デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

5章 交遊
節 [--]
款 [--] 9. 浅野総一郎
■綱文

第57巻 p.456-457(DK570210k) ページ画像

明治44年5月9日(1911年)

是日栄一、浅野総一郎邸ニ於ケル園遊会ニ出席シ、来賓ヲ代表シテ謝辞ヲ述ブ。


■資料

竜門雑誌 第二七六号・第六〇―六一頁 明治四四年五月 ○浅野総一郎氏の園遊会(DK570210k-0001)
第57巻 p.456-457 ページ画像

竜門雑誌  第二七六号・第六〇―六一頁 明治四四年五月
○浅野総一郎氏の園遊会 本社会員浅野総一郎氏は五月九日午後一時より東洋汽船会社株主千五百名を芝田町五丁目なる自邸に招待して園遊会を開き、午後三時より更らに帝国劇場に於て余興として同劇場附女優の演劇及び舞踏を観覧に供せられたるが、青淵先生にも同氏の招待に応じて園遊会に出席し、午後三時より帝国劇場に赴かれ、同氏の挨拶(株主諸君の来会を謝すると共に待遇の不行届を謝す、東洋汽船会社は既往に於て時の否なるに遇ひ、千難万艱を経て諸君に苦痛を忍ばしめしこと謝するに辞なし、会社の為す所或は大業に過ぎたりとの非難ありしも、今日に為りては南米航路の汽船は模範視せらるゝに至り、天運時機際会して今年上半期に於ては利益を挙げ得べく、今後は諸君の安心を求め得べくと信ず云々)に次いで、出席者総代尾崎三良男の依頼に依りて左の答辞を述べられ、他の約束時刻に迫りしとて直ちに辞去せられたり。
 私は浅野君とは従来懇親深き間柄にて、東洋汽船会社の事に就きても始めより相談相手となり、特に一昨年頃同社非運の場合には大に授助を与へたり、故に玆に株主各位の総代として答辞を述ぶるに当つて、一面には喜ぶと共に、又一面には苦言を呈さんと欲するなり浅野君の今日の御招待は実に感謝に堪へざる処なり、已に芝の邸宅に於て饗応に預り又玆に余興を見、且つ立食の饗を受くるは、之れ即ち改進したる事物を以て吾々に対せんとせられたる同君の意思にして深く感謝する処なり、一国の商業上に於て海運の拡張を必要とするは多言を要せざるが、同君が米国航路を多年経営し、世の進歩と共に之れを拡張して、東洋汽船会社の今日の盛況を見るに至りしは、君が先見の明なりと賞せざるべからざる事なりとす、然れども物は自ら程合と時を考へざるべからず、君が今既往の苦心を語られしが、夫は或は経営の時に適不適を想倒せざりしに依りしに非ざるか、例令人体に滋養物を吸収するは甚だ必要の事なりと雖ども、之を多量に得る時は却つて健康を害する事無きを保す可からず、然れども君の一両年の苦心は玆に表はれて、本年より利益を挙ぐる見込を有せらるゝに至りしは欣賀に堪へざる処なり、古語に業は勤むるに精しく楽しむに荒むと、浅野君及重役諸君は今や楽しみに荒む事
 - 第57巻 p.457 -ページ画像 
はなかるべきも、前途益々奮励せられ、人体に滋養物を得て活動すると均しく、呉々も欠点なく会社の発展を期せられん事を株主諸君の意志を忖度して謝辞を述ぶると共に老婆心を呈す。