デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

3部 身辺

15章 雑資料
節 [--]
款 [--] 2. 肖像画
■綱文

第57巻 p.871-873(DK570374k) ページ画像

大正2年3月1日(1913年)

是日栄一、渋沢事務所ニ於テ、洋画家和田英作ニ、肖像画ノ制作ヲ依頼ス。

八年五月栄一、大磯ノ明石照男別邸ニ滞在中、第一銀行ノ依頼ニヨリ来邸セル和田英作ニ、肖像画ヲ描カシム。


■資料

渋沢栄一 日記 大正二年(DK570374k-0001)
第57巻 p.871 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正二年     (渋沢子爵家所蔵)
三月一日 曇 寒
○上略 午飧後事務所ニ抵リ ○中略 和田英作氏来リ油絵ニテ肖像スル事ヲ依托ス、先ツ写真ヲ作ル ○下略


渋沢栄一 日記 大正三年(DK570374k-0002)
第57巻 p.871 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正三年     (渋沢子爵家所蔵)
一月二十九日 曇 寒威強シ
○上略 午前十時事務所ニ抵リ、和田画伯来ル ○下略
一月三十日 晴 軽寒
○上略 午前十時事務所ニ抵リ、和田画伯ノ肖像画ニ資スル為メ机上ニテ来人ニ接ス ○下略


渋沢栄一 日記 大正八年(DK570374k-0003)
第57巻 p.871 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年     (渋沢子爵家所蔵)
五月四日 快晴 軽暖
○上略 午後一時和田英作氏来ル、氏ハ余カ肖像ヲ油絵ニ作ル為メニ特ニ第一銀行ノ依頼ニ応シテ来レルナリ、蓋シ余カ転地シテ病後ノ保養ニ努ムルノ時ヲ以テ、絵画ヲ作ルノ便宜トシタルナリ、依テ寓居ノ庭前ニ於テ、和田氏ノ請フニ任セテ、或ハ起立、又ハ正坐、種々ニ形容ヲ改メタリ、午後五時頃ニ至リテ止ム ○下略
   ○栄一、五月一日ヨリ同月十日マデ大磯明石照男別邸ニ在リ。
五月五日 快晴 軽暖
○上略 午飧後和田英作氏来リ、肖像ノ事ニ従フ、正坐中水辺生ヲシテ独帝ノ評論ヲ読マシム、二時ニ始リテ五時頃ニ至リテ歇ム、氏ハ明後七日ニ来ル事ヲ告ケテ帰ル ○下略
   ○中略。
五月七日 快晴 暖
○上略 午飧後和田氏来リテ肖像ノ絵画ヲ為ス、其間独帝ト題スル小冊子ヲ読マシム、五時和田氏東京ニ帰ル ○下略
   ○中略。
五月九日 曇 暖
○上略 午飧後和田英作氏来リ肖像ノ絵画ヲ為ス、二時頃ヨリ五時ニ至ル其間水辺ヲシテ小冊子英国首相ロイド・ヂョージ氏ノ伝ヲ読マシム、和田氏帰京後夜飧 ○下略


竜門雑誌 第五四三号・第六四頁 昭和八年一二月 青淵先生にポーズをお願して 美術家諸氏を中心としての座談会筆記録(DK570374k-0004)
第57巻 p.871-873 ページ画像

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