デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

8章 政府諸会
1節 諮問会議
1款 生産調査会
■綱文

第56巻 p.372-387(DK560112k) ページ画像

明治43年6月20日(1910年)

是日ヨリ五日間ニ亘リ、農商務省会議室ニ於テ、当会第一回会議開カル。是日、栄一出席ス。議案「蚕糸業ノ発達及改善ニ関スル件」ハ特別委員付託トナル。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK560112k-0001)
第56巻 p.372-373 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年     (渋沢子爵家所蔵)
六月十八日 曇 冷
○上略
此日午前十時農商務省ニ抵リ、二十日ニ開カルヘキ生産調査会ノ事ニ付押川次官・織田事務官ト種々ノ協議ヲ為ス
   ○中略
六月二十日 曇 暑
○上略 午後一時農商務省ニ抵リ、生産調査会ニ出席ス、小松原大臣開会
 - 第56巻 p.373 -ページ画像 
ノ趣旨ヲ陳ヘ、桂総理大臣ヨリ一場ノ演説アリタリ、後議事ヲ開キ午後四時閉会ス ○下略


竜門雑誌 第二六六号・第五九頁 明治四三年七月 ○生産調査会(DK560112k-0002)
第56巻 p.373 ページ画像

竜門雑誌  第二六六号・第五九頁 明治四三年七月
○生産調査会 予報の如く生産調査会の副会頭《(長)》を命ぜられたる青淵先生は、六月十八日農商務省に出頭し、同会開会に関し当局者と打合せをなし、次で二十日午後一時開会の同会にも出席したり、当日は小松原会長議長席に着き諸般の報告ありし後、先づ議事規定を議定し、次で農商務省の諮問事項第一蚕糸業の発達及改善に関する件は議長指名の委員附託に決し、午後四時散会。第二回は引続き二十一日午後一時より開かれ、同日は青淵先生議長席に着き、先づ各委員より提出せる建議案の採否を決し、次で「外国貿易拡張に関する件」の本議に入りしが結局委員附託に決し、次に「不正競争取締に関する件」並に「公有林野開発に関する件」も各々九名の特別委員附託に決して散会、第三回は二十二日開会、当日は「主要穀物の増収及改良に関する件」を議し、翌二十三日及び二十四日にも開会し、越えて七月四日・五日・十二日にも開会し、諸般重要の事項を議せりと云ふ。


生産調査会録事(第壱回) 第六三―九九頁 明治四三年九月刊(DK560112k-0003)
第56巻 p.373-386 ページ画像

生産調査会録事(第壱回)  第六三―九九頁 明治四三年九月刊
    (第一日)明治四十三年六月二十日午後一時三十五分開議
○上略
○議長(小林原英太郎君)《(小松原英太郎君)》  ○中略 是カラ議事ニ移リマスノデゴザイマス、ソレデ今回ハ第一回ノ会ト致シマシテ、会期ヲ五日間ト極メマシタ、イヅレモ重要ナル問題デゴザイマシテ十分調査攻究ヲ遂グルノ必要ガアルト考ヘマス、ソレ故ニ今回ノ会ハ第一回ト致シテ、第二回ハ此秋季ニ於テ更ニ開会ヲ致ス積デアリマス、ソレ故ニ諮問ノ事項ニ付キマシテハ成ルベク速ニ調査セラルルコトヲ希望スルコトハ勿論デアリマスガ、問題ニ依リマシテハ宿題トシテ秋季ニ於テ御決定ニナツテ差支ナイコトト考ヘマス
 玆ニ蚕糸ニ関スル問題ハ多年世間ノ問題トモナツテ居リマスルシ、当業者間ノ問題トナツテ居リマスル重要ノ事項デアリマスカラ、成ルベク速ニ此問題ハ決定致スヤウニ願ヒタイト考ヘマス、此蚕糸ニ関スル問題ハ成ルベク第一回ノ会期ニ於テ調査決定セラルルコトニ致シタイ希望デゴザイマス、今日ハ先ヅ以テ蚕糸ニ関スル問題ノ議事ニ移リマシテ、大体ニ就キマシテ当局者ヲシテ説明ヲ致サセマシテ、御質問等ガゴザイマスレバ御質問下サイマシテ、是非共今日特別委員ヲ選定スルコトニ運ビタイト考ヘマス、左様御了承ヲ願ヒマス
○二十二番(田中芳男君) 一寸心得ノ為メニ承リマスガ、今回ノ議題ガ五ツニ別レテ居リマス、其中ノ第一ノ議題ヲ今日カラ議スルコトニナツテ、ソレガ終ラヌ中ニ他ノ議題ニ移ル訳デアリマスガ、而シテ其他ノ議題ノ中デ此第一回ニ議シ及バヌモノハ第二回ノ調査会ニ移シテシマフノデスカ、或ハ五日ノ間ニ五ツノ問題ハ片付ケテシマフ訳デスカ、一寸承リマス
○議長(小松原英太郎君) 蚕糸ニ関スル問題ハ直ニ議事ニ移リマシ
 - 第56巻 p.374 -ページ画像 
テ説明ヲ致シ、御質問ガアリマスレバ答弁ヲ致シマシテ、特別委員ヲ選ムコトニシタイノデアリマス、其他ノ問題ハ明日議事ニ掛ルコトニ致シマシテ、ソレソレ問題ニ付イテノ説明ヲ致シ、特別委員ヲ臨時ニ選定スルコトニ致シテ調査ニ御掛リニナルヤウニ願ヒタイト考ヘマス而シテ蚕糸ニ関スル問題以外ノ案件ニ於キマシテモ、此会期ニ於テ決定シ得ラルル事柄ハ御決定ヲ願ヒタイト思ヒマスガ、尚ホ十分調査攻究ヲ要スル問題デアツテ、到底此会期ニハ決スルコトノ出来ナイモノハ宿題ト致シマシテ、尚ホ続イテ調査セラルルコトニ致シテ、第二回ノ調査会ニ於テ御決定ニ成ルヤウナ順序ニ致シタイト考ヘルノデゴザイマス

    一、蚕糸業ノ発達及改善ニ関スル件
 理由
  蚕糸ハ本邦重要ノ物産ニシテ輸出品ノ大宗タリ、之ヲ既往ノ実績ニ徴スルニ其ノ輸出額明治十年ハ約千万円、明治二十年ニハ約弐千万円、明治三十年ニハ五千万円ニ上リ、明治四十二年ニ至リテハ一躍壱億参千万円ノ巨額ニ達シ、同年ニ於ケル輸出品総価額ノ三割以上ヲ占メ、之ニ輸出絹織物ノ原料ヲ加フルトキ正ニ四割ニ垂ントシ、更ニ又内地用織物ノ原料ヲ合算スルトキハ総生産額実ニ弐億円ニ達シ、本邦生産品中米ニ次テ重要ノ地位ヲ占ム、其盛衰消長ハ国家経済ノ振否ニ多大ノ影響ヲ与フルハ勿論、外ニ在リテハ貿易上有望ナル前途ヲ有シ、内ニ在リテハ我国状ニ照ラシ発展ノ余地益々大ナルヲ以テ本邦産業政策上或ル程度迄主力ヲ斯業ノ拡張ニ傾注スルハ洵ニ緊要ノコトト信ス、此ノ故ニ(一)先ツ世界ニ於ケル生糸ノ需要供給ノ趨勢ヲ達観シテ本邦蚕糸業ノ将来ノ発展ノ程度ヲ測定シ、(二)適度ニ且ツ健全ナル方法ニ依リ益々養蚕業ヲ普及セシメテ其ノ生産額ノ増加ヲ期シ、(三)原蚕種ノ統一及改良並飼育技術及製糸技術ノ統一及改良ニ関スル施設ヲ決定シテ品質ノ統一及改良ヲ図リ、(四)既往ノ実験ニ顧ミテ蚕病予防ニ関スル事項ニ付適切ナル改正ヲ行ヒ、(五)其ノ他蚕糸業ノ発展上必要ナル施設ヲ定メテ中央政府ハ勿論道府県以下ニ至ル迄斯業ノ奨励上確立シタル方針ノ下ニ当業者ヲ啓発シテ其ノ振興ヲ企図セント欲ス
