと、其規則左の如し
第一条 本会は内国品の生産を奨励し、其使用を普及せしむるを以て目的とす
第二条 前条の目的を達せんか為め本会は左記の事項を行ふものとす一、国産に関する調査、二、国産の品評会・展覧会等の開催、三、講話会の開催 四、国産に関する質問応答、五、会報の発行、六、其他必要なる事項
第三条 本会は国産奨励会と称す
第四条 本会は事務所を東京市に置く
第五条 本会の会員を分ちて左の二種とす
 名誉会員・維持会員
第六条 名誉会員は評議員会の推薦に依り総裁之を嘱託す、維持会員は一口以上の寄附を為したるものとす、寄附金は五円を以て一口とす
 - 第56巻 p.283 -ページ画像 
第七条 本会は皇族を総裁に奉戴す
第八条 本会は副総裁二名を置く、本会に顧問若干名を置く、副総裁及顧問は総裁之を嘱託す
第九条 本会に左の役員を置く、会長一名・幹事若干名・評議員百名以内、会長は幹事之を互選す、幹事及評議員は発起人之を選挙す、幹事は常任幹事一名を互選す、幹事及評議員の補欠選挙は評議員会に於て之を行ふ
第十条 会長は本会を代表し一切の事務を統理し、評議員会の議長たるものとす、幹事は会長を補佐し、会長事故あるときは常任幹事之を代理す、評議員は重要なる会務を審議す
第十一条 本会に事務員若干名を置く、事務員は会長之を命ず
第十二条 評議員会は会長に於て必要と認めたるとき随時之を招集す
第十三条 評議員会の決議は出席者の過半数に依る
第十四条 毎年一回会員に対し事務及決算の報告を為す
第十五条 本会の規則を改正せむとするときは評議員会の決議を経る事を要す
      △趣意書
 我国の産業は維新以来長足の進歩をなしたるものあるも、未だ以て欧米諸国と比肩するに足らずして、内国産と同種の物品及内国生産の望ある物品と雖も、猶其供給を彼れに待つもの甚だ多きは寔に慨嘆の至りなり
 我国海外と貿易を開きしより内国人は輸入品の新奇精巧なるを悦び争て之を用ひ、遂に内国品は外国品に及ばずとの感想を生じ、商品を称揚するに舶来上等の語を以てし、欧文の標識なき物品は世人の注意を引くに足らざるに至らしめたり、此の風習にして依然今日の如くんば、無用の輸入を増加し、内国生産の発達を阻害するは当然の理にして、豈甚しく憂慮すべきに非ずや、顧みて生産者の状況を察するに、時勢に応じて進歩改良を図り、信用を尊びて粗製濫造を戒むるの事に於て、未だ遺憾あるを免れず、仮令需要者の気風一変するも、生産者の行為をして其の意に満たしむる能はずんば、産業発達の好果を収むるを得難し、是れ生産者の最も其の意を致すべき処なりとす
 吾人此に見る処あり、相謀りて国産奨励会を設立し、以て内国品使用の気風を振起し、産業の発達に努め、聊か国家の進運に貢献せんことを期す、乃ち有用なる我生産品を天下に紹介して、必ずしも其輸入品に譲らざることを明にし、之が需要を盛にし、産出の増加を促かし、又其長短を品隲して改良の方法を講じ、更に進んて販路を海外に拡張するの計画を有さんとす
 今や欧洲戦乱に伴ひ外国品輸入の困難を来さんが為め国人大に国産奨励の必要を悟り、宮中府中共率先して国産使用の範を示さる、頗る吾人の意を強ふするものあり、大方の諸彦微意の存する処を諒し奮つて援助せられん事を希望す


