デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
1款 同族
■綱文

第57巻 p.19-24(DK570008k) ページ画像

大正5年4月25日(1916年)

是日栄一、総理大臣官邸ニ於ケル、総理大臣大隈重信主催ノ聯合国経済会議特派委員長阪谷芳郎送別晩餐会ニ出席シ、五月一日出発ニ際シ東京駅ニ見送ル。是年十一月三日帰国、五日栄一、阪谷芳郎ヲ其邸ニ訪フ。


■資料

竜門雑誌 第三三五号・第六七頁 大正五年四月 ○阪谷男爵の任命(DK570008k-0001)
第57巻 p.19 ページ画像

竜門雑誌  第三三五号・第六七頁 大正五年四月
○阪谷男爵の任命 本社評議員会長阪谷男爵は今般聯合国経済会議特派委員長を仰けられたる旨、四月十七日の官報を以て公布せられたり


集会日時通知表 大正五年(DK570008k-0002)
第57巻 p.19 ページ画像

集会日時通知表  大正五年      (渋沢子爵家所蔵)
四月廿五日 火 午後五時 大隈伯ヨリ御案内(永田町官邸)
                   略服


中外商業新報 第一〇七八七号 大正五年四月二六日 首相招宴 主賓阪谷男一行(DK570008k-0003)
第57巻 p.19-20 ページ画像

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竜門雑誌 第三三六号・第一二三頁 大正五年五月 大隈首相の送別会(DK570008k-0004)
第57巻 p.20-21 ページ画像

竜門雑誌  第三三六号・第一二三頁 大正五年五月
○大隈首相の送別会 大隈首相は、四月廿五日午後五時より、聯合国経済会議参列委員長阪谷男、及鶴見・矢部・田各委員を主賓とし、東
 - 第57巻 p.21 -ページ画像 
京・横浜・大阪・京都・名古屋・神戸の各銀行家、実業家百二十余名を陪賓とし、首相官邸に招待して送別会を開きたり。席定まるや、首相の挨拶、阪谷男の謝辞ありて散会したる由なるが、当日青淵先生にも招待に応じて出席せられたり。


集会日時通知表 大正五年(DK570008k-0005)
第57巻 p.21 ページ画像

集会日時通知表  大正五年        (渋沢子爵家所蔵)
五月一日 午前八時 阪谷男爵渡仏ノ為御出発(東京駅発)


竜門雑誌 第三三六号・第一二二―一二三頁 大正五年五月 ○阪谷男爵の渡欧(DK570008k-0006)
第57巻 p.21 ページ画像

竜門雑誌  第三三六号・第一二二―一二三頁 大正五年五月
○阪谷男爵の渡欧 聯合国経済会議に本邦の特派委員長として参列仰付けられたる本社評議員会長阪谷男爵は、同委員鶴見農商務書記官・田大蔵省書記官・矢部大蔵省技師と共に、五月一日午前八時三十分東京駅発汽車にて渡欧の途に上りたり。見送りの重なる者は大隈首相・青淵先生・石井外相・箕浦逓相・武富蔵相・大島陸相・出羽海軍大将高橋男・大倉男・後藤男、其他官民の紳士淑女無慮一千余名に達せり


