デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
1款 同族
■綱文

第57巻 p.13-15(DK570004k) ページ画像

大正3年11月10日(1914年)

是日、栄一三男武之助、福原有信四女美枝子ヲ娶ル。


■資料

青淵先生子孫一覧(DK570004k-0001)
第57巻 p.13 ページ画像

青淵先生子孫一覧          (渋沢子爵家所蔵)

 二男
  武之助
    母ハ後配伊藤氏、明治十九年十二月二十六日生、実ハ五男ナリ、分家ス、妻ハ福原有信四女美枝
   長女
    昭子
    大正四年十月二十六日生

   ○本資料第二十九巻第五七頁「青淵先生子孫一覧」案文参照。


(芝崎確次郎) 日記 大正二年(DK570004k-0002)
第57巻 p.13 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  大正二年    (芝崎猪根吉氏所蔵)
大正二年五月十八日 晴 休日
飛鳥山邸へ参伺、本日ハ武之助君御婚義御見合《(儀)》にて、関係媒酌人等来邸、小宴御開キ相成候事母親及姉子《(マヽ)》
銀座通り福原有信殿令娘ナリ、第二娘ナリ
円橘之咄し有之候、聴聞ノ上夜食頂キ十一半帰宅候テ臥ス
十九日
○昨夕飛鳥山邸へ参伺候処、武之助君御婚義御見合福原有信殿令娘にて媒人等来邸、余興等有之賑々敷候事、小生夜ニ入十一時帰ル


中外商業新報 第一〇二五五号 大正三年一一月八日 渋沢家の慶事(DK570004k-0003)
第57巻 p.13-14 ページ画像

中外商業新報  第一〇二五五号 大正三年一一月八日
○渋沢家の慶事 男爵渋沢栄一氏の令息武之助氏は、今回高木兼寛男の媒酌にて、福原有信氏令嬢美枝子と婚約成り、来る十日日比谷太神
 - 第57巻 p.14 -ページ画像 
宮に於て華燭の典を挙げ、十五日午後一時より王子の邸に披露の盛宴を催す由


竜門雑誌 第三一八号・第六七―六八頁 大正三年一一月 ○渋沢武之助君の結婚(DK570004k-0004)
第57巻 p.14 ページ画像

竜門雑誌  第三一八号・第六七―六八頁 大正三年一一月
○渋沢武之助君の結婚 青淵先生の二男武之助君は、男爵高木兼寛氏夫妻の媒妁に依り、福原有信氏四女美枝子嬢との間に婚約を訂し、十一月十日日比谷太神宮に於て芽出度結婚式を挙行し、越へて同月十五日午後一時より飛鳥山渋沢邸に於て披露の園遊会を催されたり、定刻青淵先生・同令夫人、福原有信氏・同令夫人並に新郎新婦は洋館に整列して一々慇懃に来賓を迎へられたり、当日は雨天なりしにも拘らず来賓続々参集し、広間前庭園に特に張りたる大天幕内の各種模擬店の繁昌一方ならず、談笑の声湧くが如き折柄、本館大広間の舞台に於ては余興開始せられ、梅若万三郎社中の能楽橋弁慶・猩々乱、杵屋六左衛門社中の長唄勧進帳及び七福神等あり、斯て同四時食堂開始されたるが、宴酣にして媒妁人たる高木兼寛男の新郎新婦紹介の辞あり、次に青淵先生は渋沢・福原両家を代表して来賓に対する謝辞を述べ、最後に徳川慶久公は来賓を代表して懇切なる祝辞を述べ、且渋沢家並に福原家の万歳を三唱し一同之に和し、散会したるは午後五時を過ぎ、朝来の雨名残なく晴れて夕焼の雲燃ゆるが如き頃なりき。
当日来賓の主なるものは左の如し
 徳川慶久公   同夫人    蜂須賀侯爵
 大浦子爵    若槻礼次郎  同夫人
 尾崎行雄夫人  曾我子爵   三島子爵
 高木男爵    同夫人    松平男爵
○下略


中外商業新報 第一〇二六三号 大正三年一一月一六日 渋沢男園遊会 武之助氏結婚披露(DK570004k-0005)
第57巻 p.14-15 ページ画像

中外商業新報  第一〇二六三号 大正三年一一月一六日
    ○渋沢男園遊会
      武之助氏結婚披露
過般男爵渋沢栄一氏二男武之助氏と福原有信氏四女美枝子嬢との間に結婚式行はれしは既報の如くなるが、渋沢・福原両家にては、其披露の為十五日午後一時飛鳥山なる渋沢家別邸曖依村荘に於て、朝野の貴紳・淑女を招き盛大なる園遊会を催せり、当日は生憎朝来雨天なりしも来賓は定刻前より自働車・馬車・人車にて続々と参集すれば、先づ余興として梅若の橋弁慶及猩々乱の能楽、杵屋社中の勧進帳及七福神等あり、天幕内に設けられし各種の模擬店には新柳二橋其他の美妓袖を翻して接待に勤め居れり、斯て午後四時主客一同食堂に入り、宴酣の頃、媒酌の労を執りし男爵高木兼寛氏起て新郎新婦を紹介し、武之助氏は大学に遊び今や実業界に身を投ぜんとし、美枝子嬢は賢徳高き婦人なり、諸君の御同情に依り永く円満なる幸福を受けんことを切に希ふとの趣意を述べ、次で渋沢男来賓に一場の挨拶を述ぶべく遠路且悪路の来会を謝し、更に新夫妻のため御同情を寄せられんことを望むとの意を披瀝すれば、徳川慶久公来賓一同に代り、当日懇篤の謝意を表し、且祝詞を呈し新郎新婦の将来を祝福し、同公の発声にて一同渋
 - 第57巻 p.15 -ページ画像 
沢・福原両家の万歳を三唱し、一同十二分の歓を尽し午後五時式を終れり、当日来賓として出席せし人々は
○中略
を始めとし約六百名なりき