デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

補遺・追補

1章 補遺
節 [--]
款 [--] 7. 国際通信株式会社
〔第三編 第一部 第六章学術及ビ其他ノ文化事業 第五節新聞・雑誌・通信・放送〕
■綱文

第56巻 p.674-679(DK560153k) ページ画像

大正15年3月31日(1926年)

是ヨリ先、当会社ノ事業ヲ基礎トシ、東京朝日・東京日日・報知等我国八大新聞社ノ参加ニヨリ、新タニ一大通信社設立ノ議進捗ス。右ニ関シ協議ノタメ、是日、東京銀行集会所ニ於テ、当会社重役会開カル。栄一出席シ、之ニ賛意ヲ表明ス。
 - 第56巻 p.675 -ページ画像 

四月二十三日、当会社ニ於テ、臨時株主総会開カレ、右趣旨ニヨリ当会社解散ノ件議決セラル。当会社ハ四月三十日解散サレ、其業務一切ハ、新タニ設立サレタル日本新聞聯合社ニ継承セラル。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一五年(DK560153k-0001)
第56巻 p.675 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一五年     (渋沢子爵家所蔵)
二月二十四日 半晴 寒
○上略 午前十時兜町事務所ニ抵リ、岩永裕吉氏来リ国際通信事業ノ事ヲ談ス ○下略


国際通信社関係書類(DK560153k-0002)
第56巻 p.675 ページ画像

国際通信社関係書類          (渋沢子爵家所蔵)
秘《(朱印)》
例のA・P組織問題に付、昨日正午正式に大阪朝日・東京朝日(以上下村宏氏代表)大阪毎日・東京日々(以上高木利太氏代表)報知(太田正孝氏代表)、時事(伊藤正徳氏代表)、中外(簗田欽二郎氏代表)国民(山根真二郎氏代表)を帝国ホテルに招待し、四時間に亘り懇談を遂げ候処、幸にして何れも主旨に於て異存なく、兎に角、之を成立せしめんとする目的を以て、新聞社側のみにて更に来月三日、会議を開き、国際引受後の資金問題其他具体的の問題を協議するに決し散会致候
右不取敢御報告申上候
  大正十五年二月廿五日
               国際通信株式会社
                専務取締役 岩永裕吉
    渋沢子爵閣下
   猶各社とも、今後引続き現在の国際の当路者に於て実際の仕事に当らんことを希望致居候模様に有之候


国際通信社関係書類(DK560153k-0003)
第56巻 p.675-676 ページ画像

国際通信社関係書類            (渋沢子爵家所蔵)
秘《(朱印)》
拝啓 先般来、東京・大阪の八大新聞社代表者と協議中のA・P設立の件は、幸にして順調に進捗し、若し国際通信社に於て異議なきに於ては、来る五月一日迄に国際通信社を解散し、同時に各新聞社聯合して、現在の国際通信社を基礎とし、之に東方通信社の支那サービスをも併合し、以て一大通信社を設立するの議相纏まり候に就ては、当社の解散の条件其の他重要なる儀に付、至急御協議申上度、来る三月卅一日午後四時より銀行集会所に於て重役会相催候間、万障御繰合せ御出席願上度、此段御通知申上候
  大正十五年三月廿九日
             国際通信株式会社
              社長 樺山愛輔取締役社長印
    子爵 渋沢栄一閣下
  当日《(栄一鉛筆)》、岩永裕吉・樺山愛輔・串田万蔵・阪井徳太郎ノ諸氏来会ニ付、当初本会設立ノ趣旨ヲ説明シ、全然本案同意ノ旨ヲ答ヘテ退
 - 第56巻 p.676 -ページ画像 
席セリ


渋沢栄一 日記 大正一五年(DK560153k-0004)
第56巻 p.676 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一五年     (渋沢子爵家所蔵)
三月三十一日 晴 軽寒
○上略 午後四時銀行倶楽部ニ抵リ、国際通信会社重役会ニ出席ス、蓋シ同社ヲ各新聞社ニ併合シテ通信事務ノ普及且進展ヲ期スル為メナリ、当日樺山・岩永・串田・浅野良三氏等来会ス、予ハ創立者タルヲ以テ当時ノ状況ヲ説明シテ、其成功ヲ企望ス
○下略


国際通信社関係書類(DK560153k-0005)
第56巻 p.676 ページ画像

国際通信社関係書類            (渋沢子爵家所蔵)
拝啓
樺山愛輔伯御渡欧前に是非一度現国際通信社相談役及重役各位と、新たに成立すべき、日本新聞聯合の理事各位との懇話午餐会相催度候に付、御繁忙中とは存候へ共万障御差繰被下、来る四月十四日正午帝国ホテルへ御来駕被下度、此段奉得貴意候 敬具
  大正十五年四月八日
                専務取締役《(ゴム印)》 岩永裕吉
    子爵 渋沢栄一閣下


