デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
1款 同族
■綱文

第57巻 p.25-27(DK570010k) ページ画像

大正7年3月22日(1918年)

是日栄一、中華民国政府ノ招聘ニヨリ北京ニ赴ク
 - 第57巻 p.26 -ページ画像 
阪谷芳郎ヲ、東京駅ニ見送ル。六月二十五日中国ヨリ帰国、翌二十六日、栄一、阪谷芳郎ヲ其邸ニ訪フ。


■資料

集会日時通知表 大正七年(DK570010k-0001)
第57巻 p.26 ページ画像

集会日時通知表  大正七年      (渋沢子爵家所蔵)
三月廿二日 金 午前八時半 阪谷男爵支那御発程ノ御予定


渋沢栄一 日記 大正七年(DK570010k-0002)
第57巻 p.26 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年      (渋沢子爵家所蔵)
三月二十二日 晴
○上略 午前八時半中央停車場ニ抵リ、阪谷ノ支那行ヲ送別ス、来会スル者頗ル多シ ○下略


(阪谷芳郎) 家庭日記 大正七年(DK570010k-0003)
第57巻 p.26 ページ画像

(阪谷芳郎) 家庭日記  大正七年  (阪谷子爵家所蔵)
三月二十二日
 午前八時半東京駅出発、多人数見送リ、渋沢・勝田・清浦・金子・田中・児玉等、一行ノ内、尚・古閑・山下・山成・公森・蔭山・中島・坂上同行ス。車中今村繁三氏ニ逢フ、中村為三郎氏途中出迎、京都沢文ニ一泊ス。


中外商業新報 第一一四八五号 大正七年三月二三日 阪谷男爵元気よく出発 駅頭見送の雑沓(DK570010k-0004)
第57巻 p.26 ページ画像

中外商業新報  第一一四八五号 大正七年三月二三日
    ○阪谷男爵元気よく出発
      駅頭見送の雑沓
支那政府最高財政顧問として招聘された阪谷芳郎男は、予期の如く廿二日午前八時三十分東京駅を出発して任に赴いた、晴々しい春の日に自動車を駆て来た男は、夫人其他家族の人人と共に下りると、其処には章支那公使や勝田蔵相や石井大使、穂積枢密顧問官・日置前公使・藤波子・田中参謀次長・児玉翰長・井上準之助其他文武官・実業家等数百名が見送りとあつて賑やかな事一通りでない、男は元気よく之等の人々の間を縫つて応対してゐる、時間が来て歩廊へ流れ込む群集の中に丈の低い渋沢男の笑顔も見える、玆に最後の別辞が口々から洩れて、汽車は暖い日光の中を静かに軋り出した、男一行は京都に一泊、廿三日朝大阪へ立寄り、其日の午後八時半下関着、直聯絡船に乗つて朝鮮経由二十八日北京に入る予定である


集会日時通知表 大正七年(DK570010k-0005)
第57巻 p.26 ページ画像

集会日時通知表  大正七年      (渋沢子爵家所蔵)
六月廿五日 火 午前九時三十五分 阪谷男爵支那ヨリ御帰朝
             東京駅着ノ予定
六月廿六日 水 午前十時 阪谷男爵邸(御出向)


(阪谷芳郎) 家庭日記 大正七年(DK570010k-0006)
第57巻 p.26-27 ページ画像

(阪谷芳郎) 家庭日記  大正七年  (阪谷子爵家所蔵)
六月二十五日
 午前九時三十分東京駅着、出迎ヘ多シ、尚・山下・公森・蔭山四氏原町邸マデ同行、午餐ヲ喫シテ別ル。
六月二十六日
 - 第57巻 p.27 -ページ画像 
 渋沢男来訪、支那状況並梁氏伝言ヲ詳細ニ話ス。御所参内、外務省並外務大臣訪問、支那公使章氏ヲ訪ヒ面会ス。 ○下略


阪谷芳郎伝 故阪谷子爵記念事業会編 第七〇六頁 昭和二六年二月刊(DK570010k-0007)
第57巻 p.27 ページ画像

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