(阪谷芳郎) 家庭日記 大正五年(DK570008k-0007)
第57巻 p.21-22 ページ画像

(阪谷芳郎) 家庭日記  大正五年    (阪谷子爵家所蔵)
五月一日
 午前八時半東京発、車中一泊
五月二日
 午前九時半下関乗船、午後九時四十分釜山着 ○下略
   ○中略。
五月十三日
 雨中午後四時半露都着、本野大使等出迎ハル。
 マルスカイヤ町ノHotel Astriaニ投宿ス。
 芦田均氏世話セラル。 ○下略
   ○是日シベリアヲ経由シテ。ペテルブルグニ着ス。
   ○中略。
六月七日
 払暁出帆 ○サザンプトン、午前十時アーブル着、山中白耳義代理公使並下村書記生出迎アリ、名誉領事ラングスクツプ氏・警察署長イタリヤナ氏ハ仏国政府ノ命ニテ余等上陸ノ便ヲ計ラレタリ、ホテルニ投ス(グランドホテル)、領事巽長・代理公使・書記生諸氏ト共ニ午飧ス食後市中市外ドライブス(一台ハ外交団ニ政府ヨリ与ヘタルモノ、一台ハ領事ノモノナリ)、灯台ニ至ル眺望佳絶、潜航艇ニヨリ撃沈セラレタル船舶ノ港内外ニ帆柱ヲアラハスヲ見ル、此市ニハ白耳義ノ仮政庁アリ、同国郵便局ニテ絵ハガキヲ出ス、同国ノ郵便切手ヲ名残リニ買ヒニ来ル婦人アルヲ見ル。
 午後五時アーブル発、途中ルマンノカセドラルヲ遠見ス、汽車セーヌ川ニ沿テ走ル、景色ヨシ、鉱工業ノ盛大ナルヲ見ル。
 午後八時半巴里着、松井大使以下出迎アリ、ホテル・マゼスチツクニ投ス、松井・田付二氏ト暫ク時局ヲ談ス。
   ○中略。
七月四日
 - 第57巻 p.22 -ページ画像 
○上略
 左ノ諸氏ヲ訪問ス
 カーン氏
  末松子爵伝言 ○中略
  渋沢男伝言 第一銀行ノコルレスポンデンスヲ問フ
  カーン氏答 Banque de l'undon Parisiqune
  仏国ノ戦時経済ハ同氏楽観ス、日本ハ此際方針ヲ誤ラザルコトヲ望ム、所謂ユル千載一遇ノ時機ニテ、平和後ハ各国其働キ方ヲ計算シテ考フベシ云々、仏国二百万人ノ労働不足、戦後日本ヨリモ十万人供給ノ事出来ルヤ否ヤ、費用ヲ払ヒ純利一日二円ノ給料位ナルベシ。余ハ労働者ノ輸入ニ付テハ之マデ度々行違ヒヲ生ジタルニ付、渋沢男ノ如キ適当ナル人ト方法ヲ講ジ、大綱ヲ定メテ後チ着手スル可ナルベシト答フ。
○下略
   ○中略。
九月一日
 巴里ヲ出発ス、松井・田付其他大使館員、鈴木氏・鹿子木氏等見送ラル。 ○下略
   ○中略。
十一月三日
 横浜入港午前六時、検疫上陸、西野税関長出迎、税関ニ休息、夫ヨリ正金銀行ニテ休息、立太子式ニ付シヤンパン万歳ヲ唱ヘ、十時ノ汽車ニテ帰京ス。親戚其他出迎多シ、夕宅ニテ小宴。
   ○是日アメリカヲ経由シテ帰国ス。
   ○中略。
十一月五日
○上略
 来訪 渋沢男・三島子・水越理事・菅原・関・梅沢・高嶺昇其他
   ○中略。
十一月七日
○上略
 王子ニ渋沢男ヲ訪ヒ、経済会議ノコト、クラーク氏聯合委員ノコト日支資本提携ノコトヲ談ズ。蔵相ノコトモ談ズ。
○下略


竜門雑誌 第三四二号・第八三頁 大正五年一一月 ○阪谷男爵帰朝(DK570008k-0008)
第57巻 p.22 ページ画像

竜門雑誌  第三四二号・第八三頁 大正五年一一月
○阪谷男爵帰朝 本社評議員会長法学博士男爵阪谷芳郎君は、聯合国経済会議特派委員長として本年五月一日渡欧の途に上られたるが、無事使命を果し、帰途英米諸国の経済事情を視察し了りて、エンプレスオブ・ジヤパン号に便乗し十一月三日午前六時横浜入港、同七時半上陸、少憩後同十時四分横浜駅発汽車に搭乗、同十時四十三分恙なく東京駅に着し帰京せられたり。当日各新聞記者の訪問に対し男爵の語れる帰朝談の概要左の如し。
○下略