国際通信株式会社株主書類(DK560153k-0006)
第56巻 p.676-677 ページ画像

国際通信株式会社株主書類         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
                   4月12日委任状発送済《(ゴム印)》
    臨時株主総会通知
謹啓
益々御清栄の段奉賀候、陳者当国際通信社義創立以来玆に十有三年の星霜を閲し、其の間極めて有意義なる国家的活動を継続し得候は、偏に各位の御援助によることゝ深く感謝罷在候。然る処輓近世界各国に於ける通信社の著しき拡張発展に鑑み、当社も亦之に対抗するに足る対外的の一大通信社として、其の実力を充実するの必要に際会致候得共、当社の拡張の為め此の上重ねて各位に物質上の御迷惑を相懸け候事は、誠に心苦しく存ぜられ候のみならず、現在の未払込株金拾万円を全部徴収致候ても、叙上の目的を達する事は到底不可能に有之、従つて、之が対策としては米国のアツソシエーテツド・プレスの例に倣ひ、我国の有力なる諸新聞社を説き、彼等をして其の財力・人力を集め、一の強大なるニユース蒐集の共同機関を設置せしめ、之に対し国際通信社の業務の一切を譲渡し、爾今は新共同機関の責任と計算に於て、斯業の発展拡張を計らしむる事、最も健全にして合理的なる方法と存じ、実は先般来叙上の目的を以て東京朝日・東京日々・報知・時事・国民・中外商業・大阪朝日・大阪毎日の各新聞社の代表者と協議を進め居候処、各社に於ても大いに此の主旨に賛し、来る五月一日を期して日本新聞聯合なる新機関を設け、単に当社の事業のみならず、東方通信社の業務の一部をも合せ引受け、大体に於て従来の国際通信社の幹部及び使用人を其の儘其の職に留め、従来の方針に則り事業を
 - 第56巻 p.677 -ページ画像 
継承すべき事に協議相整ひ候に就ては、此の際当社株主は此上払込を必要とせざる方法に依り当社を解散して、一切の権利義務を挙げ、之を新機関に引継度、之が為め、来る四月廿三日午後二時東京市麹町区内幸町一丁目五番地当社に於て左の目的を以て株主総会相開き候間、万障御繰合せ御出席の程奉願上候
    目的
 当会社解散の件
 清算人として岩永裕吉を選任の件
  追而解散の決議は、商法第二百九条に拠り総株主の半数以上にして資本の半額以上に当る株主の出席を必要と致候間、当日御出席御差支の向は、別紙委任状に御捺印の上御送附被下候はゞ相当処理可仕候
   大正十五年四月八日
          国際通信株式会社
           取締役社長 樺山愛輔取締役社長印
    渋沢敬三殿《(宛名手書)》


国際通信株式会社株主書類(DK560153k-0007)
第56巻 p.677 ページ画像

国際通信株式会社株主書類         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓 益々御清栄奉賀候、陳者本月八日附御通知申上候当会社臨時株主総会の儀、株主総数参拾九名中参拾五名(株式総数六千株中、五千参百七拾株に当る)の御出席を得、予定の如く昨弐拾参日午後弐時より当会社に於て開催、専務取締役より先般御手許に差出置候通りの趣旨により此際当会社を解散して、当会社の事業は之を新たに設立さるべき有力なる新聞社の共同新機関たる日本新聞聯合社をして之を継承せしめ、従来の方針に則り斯業の発展を計らしむる事の最も機宜を得且合理的なる所以を説明致し、其結果満場一致左記の通り決議相成候間此段御報告申上候
尚此の機会に於て、従来貴下の国際通信社の事業に対し寄せられたる有力なる御後援に対し、深甚の謝意を表し申候 敬具
    決議事項
  一、大正拾五年四月末日ヲ以テ国際通信株式会社ヲ解散スルコト
  一、清算人トシテ岩永裕吉ヲ選任ス
   大正拾五年四月弐拾六日
           国際通信株式会社
            取締役社長 樺山愛輔取締役社長印
    渋沢敬三殿《(宛名手書)》


中外商業新報 第一四四四二号 大正一五年五月一一日 新聞聯合社披露(DK560153k-0008)
第56巻 p.677-678 ページ画像

中外商業新報  第一四四四二号 大正一五年五月一一日
    新聞聯合社披露
今回新に組織された日本新聞聯合社では、来る十七日午後六時から帝国ホテルで創立披露宴を催し、各大臣・各国使臣・各政党領袖・新聞通信社幹部、学界及び実業界代表、旧国際・東方通信関係者六百余名を招待する筈で、当夜は若槻首相・幣原外相・渋沢子爵・外国使臣等
 - 第56巻 p.678 -ページ画像 
各代表の祝賀演説があると