  是レ本問題ヲ提出スル所以ナリ

○番外(農務局長下岡忠治君) 此蚕糸業ノ発達及改善ニ関スル件ト云フニ付キマシテハ、原案ノ大綱ヲ拵ヘマシタモノヲ御手許ニ廻ハシマシタ、玆ニ極ク其大要丈ケヲ私カラ御話シ致シマス、第一ニ日本ノ蚕糸業ハ御承知ノ通リ従来長足ノ進歩ヲシテ今日ニ到ツテ居リマス、而シテ前途非常ニ有望ナルコトハ勿論デアリマスガ、併シ其有望デアルト云フニ付イテ大体ノ限度ヲ一ツ作ルコトニシナイト、一時相場ガ高イトテ喜ビ、相場ガ低イト言フテ憂ヒ、一喜一憂殆ド常ナキ状態デアリマスカラ、是カラ先キ五年ナラ五年、十年ナラ十年、限度ハ如何テアルト云フコトヲ見ルコトノ必要デアルト云フコトハ、兼々当局ニ於テモ考ヘテ居リマスルシ、又タ各地デ府県知事ガ奨励ヲスルニ付イ
 - 第56巻 p.375 -ページ画像 
テモ、人造絹糸ハドウ云フ状態ニ成ルデアラウカ、外国ノ敵ハドウ云フ風ノ状態デ往クデアラウカ、サウ云フ懸念カラ何トカ見当ノ附クモノナラバ附ケテ見タイト云フノガ、彼ノ案ニ云フテアル所デゴザイマスガ、併シ将来ノコトヲ今此デ予想スルト云フコトハ、是ハ余程困難ノコトデゴザイマシテ、今日キツパリ決メテ置キマシテモ、各種ノ状態ハ常ニ変動ガ起リ得ルモノト覚悟シナケレバナラヌコトデアリマス併シ今日ノ程度ニ於テ――各種ノ材料報告等ヲ集メテ、略々見込ヲ附ケルト云フコトガ出来タナラバ、今日地方ニ於テ蚕糸業ヲ奨励スル上ニ於テ非常ニ都合ガ宜シイト云フ様ナコトヲ、始終耳ニシテ居ル次第デアリマス、仍テ将来発展ノ見込ニ付キ、サウ先キノコトマデ分ラヌニシテモ、爰十年位ノ見当ハドウ云フ風ニヤツタラ宜カヲ《(ラ)》ウカト云フ略々ノ見当ハ附クノデ、ソレノ見当ガ附クト云フコトハ、各種ノ農業ヲ経営スルニ非常ニ都合ガ好カラウト云フヤウナ所カラ、此度ノ生産調査会ニ於キマシテ、幸ヒ見当ガ附クモノナラバ、一ツ斯ウダト云ウ所ヲ決メテ見タイト云フ積リデ、第一此点ニ付イテ予想ノ案ヲ立テヽ居ルノデゴザイマス、其見当ト云フモノニ付キマシテハ、大体ドウ云フ風ニ政府デ考ヘテ居ルト云フコトヲ極荒マシヲ申上ゲマス、十分御承知ノ方ガゴザイマセウト思ヒマスケレドモ、極雑ツト考ヘテ居ル大要ヲ申上ゲマス、既往ノ例カラ申上ゲテモ、既往ノ統計ノ上カラ申シマシテモ、世界ニ於ケル所ノ天然絹糸ノ需要ノ状態ト云フモノハ、十年前ト今日ト比ベテ見ルト、丁度十年間ニ需要ガ三割六分殖エテ来テ居ル、デ将来ハドウ云フ風デアルデアラウカ、之ニ付テハ人造絹糸ノコトモ考ヘテ見ナケレバナラヌ、御承知ノ通リ天然絹糸ハ二千四百万「キロ」出来テ居ル、然ルニ人造絹糸ノ今日出来テ居ル高ハ既ニ五百万「キロ」即チ五分ノ一ヲ超シテ居ル状態デアリマス、サウスルト人造絹糸モ将来侮ルベカラザルモノト認メナケレバナラヌト思ヒマス、併ナガラ人造絹糸ガ非常ニ盛ンニ製造セラレルヤウニナルニモ拘ラズ天然絹糸ノ一般ノ需要ト云フモノハ、年々促進ヲシテ居ル状態デゴザイマシテ、却ツテ或地方ニ於テハ、人造絹糸ガ出来タ為ニ、天然絹糸ニ対スル需要ノ観念ヲ非常ニ殖ヤス為ニ、一般ニ欧米ニ於ケル絹布ノ需要ハ拡ガルヤウナ趨勢ガ見エルデス、殊ニ人造絹糸ト云フモノハ、普通ノ絹布ヲ使フヤウナ訳ニ行キマセヌカラ、幾分カ用途ガ差《(マヽ)》ガツテ居ル、斯ウ云フ点カラ見テ余リ非常ニ恐ロシイモノデハ無イ、幾分カハ需要ヲ侵蝕スルト云フコトハアルケレドモ、是ガ為ニ天然絹糸ノ需要ガ大イニ減退スルト云フ心配ハ無イト云フ考ヘヲ有ツテ居リマス、ソレカラ次ニ天然絹糸ノ供給ニ関シ外国ノ敵ハドウ云フ状態デアルカト云フコトニ付キマシテハ、是ハ御承知ノ通リ、支那ト云フ所ハ非常ナ勢デ将来進ンデ往カウト云フ想像モ付キマスルケレドモ、他ノ諸国ニ於テハ偉イ勢ヒデ進ンデ往クトハ思ハレヌ、伊太利ハ随分昔カラ奨励ヲシテ先ツ盛ンニヤツテ居ル、殊ニ現在ノ総理大臣ニ当ル人ガ非常ニ熱心ニ之ヲ拡張スル考ヘヲ以テ進ンデ居ル状態デゴザイマスケレドモ、非常ニ進ムト云フコトハ見エヌ、仏蘭西ハ寧ロ退歩ノ方デアリ、其ノ他ノ諸国ハ格別著シキ盛況ハ見ルコトガアリマセン、ツマリ将来恐ルベキ敵ハ支那デアリマスガ、併シ是レトテモ急遽ニ大発展ヲ遂グ
 - 第56巻 p.376 -ページ画像 
ルコトナカルベキヲ以テ、本邦生糸ノ需要ハ決シテ外敵ノ為ニ減退スル様ノコトハナカロート考ヘマス
右ノ如ク達観的ニ観察スル所ニ依レバ、将来世界ノ絹糸ノ需要ノ趨勢ハ、是マデ百ノ需要ヲシタモノハ、其次ハ百五十、其次ハ二百ト云フヤウ逓次ニ増加比率ガ殖エテ往ツテ居ルケレドモ、天然絹糸ノ敵トシテ人造絹糸ノアル為ニ、先ヅ従来ノ需要ト同等増加率ヲ以テ進ンデ往クモノト見テ置ケバ安全デアル、ソレヲ先ヅ一ノ根本ノ見当ノ基礎ニ致シタノデゴザイマス、ソレデハ将来世界ニ於ケル所ノ蚕糸ノ需要ト云フモノハ従来十ケ年ニ於ケル需要増加歩合ト大差ハ無イ、同ジモノデアルトシテ、サウシテ日本ガ之ニ対シテ前途供給ノ率ハドウ云フモノデアルカヲ攻究シタノデゴザイマスガ、是ハ日本ハ既往五ケ年ニ於キマシテハ、丁度二割七八分ト云フ割合ヲ出シテ居ルコトニナリマス世界ノ需要額総体ニ対シテ二割七八分ヲ供給シテ居ルノデアリマス、最近ノ一例ヲ見マスト、三割以上ニ殖エテ居ルト云フ状態デアリマス日本ノ是マデニ於ケル進歩ノ状態カラ言ヘバ、是マデ供給シテ居ル比率ヨリハ尚ホ一層高率ノ供給ガ出来得ル途ハ附クデアラウト思ヒマスガ、前ニ述ベタル通リ、随分