デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

1章 家庭生活
2節 健康
■綱文

第57巻 p.121-122(DK570056k) ページ画像

大正3年5月28日(1914年)

是月二日、栄一東京ヲ発シ、中国旅行ノ途ニツキシガ、発病シ、是日、宿願ノ曲阜孔子廟参拝ヲ廃シテ天津ヨリ帰国スベキヲ決ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正三年(DK570056k-0001)
第57巻 p.121-122 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正三年      (渋沢子爵家所蔵)
五月十三日 曇 暑気甚シカラス、船中ノ起居極テ平安ナリ
午前八時起床、昨夜来腹部ヲ損シテ朝来洋食ヲ喫スルヲ得ス、粥ヲ以テ朝食トス、服薬摂養ス ○中略 腹部ノ工合漸次快方ニテ、夜ニ入リテハ少分ノ洋食ヲ食スルヲ得ル ○下略
   ○栄一、五月二日東京ヲ発シ、中国旅行ノ途ニ就キ是日楊子江ヲ航ス。
   ○中略。
五月十九日 半晴 朝来気候大ニ涼シ
○上略 昨夕ヨリ歯痛アリ、堀井医師ニ手当ヲ請フ、午後ニ至リテ追々快方ニ赴ク ○下略
   ○中略。
五月二十七日 晴 朝来風ナクシテ暑気殊ニ強シ
○上略 十一時半天津ニ抵ル ○中略 帰途自働車中ニテ気分悪シク旅宿ニ帰リテ休憩ス、此日炎熱強ク且風塵多クシテ気息奄々タリ、暫時ニシテ都督ノ来訪アリ、強テ之ニ面会シ、其帰去スルヤ直ニ衣服ヲ更メテ褥中ニ臥ス、堀井医師ノ診察ヲ受ケ静養ニ勉ム、此夕居留民ノ歓迎会ハ故ヲ以テ欠席ス
五月二十八日 風強ク炎熱爀カ如シ、終日濛々トシテ咫尺ヲ弁セス
昨夜ヨリ熱気アリ且疲労甚タシ、朝来起床セシモ洗面後直ニ臥牀静養ス、朝飧後馬越・尾高・明石氏等来リテ、向後ノ行程ヲ変更シ曲阜行ヲ中止シ、此地 ○天津ヨリ直ニ大連ニ渡航シ、更ニ日清汽船ノ郵船ヲ以
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テ門司ニ向フニ帰途《(マヽ)》ニ就ク事ヲ発議ス、唯此行ノ曲阜参拝ヲ以テ一ノ主眼トセシヲ変スルハ忍ヒ難キノ想アリト云トモ、万一済南又ハ曲阜行ノ途中不便ノ地ニ於テ病痾更ニ重キヲ加フトキハ、一同ノ困難名状スヘカラサルモノアリ、依テ諸氏ノ忠言ニ従ヒ旅程ノ変更ニ同意シ、直ニ其実行ニ尽力スル事ト定ム ○中略
此日ハ支那当地ノ都督ヨリ午飧会、商務総会ヨリ晩飧会ノ案内アリシモ病中ヲ以テ之ヲ謝絶ス、終日当地共立病院ヨリ看護婦来リテ療養ニ尽力ス、夕方ヨリ熱気大ニ減退スレトモ腹部ニ故障アリテ快然タラス
五月二十九日 朝来冷気且風少シク減シテ、又昨日ノ暴風酷暑ニ似ス気候ノ変化殊ニ甚シ
午前六時一旦起床、洗面セシモ疲労多クシテ褥中ニ静養ス ○下略
五月三十日 晴 朝来冷気又一昨日ノ炎熱ト土地ヲ異ニセルカ如シ
昨夜来腹部不良、下痢数回ニシテ大ニ疲労ス、六時過強テ起床、旅装ヲ理ス ○下略
   ○本資料第三十二巻所収「中国行」参照。