中外商業新報 第一〇二二四号 大正三年一〇月八日 国産奨励会成る 内国品使用の意義(DK560075k-0009)
第56巻 p.283-284 ページ画像

中外商業新報  第一〇二二四号 大正三年一〇月八日
 - 第56巻 p.284 -ページ画像 
    国産奨励会成る
      内国品使用の意義
農商務当局並に民間有志の発起に係る国産奨励会なるものは、此程愈愈其成立を見んとする迄に運べり。此会の旨趣目的に就ては、本紙の既報に由りて読者の知悉せらるゝ通り、内国品の生産を奨励し、其使用を普及せしむるに在り。此種の企図が今日の我経済上に於て最も必要なる所以は、是迄も余輩の屡々論述したる所なるのみならず、今や世界の大戦乱に際して、内に在りては産業の独立を将来し、外に在りては商権の大拡張を図らざる可からざる秋なれば、余輩は尚更以て国産奨励会の成立を喜ばざる可らず。特に宮中の思召を体せる宮内大臣の訓示を始めとして、諸学校に対する文部大臣の訓示もあり。旁々内国品使用の一事が今や一種の風潮をも成さんとする折柄、本会の成立は一層機宜を得たりと謂ふ可く、会の目的を達する上にも亦至大の便宜を得可けんなり。余輩は此会が其旨趣を立て、其目的を達するに於て、呉々も勇往邁進せんことを望む。
唯だ此場合に一言す可きは、内国品使用の意義なり。由来邦人の間には外品崇拝てふ一種の謬想あり。其結果「舶来品」とさへ云へば、品質も価格も問はずに之を愛好し、之を使用することを誇とするに反し品質・価格に於て遜色なく、外品と全然同様なるものは勿論、縦令外品に比して逈に優秀なるものにても、苟も开が内国品たる以上、唯だ内国品たるの故を以て「和製」と称して之を卑下し、寧ろ其の使用を恥づるが如き陋習あり。此の事は過日も一言して反省を求め置きたるが、余輩の見る所に依れば、内国品使用の意義は、国民の間に存する此謬想を打破して陋風を矯め、外国品と同様、若くは外国品よりも優秀なる内国品に就ては、黽めて外国品を捨てゝ内国品を使用せしむるを謂ふなり、而して品質の劣悪、価格の不廉を忍びて、強ゐて内国品を使用せしむることを意味するにあらざるなり。品質に於て優り、価絡に於て廉ならば、寧ろ進んで外国品を使用して然る可しと思ふ。
若しも然らずして、品質の劣悪、価格の不廉を忍でも、猶且強ゐて内国品を使用せしむるの意義に解すれば、内国品の使用は国産を奨励すること能はざるのみか、却て内国産業の発達を阻害するが如き意外の結果を生ぜん。蓋し内国の製産品は其種類の何たるを問はず、品質に於ても、価格に於ても、同種類の外国品に優ることに由りて需要を増し、劣ることに由りて需用を減ずるの作用ありてこそ、内国産業は常に外国品に優らんとして不断の努力をも試みるなれ。而して其間に産業の進歩発達をも将来するなれ。然るを若しも外国品より劣悪なるものを製出しても、需用は少しも減退せず、平常通りに売行くものとせば勢ひ外国品に優らんとする不断の努力は休み、従て産業の進歩発達も亦底止《(停)》するに至らん。品質の劣悪、価格の不廉を忍んでも、強ゐて内国品を使用せしめんとするは、却ち内国産業をして「怠けても儲かる」地位に立たしめんとするものなり。是れ豈内国産業の奨励にあらずして、却て産業の発達を阻害するものにあらずして何ぞや。余輩は国産奨励会を始め、一般世間の「内国品使用」を口にするものが、深く此点に留意して一種の穿き違ひを為さゞらんことを望む。
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竜門雑誌 第三一七号・第六四―六六頁 大正三年一〇月 ○国産奨励会(DK560075k-0010)
第56巻 p.285-286 ページ画像

