デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
1款 同族
■綱文

第57巻 p.37-38(DK570014k) ページ画像

大正11年8月2日(1922年)

是日、渋沢事務所ニ於テ、栄一嫡孫敬三ノ渡欧送別会開カレ、栄一出席ス。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK570014k-0001)
第57巻 p.37 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
八月二日  水 午後六時  敬三様御渡英御送別会(兜町)
   ○中略。
九月十五日 金 午後五時半 敬三様留別会(綱町邸)
九月十六日 土 午後七時半 敬三様御出発御渡英(東京駅)
   ○中略。
九月十九日 火 午前十一時 敬三様御出帆御渡英(神戸港発鹿島丸)


竜門雑誌 第四一一号・第五〇―五一頁 大正一一年八月 ○渋沢敬三君渡欧送別会(DK570014k-0002)
第57巻 p.37 ページ画像

竜門雑誌  第四一一号・第五〇―五一頁 大正一一年八月
○渋沢敬三君渡欧送別会 渋沢敬三君は今般横浜正金銀行倫敦支店に転勤せらるゝことゝなりしを以て、近親の人々相胥り、八月二日午後六時より兜町事務所に於て同君の送別会を開催し、デザート・コースに入るや、発起人総代穂積男爵の送別の辞あり、次て青淵先生・木内重四郎君・阪谷男爵・穂積重遠君の演説あり、最後に渋沢敬三君の謝辞ありて宴を閉ぢ、別室に於て閑談の後、午後十時過散会せる由なるが、当日は左記諸氏出席し、極めて盛会なりしと云ふ。
 青淵先生     渋沢篤二君夫人  渋沢敬三君
 同夫人      木内重四郎君   (以上賓客)
 渋沢信雄君    渋沢智雄君    木内良胤君
 山内豊中君夫人  穂積男爵     同夫人
 阪谷男爵     同夫人      渋沢武之助君
 同夫人      渋沢正雄君    明石照男君
 同夫人      渋沢秀雄君    同夫人
 穂積重遠君    穂積律之助君   同夫人
 石黒忠篤君    阪谷総子君    渋沢元治君
 尾高文子君    尾高豊作君    同夫人
 大川平三郎君   同夫人      尾高幸五郎君
 芝崎確次郎君   増田明六君    渡辺得男君
 白石喜太郎君   小畑久五郎君   (以上主人側)
因に同君は八月廿二日午後七時三十分東京駅発、神戸に赴れ、同廿四日午前十一時同港出帆の香取丸にて渡欧の途に上らるゝ筈の所、英国政府より未だ入国許可無之為め、九月中旬渡欧せらるゝことに決定せりと云ふ。


竜門雑誌 第四一二号・第六五頁 大正一一年九月 ○渋沢敬三君渡欧(DK570014k-0003)
第57巻 p.37-38 ページ画像

竜門雑誌  第四一二号・第六五頁 大正一一年九月
○渋沢敬三君渡欧 渋沢敬三君は前号記載の如く愈九月十六日午後七
 - 第57巻 p.38 -ページ画像 
時三十分東京駅発、途中大阪に立寄られし上、十九日午後四時神戸出帆鹿島丸にて渡欧の途に上られたり。