デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

2章 栄誉
4節 参内・伺候
款 [--] 宮家伺候
■綱文

第57巻 p.264-267(DK570135k) ページ画像

明治43年―大正10年(1910-1921年)

是間、伏見宮貞愛親王、栄一等実業家ヲ、屡々同宮邸ニ於ケル午餐会又ハ園遊会ニ召サル。栄一ソレゾレ出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK570135k-0001)
第57巻 p.264 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年     (渋沢子爵家所蔵)
十一月四日 晴 寒
○上略 十二時伏見宮殿下ノ午飧会ニ陪席ス、宮内大臣モ来会セラル、市内実業家ニテ招致セラルヽ者三十名許リナリ、食後中野武営氏ヨリ株式取引所ノ事、余ト益田・原富太郎三氏ハ生糸事業ノ沿革ヨリ現今ノ状況ヲ陳上シ、午後三時散会 ○下略


中外商業新報 第九二〇九号 明治四四年一二月一八日 伏見宮午餐会(DK570135k-0002)
第57巻 p.264-265 ページ画像

中外商業新報  第九二〇九号 明治四四年十二月一八日
○伏見宮午飧会 伏見宮貞愛親王殿下には十八日正午紀尾井町御本邸に於て、渡辺宮相、三井・岩崎・渋沢各男爵、早川千吉郎・安田善次郎・園田孝吉・池田謙三・益田孝・豊川良平・馬越恭平諸氏其他実業
 - 第57巻 p.265 -ページ画像 
家及吉田内蔵頭以下宮内省高等官四十余名を御召しの上、午餐を御饗応相成るやに承る


渋沢栄一 日記 大正四年(DK570135k-0003)
第57巻 p.265 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年      (渋沢子爵家所蔵)
六月十四日 曇
○上略 正午伏見宮御邸ニ抵リ、午飧会ニ列席ス ○下略


中外商業新報 第一一五〇三号 大正七年四月一〇日 ○宮邸招宴 実業家を御召(DK570135k-0004)
第57巻 p.265 ページ画像

中外商業新報  第一一五〇三号 大正七年四月一〇日
    ○宮邸招宴
      実業家を御召
伏見宮貞愛親王殿下には実業御奨励の御思召を以て、九日正午左記実業家を紀尾井町の御本邸に御召しの上午餐会を催ほさせられたり、右につき午前十一時半頃より続々参邸、宮家家職の案内にて休憩室に休憩の後、夫々御食堂に着席するや、殿下には馬場別当・御牧事務官・津田御附武官・田中御用掛等を随へ御臨席御挨拶あり、種々歓談中に御会食あらせられ、畢つて別室に於て近藤男の「船舶界の現状」、小田切万寿之助氏の「支那の財政経済」及内藤久寛氏の「石油に就て」に関する講話を聴召され、殿下に於かせられては本日の講演最と満足に思召さるゝ旨仰出し入御ありて、参会者は午後三時半何れも光栄に浴して退散したり
 ▽参席者 侯爵井上勝之助△大蔵次官市来乙彦△石井健吾△荘清次郎△原田金之祐△橋本圭三郎△小野金六△小田切万寿之助△大橋新太郎△土方久徴△渡辺勝三郎△若尾璋八△中川小十郎△樺山愛輔△神戸挙一△団琢磨△添田寿一△根津嘉一郎△中野武営△日下義雄△倉知鉄吉△指田義雄△藤山雷太△小池国三△雨宮亘△水町袈裟六△男爵渋沢栄一△内藤久寛△福井菊三郎△鈴木三郎助△男爵近藤廉平(以上東京)△渡辺福三郎(横浜)△神野金之助(名古屋)△田中源太郎(京都)△今西林三郎(大阪)△武藤山治(神戸)計三十六名
 ▽欠席者 男爵森村市左衛門△佐々木勇之助△三井源右衛門△日比谷平左衛門△須田利信(以上東京)△大浜忠三郎(横浜)△久原房之助(大阪)計七名


竜門雑誌 第三五九号・第六九頁 大正七年四月 ○伏見宮殿下実業家御召(DK570135k-0005)
第57巻 p.265 ページ画像

竜門雑誌  第三五九号・第六九頁 大正七年四月
○伏見宮殿下実業家御召 伏見宮貞愛親王殿下には実業御奨励の思召を以て、四月九日正午、青淵先生を始め実業家の重なる諸氏を紀尾井町の御本邸に御召の上、午餐を賜はりたり。当日殿下には馬場別当・御牧事務官其他を随へ、御臨席の上、御挨拶ありて種々御歓談中に御会食を畢はらせられ、次で別室に於て『船舶界の現状』男爵近藤廉平氏、『支那の財政経済に就て』小田切万寿之助氏の講話を聞召され、頗る御感興を惹かせられたりと云ふ。