竜門雑誌  第三一七号・第六四―六六頁 大正三年一〇月
    ○国産奨励会
△設立の動機 今春大正博覧会開催中、平山・野沢・武井・村井・杉原・大谷・星野等の諸氏が会合の際、談偶々国産品の使用を奨励するの急に及び、遂に此目的を達するに必要なる一団体を組織すべしとして一案を作製し、其の後五月中旬同志の一人より該案を上山農商務次官に提示して賛成を覓めたるに、同氏は早速賛同の意を表し、尚同氏より大浦農相にも諮る所あり ○中略
△組織の内容 同日 ○九月十六日協議の結果は、出席者何れも其の大体の趣意には賛成にして、原案に対し別に異議を挟むべき筋もなければ、兎も角も改めて委員を挙げ決定するに如かずとし、該委員には青淵先生及中野武営氏・男爵武井守正氏を選び、承諾を得るに決定散会せり、而して原案に掲げたる組織内容の要綱は則ち如左し。
○中略
△会則逐条審議 同月二十一日午前十時より会則起草委員たる青淵先生・中野武営・男爵武井守正三氏は農商務省に参集し、国産奨励会々則に就き逐条審議したるも、全部の議了を見るに至らず、先づ発起人を全国各府県より一・二名宛推挙すること、並に近々該趣意書を全国に配布するの二件を決定し、正午過ぎ散会せり。
△準備委員会 同月二十五日午前十時より農商務省に於て国産奨励準備委員会を開きたり、出席者は青淵先生・武井守正男・中野武営三氏の外、農商務省より上山次官・岡商工局長列席、趣意書の発表等に就き協議せしが、総会の準備も着々進捗したるを以て、来二十九日午前十時より更に全準備委員会合の上、前記実業家三氏より当日までの経過を報告し、然る上全部確定せしむることゝなり、尚ほ発起人を全国に三百五十名とし、其人選は準備委員に委託することに決定し正午過散会せり。
△会則打合会 予て起草委員を選定して着々創立事務進行中なりし国産奨励会は、二十九日午前十時より農商務省に内規打合会を開催、民間より前記三起草委員の他平山成信・大倉喜八郎・野沢源次郎・星野錫・杉原栄三郎・村井吉兵衛・安田善三郎・森村市左衛門・豊川良平三島弥太郎子の十三氏出席し、政府側よりは、上山次官及び岡商工局長列席したるが、先づ起草委員より、同月十四日委員選挙の日より今日迄の経過報告を為したる後、会則及び設立趣意書等を議題に供し、種々打合せをなしたる結果、提出議案の大体を議了し、残余の事項は三起草委員及び平山成信の四氏に一任する事として正午散会せり。
△伏見宮殿下総裁推戴 国産奨励会設立に関する事務は漸十月五日を以て決定したるを以て、青淵先生・中野武営・武井守正男三準備委員の名を以て別に全国各府県知事に其人選を委嘱せる約三百五十名の発起人たるべき人に宛たる往復文書、並に左記設立趣旨書及会則の二部を添へて、五日夫々各府県知事の手許迄発送したるが、右発起人の確定を俟つて来る十五日午前十時より農商務省会議室に於て発起人総会を開会する事となりたり、尚畏くも伏見大将宮殿下には同会の総裁た
 - 第56巻 p.286 -ページ画像 
るべき事を御内諾あらせられたれば、会の成立と共に勅許を経て御就任の事となるべく、又副総裁には井上・松方両侯爵就任の内諾を得たりと云ふ。
      設立趣旨書 ○前掲ニツキ規則案ト共ニ略ス


中外商業新報 第一〇二三二号 大正三年一〇月一六日 ○国産奨励会成立す 首相農相演説、出席者百卅五名(DK560075k-0011)
第56巻 p.286-288 ページ画像

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中外商業新報 第一〇二三二号 大正三年一〇月一六日 ○采女町自動車の賑ひ 産声挙げた国産奨励会(DK560075k-0012)
第56巻 p.288-289 ページ画像

