デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

6章 旅行
1節 国内旅行
■綱文

第57巻 p.561-563(DK570272k) ページ画像

明治45年4月20日(1912年)

是日栄一、東京ヲ発シ仙台ニ赴キ、奥羽同盟銀行大会ニ出席シテ演説ヲナシ、更ニ、仙台商業学校講堂及ビ県会議事堂ニ於テ、ソレゾレ演説ヲナシ二十三日帰京ス。


■資料

竜門雑誌 第二八八号・第四九頁 明治四五年五月 青淵先生仙台に赴かる(DK570272k-0001)
第57巻 p.561-562 ページ画像

竜門雑誌  第二八八号・第四九頁 明治四五年五月
○青淵先生仙台に赴かる 青淵先生には奥羽同盟銀行会の招待に応じ四月廿日零時五十分上野発汽車に搭じて仙台に赴かれ、二十一日は奥羽同盟銀行大会に臨みて一場の演説を為し、翌廿二日には午前十時市立仙台商業学校講堂に於て、同校生徒の為めに一場の講話を為し、尚ほ午後二時より遠藤市長・八木仙商会頭・小野県会議長等の発起に係り県会議事堂に於て催されたる経済講演会に臨みて、財政経済に関す
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る演説を為し、同四時より東一ブラザー軒の歓迎会に臨まれ、翌廿三日午後無事帰京せられたり。


竜門雑誌 第二八八号・第一九―二〇頁 明治四五年五月 ○民力休養の急務 青淵先生(DK570272k-0002)
第57巻 p.562-563 ページ画像

竜門雑誌  第二八八号・第一九―二〇頁 明治四五年五月
    ○民力休養の急務
                      青淵先生
 本篇は四月二十二日午後二時、青淵先生が仙台の県会議事堂に於て演説せられたる意見の要領として、同月二十四日発行の河北新報に掲載せるものなり。(編者識)
帝国現時の経済状態は如何、予は明治六年大蔵省を辞して身を実業界に投じ、爾来今日に至れるものなるが、明治初年の経済状態と今日の状態とは素より比すべからずと雖も、此間一張一弛ありて、何時も同一速力を以て進めるにあらず、殊に西南・日清・日露の三戦役に依り大に進歩を妨げられしが、而も此三大厄に遭へるにも拘らず、各戦役の終りを告ぐるや、一足飛びの大進歩を為したるの状あり、但し予は戦争が吾国経済の進歩を促せりといふに非ず、开は姑く措き、明治初年も我が経済状態は如何といふに、当時の商人等は武士の御用人として彼等より動物的取扱を受け居たりし当初の事とて、自から事業を経営するの能力を有せざりし関係上、政治家の指導誘掖に従ひ、否令命に従ふの形に於て始めて各種会社を設立したるの時なる丈け、全く維持発展の方法を知らざりしが故に、設立後一ケ年ならずして皆な倒産するに至れり、当時予は各人の資金を合して事業を経営すべく論じたり、然るに友人岩崎氏(三菱)の如きは予と意見を異にして、個人の力に依り事業を経営するの簡にして便なるに若かずと為し、遂に我説に従はずして、岩崎氏は岩崎氏の本能を発揮したるが、兎に角予が唱道したる会社法の漸く一般に行はるゝや、殆んど予期以上の進歩を為し、銀行業・運送業・保険業・倉庫業日に月に進歩し、工業も亦着々発達して遂に今日に至れり、然るに事業の愈々発達するに従ひ、政費も亦増大して、四・五千万円の政費を以て満足したりしもの旋《(マヽ)》がて一億円を要求し、次で二億円に上りて、今や殆んど六億円を要求せらるる事となれり、而して各種租税の権衡を見るに、農税は殆んど其儘となり居るに拘はらず、商工税は当時の十倍以上となり居れり、尤も之を一面より見れば、商業の発達てふ事を言ひ得らるゝの訳なれども、翻て他の一面より見れば、納税を強ひられて止むを得ず政府の命令に従ひ居ると謂ふも過言に非ざるべし、予は此の事を思ふ毎に、斯くの如くんば今後の発達を沮害することなきや、些かも休養を与へずして敢て重税を課するは一考の価値ありとなすものなり、最近財政経済の関係に就き研究を重ね居る者も少なからざるが、予は前西園寺内閣が鉄道国有を断行したるの可否は姑く措いて、一般公債の大暴落を顧みざりし当時、当局に対し苦言を呈したる事もあるが、桂内閣の成立当時特に公債整理の急務なる所以を述べたるに、幸ひ当局の容るゝ所となり、殆んど予等の期したる整理を行はれたるを喜ぶものなれども、桂内閣が税制の整理をなさずして、再び西園寺侯に譲れるを遺憾とするものなり。(予は桂公には税制財政の整理を望まざりしも)玆に於
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て予は現内閣に対し財政税制整理を切望するものなるが、民力の疲弊極度に達するの時に休養を為さしむるは事已に遅し、今日が恰も休養をなさしむるに適当の時なりと信ずるものなり、夫れ整理といふからは、緊縮的減税的の整理ならざるべからず、即ち予は其意味の整理を切望す、同時に官業の整理を望むや切なり、予は官業の拡大を以て国家の不幸事と為すものなり、最後に東北不振の因に就き一言すべし、抑も東北不振の因は種々あらんも、要するに努力の足らざるを以て第一因なりと思ふ、諸君幸ひに予の言を咎めず、反省一番するところあれ云々。
   ○其他ノ資料ハ本資料第四十四巻所収「其他」中「仙台商業学校」明治四十五年四月二十二日ノ条及ビ第五十一巻所収「金融関係諸会」中「奥羽同盟銀行会」ノ項ニ収ム。