集会日時通知表 大正一五年(DK560153k-0009)
第56巻 p.678 ページ画像

集会日時通知表  大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
五月十七日 午後六時 日本新聞聯合社設立披露


渋沢子爵と国際的新聞通信事業 岩永裕吉稿(DK560153k-0010)
第56巻 p.678-679 ページ画像

渋沢子爵と国際的新聞通信事業 岩永裕吉稿
                      (財団法人竜門社所蔵)
○上略
猶今一つ渋沢子爵と国際通信社との関係に就て特記すべき一事があるそれは国際通信社が新聞聯合社に代る時の話である。元来、前述の通り国際通信社は主として日本の実業界及政府筋の人々の後援と出資によつて成立した株式会社であり、其の役員も亦実業界の人々であつたが、無論之等の人々は此の事業によつて利益を計らうと云ふ考は毛頭なく、皆国家奉公のために之に出資し、又は力を致してゐたのであつて、殊に永い間、其の社長であつた樺山愛輔伯の如きは、幾多の犠牲を忍び困難と闘ひ、国際通信社の進歩発達を計つて来られたのであるが、翻つて考へると、此の仕事は其の性質上当然新聞社が主となつて経営するのが本筋であるのみならず、今後益々之を発達させて行くためには、相当の資金も要するし、又幾多の新施設もやつて行かねばならぬのであるが、仮りにも其の責任の衝に当る人々が、新聞に直接関係のない実業家であつて、然かも之を本業とせず、唯奉公の念からのみやつてゐるのでは、如何に国家のためとは云へ、此の仕事のために無限の責任を負ひ負の面倒を見て行くことは出来ぬのは当然である。故に将来の同社をして英米第一流のナシヨナル・ニユース・エゼンシーに遜色なき迄の大発展を遂げしむるには、どうしても新聞社が協力して之を自己の仕事として経営し、其の一致の支持によつて之を発達強化せしめて行くに若くはない。それがためにはアメリカのアツソシエーテツド・プレスの如く、之を新聞社の共同のニユース蒐集頒布の非営利組合とし、必要の経費は組合員たる新聞社が之を負担し、若し益金があれば之を事業の拡張に充て、不足を生じた場合には新聞社が之を補塡するといふ仕組にすることが一番合理的であるし、又既に此処まで基礎が出来た以上、これから先きは此の仕組でやつて行ける筈であるとの議論が起り、先づ故井上準之助氏・樺山愛輔伯等から新聞社側に其の相談をされた処、新聞社側も之を快諾し、急速に話が纏つて、国際通信社は之を解体し、其の事業は細大漏らさず其の儘無償で新機関たる新聞社の非営利組合即ち現在の新聞聯合社に引継ぐことになつたのであるが、之を断行するに就ては、今まで国際通信社のために出資し又は後援をして居た人々の諒解を求め、其の出資金を放棄して貰ふといふことは、株主も相当の数に上つて居つたので、かなりの困難と障碍があつたのであるが、渋沢子爵は非常な理解と熱意とを以て、率先して従来の関係者の説得に努められた為めに、甚だ困難であるべき国際通信社の解散及従来の出資者の権利放棄といふことも円満に取運ばれ、今日の新聞聯合社が生れたのである。若しあの際、渋沢子爵の如き声望ある中心人物がなかつたならば、此の移り替りは可な
 - 第56巻 p.679 -ページ画像 
り六ケ敷いことであり、従つて新聞社の公共組合としての多くの強い立場及便宜を有する今日の新聞聯合社は出来て居らず、依然旧時の国際通信社が幾多のハンデキヤップの下に微弱な存在を続けて居つたことであらうと思はれる。少くとも昨年のロイテル及A・P等との契約を改訂して対等の地位に進むといふやうなことは、昔の儘の国際通信社では不可能のことであつたに相違ない。
渋沢子爵と我国の海外薪聞通信事業との関係に就ては大体以上の通りであるが、申す迄もなく渋沢子爵は国際通信社が解散された後に於ても、新聞聯合社のことに深き関心を持たれ、最後まで少くとも一年に二回位は小生を王子の自邸に招ばれ、新聞聯合社の事業発達の模様、対外国関係の改善等につき報告を求められ、色々の助言をして下さつたのである。
  昭和九年十一月二日
              新聞聯合社
                専務理事 岩永裕吉記