外ニ敵ガアルカラ、色々ノ点ヲ綜合シテ約三割ヲ供給スルモノト、斯ウ云フ仮定ヲ致シマシテ、其仮定ヲ基トシテ日本ニ於ケル将来十ケ年後、世界ニ供給スル蚕糸ノ高ハ幾許デアルカヲ見出シ、ソレヲ土台トシテ往クナラバ、先ヅ安全ナル販路ヲ有シテ、生糸貿易ト云フ上ニ於テ安全ニ進メテ往クコトガ出来ルデアラウト云フノガ、即チ此案ノ本トナツテ居リマスル所ノ計算ノ基礎デゴザイマス、固ヨリ各種ノ経済事情ノ為ニドウ云フ変化ヲスルカ、ソレハ分リマセヌガ、併シ前申シマスル通リ、従来ニ於ケル所ノ例、各種ノ材料等ヲ綜合シテ見ルナラバ、先ヅ是位ノ見当ヲ下スト云フコトハ頗ル安全デアル、従ツテ夫等ノ計算ヲ本トシテ、此標準ノ下ニ各地方ニ於テモ蚕糸業ヲ奨励シテ往クト云フ風ニスルノガ一番順序トシテ宜イコトデアラウト考ヘル、先ヅ之ヲ土台トシテサウ云フ案ヲ拵ヘタノデゴザイマス、ソレヂヤア是カラ養蚕業ヲ発達セシムル上ニ於テ、内地ノ桑園ナリ、労力ナリノ関係ハドウ云フモノデアルカ、是ハ申サズトモ十分御承知デアラウト思ヒマスカラ、省略イタシマスガ、唯桑園ノ事ニ付一言シ置カンニ、我国ノ桑園見込面積トシテ、将来予想シテ居リマスノハ、約三十万町歩程アル予定ニナツテ居リマス、現在四十三万町歩ゴザイマス、殊ニ現在ノ桑園ハ非常ニ荒レテ居リマス、若シ之ニ対シテ十分ナル改良施設ヲ行フコトニスルナラバ、現在ノ桑園ダケデスラ余程産額ヲ増加スル見込デゴザイマス、尚ホ其上ニ予定地トシテ今申シマシタル通リ、三十万町歩位ハ桑園ニシテ差支ナイ考ヘデゴザイマスカラ、其点カラ申シマスルト、此蚕糸業ノ余地ト云フモノハ、内地ニ於テ非常ニ多イ、海外ニ売レサヘスレバ、ヤレバ幾ラデモ拡張ガ出来ルト云フコトハ申スコトガ出来ルト思ヒマス、ソレガ第一点デゴザイマス、第二点ハ即チ是カラ先キ養蚕業ヲ普及セシムルニハドウ云フ方法ヲ採ツタカラ宜イカト云フ点ニ付キマシテ、政府ノ考ヘヲ玆ニ立テヽ居ルノデゴザイマスガ、是モ説明セズトモ十分御承知デゴザイマセウト思ヒマスガ、兎角少シ養蚕業ノ景気ガ良イト云フコト
 - 第56巻 p.377 -ページ画像 
ニナルト、田地ヲ潰シテ桑畑ニ変ヘ、或ハ他ノ業ヲ罷メテ仕舞ツテ専ラ養蚕業ニ掛ルト云フヤウナ傾向ガ随分アリ得ル状態デアリマスガ、ドウシテモ此養蚕業ハ日本ノ状態ニ於テハ、飽マデモ本業タル農業ト関係ヲ離レヌヤウニシテ副業的ニ進メテ往クト云フコトハ、地方長官ニモ始終其コトヲ申シ、又サウナラナケレバナラヌト云フ考ヘデ、其点ニ付イテ考ヘヲ記載シテ居ルノデゴザイマス、是モ十分御承知ノコトデアラウト思ヒマスカラ、委シク説明スルニ及ブマイト思ヒマス、次ニ桑園ノ改良ノコトデスガ、増殖ト云フコトニ就イテ随分政府デヤカマシク云フテ居ツテ段々殖ヘテ往キマスガ、悲ヒカナ、改良ガ思フヤウニ往ツテ居ラヌ、現在ノ桑園ガ随分荒レテ来ル状態デゴザイマスカラ、将来政府ハ改良ト云フ方ニ力ヲ入レテ往カウト云フ考デゴザイマス、現ニ年々八万円宛補助ヲシテ居リマスガ、此補助ハ成ルベク改良ト云フコトニ使ハス方針ニ致シタイト云フ考ヲ有ツテ居リマス、其次ニハ品質ノ改良統一ヲ図ルト云フ点デゴザイマスガ、此点ニ就キマシテハ十分御承知ノコトデゴザイマセウガ、ドウシテモ世界ノ需用ノ状態ガ大工場組織ニナツテ居リマス、工場ヘ持ツテ往ツテ沢山細カイモノヲ集メタ日本ノ生糸ヲ需用スル有様デゴザイマスカラ、ドウシテモ品質ノ整フテ居ル統一シテ居ルモノデナケレバナラヌコトハ勿論ノコトデ、ソレノミナラズ、機業ノ状態カラ見テ所謂強イ糸デナケレバ到底使ヘヌト云フ点カラ申シマシテモ、品質ハ良クナイトイカヌ、タトヘ直段ガ高クテモ上等ノ糸ガ欲イト云フ傾向ガ一般今日ノ趨勢デゴザイマスカラ、其趨勢ニ応ジテ往カウト云フ所カラ言フテ見マスト、日本ノ糸ハモウ少シ品質ガ良クテ一般需要ノ趨勢ニ合ツテ往カナケレバナラヌ状態デアルト云フコトハ、皆様御承知ダラウト思ヒマス、殊ニ生産費カラ云ツテモ、今日ノヤウナ雑駁ナル繭ヲ以テ作ルコトニシマスト、随分製糸業ノ上ニ於テモ生産費ガ余計掛ル、若シ品質ノ整フテ居ル繭カラ生産スルコトニスレバ、生産費ヲ節約スルコトガ出来マスカラ、其点カラ申シマシテモ繭ヲ成ルベク上等ニシテ、成ルベク統一スル方法ヲ取ラナケレバナラヌト云フコトハ申スマデモナイコトデゴザイマス、其中デ所謂生糸ノ品質ヲ統一シ改良スルコトニ就イテ取ルベキ方法ハ、第一桑園モ改良シナケレバナラヌ、第二ニハ蚕種ノ改良モヤラナケレバナラヌ、第三ニハ飼育及製糸ノ技術ノ統一モ図ラナケレバナラヌガ、就中一番元ニナツテ居ルコトハ世間デモ議論ノアリマシタ如ク蚕種統一ト云フ問題ガ、余程関係ガ深イト云フコトハ政府モ考ヘテ居リマスガ、此問題ハ今日ニ始ツタ訳デゴザイマセヌ、是ハ随分昔カラ其議論ガアツタノデゴザイマスケレドモ、兎ニ角種屋及一般養蚕家ナドガ之ニ就イテ昔カラ反対シテ居ツテ、中々蚕種ノ統一ハ迚モ行レルモノデナイト云フノデ、政府デモ統一ト云フコトニ就イテ考慮シ来ツテ居ツタノデゴザイマスガ、一般ノ当局者ガ絶対ニ反対スル形勢ガ始終ゴザイマスカラ、迚モ之ニ手ヲ着ケルコトガ出来ヌト云フ有様デアツタノデゴザイマス、所デ一昨年来優良ナ糸ト劣等ノ糸ノ値離レガ非常ニ多イ為メニ、ドウシテモ是デハイカヌカラ、優良ナ糸ヲ作リ品質ヲ揃ヘテ良イ物ヲ作ルト云フ上カラ云フト、先ヅ蚕種ノ統一ヲ行ハナケレバナラヌト云フ議論ガ段々湧イテ、其議論ガ非常ニ盛
 - 第56巻 p.378 -ページ画像 
