デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
1款 同族
■綱文

第57巻 p.34-37(DK570013k) ページ画像

大正11年5月23日(1922年)

是日、栄一嫡孫敬三、木内重四郎二女登喜子ヲ娶
 - 第57巻 p.35 -ページ画像 
ル。


■資料

中外商業新報 第一二九九八号 大正一一年五月一八日 渋沢家の慶事(DK570013k-0001)
第57巻 p.35 ページ画像

中外商業新報  第一二九九八号 大正一一年五月一八日
    渋沢家の慶事
渋沢栄一子の令孫敬三氏と木内重四郎氏二女登喜子嬢とは、来二十三日和田豊治氏夫妻の媒妁で結婚式を挙げる、新郎は大正十年帝大経済学部を出で、現に横浜正金銀行に勤務し、新婦は大正九年御茶の水高女を卒業した才媛である、其披露は廿八日午後二時から四時迄の間に丸の内工業倶楽部で極めて質素に催される


竜門雑誌 第四〇九号・第六二―六三頁 大正一一年六月 ○渋沢・木内両家結婚披露(DK570013k-0002)
第57巻 p.35 ページ画像

竜門雑誌  第四〇九号・第六二―六三頁 大正一一年六月
○渋沢・木内両家結婚披露 青淵先生の嫡孫にして渋沢篤二氏の嫡男たる渋沢敬三君は、昨夏和田豊治氏夫妻の媒妁に依り木内重四郎氏次女登喜子嬢と婚約相整ひ、本年五月廿三日華族会館に於て華燭の式を挙行せられ、超えて同廿八日午後二時より四時迄の間に於て右披露会を丸の内日本工業倶楽部に開催せられたるが、先之青淵先生には近来国民一般に奢侈贅沢に流れ較もすれば虚礼虚式に多大の費用を浪費して顧みざるが如き悪弊を慨せられ、木内家と申合はせの上、此度の結婚式等は総て質素を旨とし、従つて披露会に於ては新郎新婦を紹介するを主として、従来此種の宴会に見るが如き取設け等をなさず、又祝品等の贈与に就ても平に遠慮せられたるより、媒妁夫妻に於ても其主旨を賛し案内状に添書して右の趣を披露する所ありしが、数多の祝状は孰れも両家が卒先して生活改善の好模範を示されたるを衷心より敬服せる旨申越されたる由なり。斯くて当日は定刻の間に内田外相・山本農相・元田鉄相・後藤市長を始め朝野の名士一千余名来会し極て意味深き披露会に歓を尽されたりと云ふ、因に右披露会の案内状に添へられたる媒妁の書面及当日の設備に関する書面を左に掲げて会員諸君の参考に供す。
拝啓 益御清適被為渉奉慶賀候、私共儀渋沢・木内両家とは年来別懇の間柄に御座候処、子爵令孫敬三氏は大正十年東京帝国大学経済学部を卒業し現に横浜正金銀行に勤務中に有之、又木内氏次女登喜子嬢は大正九年御茶の水高等女学校の卒業生にして、両人の性行を熟知せる私共は至極良縁と相考へ候に付、媒妁に相立昨年夏婚約成立致、本年五月二十三日結婚式を挙け、同二十八日に披露会を催候事と相成候間御聴置被下、両人の将来に付御愛顧御指導の程奉願候、将又両家に於て此度の結婚式等総て質素を旨と致、右披露会に御臨席願上候ても何等の取設も無之、真に両人を御紹介申上る迄に止め度趣に候間、此儀御諒承の程願上候、尚両家申合はせ御祝品等の御贈与は平に御遠慮申上度由に有之、私共に於ても至極尤の義と賛成仕候間、何卒右御承引被下度、此段御披露旁得貴意候 敬具
  大正十一年五月十六日
                      和田豊治
                      同織衣
  接待員諸氏の御参考 ○略ス
 - 第57巻 p.36 -ページ画像 


宮内省関係書類(一)(DK570013k-0003)
第57巻 p.36 ページ画像

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青淵先生子孫一覧(DK570013k-0004)
第57巻 p.36 ページ画像

青淵先生子孫一覧            (渋沢子爵家所蔵)

 篤二長男
  敬三
    明治二十九年八月二十五日生、妻ハ木内重四郎二女登喜子
    長男
     雅英
      大正十四年二月二十七日生
    二男
     紀美
      昭和二年二月十一日生、同三年四月九日逝
    長女
     紀子
      昭和五年一月三十日生
    二女
     黎子
      昭和八年七月二日生




〔参考〕(増田明六) 日誌 大正一一年(DK570013k-0005)
第57巻 p.36-37 ページ画像

(増田明六) 日誌  大正一一年    (増田正純氏所蔵)
十一月廿三日 木 新嘗祭 晴
○上略
兜町事務処にて子爵は和田豊治氏と会談して、予て同氏の為めニ認められたる孝経壱巻を其場で贈呈した、右孝経は今夏子爵伊香保ニ避暑中精を凝して揮毫せられしものにて、之を黒須広吉氏ニ託し精巧の表装を為し、箱書をも子爵親ら為したのである
此贈物を為する至り《(に)》しハ、今春同氏の媒酌で子爵令孫敬三氏と、木内重四郎氏令嬢登喜子氏の結婚芽出度執り行ハれたるニ対する謝意の表
 - 第57巻 p.37 -ページ画像 
徴なのである、和田氏ハ極めて孝心厚き人なり、孝経を贈られしハ故ある哉である
○下略