デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
6款 社団法人日本工業倶楽部
■綱文

第56巻 p.311-313(DK560086k) ページ画像

大正12年3月17日(1923年)


 - 第56巻 p.312 -ページ画像 

是日、当倶楽部ニ於テ、当倶楽部有志主催ノ東京商業会議所会頭藤山雷太渡欧送別晩餐会開カル。栄一出席シ、主催者ヲ代表シテ送別ノ辞ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正一二年(DK560086k-0001)
第56巻 p.312 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年       (渋沢子爵家所蔵)
三月十七日 土 午後五時半 日本工業クラブ催
               藤山雷太氏渡欧ニ付送別会(日本工業クラブ)


(日本工業倶楽部) 会報 第八号 大正一二年一二月刊 晩餐会並午餐会(DK560086k-0002)
第56巻 p.312 ページ画像

(日本工業倶楽部) 会報  第八号 大正一二年一二月刊
    ○晩餐会並午餐会

 ○大正十二年三月十七日東京商業会議所会頭藤山雷太君は、欧米各国訪問の途に上らるゝに付き、有志の発起にて送別晩餐会を開催せらる。出席員並速記録左の如し。
 ○賓客
  東京商業会議所会頭 藤山雷太殿 ○他九名氏名略ス
 ○主人側
  井上準之助君 ○以下一〇二名氏名略ス
    ○子爵渋沢栄一君の挨拶 ○次掲
   ○次ニ藤山雷太ノ答辞及ビ農商務大臣荒井賢太郎ノ演説アリ、略ス。


竜門雑誌 第四二五号・第二五―二六頁 大正一三年一月 ○藤山雷太君の送別会に於て 青淵先生(DK560086k-0003)
第56巻 p.312-313 ページ画像

竜門雑誌  第四二五号・第二五―二六頁 大正一三年一月
    ○藤山雷太君の送別会に於て
                      青淵先生
 本篇は昨年三月十七日日本工業倶楽部主催の藤山雷太君送別会席上青淵先生の挨拶なる由にて、同倶楽部発行の会報第八号に掲載せるものなり。(編者識)
 閣下、諸君。此度東京商業会議所会頭藤山君が欧米に旅行に就かれるに付きまして、東京に於ける同人相集つて、此処に御送別の宴を開いたのでございます。私が誤つて総代の一人に加はりました為に、玆に一言主人側を代表致して送別の辞を述べる責任を有つやうなことになつた次第であります。
 御旅行を送別する機会は御互に数多くございまするけれども、或場合には斯かる註文、又は此時には斯様の註文と、近頃欧米の御旅行に対しては種々註文すべき事が多からうと思ふのでございます。而して此度藤山君の御旅行に対して吾々註文申す事は、最もむづかしい御註文になつて、或は同君ならでは此任務を果して下される者はなからうかと考へるのでございます。或は政治に或は経済に種々な方面に御出になつて十分研究を尽して御帰り下さる方が尠からぬのでございますけれども、一体の思想界に付きましても経済界に付ても現在の有様はどうあるか、吾々欧羅巴の有様を新聞若くは旅行者の談話に聞いても其真相を知るに苦しみつゝある。即ち掛けられた謎が十分に解き得ぬ様に思ふのでございます。斯かる機会に十分実験を有つて居られる、
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又種々なる方面に大に知識有る藤山君が恰度此御旅行は誠に結構な事であつて、今度の御旅行に於ては先づ第一に亜米利加に又英吉利に仏蘭西に、独逸に、必ず必要な場所を御廻りになりませうが、殊に独逸などでは一方から聞くと事業が駸々と進むやうにも見ゆる、又一方から承ると経済が如何にも近来紊乱して居るやうにも窺はれますが、蓋しアレなどは完全に説き得たものは未だ無いと申さねばならぬのでございます。斯かる時に於て前にも申上げまする通り相当なる経験を蓄へて居られる藤山君にして、且つ内の有様も一張一弛或は進み或は衰へ、或は困難し或は喜ぶと云ふ、種々なる事に遭遇された折に於て、此実際を視察されましたならば、或は望む吾々の疑問を御帰りの時分には解いて下さることが為し得られやうかと、深く吾々が期待致すのでございます。同君の近頃の御健康は余り御健全でない様に伺ひまして、或は御達者かどうかとまで極く親しくする私共などが思ふたのが此処に全く御回復になつて、此鹿島立は実に御同様相共に深く慶ぶのであります。どうぞ十分に御健康を御保ち下すつて、今私共願ふ所の此疑問を十分御解き下さるやうに願いたいのであります。
 只今大倉さんが藤山君を送るに付て、恰度花に送られて紅葉に迎へられると云ふ意味なる御得意の御歌が出来ました。私もそれをば藤山君に対して御送別の辞に致したいと思ふたが、蓋し霞に送られて紅葉に迎へると云ふのが能因法師の歌にあつたやうに記憶して居ります。「都をば霞とともにいでしかど秋風ぞ吹く白河の関」とやら覚えて居りますが、私は藤山君は花に送られて花に迎へられるが宜からうと思ひます。花と紅葉が宜からうか知らぬが、どうぞ吾々が希望する吾々の疑問即ち謎は解いて下さるやうに、御同様諸君と共に希望致して、之を御送別の辞に致したうございます。益々御健康を祈ります。
                   (一二、一二、二七)
   ○本巻所収「東京商業会議所」大正十二年三月十五日ノ条参照。