ニナツテ来タ状態デゴザイマス、政府ハ直接ニ自分デ手ヲ着ケテ居リマセヌケレドモ、既ニ其点ニ就キマシテハ鳥取県・島根県・三重県・徳島県ト云フ風ニ、全国デ九ツノ県丈ケハ統一ト云フコトニ就イテ幾分カヤツテ居リマス、全部ヤツテ居リマセヌガ、大部分ヤリ或ハ一部分ヤルト云フ状態デ手ヲ着ケテ居ラヌト云フ訳デハナイ、政府ハ直接ニ自分デ経営スルト云フコトハナカツタノデゴザイマスケレドモ、地方デハ相当ノ施設経営ハヤツテ居ツタノデゴザイマスガ、併シ全国ヲ統一スル必要ガアル、ドウシテモ日本ノ蚕種ヲ統一スルト云フナラバ全国ヲ統一シナケレバナラヌト云フ議論モ随分多ウゴザイマシテ、政府ハ昨年ノ春専門ノ技術者及学者等ヲ集メテ段々相談シテ見テ、ドウ云フ方法ニヤツタラソレガ行ハレルカト云フコトヲ相談シテ見マシタガ、技術者専門家ノ意見デハ、之ヲ法律規則デ縛ツテ一律ニヤツテ仕舞フト云フコトハ中々容易デナイ、蚕糸業ノ関係ハ随分複雑ナル関係ヲ有ツテ居ルカラ、之ヲ一律ニ押ヘテ仕舞フコトハイカナイ、大体ニ於テ奨励的ノ方針即チ鳥取県ナリ島根県等デヤツテ居ルコトヲ進メテ往ク、就中組合ノ事業トシテ之ヲ進メルノガ一番宜イト云フ意見デアツタノデゴザイマス、尚其後大日本蚕糸会ニ諮問ヲ致シマシテ、大日本蚕糸会ニ於テモ随分議論ガゴザイマシテ、結局答申ニ依リマスト、之ヲ官営ニスレバ宜シイ、一定ノ年度カラ之ヲ官営ニスルト云フ方法ヲ取ルガ宜シイガ、但シ――但シ附キデゴザイマシテ――但シ先ヅ試験ヲ行ツテ、其試験ヲ行ツタ結果ニ依リ是ヲヤルベシト云フコトデゴザィマスカラ、頭カラ之ヲヤラウト云フ意味デナカツタノデゴザイマス、要スルニ日本ノ蚕種ヲ区々ニシテ置イテハイカヌカラ、全体ノ統一ヲ図ル為ニハ政府ハ直接ニ之ヲ経営スルノハ宜シイ、斯ウ云フコトニナツタノデゴザイマス、ソレカラ議会ニ於キマシテ衆議院ノ問題トナツテ、ソレガ建議ニナツテ、政府ニ於テハ官営ノ目的ヲ以テ蚕種統一ヲ官営ニスルト云フ目的ヲ以テ調査シテ、次ノ議会ニ提出スルト云フコトニセイト云フ希望ガゴザイマシテ、農商務大臣モソレニ就イテ其考デアルト云フコトヲ言明サレタノデゴザイマス、ソレ以来――従来モ相当ニ取調ベテ居リマスガ、尚政府ニ於キマシテモ研究ヲ要スル点ガアルカラ何処マデモ調ベテ、議会ノ希望モ容レル方法ニヤリタイト云フ考デ、各種ノ点ニ就イテ調査ヲヤリマシタガ、此春ニ於キマシテモ県ノ技術官、蚕種業ニ関係スル技術官ヲ集メマシテ、尚念ノ為メ夫等ノ考等モ十分聞イテ見マシタ、所ガ矢張大体ニ於テハ統一ト云フコトハ希望スル、併ナガラ頭カラ之ヲ法律規則デヤルコトハドウモ少シ早イ、ドウシテモ日本ノ蚕種ヲ改良スルコトニ就イテハ統一ヲヤツテ貰ヒタイ、併ナガラ今直グニ之ヲヤルト云フコトハ余程考ヘモノデアル、何トナレバ蚕種ト云フモノハ随分複雑ナ関係ヲ有ツテ居ルカラ之ヲ例ヘバ全国ヲ何種ニ限ルカ知ラヌガ、一定ノ種類ヲ限ツテ是非ソレデナケレバナラヌト云フコトニスルト、地方ノ蚕種製造家ガ従来カラヤツテ居ルモノヲ潰シテ、新ニシナケレバナラヌト云フコトニシテ急激ナ変化ヲ与ヘナケレバナラヌ結果ニナル、其結果必ズ良イモノガ出来レバ問題ハナイガ、其点ニ就イテハ余程議論ガ多イカラシテ、先ヅ是ハ試験的ニヤツテ之ヲ勧メテ、愈々宜イト云フ見込ガ付ケバ進ン
 - 第56巻 p.379 -ページ画像 
デヤツテ貰フト云フコトニスルガ宜カラウト云フ意見デゴザイマス、地方ノ技術官ノ意見デゴザイマスケレドモ、是ガ即チ実際蚕糸業ノ改良発達ト云フコトニ就イテ、直接経営ノ衝ニ当ツテ居ルモノデゴザイマスカラ、夫等ノ意見モ十分私ノ方デ之ヲ斟酌スル価ノアルモノト見テ、研究ヲ重ネタ次第デゴザイマス、其結果ハ丁度今日出シマシタ案ノ如ク政府ハ計画ヲ致シタノデゴザイマス、極ク捷径ヲ云フナラバ、原々種ヲ政府ガ拵ヘテ、ソレヲ府県ニ配付シテ、ソレヲ府県デ複製スルコトニスレバ、統一ノ捷径ニ違ヒナイ、違ヒナイケレドモ、所謂急イデ事ヲ為損ズルト云フコトハ随分是迄ニ例ノアルコトデゴザイマスカラ、斯ウ云フ事柄ハ余程鄭重ニヤラナイト、一旦ヤツテ失敗シテ取返シガ付カナイコトニナツテハ往カナイト云フコトハ余程考ヘテ置カナケレバナラヌ大事ナコトデアリマス、例ヘバ西ケ原蚕業講習所デ、明治三十六年度カラ三ケ年間研究シタ蚕種ヲ丁度十県程ヘ配リマシテソレヲ飼ハシテ見マシタ、所ガ其飼ハシタ結果ニ依リマスルト、地方ノ在来種ノ優等ナルモノト比較シテ見ルト皆良イト云フコトハ言ヘナイ、中ニハ相当ニ良イモノモゴザイマスケレドモ、ドウモ面白クナカツタト云フ例モゴザイマス、一概ニ中央デ拵ヘタモノガ地方ニ持ツテ行ツテ、地方ノ在来種ト較ベテ優等ナルモノガ出来ルト云フコトハ言ヘナイ、サウ云フ結果ニナツテ居リマス、又滋賀県ニ於キマシテ県令ヲ以テ強制ヲヤツタ例ガアル、所ガ是ハ苦情ガ多クテ失敗シマシテ、県令ヲ取消シタト云フ例ガアル、岡山デモ組合デ強制スルコトニナリマシタケレドモ、苦情ガ多ク已ムヲ得ズ組合ハ定款ヲ改正スルト云フコトニシタノデゴザイマス、単純ニ種カ一ツノモノナラバ宜シウゴザイマスケレドモ、仮リニ之ヲ官営ニシテヤルトシタ所デドウシテモ全国ニ八ツトカ九ツトカノ場所ヲ拵ヘテ、サウシテ経営ヲシテ、ソコデ種類ニシテ見テモ何レ三種類トカ五種類トカ沢山飼フコトニシナイト其地方ニ適合スルコトハ出来マセヌカラ、結局統一ト云フコトハ程度問題デゴザイマシテ、全国ヲ揃ヘテ三ツナリ五ツニスルコトハ出来ナイ、矢張地方々々ニ於テ相当ナ種類ヲ飼ハスト云フコトニシマセヌトドウシテモ遣リ損ヒガ多イト云フ心配ガアルノデアリマス、例ヘバ官営ニスルト仮定シテ地方ニ一ノ原蚕種製造所ヲ拵ヘル、仙台ナラ仙台ヘ置クトスル、其処デ飼ツタモノヲ直グ山形ニ持ツテ行ツテ、是レデナケレバナラヌ、之ヲ必ズ飼ヘト云フコトニシマスルト、山形デハ飼付ケテ居ラナイモノヲ飼フコトニナルカラ、必ズ苦情ガ起ルニ相違ナイ、又ヤツテ見ルコトニナレバ必ズ失敗スル場合モアルダラウト云フ懸念ガゴザイマス、ソレ故ニ政府デモ蚕種ノ統一ト云フコトハ、ドウモ必要デアルカラ、ドウシテモヤラナケレバナラヌ、之ヲヤラナケレバ、欧米ニ於ケル所ノ需要ニ応ズルニ付テハ困ルカラシテ、相当ニ品質ヲ揃ヘ又優良品ヲ撰ブコトニシナケレバナラヌガ、物ニハ順序ガアルカラ其順序ヲ踏ンデ行キタイ、先ヅ第一ニ従来カラ試験シテ居ルガ更ニ大仕掛ノ試験方法ヲ設ケテ、全国ニ要スル原々種ノ十分ノ一ニ当ルモノヲ府県ニ配付シテ、府県デハソレカラ複製スルモノト、又地方ニ於ケル所ノ在来種ノ良イ所ノモノヲ種繭審査会ト云フ官民合同ノ組織ノモノデ撰択セシメテ、其モノヲ一般ノモノヘ配付スル、併ナガラ
