デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

9章 終焉
■綱文

第57巻 p.733-735(DK570342k) ページ画像

昭和6年11月10日(1931年)

是日栄一、特旨ヲ以テ位一級ヲ進メラレ正二位ニ叙セラル。


■資料

官報 第一四六二号 昭和六年一一月一二日 ○叙任及辞令(DK570342k-0001)
第57巻 p.733 ページ画像

官報  第一四六二号 昭和六年一一月一二日
    ○叙任及辞令
○昭和六年十一月十日
           従二位勲一等子爵 渋沢栄一
叙正二位
           従二位勲一等子爵 渋沢栄一
特旨ヲ以テ位一級被進(十一月十日宮内省)


泰徳院殿御葬儀記録 一 【渋沢子爵御病中日録】(DK570342k-0002)
第57巻 p.733 ページ画像

泰徳院殿御葬儀記録 一         (渋沢子爵家所蔵)
渋沢子爵御病中日録
十一月十日晴
○上略 午后十一時、愈々危篤の差迫つた旨が雲の上に聴えると、子爵が多年国家社会に尽瘁された顕著なる功労に対し、左の如く位陞叙の御沙汰あらせられた。
           従二位勲一等子爵 渋沢栄一
  特旨ヲ以テ位一級被進
           従二位勲一等子爵 渋沢栄一
  叙正二位
 右之通本日宣下相成候条此旨及伝達候
 位記並辞令ハ追テ可及回送候也
  昭和六年十一月十日
             宗秩寮総裁 子爵 仙石政敬
    正二位子爵 渋沢栄一殿


竜門雑誌 第五一八号・第一三―一五頁 昭和六年一一月 病状(二)(DK570342k-0003)
第57巻 p.733-735 ページ画像

竜門雑誌  第五一八号・第一三―一五頁 昭和六年一一月
    病状(二)
○上略
十日
 九日夜よりは稍々安静を保つて居られ、侍医の御差遣を有難く迎へられた先生の容体も今日午前七時頃から再び急変したので、いよいよ一同の者は、それぞれ病室に御暇乞をすることになつた。先生は近親の人々に寄り添はれ、酸素吸入に安らかな呼吸を運んで居られたが、昨日よりは熱が下つた為か幾分顔色は白く沈んで居られるかに見られた。其処でも此処でもすゝり泣きの声が起る。邸の内外悲愁に閉され尽した感じであつた。
 午前十一時穂積男爵は先生の代理として、侍医御差遣の御礼に宮内省へ出頭したが、その折持参の容態書は左の如くであつた。
 午前一時以後の経過左の如し
 - 第57巻 p.734 -ページ画像 
 午前三時 体温三八・六 脈一〇九 呼吸二六
   五時   三八・九  一一八   二九
   七時   三八・八  一一四   二七
   九時   三八・四  一一二   二九
今朝に至り衰弱漸次増加の徴あり
                  主治医 入沢達吉
本日の容態発表は左の通りである。
 午前九時、其後体温・脈・呼吸共に著変を見ざるも、今朝に至り衰弱は漸次増加の徴あり
      体温 三八・四
      脈搏 一一二
      呼吸 二九
 正午、午前十時三十分頃より脈は依然変りなきも、呼吸不利となり体温少しく昇騰す、一般の容態険悪となる
      体温 三九・〇
      脈搏 一一八
      呼吸 三〇
 午後一時三十分、依然重態にして脈搏一二〇を算し、呼吸三〇―三二、体温は再び昇つて三九・三に至る
 午後三時、御容態同様なり
 同四時、御容態同様なり
 尚ほ本日体温・脈搏・呼吸の経過は左の如くである。

    午前零時 同一時  同六時  同七時  同八時  同九時  同十時  正午   午後一時半
 体温 三八・二 三八・五 三八・八 三八・八 三八・八 三八・四 三八・四 三九・〇 三九・三
 脈搏 一〇四  一二〇  一一二  一一四  一一二  一一二  一一二  一一八  一二〇
 呼吸 二八   三〇   二八   二四   二六   二九   二九   三〇   三二
    午後三時 同四時  同五時  同六時  同九時  同九時  同十時  同十二時
 体温 三九・四 三九・三 三九・四 三九・一 三九・七 三九・九 三九・九 四〇・一
 脈搏 一二〇  一二四  一二〇  一二六  一二八  一二八  一三六  一二二
 呼吸 三四   三二   三六   三一   三四   二八   二二   二六

 斯様に邸の内外に悲しみが溢れて居た為か、先生薨去の誤報が新聞号外にて伝へられたので、午後三時過ぎる頃から、見舞客に混つた弔問客さへあり、邸内の一同は、臨終に近い先生の御身を思つて悲しみのうちにも、その誤報である旨の電話を各方面へ通じたのであつた。
 尚ほ午後十一時青淵先生の病気危篤の報雲の上に聴へ上げるや、先生が多年国家社会に尽された顕著なる功労に対し、特に左の如く位階陞叙の御沙汰あらせられた。
          従二位勲一等 子爵 渋沢栄一
          叙正二位(特旨を以て位一級被進)
 それより先午後八時頃御容態は急変した。
 重い憂鬱が病室の隅々に迄拡り満ちて、淡い電灯の光りが、ぢつとベツトを見守る近親の方々、親戚の皆様の悲しみきつたお顔に深い皺を刻んで見せる。青淵先生のせはしい喘ぎに痰がからまつた『コ
 - 第57巻 p.735 -ページ画像 
トコトコト』といふ呼吸の一高一低が恐ろしい不安と臆測の中に人人を襲ひ込んで行く。入沢・大滝両博士が交互に脈を取りながら、刻々に変り行く御容態を気づかはしげに見守られる。林先生が目をしばたたきながら、時々懐中電灯を先生の咽喉深く照らして、痰をとるのに懸命になつて居られる。附添の三先生や六人の看護婦が、いきづまる雰囲気の裡にそれぞれの処置にいそがしい。注射が時々される。氷嚢が取り換へられる。
 昏々と眠る巨人の枕頭近く、何事かを祈り続けて居られるかのやうな夫人。異様な緊張裡に身もだへしながら、涙にぬれた目を瞬時もお父様からお祖父様から離さない同族方と其の御子達。悲しみと沈痛とに居たゝまれず病室を出るけれ共、直ぐ心配と疑惧とにとつて返しては、又追はれるやうに出て行く、動じられたかに見える親戚の方々。外には風が出たのであらう。邸内の闇の中にカサコソと樹葉がそよいで居る。
 十一時すぎ叙位の御沙汰書が敬三氏によつて粛然と読まれる。
 熱は徐々に騰つて四十度一分から四十度三分五厘、呼吸は益々御苦しくなつて来られた様子である。
 重くるしい雰囲気を破つてマントルピースの上の時計が十二時を報ずる。
○下略