デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

8章 雨夜譚会
■綱文

第57巻 p.708-715(DK570336k) ページ画像

大正15年10月15日(1926年)

是ヨリ先、栄一嫡孫敬三ノ主唱ニヨリ、栄一ノ回想談ヲ記録スルタメ、雨夜譚会企画セラレ、是日、飛鳥山邸ニ於テ、其第一回催サル。爾後昭和五年七月ニ至ルマデ、回ヲ重ヌルコト三十一回ニ及ブ。


■資料

雨夜譚会談話筆記 上・第一―五頁 大正一五年一〇月―昭和二年一一月(DK570336k-0001)
第57巻 p.708-709 ページ画像

雨夜譚会談話筆記  上・第一―五頁 大正一五年一〇月―昭和二年一一月
                     (渋沢子爵家所蔵)
    雨夜譚会 第一回
大正十五年十月十五日午后五時から飛鳥山邸の洋館応接室に於て雨夜譚会の第一回が開かれた。出席者は青淵先生を始め敬三氏・増田氏・白石氏・高田氏・岡田、先づ敬三氏から雨夜譚会の趣旨に就て語り、後長野県神川村の観世音及び救世軍並にブース大将に関する御感想を聞く。
 敬「前の御伝記編纂のやり方はどうも感心出来ませんでした、殊にそれに依て出来るものは事実の羅列に止る観があつて、面白くないと、穂積の伯父様などは極力不賛成の意を表せられ、同族会でも問題になりました。其内大震災で自然消滅になりました事は寧ろ好都合でありました。一体おぢい様の伝記に付て私の意見としては、同族なり又事務所なりで書き上げると兎角我田引水的になり勝であり、又よしや左様でなくとも我田引水的であると見られるから面白くない、竜門社で書くのでさへ同様の理由で感心しない。故に伝記を書くのは全然外部の人に願ひ度いと思つて居ります。然し我々としては、伝記として書き上げないからと云うて、全然関はらぬと云ふのは又よろしくない、資料は是非我々の手で出来るだけ蒐集して置かねばならぬ。如何なる微細な事でも、又一見つまらぬ様な事でも、ありのまゝに出来得る限り集めて置かねばならぬ。そして後に伝記を書く人に自由に使用させねばならぬと斯様考へて居ります。此事は穂積のおぢ様にも御話しましたところ、非常に賛成せられました。それで此方針で進まうと云ふことで、雨夜譚会と名付けて私が委員長になり、愈其実行に取りかゝり、今日から御迷惑を願ふ次第で御座います。此前の編纂所でも、御記憶をたどつて御話を願つたもの、其他相当の材料が集つては居りますが、大分不十分と思はるゝ点があります。即ち事実の経過等に付ては相当調べてありますれども、おぢい様の感じとか、考へとかゞ判然と出て居りません。此点が最も必要と思ひます。で此等の点をよく明かにする目的で、今度の雨夜譚会を開かうと、穂積の伯父様や阪谷の伯父様などゝ御相談しました結果夫々御賛成を得まして、雨夜譚会では伝記を書かないで資料を集
 - 第57巻 p.709 -ページ画像 
めよう、会を開くと云うても、前の様に沢山集つても何にもなりませぬから、私と幹事である白石君と筆記する岡田君位で研究的な態度でやつて行かう、私共の方で十分研究してから、お話を願ふことにしよう。又私達の方で研究が出来ないものは、専門家に頼み、その専門の学問から御祖父様を明治時代の古老として色々の事をお聞きすることにしよう。例へば廃藩置県とか、紙幣の発行とか、明治維新当時の民心の趨向などを夫々の学者に聞いてもらふ、即ち兌換券のことならば、山崎覚次郎さんに質問してもらへば、吾々の知識以上のものを得ることが出来、又維新時代の思想方面ならば吉野作造さんに、第一銀行が最初に保険をやつたことならば森荘三郎さんと云ふ風に願へば、良い材料を得て、今までの短を補ふ事が出来ると思ひます。そして御祖父様のお気持を取つて置く、例へば京釜鉄道計設《(マヽ)》の折、朝鮮人を撲つたら解職する、と云はれた点などもよく解る様にして置くのであります。そして雨夜譚会は大がゝりなものにせず、簡単に毎週お願ひしたいと思ひます。年表も大正十四年まで作りましたが、御祖父様の御話の方が二重にならぬ様、処々我々の方で調べた点を突つこんでお伺ひしたい。斯様な方法でありますから、伺ふことも時代の順序を追はず、伺ひ度いと思ふ所、研究の届いた部分を願ふことにして、出来るだけ詳しい材料をとつて置き、単に伝記の材料とするのみならず、一般史家の材料たり得るものにし度いと思つて居ります。何卒御承諾を願ひます」
先生「どうしても親族関係のものが伝記を作ると褒めることになり、悪いことはかくすことになり勝である。従つて事実を事実とせられないから、後世の人が公平に書くまで材料のみ集めて置くと云ふのには賛成であります。只余り詳細には記憶がない。 ○下略