 - 第56巻 p.380 -ページ画像 
府県ニ於キマシテハソレヲ強制シテヤルカ、或ハ任意ニ配付スルカト云フコトハ、時ノ緩急ニ応ジテヤルト云フ位ナ程度ニヤツテ、是デ三四年試験シテ、非常ニ結果カ良イ、成績ガ良好デアルト云フ見込ガ付クナラバ、更ニモウ少シ規模ヲ拡張シテ行クトシタナラバ、全国ニ同一ノ原々種ヲ配付スルコトハ出来ナイコトハナイ、余リ之ヲ詰メテ大仕掛ニ直グニヤツテシマウヨリハ、安全ニ是ナラ確カデアルト云フ見込ガ付イタ上デ其目的ヲ達スル途ヲ取リタイ、若シ失敗スルナラバ確カニ悪ルイ、悪ルケレバ止メルコトニナリマス、併シ恐ラク失敗スルコトハナカラウト思ヒマスケレドモ、併ナガラ何シロ複雑ナル関係ヲ有ツテ居ルコトデ、サウ単純ニ行ク訳デゴザイマセヌカラ、先ヅ順序トシテ試験ヲヤツテ、其試験ヲヤツタ上デ愈々其試験ノ成績ガ良イナラバ一歩ヲ進メルト云フコトガ宜カラウ、斯ウ云フ積リデ此案ヲ計画致シタノデゴザイマス、其計画ノ大要ハ此処ニ書イテアリマスカラ説明ヲ省略致シマス、ソレカラ其以外ノ点ニ付キマシテハ、蚕種ノ統一ヲヤリマスレバ飼育技術ノ統一改良モ行ハナケレバ一体効能ガ薄イ、例ヘバ同一ノ蚕種デアリマシテモ技術ノ巧拙ニ依ツテ違ヒガゴザイマスレバ、流儀ニ依ツテ又違フ、例ヘバ非常ニ厚ク飼フト薄ク飼フトノ別ニ依リ、繭ノ大キナ粒ガ出来ルシ、小サナ粒ガ出来ル、飼育技術ガ或点マデ統一シナイト繭ガ揃ツテ来ル訳ニ往キマセヌ、製糸技術モ其通リ、矢張製糸技術ガ大体揃フテ来ルコトニナリマセヌト種ダケ揃ツテモ外ノモノガ揃ハヌコトニナルト、最後ノ目的タル生糸ノ統一ヲ得ルコトガ出来ナクナリマスカラ、一方ニ於テ蚕種ノ統一ノ計画ヲ立テルト同時ニ、一方ニ於テハ飼育ニ関スル技術ノ統一ト、又製糸ヲ行フ上ノ技術ニ付テ出来ルダケノ統一ヲ行フ必要ガアルト云フ考ヲ以チマシテ、各種ノ事項ヲ此処ニ列記シテ居リマスガ、就中稚蚕共同飼育、是ハチヨツト考ヘルト何デモナイ小サイ事ノヤウニ御考ニナリマセウケレドモ、是ハ蚕糸業ニ取ツテハ非常ニ大事ナコトデアリマス、御承知ノ通リ海外ニ出スニハ非常ニ大キナ荷物ニナツテ参リマスケレドモ極ク微細ナルモノガ集ツテ大キクナルノデゴザイマスカラ、ドウシテモ小サイ所ニ注意ヲ大ニ加ヘルト云フ必要ガアリマス、就中稚蚕共同飼育ヲ行フコトガ従来ノ成績カラ云フテモ非常ニ宜シイ、或ハ二十戸或ハ五十戸、百戸ノモノガ共同的ニ稚蚕ヲ飼育スル遣リ方ニシマスルト、蚕種ノ統一ノ上ニ非常ニ結果ガ挙ツテ来ル、ソレノミナラズ経済ノ上カラ云ツテモ非常ニ宜シイ、飼育技術ノ統一ヲ図ルニハ此点ニ於テ最モ力ヲ尽シテヤリタイト云フ考ヲ有ツテ居ルノデアリマス、飼育技術及製糸技術ノ統一改良ニ付テノ説明ハ其位ニシテ置キマス、尚其外ニ蚕病予防ノコトニ付テ簡単ニ説明ヲ致シテ置キマス ○中略
 尚ホモウ一ツ申シタイノハ、生糸試織ニ関スル設備ヲ新設スルコトデアリマス、是モ議会カラ建議モアリマシタコトデ、大要ノコトハ此中ニ書イテアリマスガ、要スルニ伊太利・仏蘭西ノ如キハ自分ノ拵エタ生糸ニ付イテ、機業家ニ直接シテ苦情モ聴キ、或ハ賞讚ヲ博スルコトニナツテ居リマスカラ、従テ改良ノ動機ヲ得ルコトガ多イノデアリマス、然ルニ日本ノ生糸ハ其需要ガ亜米利加・仏蘭西・伊太利等ニ対シテアルニモ拘ラズ、実地機業家ノ使ツテ居ル状態ヲ目撃シテ居ラヌ
 - 第56巻 p.381 -ページ画像 
従ツテ色々ノ苦情ノ手紙ガ来、又色々新聞ニ載ツテ居リマシテモ、改良ヲ行フト云フコトニ付イテ頭ガ機敏ニ為リ悪クイト云フコトハ是亦已ムヲ得ナイコトデアリマス、ソレ故ニ実際欧米ニ於テ日本ノ生糸ヲ使ツテ如何ナル欠点ガアリ、如何ナル長所ガアルカト云フコトヲ、向フデヤルコトヲコチラデシテ見セテ、ソレニ拠ツテ日本ノ生糸ノ改良ヲ図ル試験ノ材料ニシタイト云フ目的カラ、生糸ノ試織ニ関スル設備ヲ設ケタイノデアリマス、是モ随分前カラアツタ論デアリマシテ、政府ニ於テモ機会サヘアレバ之ヲ行ヒタイト考ヘテ居リマシタガ、今日迄実行ヲ見ルニ到ラナカツタノデアリマスカラ、是非共是ハ実行シタイト云フ考デアリマス、其他ノ事モゴザイマスガ、玆ニ説明ヲ略シマス、大体此案ヲ立テマシタ趣意ハ唯今申シマシタ通リデアリマス
○三十一番(野田卯太郎君) 一寸質問致シテ置キマス、唯今下岡君ノ御説明ニ拠レバ、議会ガ建議ヲシタ当時政府ガ同意ヲサレタ、即チ農商務大臣ガ議会ノ建議ヲ容ルヽト云フ言明ヲサレタ後、又政府ガ色々変ハリマシタト云フ意味デアラウト思フ、要スルニ議会ノトキノ答弁ト此案ガ違ツタモノデアルト云フコトハ申ス迄モナイ、一ハ官営デ次ノ議会迄ニハ案ヲ提出スルト云フ言明デ、是ハ試験ヲスル、従テ此後十年カ二十年ノ後機会ヲ見テヤルト云フ議案ニナツテ居リマスガ、是丈ケノコトハ正サシク変ツタモノデアルト云フコトヲ玆ニ確カメテ置キマスガ、政府デモ御異議ハナイデスカ
○番外(農務局長下岡忠治君) 農商務大臣ガ議会ニ於ケル言明ハ、原原種官営ノ目的ヲ以テ調査ヲ為シ、之ヲ次ノ議会ニ提出スルト云フコトデゴザイマスガ、矢張是ハ原々種官営ノ目的ヲ以テ調ヘテ居リマスノデ、無論官営ニ出来ルモノナラバ、官営デヤル積デアリマスガ、慎重ナル調査ノ結果ニ拠レバ、直グニ官営ニスルノハ無理デアル、故ニ順序ヲ踏ンデ数年ノ結果ニ依テ、愈々是レナラバ安全デアルト云フ見込ガ附クナラバ、其時ハ之ヲ官営ニスルノデアリマス、蚕糸会アタリデ答申シマシタノモ、矢張試験ヲシテ、サウシテ四十七年頃カラ之ヲヤツテ呉レト言フノデアリマス、若シ四十七年ト限定スル位ナラバ、試験ヲスルコトハ要ラヌ訳デアリマスガ、「其成績ガ良ケレバ」ト云フコトハ自カラ包含シテ居ルモノト思フスノデアリマガ、要スルニ今直グニヤレト云フ意味デハナカラウト思ヒマス、多分議会ニ於ケル建議モ今直グニヤラウト云フ意味デハナカラウト思ヒマス