中外商業新報  第一〇二三二号 大正三年一〇月一六日
    ○采女町自動車の賑ひ
      産声挙げた国産奨励会
内国品製産の奨励は此一挙に在りと、足許から鳥が飛び立つ如な騒ぎで出来上つた国産奨励会と云ふのが、十五日采女町は農商務省に愈々其産声を挙げた
△采女町の大通 には何式何型やら書立てるのも面倒な大小の自動車無慮二十幾台、大日本製品の人引き車五十幾輛、自動車は農商務省側に整列し、人引き車は精養軒側に堵列して互に睨み合つて居るのも可笑しい、会場は奥まつた会議室、演壇に向つて左手には謹厳な波多野宮相、之に隣つて武富逓相・尾崎法相、つまらなそうに椅子により、後列には八代海相折り柄差込む窓越の日光に其禿頭を扱ひ兼ねたと云つた様な風、大浦農相は最も演壇に近く椅子によりじろりじろりと会場を睨め廻す。其大臣の席を少し距れて上山次官其他の属僚は威儀を正して居流れてゐる、壇の右側には渋沢・武井両男を始め、朝吹・早川大倉・安田・平山氏なんどの発企人十余名一団をなし、三府四十二県から選りに選つた代表者百三十余名は整然席に着く、十一時頃になつて会を開くと、渋沢男は何やら書類様のものを手にし壇に上つて設立経過の報告をやる、「国産奨励と申しても外国から何ものをも輸入せぬと申す事ではない」と玆に妙に力を籠めるのも
△意味深長に聞える。これから座長の選挙、規則の議事に移る、発企人の藤山雷太君から規則第一条に「販路を海外に拡張す」と挿入したいとの修正動議のあつたのが予定外丈で、趣旨書の議定、幹事の詮衡会長の互選等凡て予定の通り、一瀉千里とは行かぬが百里位の早さで進行、そこへぬつと這入つて来たのが大隈総理、例の大きな口をきつと一文字に喰ひ締め、微笑を漂しながら場を一とわたり見渡して、跛歩危く壇に上る、渋沢座長の口上宜しくあつて、大隈首相は例に依て
△例の長広舌 を振ふ、「昨日本所の服部金太郎君の時計工場を見たが、遂ひ先達まで出来なかつた時計の弾条が見事に出来ることになつた、戦に勝つ国民は必ずや何んでも出来ぬ事はない、戦争に強いが貧乏すると云ふ者のあるのは理由なき妄言であると我輩は昨日感じたのである」と妙な笑ひ方をして発企人席を見廻した、最後に我輩は此会の成立を祝福すると結ぶ、次に現れたのは大浦農相、例の諸君を冒頭に「日本は一等国と云ふが、貿易額は十三億万円で、ブラジルと同一
 - 第56巻 p.289 -ページ画像 
額である……」と云つた如な事を仰つしやる、時は十二時を過ぎる事三十分余、礼に慣れたらしくもない第一流の実業家中の野人組は
△そろそろ欠伸やら、膝の組み重ねなどに忙しくなつて来た、之を見て取つたかどうか、大浦農相は「時刻も過ぎましたから簡単に」などと手取り早に切り上げる、傍聴席では「人助け」などゝ云ふ声も聞えた、終つて上山次官は「これから直ぐ農商務大臣の午餐会の方へどうぞー」と御機嫌を取り結んで散会、そろそろ向ふ側の精養軒に繰り込む百卅幾名かの御面相から風采から仔細に拝し奉れば、成程内地向が八・九分方を占めてゐる、此点に就て洵に人意を強ふするとは、誰やらの賞辞(?)であつた。


東京商業会議所月報 第七巻第一〇号・第一九―二一頁 大正三年一〇月 ○国産奨励会(DK560075k-0013)
第56巻 p.289 ページ画像

東京商業会議所月報  第七巻第一〇号・第一九―二一頁 大正三年一〇月
    ○国産奨励会
予て朝野の間に計画ありたり国産奨励会は《(る)》、十五日農商務省会議室に於て創立総会を開く、主人役たる大浦農相の外に大隈首相・波多野宮相・八代海相・尾崎法相・武富逓相を始め仙石総裁・上山次官・久保田府知事・岡商工局長等臨席、先づ設立委員総代として渋沢男爵は左の如く報告し
○中略
土居通夫氏の発動により、座長として渋沢男を推すことに満場の一致し、渋沢男爵即ち座長席に着き ○下略


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第一八頁 昭和六年一二月刊(DK560075k-0014)
第56巻 p.289 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
              竜門雑誌第五一九号別刷・第一八頁 昭和六年一二月刊
    大正年代
 年 月
 三 一〇 ―国産奨励会委員総代、顧問―大、六、七。
   ○顧問辞任ノ年月誤リナラン。


財団法人日本産業協会要覧 第一―二頁 昭和五年六月刊(DK560075k-0015)
第56巻 p.289 ページ画像

財団法人日本産業協会要覧  第一―二頁 昭和五年六月刊
    第一 本会の沿革及組織
(1)沿革
○中略
 □国産奨励会
  一、大正三年十月十五日設立、同七年二月二十六日財団法人の設立許可を受け、会長男爵武井守正氏なり。
○下略