雨夜譚会日誌 自大正十五年八月至昭和五年八月(DK570336k-0002)
第57巻 p.709-715 ページ画像

雨夜譚会日誌  自大正十五年八月至昭和五年八月     (渋沢子爵家所蔵)
    雨夜譚会日誌
大正十五年
 八月一日  係員として岡田純夫入所す
 九月十日  タイピストとして高橋愛子入所す
 十月十五日 第一回雨夜譚会を午後五時より飛鳥山邸に開く。出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・白石氏・高田氏、係員岡田。
       一、長野県神川村観世音に就て
       二、救世軍並にブース大将に対する御感想に就て
       御談話を願えり。
十一月六日  第二回雨夜譚会を飛鳥山邸に午後五時より開く。出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・白石氏・高田氏、係員岡田。
       一、三条公邸に於ける先生の征台反対説に就て
       二、択善会及び田口卯吉との御関係に就て
       御談話を願へり。
 - 第57巻 p.710 -ページ画像 
十一月十三日 第三回を飛鳥山邸にて午後五時より開く。出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・高田氏、係員岡田。
       一、電話私設の計画と官設に決せし事情に就て
       二、金玉均の亡命に就て
       三、宮中に於ける御養蚕の起源に就て
       御談話を願へり。
十二月十一日 第四回雨夜譚会を午後五時より飛鳥山邸に開く。
       一、女子教育に努力せられしに就て
       二、貴族院議員を辞せられしに就て
       御談話を乞へり。
昭和二年
 四月十二日 午後五時より飛鳥山邸青淵文庫に於て第五回を開く。今回は特に法学博士森荘三郎氏の出席を乞へり。
       出席者青淵先生・森氏・敬三氏・明石氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田。
       談話は森氏に質問を願ひしに付き、多く海上保険其他保険関係の事項なりき。
 四月廿六日 午後四時より飛鳥山邸に於て第六回を開く。
       出席者青淵先生・増田氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田。
       一、鉄道会議と鉄道国有に就て
       二、法典調査会に就て
       三、明治二十三年の金融救治策に就て
       御談話を願へり。
 五月十七日 第七回雨夜譚会を午後五時より飛鳥山邸に開く。出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田。
       一、貨幣制度調査会に就て
       御談話を願へり。
 六月一日  会社及社会事業方面の青淵先生伝記資料蒐集係員として泉二郎入所す
 六月十三日 筆耕係員として塚本恵子入所す
 六月十五日 第八回雨夜譚会を午後四時より飛鳥山邸に開く。出席者青淵先生・敬三氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田。
       一、報国会の組織と軍事公債に就て
       御談話を願へり。
 六月廿四日 第九回の会を午後四時半より飛鳥山邸に開く。出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏高田氏、係員岡田・泉。
       一、明治二十九年六月設置の農商工高等会議に就て
       二、特殊銀行の設立に就て
        内、日本銀行の設立並に経過に就て
       御談話を願へり。
 - 第57巻 p.711 -ページ画像 
 七月五日  飛鳥山邸に於て第十回雨夜譚会を開く。当日は特に下村宏氏・岡実氏の出席を乞ひ、青淵先生を中心に談話会の形式とせり。其他の出席者は武之助氏・明石氏・敬三氏・増田氏・渡辺氏・白石氏・高田氏、係員岡田泉。
 七月廿七日 第十一回雨夜譚会を飛鳥山邸に於て午後五時より開く出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、特殊銀行の創立に就て
        内、横浜正金銀行・日本勧業銀行・台湾銀行・北海道拓殖銀行・日本興業銀行・朝鮮銀行
       に就ての御談話を乞へり。
 九月六日  第十二回を午後三時より事務所にて開く。出席者青淵先生・篤二氏・敬三氏・増田氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、王子製紙会社の紛擾に就て
       二、中央開墾会社に就て
       三、東洋製鉄会社に就て
       御談話を願へり。