○三十一番(野田卯太郎君) 下岡君ハ何ウ想像シテ居ラルヽカ知リマセヌガ、吾々ハ委員デアル、而カモ本員ガ確メタノデアル、決シテ下岡君ノ言ハルヽヤウナコトデナイ、併シ之ヲ争フテモ同ジコトデアリマスガ、ドウシテモ違ツテ居ル、ソレ丈ケハ私ノ方カラ言明シテ置キマス
○六十三番(上埜安太郎君) 唯今野田君カラ段々御話ガアリマシタガ私モ矢張其当時委員ノ一人デアリマシテ、聴取ツタ所ニ拠リマスルト野田君ノ言ハルヽ通リ、大臣ガ出席ニナツテ官営ノ積デ調査ヲシテ、次ノ議会ニ成ルベク同案ヲ出スト云フコトニナツテ居リマス ○中略
○三十一番(野田卯太郎君) 尚確メテ置キマスガ、此案デ見マスト今迄ノ試験ト大同小異余計変ツテ居ラヌ、統一ト言ハルヽケレドモ、統
 - 第56巻 p.382 -ページ画像 
一ノ端緒ニ就カヌ、大岡君ガ謂フ政府ガ確信シナイモノトシマセヌデモ、政府ガ能ク確信シテ良イ種トシテ出シタモノトシマシテモ、之ヲ府県ニ配付シテ府県ハ又之ヲ基礎トシテ種々ナモノヲ造ラウト云フコトハ試験ノ結果種々ノモノガ出来ル、先ヅ是迄ハ宜シイトシタトコロデ、今迄信州トカ何トカ種屋ガ沢山アル、此者ハ必死トナツテ他ニ競争シテ居ル、却テ政府ガ事ニ託シテ試験ヲスル種ガ多クナル ○中略 先ヅ此案デ見マスレバ、統一ノ端緒ニ就クコトデモアレバ宜シイケレドモ私ハ益々種類ガ多クナルト思フ、ソレハドウナサル御積リカ、私ガ察スル通リ府県令ヲ以テ之ヲ責メルト云フ積リデアリマスカ否ヤ、之ヲ確メテ置キマス
○番外(農務局長下岡忠治君) 大分問題ガ錯雑シテ参リマシタガ、其ハ非常ナ綿密ナ関係ヲ持ツテ居リマスカラ、チョット此処デ詳シク申上ゲルト云フコトハ出来ナイト思ヒスカラ大要丈《(マ脱)》ケ申上ゲマスガ、蚕種統一ト云フコトハ大変誤解ガアルノデ、蚕種統一ト云ヘバ日本国中ノ蚕種ヲ三ツカ四ツニスル如ク考ヘテ居ル人ガ随分アル、現ニ或ル所カラ出マシタ案デアツテ初メニ出タノハサウダツタ、中央デ一ツニ拵ヘテ、ソレヲ地方ニ送ツテ一ツニシヤウト云フノガ此論ノ起ツタ元トデ、所ガ段々調ベテ見ルト、サウ中央デ拵ヘタ種ヲ地方ニ持ツテ往ツテ之ヲヤラウト云ツテ軍隊的ニヤツテモサウ往クモノデナイ、矢張地方ニ依ツテ違ヒガアルカラシテ、若シ之ヲ官営ニスルト云フコトニシタ所デ、在来種カラ取上ゲテ其物ヲ複製シテ地方ニヤラヌト、気候風土ノ異ツタモノヲ系統ヲ追ツテヤルト云フコトハ、出来ルカモ知ランガ、ヤツタ所ガ成績ガ宜シクナイト云フコトハ今日技術上ノ判断カラ誤リナイト思ヒマス、従ツテ蚕種統一ヲヤツテモ中央ノ一ケ所カラ造ツテソレヲ地方ニ撒クト云フコトデハイカナイ、サウスレバ全国ニ九ケ所ノ原蚕種製造場ヲ拵ヘテ原蚕種ヲ製造スルマデモ、ソレガ地方ニ於ケル蚕種製造家ノ繭ヲ買ツテ始メテヤルト云フ位デナケレバ出来ヌト思ヒマス、サウシテ見ルト官営デ中央ガ八ケ所ナリ十ケ所デヤルコトニスルノト、地方デヤルコトヽ余リ程度ハ違ハヌ、畢竟統一ト云ツテモ程度問題ニナリマスカラ、先ヅ程度カラ云フテ見レバ、今日現在ノ状態デハ此位ノ所カラ進ムノガ一番安心デアラウ、間違ナク健全ニ往ケル穏健ナ案ダラウト云フノデアリマス
○三十一番(野田卯太郎君) 是迄ハ一向取締ガナイデアリマセヌカ、ソレヲ伺ヒタイ
○番外(農務局長下岡忠治君) 取締ハ地方ニハ随意ニ致シマスガ、地方デハ種繭検査会ヲ設ケテ其処デ撰択ヲサスト云フコトニナリマシテ組合デ定款デ強制スルコトニナルシ、又場合ニ依レバ県ガ強制スルコトガ出来ル程度ニシヤウ、今直チニヤルコトハ如何デアラウカ
○三十一番(野田卯太郎君) サウスルト信州アタリノ種ヲ製スル者ハ在来ノ通リデ製スルコトハ出来ヌデセウカ、自由競争デ宜シイカ、信州ニ限ラヌ種ヲ造ル製造家ハ……
○番外(農務局長下岡忠治君) 其地方デ制限ヲ受ケルコトニナレバ種ノ種類ガ極ツテ仕舞フ、制限ヲ受ケルマデノ間ハ原々種製造場デ拵ヘタ良イ種ガアレバ貰ツテ来ル
 - 第56巻 p.383 -ページ画像 
○三十一番(野田卯太郎君) 少々是ハ議論ニナリマスガ、是ハ度々デゴザイマスカラ議会デモ繰返シテ居リマスガ、大変種類ノ撰択ガムツカシイト云フガ、又地方デハ定款デ以テ之ヲ極メル、或ハ県令デ出サセルダラウ、ソコラヲ見レバ種ノ調ベハ大変易イヤウニモ聞コヘル、中央デスル所ヲ避ケル為ニハ非常ナ困難ダト云フ説ヲ述ベラレルガ、是ハ少々議論ニナリマスガ、中央ニスルノガ困難デ、地方デハ之ヲヤツテ見テ定款デサヘ極メレバソレデ宜シイト云フガ如キコトニ何時モナル、ソレデ是ハナンボ此処デ質問ヲシテモ同ジコトデゴザイマス、又討論ノトキヤリマセウ、サウスルト是ハ地方ニ大ニ取締ツテヤラセルカ、ヤラセヌカ、生煮ヘノコトデ一向見当ガ付キマセヌカラ、其辺ヲハツキリ御答ヲ願ヒマス
○番外(農務局長下岡忠治君) 先刻モ申シタ通リ、江州デハ之ヲ地方丈ケデ強制シテ失敗シマシタガ、之ハヤリ損フト云フノハ単純ニ強制シタ為ニ失敗シタノデナク、拵ヘ方ガ悪カツタヤウニ思ヒマス、岡山県デハ定款デ之ヲ強制スルコトニシマシタガ、是モ苦情ガ起キテ定款ヲ改正シマシタ、政府ハマダ中央ニ於テモ大岡サンノ所謂法律ヲ以テ強制スル丈ケノ確信ハナイモノデアリマスカラ、希望配付ト云フコトヲヤルト云フコトニ止メル、地方ハドウカト云フ話ニナリマスト、地方ハ今直チニ強制スル制度ヲ布クコトハヤラヌガ、併シ主務大臣ガ必要ト認ムル場合ニ於テハ別ニ強制ノ途ヲ取ルコトニスル、地方デ組合定款デヤリタイト云フモノガアルナラバソレハ定款デ極メル、愈々宜シイト云フ確信ガ付ケバ、中央ニ於テモ全国ニ渉リ強制スル時期ガ到達スルカ知リマセヌ、或ハ近キ将来ニ到達スルカモ知リマセン
○三十三番(大岡育造君) 私ハ素人デ此事ヲ解釈スルニ苦ムノデアラウト思ヒマスガ、先刻下岡君ノ御説明ニモ蚕種統一ハ一般多数ノ傾向ガ之ヲ希望シテ居ル、現ニ九県程実行シテ居ル、私ガ承ル所ニ依ツテモ鳥取県ノ如キ頗ル成績ガ宜シイト云フコトデアリマス、是ナドハ強制ヲシテ居ルノデアリマセウカ、居ナイノデアリマセウカ、又強制スルニ当ツテ種ノ撰択ト云フコトニ矢張信ヲ置カナイデヤルノデアリマセウカ、夫等ノコトノ適例ガ事実ニ於テ現レテ居ランカト思ヒマスガチョット悪イコト斗リ御説明ニナルヤウニ思ヒマスカラ善イ方ノ説明ヲ聞キタイ