竜門雑誌 第三一八号・第一二―一五頁 大正三年一一月 ○国産奨励の真意義 青淵先生(DK560075k-0016)
第56巻 p.289-292 ページ画像

竜門雑誌  第三一八号・第一二―一五頁 大正三年一一月
    ○国産奨励の真意義
                      青淵先生
 本篇は雑誌「実業之世界」記者が青淵先生を訪ひて聞得たる談なりとて、十月発行の同誌上に掲載せるものなり(編者識)
△奨励会成立の経過 国産奨励会の必要は言ふまでもないことで、私
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共年来の希望であつた。唯だ余りに睹易い道理なので特に呼号しなかつたゞけである。
処が這回の欧洲戦争は未曾有の大乱であるだけに尠からぬ影響を我国にも与へ、我国の産業に欠陥のある事が、著しく国民の注意を惹き、為に憂慮を促すに至つたのである。この憂慮すべき点が、幸にも新聞や雑誌に論議せられ、朝野の視聴を動かしたるに乗じ、国産奨励の具体的考案を立て、年来の憂慮を一掃する実を現はしたいものだと、十数名の実業家が会合した或席上で申合せ、一方政府側にも交渉して見たところ、大浦大臣・上山次官・岡局長等も熱心な賛意を表し、諸種の便宜を与へたが、但だ斯の種の運動は、寧ろ民間側の主催に俟つた方が適当であらうと云ふことで、武井男や、中野武営氏や、及ばずながら私共が率先奔走の任に当り、其結果、兎に角、国産奨励会は事実の上に成立し、去る十五日其発会式を挙げ、特に 宮殿下を総裁に奉戴するの御内許を拝し、武井男爵を会長に、郷男爵を幹事に推薦し得たのは、邦家のため慶賀に堪へない次第である。
△是れ国家百年の大計也 国産奨励会は成立したが、事業は猶ほ将来に在る。由来、日本人の通弊として熱し易く冷め易い風がある。この事業なども矢張り空騒ぎに終り、後は百人や二百人の発起人任せに委ねて置いて、一向顧みないやうでは、実効の挙がる日は永久に来ないと思ふ。凡そ何種の計劃でも、苟も国家的事業である以上、国民全体の足並が揃はなくては成功は決して容易ではない。殊に国産奨励の如き国民日常生活の一挙手一投足に負ふ処多き事業は挙国一致の必要あること勿論である。そして又、一国の産業状態を改良することは、其国土、其国民性の改造と云ふに等しいもので、至難な企である。之を一部有志家の呼号にのみ任し置くべきでないと同時に、その効果は一朝一夕の間に挙げられ得べきものでない。我々は此の事業を遂行するために、十年百年或は子孫の代に亘つてまでも、是非続行する底の覚悟を予め極めて置かねばならぬ。物の大小、事の緩急に応じて秩序的に我々の遠大な事業を運んで行かねばならぬ。
△国産奨励の二目的 さて然らば、国産奨励会の目的は抑々如何、それに就ては、前号の本誌に鶴見課長が詳しく言はれてある通り、輸出入貿易を旺んにし、特に内地の産業を助長して之を以て避け得べき輸入品に代へ、更に輸出を奨励して国富国力の振張を期するに在る。尚ほ言ひ方に依つては、国産奨励会の目的を消極的目的と積極的目的の二つに大別し得られる。ローズベルト氏が最近のアウトルツク誌上で言つた通り、我々は今度の大戦が齎らす教訓に依り斯かる不祥事の襲来に備ふるため、進んで国力の増進を計り置かざる可らざる事が前者で、本会の発会式に大隈伯が、今後国家の独立上産業の独立の必要なるは、猶国防上兵器独立の必要なるが如しと述べた事が後者である。或は又之を対内的奨励、対外的奨励とに区別することも出来やう。対内的とは、内地製品を発達さして代用輸入品を防止するが如きことで対外的とは、海外の市場を開拓し輸出を増進せしめるが如きことである。日本は今日では年々一億円からの輸入超過に苦んでゐるのであるが、戦後は更に独逸と云ふ頑強な一敵国を向に廻はして、競争せねば
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ならぬ境遇に立つのであるから、国民は此の処緊褌一番して蹶起奮闘すべきである。