 九月十三日 第十三回を午後四時半より丸の内事務所に於て開く。出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・渡辺氏・白石氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、明治三十一年十二月十三日組織せられたる地租増徴期成同盟会に就て
       二、明治三十二年一月九日組織せし衆議員選挙法改正期成同盟会に就て
       三、室鳩巣の壬子試筆に関する感想文を記されしに就て
       御談話を願へり。
十一月一日  第十四回雨夜譚会は飛鳥山邸青淵文庫に午後六時より開く。今回は特に徳川公爵(第六天町)家の御家政に就ての御談話を願ふことゝし、植村澄三郎氏の外徳川家より三輪修三氏・古沢秀弥氏・玉虫教七氏の出席を乞ひ、其他は青淵先生を首め敬三氏・増田氏・白石氏係員岡田。
十一月十五日 午後五時より飛鳥山邸に於て第十五回雨夜譚会を開く出席者青淵先生・先生夫人・穂積男爵母堂歌子夫人・武之助氏夫人・正雄氏夫人・敬三氏・増田氏・渡辺氏白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、大日本麦酒会社の成立に就て
       二、五代友厚氏との御関係に就て
       三、所謂鹿鳴館時代に就て
       四、明治三十四年十二月神戸市対モールスの神戸水道公債事件を調停せられしに就て
 - 第57巻 p.712 -ページ画像 
       五、石川清之助切腹の事に就て
十二月六日  第十六回雨夜譚会を午後七時より飛鳥山邸にて開く。出席者青淵先生・篤二氏・敬三氏・増田氏・小畑氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、司法と実業との関係につき松田法相との御会見に就て
       二、リデル嬢の回春病院に寄付金拠集方を尽力せられしに就て
       三、日本鉄道会社慰労金問題の紛擾を調停せられしに就て
       四、劇談会に就て
       五、実業道徳会に就て
       御談話を願へり。
十二月十三日 第十七回を事務所に於て午後三時半より開く。出席者青淵先生・敬三氏・増田氏・渡辺氏・小畑氏・高田氏係員岡田・泉。
       一、日糖事件に対する御感想に就て
       二、明治四十二年実業界を隠退せられし時の御感想に就て
       三、日韓合併成りしに就て
       四、伊藤公の死に就ての御感想
       の御談話を乞へり。
十二月二十日 第十八回を午後三時半より事務所に於て開く。出席者青淵先生・篤二氏・敬三氏・増田氏・渡辺氏・小畑氏高田氏、係員岡田・泉。
       一、伊藤公に関する御感想に就て
       二、労資問題に対する御感想に就て
       三、癌研究会に就て
       四、鉄管事件と先生に兇刃を振ひし千木に対する御同情に就て
       御談話を顧へり。
       尚ほ年内の会は之を以て最終とし、昭和三年は第三火曜日たる十七日より初むる事と定めり。
昭和三年
 一月十七日 第十九回雨夜譚会を午後四時半より事務所に於て開く出席者青淵先生・増田氏・渡辺氏・白石氏、小畑氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、梅光院様に関する御思ひ出に就て
       二、帰一協会の成立に就て
       の御談話を願へり。但しエレベーター運転時刻の接迫の為め、帰一協会に就ての御談話は、次回に繰延べたり。
一月二十四日 第二十回雨夜譚会を午後一時半より事務所に開く。出席者青淵先生・野口弘毅氏(第一銀行取締役)・増田
 - 第57巻 p.713 -ページ画像 
氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田・泉
       一、帰一協会の成立に就て
       一、明治大帝と先生との御接触に就て
       御談話を願へり。
 一月卅一日 第二十一回雨夜譚会を午後二時半より事務所に於て開く。出席者青淵先生・篤二氏・敬三氏・増田氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、桂公の所謂公債借換政策に就て
       一、陸奥宗光氏との御関係に就て
       一、明治維新当時源平藤橘の氏を必要とせしに就て
       の御談話を承る。
○中略
 九月十五日 第二十二回雨夜譚会を午後四時より飛鳥山邸に催す。出席者青淵先生、増田氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、渋沢平九郎氏に就て
       一、修養団に対する御感想に就て
       一、北海道開発に尽されし御関係に就て
       一、東京会館設立計画に就て
       一、岩本栄之助氏大阪市に百万円寄附の世話人となられしに就て
○中略
昭和四年
○中略
 二月十六日 第二十三回雨夜譚会を午後三時四十分より丸の内の事務所に開く。出席者青淵先生・篤二氏・敬三氏・渡辺氏・白石氏・高田氏・岡田。