○番外(農務局長下岡忠治君) 決シテサウ云フ積リデハナイノデ、種繭審査会ヲ官民合同デ設ケマシテ、役人ダケダト苦情ガ多イ、蚕種製造家ヲ中ニ入レテ、其多数ノ意見ガ決定シタモノヲ原蚕種製造所デ拵ヘルカ、或ハ個人ノ拵ヘタ種繭ヲ買上ゲテ、ソレカラ蝶ヲ出シテ卵ニ拵ヘタモノヲ配付スル、斯ウ云フ遣リ方ニシテ居ルノガ通例デアリマス、定款デ強制シテヤツテ居ルノガ鳥取県デ、外ハ希望配付デアリマス、鳥取県ダケハ定款デ之ヲ強制シテ円満ニ行ハレテ居リマスケレドモ、ソレハドウ云フ風ニヤルカト云フト、ナカナカ原蚕種製造所デ拵ヘタモノダケデハ承知シナイ、原蚕種製造所ガ拵ヘタモノト個人ノ拵ヘタ種繭ノ良イノトヲ採ツテ、之ヲ官民合同ノ審査会ニ掛ケテ、審査ノ結果是ガ宜カラウト云フコトニ極ツタモノハ苦情ヲ云フコトハ出来ナイト云フコトガ定款ノ極メデアリマス、ソレヲヤツテ居ルノハ鳥取
 - 第56巻 p.384 -ページ画像 
県ダケデ、岡山ハソレヲヤツタケレドモ苦情ガ多ク出マシタ為メニ止メマシタ、滋賀県ハ県令ヲ以テ強制シタコトガアル、是モ県令ヲ撤回シテ今日ハ希望配付ト云フコトニナツテ居ル、ソレデアルカラ何レ斯ウ云フ仕事ヲヤルニ付テハ、多少ノ苦情ナラバ断行シタ方ガ宜シカラウト云フコトハ予メ政府モ考ヘテ居ルノデゴザイマスケレドモ、併ナガラマダ前申シタ程度マデ確信ノ付カヌモノヲ一時ニ強制シテヤルコトニスルト、却ツテ苦情ガ多イノミナラズ、結果面白クナイト云フコトニナル、蚕種統一ノ急務ニ付テハ誰レモ認メテ居ルガ、一年ヤ二年延ビルコトニナツテモ、安全ナ方法ヲ以テヤルガ政府ノ責任トシテ相当ナコトデアルト云フ点カラ、此案ガ出来テ居ルノデアリマス
○三十三番(大岡育造君) 重ネテ伺ヒマスガ、一年ヤ二年ト言ハレマスケレドモ、是ヨリ政府ニ於テ法律案ヲ作ラレテ、仮令強制ハセズトモ、政府ノ意ヲ忖度シテ考ヘテ、次ノ議会ニ其案ガ出テソレガ実行セラレルノハ来年ノコトデアル、来年直グト唯今ノ御様子ダト原々種ガ出来ルヤラ出来ヌヤラ分ラヌ、サウスルト再来年頃御撰択ニナツテ御準備ニナルト云フコトニナル、然ラバ政府ガ試験的ニ造ル原々種ヲ見ルコトモ三年後デナケレバナラヌデアラウ、其三年後ニ出来タ所ノ原原種ヲ参考ノタメニ各地方ニ分ケテヤル、ソレヲ又試験シテ及第シタナラバソレヲ使ハセル、斯ウ云フヤウナ意味ニナリマスルト、蚕種ノ統一ガ急務デアルト云フコトヲ口デ言ハレルケレドモ、頗ル緩漫至極ノヤウニ考ヘラレル、鳥取県ノ如キハ唯今説明ヲ承リ、又其成績ヲ聞クト、出来上ツタ所ノ糸ノ価格モ一割カ一割五分ハ常ニ高価ヲ市場ニ保ツト云フコトデアリマス、多ク疑ヲ存スル点ガナイト私ハ素人考デ考ヘル、又今度政府デ原蚕種ヲ造ラレルニシテモ無論一種ヤ二種デナク、八ケ所モ九ケ所モ御予定ノヤウデアル、タツタ一ツニシテソレヲ強制セヨト吾々ガ希望スル意味ニ御答ニ及バヌコトデアリマス、要スルニ斯ノ如クニシテハ統一ノ時期ガ非常ニ遠クシテ、列国ノ競争ナリ又ハ生産ノ発達、富ノ増進ヲ希望スルコトガ非常ニ待遠シイコトニナラウガ、農商務省ハ御自身ノ責任ニ当ラレルコトハチョット遁レルヤウニ此所デハ見エマスケレドモ、私ノ平生信ズル所デハナカナカ勇気ガアツテ斯様ナ訳デハ私ハナサソウナモノト信ジテ居リマスカラ、凡ソ政府ノ御信ジニナル所ハ何時頃ニ統一ガ出来ルト云フ御見込デアリマスカ、日本ノ生産ガモウ一割ノ価格ヲ保ツ、縦糸ニモ十分ナリ得ル皆マデナラズトモ半バナリ得ルマデニハ何時頃ノ見込デアリマスカ、是丈ノ案ヲ出シタニ付テハ多少御見込ガアリマセウカラ、ソレヲ一ツ承リタイ
○番外(農務局長下岡忠治君) 何時頃トハツキリ分ツテ居ルナラバ試験ヲスル積リデゴザイマセヌガ、併ナガラ大体ノ見込トシテ考ヘル所デハ此試験ヲ行フテ、例ヘバ三年ヤル、三年ヤルト仮定シテ、其成績良好ナリト云フ場合ニ於テハ直チニ官営ノ計画ヲ進メテ行クコトハ出来ルダラウト思ヒマス、併シ今カラ三年経ツタナラバ必ズ成績良好ナリト見込ガ付ケバ試験ハ致シマセヌ、直チニ実行スル外ナカラウト思ヒマス、大体ニ於テハ金ヲ余計使ツテ経費ヲ厭ハズ種ヲ拵ヘルコトナラバ、彼ノ商売人ガ算盤勘定デ以テヤルヨリ、ヨリ多ク利益ノアル良
 - 第56巻 p.385 -ページ画像 
イモノガ出来ルト云フ想像ガ付キマスガ、併シ飼育ノ上ニ付テモ前申シタ色々ノ関係ガゴザイマス、サウ云フ点カラ考ヘテ矢張所謂漸進主義ヲ採ル、急進主義ハドウモ此種ヲ改良スルト云フコトニ付テ危イ、下手ナコトヲヤルト失敗スル、却ツテヤラヌ方ガ勝チダ、現在デモ相当ニ売レテ行ク、下手ナ遣リ方ヲシテ日本ノ蚕種界ニ打撃ヲ与ヘルヤウナ遣リ方ニナツテハ困ルカラ、漸進主義デヤツテ行クガ宜カラウ、斯ウ云フ考カラ、要スルニ議会ニ於ケル建議ノ趣意ヲ早クヤルカ少シ延スカト云フコトニ帰着スルダラウト思ヒマス
○九番(男爵渋沢栄一君) 唯今ノ御説ヲ伺ツテ居リマスルト、議会ノ御約束ガ違フト云フコトガ、多クノ委員中ニ議会ニ御出ナサツタ方々ノ成ル丈早ク此統一法ガ行ハレルコトヲ御希望ナサル点カラ御述ベノ意味ガ強イヤウデゴザイマス、私共統一ヲバ頗ル望ミマスケレドモ、今説明委員ノ仰シヤル通リ、斯カル大事業ガ俄ニ之ヲ極メテ、若シ其事ガ思フヤウニ往カナイト云フ場合ハ、実ニ由々敷大事デアラウト云フコトモ深ク虞レマスノデアリマス、其何レガ宜イカト云フコトハ第二ニ置イテ、今下岡君ノ御述ベ下サツタコトハ、マダ蚕ノ技術ニ付テ十分真相ヲ御熟知遊バスカ否ヤハ下岡君トシテ承知致シマセヌ、此委員中ニハ蚕ノ種其モノヽ技術学理ニ十分堪能ナ御方ガ段々アルダラウト思ヒマス、御選定ノ委員中ニハ必ズ其人ナカラザルベカラザルヤウニ思ヒマス、ソレ等ノ人ニ蚕糸ニ於ケル模様、種紙ニ於ケル模様、蚕ノ種ガ原種ニ於テ斯ウ云フ現況ヲ来シテ居ル、現在ノ種屋ノ経営ノ有様ハ斯ク斯クデアルト云フコトヲ、今時期ノコトバカリ論ジ合ハナイデ御黒人サンノ御説ヲ一応伺ツテ見タイモノデゴザイマス、サウ云フコトヲ議長カラ御依頼ヲ願ヒマス
