デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
2款 親族
■綱文

第57巻 p.68-69(DK570028k) ページ画像

明治44年4月5日(1911年)

是日、栄一外孫阪谷和子、高嶺俊夫ト結婚ス。栄一、日比谷太神宮ニ於ケル結婚式ニ列シ、二十三日、築地精養軒ニ於ケル披露宴ニ出席シテ、祝辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK570028k-0001)
第57巻 p.68-69 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年     (渋沢子爵家所蔵)
四月五日 曇 軽寒
○上略 午飧後阪谷次女結婚式ニ出席ノ為メ病ヲ努メテ日比谷太神宮ニ抵
 - 第57巻 p.69 -ページ画像 
リ、式場ニ参列ス ○下略
   ○中略。
四月七日 晴 軽寒
○上略 小石川原町阪谷芳郎宅ニ抵リ、里開キノ賀筵ニ列席ス、洋食卓上ニ於テ新夫婦ニ対シ訓示ノ言ヲ述ヘテ、夜十時散会帰宿ス
   ○中略。
四月二十三日 曇 軽暖
○上略 築地精養軒ニ抵リ、阪谷・高嶺婚儀ノ披露会ニ出席ス、散会後親族相会シテ晩飧ヲ共ニシ、種々ノ雑談アリ、夜十一時王子ニ帰宿ス、兼子同伴ス、夜新聞紙ヲ読ム


(八十島親徳) 日録 明治四四年(DK570028k-0002)
第57巻 p.69 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四四年   (八十島親義氏所蔵)
四月廿三日 日曜 快晴
○上略 午後三時ヨリ築地精養軒ニ於テ阪谷男第二令嬢カズ子ト理学士高嶺氏トノ結婚披露宴アリ、予等夫婦招カル、予ハ接待員ヲ頼マレ早ク至ル、非常多数《(ニ脱)》ノ来客ニシテ盛大也、余興ハ狂言也、終テ別室ニテ我我ヘ慰労ノ為晩餐ヲ饗サル、青淵男爵ハ頃日米国ヨリ渡来セル手相学者ノ実験談(要スルニ山師)ナドセラレ面白ク興ニ入リタリ ○下略


竜門雑誌 第二七五号・第七一頁 明治四四年四月 阪谷男爵家の慶事(DK570028k-0003)
第57巻 p.69 ページ画像

竜門雑誌  第二七五号・第七一頁 明治四四年四月
○阪谷男爵家の慶事 阪谷男爵の次女和子嬢は篠田利英氏の媒酌にて理学士高嶺俊夫氏と婚約相調ひ、四月五日日比谷太神宮に於て華燭の典を挙げ、引続き帝国ホテルに親族知己の方々を招待して祝宴を開きたりと云ふ。