       一、株式取引所の弊害匡正に就て
       一、大西郷と二宮尊徳翁の教へに就て論ぜられしに就て
       の御談話承る。
○中略
 九月十七日 (中秋明月の日)第二十四回雨夜譚会を午後四時より飛鳥山別邸に於て催す。出席者青淵先生・敬三氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・佐治氏・高田氏、岡田・泉。
       青淵先生より左の御談話を承る。
       一、日英関係に就て
       一、支那の借款に応ぜられしに就て
       一、維新前後の旅装及旅行用具に就て
       一、諏訪神社への御参拝に就て
       一、帝国ホテル創立に就て
○中略
 十月十六日 第二十五回雨夜譚会は午後四時より丸の内事務所に於て催さる。出席者青淵先生・敬三氏・渡辺氏・白石氏
 - 第57巻 p.714 -ページ画像 
佐治氏・高田氏、係員岡田・泉。
       左の各項に就き青淵先生の御談話承る。
       一、東京の馬車鉄道が市営電車になるまでの青淵先生の御関係に就て
       一、外人の内地雑居問題及外人の土地所有権問題に就て
       一、先生の御趣味に就て
       一、先生が常用となされた種々の御乗物に就て
       一、どう云ふ人物がお好きですか
十月二十九日 第二十六回雨夜譚会は午後四時より丸之内事務所に於て催さる。出席者青淵先生・篤二氏・敬三氏・白石氏佐治氏・高田氏、係員岡田・泉。左の諸項に就き青淵先生の御談話承る。
       一、外客誘致策に就て
       一、今後の女子教育に就ての御感想
       一、東京慈恵会に御尽力ありしに就て
○中略
十二月廿四日 午後三時半より第二十七回雨夜譚会を丸之内の事務所に於て催す。出席者は青淵先生・篤二氏・敬三氏・元治氏・渡辺氏・小畑氏・佐治氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一同先生より左の事項に就て御話を承る。
       一、先生の雅号「青淵」の由来に就て
       一、東京湾築港問題に就て
       一、恩賜財団法人済生会と先生との御関係に就て
       一、通称を屡々改められしに就て
       一、御病歴に就て
昭和五年
○中略
 四月十日  杉本シズ子雨夜譚会タイピストとして入社
 五月六日  第二十八回雨夜譚会ハ午後四時より丸ノ内の渋沢事務所にて催さる。出席者ハ青淵先生・敬三氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・佐治氏・高田氏、係員岡田・泉。
       一、先生が北海道炭礦会社の理事を退かれしに就て
       二、外資輸入に御尽力ありしに就て
       三、海外出稼ぎに就て
       四、大正七年公設市場に御尽力ありしに就て
       五、先生が青年時代に信州へ旅行なされた時峠の一軒家に詮方なく宿泊されたに就て
       先生が大川平兵衛氏などの御供して武者修業に御出懸になつてゐた時の模様に就て
 五月廿一日 第二十九回雨夜譚会に午後二時半より丸ノ内ノ渋沢事務所にて催さる。出席者青淵先生・篤二氏・敬三氏・信雄氏・植村澄三郎氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・佐
 - 第57巻 p.715 -ページ画像 
治氏・高田氏、係員岡田・泉。
       先づ植村氏より北海道炭礦鉄道会社及東京市の水道鉄管事件に関する談話あり、続いて左之諸項に就て青淵先生の御談話を承る。
       一、明治維新当時の先生の御気持に就て
       二、益田孝氏との御関係に就て
       三、紛争の仲裁に立たれた時の御気持に就て
六月二十四日 午後三時半より第三十回雨夜譚会を丸ノ内の渋沢事務所に於て催す。出席者ハ青淵先生・篤二氏・渡辺氏・白石氏・小畑氏・佐治氏・高田氏、係員岡田・泉。
       左之諸項に付て青淵先生の御談話を承る。
       一、紛争之仲裁に立たれた時の御気持に就て
       二、先生の書に就て
       三、小田又蔵氏との御関係に就て
       四、株式会社―合本組織を主張せられし理由に就て
 七月八日  第三十一回雨夜譚会ハ午後三時より事務所に於て開く出席者ハ青淵先生・篤二氏・敬三氏・渡辺氏・小畑氏佐治氏・高田氏、係員岡田・泉。
       左之諸項について青淵先生の談話を承る。
       一、柏の御紋に就て
       二、渋沢氏御一族の続柄に就て
       三、先生が官吏時代謹慎を命ぜられしに就て
       四、御立腹の有無に就て
       五、上野寛永寺との御関係に就て
       六、東京貯蓄銀行の設立動機に就て
 八月卅一日 雨夜譚会ハ其事業たる青淵先生伝記資料蒐集の事を略完了したるを以て一時解散する事となる。岡田純夫辞任す。但し泉二郎ハ残務整理之意味を以て来る十月末日まで留まるものとする。