○議長(小松原英太郎君) 何ヅレ是ハ委員ニ附託ニナリマスレバ、特別臨時委員ト云フモノヲ命ゼラレマシテ、其特別委員会ニ専門家ヲ出席致サセマシテ十分説明サセルコトニ致シテ居リマス
○四十九番(男爵田健治郎君) 本案ハ誠ニ重大ニシテ且ツ複雑ナル案デアリマスカラ、矢張特別委員ニ附シマシテ充分審査ノ上、相当ノ立案ヲシテ、其報告ヲ受ケテ、然ル後審議致シタイト思ヒマス、特別委員ヲ十五名ト定メ、議長ノ指名ニ依テ決定スルコトニ致シタイト考ヘマス
○九番(男爵渋沢栄一君) 特別委員説ニ賛成致シマス
○二十二番(田中芳男君) 特別委員説ニ賛成致シマス
○議長(小松原英太郎君) 如何デゴザイマセウカ、特別委員ニ附託シテ審査ヲ致スコトニ御異議ハアリマセヌカ
  (「異議ナシ」ト呼ブ者アリ)
○議長(小松原英太郎君) 田君ノ御発議ニ異議ガゴザイマセヌケレバ委員ノ数ハ十五名ト致シテ、議長ノ指名ニ任カセルト云フコトデアリマスカラ、其通リ決シマス、ソレデハ委員ノ氏名ヲ読上ゲマス
  蚕糸業ノ発達及改善ニ関スル特別委員
   農学博士 横井時敬君    男爵 船越衛君
     男爵 田健治郎君       箕浦勝人君
     子爵 加納久宜君       益田孝君
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   法学博士 桑田熊蔵君       大岡育造君
        野田卯太郎君      原富太郎君
        森村市左衛門君     千早正次郎君
        稲田周之助君      本多岩次郎君
        外山亀太郎君
尚ホ御注意ノ為メニ願ツテ置キマスガ、此特別委員ノ諸君ハ相成ルベクハ此処デ委員長ヲ選定下サイマシテ、明日カラ審査ニ御係リニナルコトヲ希望致シマス



〔参考〕日本蚕業発達史 今井五介著 第七五―七八頁 昭和二年七月再版刊(DK560112k-0004)
第56巻 p.386-387 ページ画像

日本蚕業発達史 今井五介著  第七五―七八頁 昭和二年七月再版刊
 ○第五章 第四節 隆盛期の蚕業(上)
    第四 品種統一問題
 既に述べた如く我生糸輪出は、日露の役後異数の発展を遂げた。然れども生糸の品質に対しては、海外より非難の声は囂々として止まなかつた。当時我国に存在した蚕品種は、春蚕約七百余、夏秋蚕約二百五十の多きに達し、其性質も多種多様で、勿論是等品種の中には異名同種のものもあつたとは言へ、斯くの如き雑駁なる原料より品質の一定せる良糸を得る事は至難の事であつた。蓋し製糸業は機械力を利用するとは言へ、尚ほ且つ技巧を要する事多く、原料の品質如何は製品の良否及び其作業工程に及ぼす影響甚だ大なるものがあるからである其故に整一せる良糸を多量に製せんには、蚕品種の改良統一を図り、優良なる原料を得る事は生糸の品質統一の第一着手であつた。玆に於いて製糸業者は従来過多なる蚕品種統一の緊要なるを高唱するに至り政府も亦其必要を認め、明治三十六年には長野・福島其他八県に命じて蚕種の試験をなさしめ、或は生産調査会に其研究を嘱し、又大日本蚕糸会に諮問し、或は又繭質改良整理の資に供せんが為め種類試験を埼玉・石川・岡山・大分の四県に命じ比較研究をなす等、遂に明治四十四年三月蚕糸業法の改正となり、蚕品種統一に関する規定を設くるに至つた。
 即ち主務大臣必要と認むる時は、原蚕種の製造若くは其譲渡譲受又は原蚕種の種類を制限することを得(第十八条ノ一)、又主務大臣は地方特別の状況に依り地方長官をして前項の制限を為さしむることを得(同条ノ二)と規定し、而して主務大臣及び地方長官は必要に応じ種繭の審査及び原蚕種の選定を行はしむる為め種繭審査会を設くべき旨(第二十三条ノ一)を定め、蚕品種の統一を具体化する第一歩に到達するに至つた。
 斯くて同年十一月政府は従来の種繭審査会規則を廃し、中央及び地方に種繭審査会を設け、朝野の斯業有力者を委員に任命し、原蚕種の選定に関する事項を審議調査せしめ、次いで東京郊外杉並村に国立原蚕種製造所を設け、又前橋・松本・綾部・熊本・福島・一ノ宮に其支所を設置し、内外品種の中より選定せる最良原種の試験研究及び製造に当らしめた。されど原蚕種製造所のみにては、一般当業者に原種を普く配布することが至難の事であつたので、各府県にも原蚕種製造所を起し、原種を複製して其数量を増し、是等の優良原種の普及を図つ
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た。
 是れより先き品種統一改良及び原蚕種製造等の事業に着手せるは、鳥取・島根の両県であつた。即ち鳥取県に於いては、明治二十五年当時の蚕業組合規約により、組合員の飼育すべき種類を青熟・小石丸・又昔の三種に制限し、或は種繭審査会を開き、以て原種の一定を期し同三十六年には県の事業として原蚕種製造所を設け、県下蚕種製造者の生産に係る種繭を提出せしめ、審査の結果最良品と査定せるものを買上げ、之れを原料として原蚕種を製造し、各蚕種製造者に無償配布をなし、其複製種を以て一般養蚕家に配布する等の方法により繭種の統一改良に力めたので、其効果夙に見るべきものがあつた。次いで島根県に於いても三十八年より此事業に着手し、国立原蚕種製造所設立以来各府県に於いても原蚕種製造所を設置するに至り、全国統一的に原蚕種の製造が行はるゝやうになつた。
 蚕糸業法の実施(明治四十五年)により、右述べたる如く全国的に品種統一が行はるゝやうになつたが、大正三年には農商務省原蚕種製造所を蚕業試験場と改称し、優良原種の製造及び配布をなすの外従来の事業を一層拡張し、蚕糸業に関する諸般の試験調査及び講習を行ひ道府県原蚕種製造所も之れを蚕業試験場と改め(大正十一年)中央の蚕業試験場と相待つて品種統一改良に力を用ひ、以て今日に至つた。
○下略