△今日模倣時代に別れよ 度々識者が力説する通り、我国民の思想には忌むべき弊習がある、其は即外国品偏重の悪風である。外国品だからとて別段排斥する必要がないやうに、之を偏重して内地品を卑下する理由もない筈である。然るに、舶来品と云へば総て優秀なものばかりとの観念が、深く国民の上下に普及してゐるのは誠に慨嘆に堪へない。尤も日本の文明は最近の発達で、而も欧米諸国からの移植に負ふ所頗る多いために、曾つては欧化主義の流行に苦しみ、今も猶ほその余弊として此の舶来品愛重の勢を作してゐることゝ思はれる。けれども維新以来早くも半世紀に成らうとする今日、且つ又、東洋の盟主、世界の一等国を以て任じて居る今日の日本国たるもの、何時まで欧米心酔の夢を見てゐるのであらう。何時まで自国軽蔑の不見識を敢てする積りであらう。実に意気地のない話である。外国のレッテルが貼つてあるから此の石鹸は好いぞと威かされたり、外国品だから此のウヰスキーを飲まなければ、時世後れの人間に見られると怖れるやうで、それで独立国の権威と大国民の襟度が何うして保たれて行かれよう。私は実に国民の大自覚を望むのである。我々は今日唯今、心酔の時代と袂別せねばならぬ、模倣の時代から去つて、自発自得の域に入らねばならぬ。
△有無相通は経済の原則 とは云ふものゝ、私は徒に排外思想を鼓舞する者ではない。物に一得一失は動もすれば伴ふもので、先年 戊申詔書を下された時も、之を極端非理な消極主義に穿き違へた人々が多く、当路者が御大旨の徹底に悩まされたことがある。今度の国産奨励の宣伝をも極端な消極主義、排外主義と取られては独り発起人等の迷惑のみならず、延いては国家の大損失を招く虞がある。有無相通ずとは数千年前から道破された経済上の原則で、此の大原則に反して経済の発展は企図せられる筈がない。一県にしても、佐渡からは金を産し越後からは米を産する。一国にすれば、台湾からは砂糖が出るし、関東地方からは生糸が出る。更に国際間に拡大して考へて見ると、亜米利加の小麦、印度の棉花と云ふが如く、夫れ夫れ地勢に依つて其産物をも異にするのであるから、我々は彼の小麦粉を食し、彼の棉花を購ひ、そして我は生糸・綿糸を売つて行くべきである。この点は特に注意して、我国に適する物を作り、適せないものを仕入れることを過らぬやうにせねばならぬ。
△奨励会の為す可き事業 次に我々は奨励会の事業を選択して置く必要がある。奨励は其声ばかりでも効益は尠くないが、折角、会組織にしたのであるから、是非目的を貫徹するために実際の事業に着手し、範を天下に示すべきである。目下の処では、会報を発行する以外具体的に決定したものはないが、規則書にもある通り、今後は国産の調査研究、共進会の開催、講話会の開催、商品陳列場の完備、一般の質疑応答、輸出奨励策等を実施して行くのである。特に研究所の設立、産業上の注意、市場又は製品の紹介、試験分析、証明の依頼に応ずることなどは裨益する所大なるものがあらうと思ふ。而して事業の成否は
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一に係つて各人の双肩にあるのだから、御互にこの会の発展と利用とに力を注がねばならぬ。
△当局者に一言 最後に方つて当局者に一言して置き度いと思ふ。其は他でもない、奨励と保護干渉とを混同せぬ事、即ち是である。奨励は大に之を努めねばならぬけれども、不自然不相応の奨励を行ふとすれば、終には無理が出て来る。親切なやり方も却て不親切な結果となり、保護した積りのものが、干渉束縛となる。殊に商品の試験及び紹介をする際には、私利私情を離れて、一に邦家のためを念ひ、公平と親切とを忘れざらんことを切望して置く。更に又、日本品使用の機運が動いたのを奇貨として、詰らぬ物を粗製濫造し、忠良なる国民を欺瞞し、一時の私腹を肥やさんと試むる商売人もあらう。斯の如きも亦国産の発達を阻害すること小少でないから、相警めて斯かる不逞漢の輩出を防がねばならぬ。