 - 第57巻 p.23 -ページ画像 


〔参考〕渋沢栄一書翰 八十島親徳宛(大正五年)四月一三日(DK570008k-0009)
第57巻 p.23 ページ画像

渋沢栄一書翰  八十島親徳宛 (大正五年)四月一三日   (増田正純氏所蔵)
拝啓 益御清適是賀、過日一書を以て台湾へ発電之事、其他二・三之要件申進候、夫々御取計之義と存候
今夕王子留守宅之磯村より電話ニて、第一銀行石井氏 ○健吾被申聞候趣ニて来ル十九日を以て阪谷氏欧羅巴行之送別会相催度ニ付、主人名前ハ老生ニいたし候而宜敷候哉、而して其饗宴ハ日本料理ニ可致哉、又ハ洋食之方可然哉、招客人数も阪谷随行者悉く案内可致哉と申辺まて問合有之候、此事ハ過日老生石井氏面会之際申示候趣旨ニ因し候云々と相聞へ候、電話之事なれハ幾分之謬誤有之候哉も難測候得共、先日老生当地又ハ東京出立之際石井氏へ申残し候義は、送別会と申意味ニてハ無之、経済界之人々相会し、何か仏国ニ於る会議ニ対し注文にても無之哉、縦令今日案出致兼候とも、今般阪谷出張之用向ハ単ニ政府のミ之関係とも相考不申義ニ付、何か相応之意見相生申間敷哉と申意味にて是等之会合企望致候積ニ御坐候、乍併第一銀行ニ於て夫是ニ拘はらす、送別会相開候義ニ候ハヽ、是以て老生別ニ異議無之ニ付、今日之電話問合ニハ名前も老生ニても差支ハ無之、宴会ハ西洋料理之方可然と答置候義ニ候、右之次第至急王子留守宅之磯村へも御聞合被成同時ニ佐々木・石井両氏之中ニ御照会相成、兎ニ角開会之手配出来候義ニ候ハヽ、其通り御取運可被下候、老生ハ兼而申進候如く、来ル十六日ニハ必す帰京之筈ニ付、委曲ハ其上ニて承合も可致と存候
今日阪谷よりも一書有之、同人出立ハ弥以廿四日と相定候由申来候、而して送別会之案内等ハ可成相断候云々と有之候、兼而同族中にても懇親上之一会相催し度と相考候も、正雄之病気も心掛に有之為め、親戚一同之会同ももしも此末更ニ熱度相増候様之事共有之候而ハ如何之もの歟と懸念仕候次第ニ御坐候、依而老生之考ニてハ、兎角十六日帰京之上、正雄之模様も相分り候ハヽ、早々取究申度と存候、但し余り出立時日間近ニて、阪谷方ニて困却と申事なれハ無余儀次第ニ付、送別会を見合せ歓迎会ニ致候も可然と存候、右ハ老生帰京前阪谷とも御打合置可被成候
前段第一銀行より被申聞磯村電話之件ハ、此書状御覧次第早々御心配可被下候、右可得貴意如此御坐候 拝具
  四月十三日               渋沢栄一
    八十島親徳様
           梧下
 本文之義ニ付而ハ石井氏へも磯村へも別に出状ハ不仕候、貴方より夫々御引合可被下候也



〔参考〕竜門雑誌 第三三九号・第一一六頁 大正五年八月 ○聯合国経済会議の決議に就て(DK570008k-0010)
第57巻 p.23-24 ページ画像

竜門雑誌  第三三九号・第一一六頁 大正五年八月
○聯合国経済会議の決議に就て 八月二日午後三時より永田町首相官邸に青淵先生・江木内閣書記官長を初め左記各省高等官諸氏参集し、過般巴里に於て開催されたる聯合国経済会議に於ける決議事項に就て我国の執るべき方針に関し種々協議せられたる由
 青淵先生△江木内閣書記官長△武富公使館三等書記官△八木農商務
 - 第57巻 p.24 -ページ画像 
書記官△富田大蔵書記官△天岡・下条・黒田各内閣書記官



〔参考〕竜門雑誌 第三四四号・第九五頁 大正六年一月 ○阪谷男爵の任命(DK570008k-0011)
第57巻 p.24 ページ画像

竜門雑誌  第三四四号・第九五頁 大正六年一月
○阪谷男爵の任命 本社評議員会長阪谷男爵は、今般聯合国経済会議決議実施委員を仰付けられたる旨、一月四日の官報を以て公布せらる即ち左の如し。
  聯合国経済会議決議実施委員被仰付
  親任官ヲ以テ待遇セラル
            法学博士 男爵 阪谷芳郎