中外商業新報 第一一五〇四号 大正七年四月一一日 ○伏見宮邸の園遊会 八百余名御召(DK570135k-0006)
第57巻 p.265-266 ページ画像

中外商業新報  第一一五〇四号 大正七年四月一一日
    ○伏見宮邸の
 - 第57巻 p.266 -ページ画像 
      園遊会
        八百余名御召
伏見宮貞愛親王殿下には十日午後三時より英・米・仏・露・伊・瑞西支那・暹羅・瑞典・白耳義・和蘭・伯剌西爾・西班牙・諾威・亜爾然丁・智利・墨西哥の各大公使・同夫人・令嬢並に館員、各元帥・各国務大臣・大臣待遇・前官待遇・清浦枢府副議長以下各顧問官・大岡衆議院議長・陸海軍
▽高級武官 波多野宮相以下同省高等官・各宮家別当事務官・御附武官・御用取扱・井上知事・横田大審院長・中隈会計検査院長、殿下の総裁たる帝国在郷軍人会・国産奨励会・明治神宮奉賛会・偕行社・済生会・帝国軍人後援会正副会長以下幹部、学士院会員・大学各分科大学長並に専門学校長、渋沢・中野・添田諸氏、其他京浜実業家、御親戚たる両徳川・一条・二条各公爵、徳川頼倫侯、山内・伊達両侯爵、徳川(達道)・清棲伯爵以上
▽夫人・令嬢 等八百余名を紀尾井町の御本邸園に召させられ、大園遊会を催ふさせられたり、清く掃かれし御邸内の砂を湿ほしたる夜来の雨も正午よりは全く歇みて、咲き満てる桜の梢には薄き日も照るかとばかり、午後二時頃より馬車・自動車・人力車続々邸前に留まりて参邸の人々は宮家々職に導かれ御庭園の天幕張中に参集するや、午後三時殿下には馬場別当・津田御附武官・御牧事務官其他を随へて
▽台臨あり 一同に御挨拶あらせられたるが、御庭園は水清き小池を中央として周囲にテントを張り詰、此間満開の桜花百数十株、雲簇々霞団々の風情云はん方なく、一同は思ひ思ひに樹間池塘を逍遥し、次で御鄭重なる立食の饗応を受け、午後六時頃光栄を語り合ひつゝ退出したり、猶此日余興として「天洋」「李彩」両支那人の手品並に百花園主其他の楽焼ありて、逸興殊に裕なるものありき


渋沢栄一 日記 大正七年(DK570135k-0007)
第57巻 p.266 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年      (渋沢子爵家所蔵)
四月十一日 雨
○上略 午前十時伏見宮邸ニ伺候シ、昨日園遊会ノ御礼ヲ申上ケ ○下略


中外商業新報 第一二五九二号 大正一〇年四月七日 実業家を御召 伏見宮午餐会(DK570135k-0008)
第57巻 p.266-267 ページ画像

中外商業新報  第一二五九二号 大正一〇年四月七日
    実業家を御召
      伏見宮午餐会
元帥伏見宮貞愛親王殿下には、実業御奨励の思召を以て、六日正午東京・大阪・神戸・京都・名古屋・横浜六大都市の左記実業家を麹町紀尾井町の御本邸に召され、定刻殿下には佐藤別当・堀田事務官・田中嘱託・津田御附武官・菰田副官を随へ、大食堂に臨御、一同に御鄭重なる午餐を賜はり、畢つて別室に於て左記諸氏の講話を聴召さる
 一、労働と資本に就て
                子爵 渋沢栄一氏
 一、船舶業の現況に就て
                   伊東米治郎氏
 一、外国貿易に就て
 - 第57巻 p.267 -ページ画像 
                三井物産常務取締役
                   藤瀬政次郎氏
斯くて孰れも午後四時頃散会したるが、当日山本農相・神野大蔵次官関谷宮内次官も御召の光栄に浴し、渋沢子より一同を代表して御礼を言上せり
 伊東米治郎△石井健吾△井上準之助△池田竜一△星野錫△小野金六△大橋新太郎△大倉喜八郎△和田豊治△若尾璋八△神戸挙一△神田鐳蔵△加藤正義△門野重九郎△中村静嘉△米山梅吉△団琢磨△高田釜吉△田中銀之助△添田寿一博士△須藤規隆△中川小十郎△中沢彦吉△村井貞之助△野村竜太郎△串田万蔵△山下亀三郎△柳谷卯三郎△馬越恭平△福井菊三郎△藤山雷太△藤瀬政治郎△古市公威男△小池国三△美濃部俊吉△渋沢栄一子△白岩竜平△森村開作△石塚英蔵(以上東京)若尾幾造△平沼亮三(以上横浜)飯田新七△島津源蔵(京都)小山健三(大阪)滝川弁三(神戸)滝定助(名古屋)