デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

5章 交遊
節 [--]
款 [--] 16. 水野幸吉
■綱文

第57巻 p.486(DK570240k) ページ画像

大正3年6月16日(1914年)

是日栄一、青山斎場ニ於ケル、水野幸吉ノ葬儀ニ参列ス。


■資料

中外商業新報 第一〇〇八八号 大正三年五月二五日 ○水野参事官逝く 遂に北京に起たず(DK570240k-0001)
第57巻 p.486 ページ画像

中外商業新報  第一〇〇八八号 大正三年五月二五日
    ○水野参事官逝く
      遂に北京に起たず
急性腹膜炎にて切開手術を行へる水野参事官は、治療其効なく、廿三日午後六時遂に逝去せる旨、北京発其筋へも急電あり、氏は明治六年十二月を以て淡路洲本に生れ、三十年七月帝国大学卒業後外交官試補として、朝鮮駐剳を命ぜらる、是れ氏が外国圏裡に入れる第一歩なり爾来領事として芝罘・漢口に駐在し、四十年大使館一等書記官として米国に、次で総領事として紐育に在勤し、又大正二年大使官参事官として特に北京に赴任し、其間日米・日支の外交に尽瘁し功勲少なからず、人となり俊敏、外政上多年の経験と相待ちて日支外交の前途に期待さるゝこと深かりしに、今や亡し、悼哉、危篤の報天聴に達し、二十三日附特旨を以て位一級を進められ従四位に叙し勲三等瑞宝章を授けられたり


中外商業新報 第一〇一一一号 大正三年六月一七日 ○哀れ深き葬儀 故水野参事官送葬(DK570240k-0002)
第57巻 p.486 ページ画像

中外商業新報  第一〇一一一号 大正三年六月一七日
    ○哀れ深き葬儀
      故水野参事官送葬
北京に客死したる故大使館参事官水野幸吉氏の葬儀は十六日午前十時より青山斎場に於て行はれたるが、当日一隊の儀仗兵は金田大尉の指揮の下に斎場前面に整列し、故参事官の遺骨は二頭馬車に載せられて喪主行雄氏・未亡人千代子等同乗式場に参着するや、前方の壇上に安置せられ、柩の両側は美しき花環を以て飾り、中央には一旒の銘旗悲しげに翻りて、灯明の燭火明滅たる間に、寺本導師を始め参列僧侶の読経あり、次で渋沢男及び高橋博士等の弔辞、喪主行雄氏の焼香に続き未亡人千代子黒髪を無雑作に束ねたる白無垢姿にて幼き二人の令嬢の手を引きつゝ柩前に進みて焼香する様の痛ましきに会葬者何れも袖を濡したるが、殊に婦人連は歔欷流涕禁じ堪へず、斯て親戚故旧一般会葬者の焼香ありて午前十一時式を終れり、会葬者の重なるは久邇宮御名代を始め大隈首相代理・加藤外相・八代海相・牧野男・渋沢男、添田・高橋両博士、各国大使・公使館員其の他朝野の名士淑女多数にて頗る盛葬なりき