デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
6款 社団法人日本工業倶楽部
■綱文

第56巻 p.316-317(DK560088k) ページ画像

昭和6年11月15日(1931年)

是月十一日栄一歿ス。是日葬儀ニ際シ、当倶楽部ヨリ弔詞ヲ贈ル。


■資料

竜門雑誌 第五一八号・第二〇―二七頁 昭和六年一一月 葬儀○渋沢栄一 【弔辞 団琢磨】(DK560088k-0001)
第56巻 p.316-317 ページ画像

竜門雑誌  第五一八号・第二〇―二七頁 昭和六年一一月
    葬儀 ○渋沢栄一
十五日 ○一一月
○中略
 一、青山斎場着棺  午前九時四十分。
 一、葬儀開始    午前十時。
 一、葬儀終了    午前十一時三十分。
 一、告別式     午後一時開始三時終了。
○中略
また東京市民を代表した永田市長の弔詞、実業界を代表した郷誠之助男の弔詞朗読があり、他の数百に達する弔詞を霊前に供へ、十一時半予定の如く葬儀を終了した。
○中略
    弔詞
○中略
名誉会員子爵渋沢栄一君竟ニ溘然トシテ逝ク、寔ニ終天ノ痛恨ナリ
嗟呼君ハ民間ノ一士人ノミ、而シテ常ニ世人ノ泰斗トシテ仰カレ、天下ヲ挙ケテ其ノ風姿ヲ欽慕セサル莫ク、且徳業亦夙ニ九重ノ宸聡ニ達シ、屡々嘉尚褒録セラル、惟フニ君明治ノ昌運ニ当リ殖産興業ヲ以テ其ノ志ト為シ、拮据経営五十年、凡ソ維新以降我カ産業百般ノ創設君ノ籌画ニ依ラサルモノ甚タ尠ク、其ノ一生ハ即チ吾邦産業経済ノ発達史ナリト謂フモ亦溢美ニ非ス、而シテ往キニ喜寿ノ佳辰ヲ機トシテ財界ヲ退クヤ、更ニ自ラ進ンテ文化改新ノ木鐸ニ任シ、或ハ興風育英ノ事業ヲ誘掖シ、或ハ救恤感化ノ施設ヲ提撕シ、意ヲ労資ノ協調ニ運ラシ、力ヲ国際ノ平和ニ致シ、日夜役々倦ムコトヲ知ラス、宜ナル哉三朝ノ御宇ニ亘リテ常ニ社会尊崇ノ中心ニ為リ、幾度モ文勲武功ノ外ニ立チテ異数ノ栄典ヲ承クルコトヤ、吉人君ノ如キ洵ニ邦国ノ珍琛ニシテ、且聖代ノ人瑞ト称スヘシ、君ノ晩年ハマタ実ニ我国古今偉人ノ類型ヲ超絶セル一個ノ国宝的存在ナリキ、而シテ春秋既ニ九秩ヲ過キ、尚ホ康寧爽健ニシテ、依然諄々トシテ啓発指導ヲ辞セス、孜々トシテ奔走斡旋ニ任シ、其ノ一朝病ヲ獲テ復タ自ラ起ツヘカラサルヲ知ルヤ財界ニ遺命シテ曰ク、余将ニ旦夕地ニ入ラントス、庶幾クハ余カ滅後諸子幸ニ層一層産業振興ノ為ニ力ヲ竭クシ、誓テ国運ノ発展ニ貢献セラレンコトヲ、余仮令鬼籍ニ上ルモ魂魄必ス我カ実業界ト共ニ在ラント、其ノ死ニ垂ントシテ尚ホ蹇々国家公共ノ事ヲ念フ、亦以テ其ノ人
 - 第56巻 p.317 -ページ画像 
格ノ高邁ヲ察スルニ足ルヘキナリ、今ヤ万方多難ノ秋、我カ財界ノ巨擘君ヲ喪フ、驚悵曷ソ勝ヘン、霊其レ尚クハ饗ケヨ
  昭和六年十一月十二日
            日本経済聯盟会会長
            日本工業倶楽部理事長
              工学博士 男爵 団琢磨