デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

6章 旅行
1節 国内旅行
■綱文

第57巻 p.623-624(DK570293k) ページ画像

大正6年6月8日(1917年)

是日栄一、東京ヲ発シ千葉県船形町ニ赴キ、東京市養育院安房分院ニ於ケル、楽翁祭並ニ増築落成
 - 第57巻 p.624 -ページ画像 
式・磨崖碑竣工式ニ出席シ、挨拶ヲ述べ、翌九日、安房中学ニ於テ講演ヲナシ、帰京ス。


■資料

竜門雑誌 第三四九号・第九七頁 大正六年六月 青淵先生の養育院安房分院出張(DK570293k-0001)
第57巻 p.624 ページ画像

竜門雑誌  第三四九号・第九七頁 大正六年六月
○青淵先生の養育院安房分院出張 東京市養育院安房分院に於ける白河楽翁公祭典は予て増築中なりし同分院の工事竣成したるより、之が落成式を兼ね六月七日《(八日)》を以て行はるゝこととなり、同院長たる青淵先生には同日早朝出発、同地(船形)に向はれ、諸式を執行せられたるが、同夜は北条一泊、八日安房中学校《(九日)》に於て更に演説を試みられ、同夕刻無事帰京せられたり。尚安房分院裏手の断崖岩面に彫刻中なりし磨崖碑(青淵先生御揮毫)も今回落成せしを以て、先生は親しく検分せられたる由。
   ○其他ノ資料ハ本資料第三十巻所収「東京市養育院」大正六年六月八日ノ条ニ収ム。
    尚、磨崖碑ニツイテハ第四十九巻所収「東京市養育院安房分院磨崖碑」参照。