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『竜門雑誌』第295号(竜門社, 1912.12)p.36-40
◎人は磁石の如くなれ
青淵先生
往昔と違つて社会万般の事が総て秩序立つて来た現今の時代では、少し大きな事を云ふとヤレ空想だの、夢だのと貶して了うものがある。成程五尺の体軀で八尺上のものを獲やうとするやうな、到底出来ない相談のことを企てるのは真に馬鹿らしい空想でもあり夢でもある。けれど男一人此世に生れた以上は、其体力の及ぶ限り、其能力の働く限り、其事情のゆるす限り、出来るだけ多くの大きな仕事をするに何の差支があるか。自分の為めにも社会の為めにもより大なる事蹟を遺さうと企てるのが、我が本来の志としなければならぬ。とても私のやうなものは駄目だとか、初めから「蟹は其甲に似せて穴を掘る」とか、消極的に悲観して居るやうな青年は話にならぬ。青雲の志を懐いて登竜の門を望むとは、往昔の漢学書生の常套語であつたが、今の青年もやはり此志気がなくてはいかぬ。秩序は立つたもの〻今の世は往昔と違つて階級制度と云ふ変なものもとれ、其器量次第では百姓の子も廟堂に起つて経綸を行うことが出来るのだから、つまらぬ遠慮はいらぬ事だ、功名利達は青年の夢でない、益〻大なる抱負を以て勇往邁進すべきである。
種々身分を頼みに来る人の中に、何でもよいから使つて下さいと云つて来る者がある。乞食か老人ならともかく血気盛な青年でこんな事を云ふやうな腰抜けは駄目だ。大なり小なり、人には主義がなくてはならぬ。まして自分が何かしやうと云ふのに、チヤンとした主義もなく方針もない人間が何になる。そんな事を云ふのは自己の人格を卑める話で、自重心のない事夥しと云ふべきだ。既に自分を軽して居るやうな人に、何が託されやうか。「私は何処の学校を出ました専攻した学問は何々ですが、特に何学は得意です」とか、「今までこんな仕事をやつて居て大分熟練して居ます」とか告げて、さて「どんな方面が適して居ますか御相談を願ひます」と云ふのなら穏当だが、仕事をするのに何でもよいと云ふ法はない。先輩の処へ頼みに行く前には、先づ自分の方針を决めるのが先决問題だ。
然し中には無暗に主義方針をふりまはして、乃公ほど豪いものはないやうに云つて来る人もある。青年の元気としては頗る愛すべきであるが、物には秩序があり事には順序がある。将来はどんな人物になるかわからぬが、何と云つたつて実地を蹈まない以上は経験がつまぬ。いくら学識があらうが才略があらうが経験がなければとても此複雑な世事を処理する事は出来ない。処理する事が出来ないとすれば、初めから其主義方針を通させるわけにはゆかない。夫も戦国乱世の時代なら其元気に信頼して、冒険的に僥倖を待つ事もあらうが、治国平静の時代に有つては、如何なる俊才も初めから大に用ゐるわけにはゆかぬ。「俺はこう云ふ事が出来る」「俺の手腕は何々に適する」と云ふやうな自信は大に在つてほしいが、気位ばかり高い似而非大公望は少くとも現代には不適当だ。
また青年の内には、大に仕事したいが頼みに行く人がないとか、引いて呉れる人がないとか見て呉れる人がないとか嘆つ者がある。なるほど如何なる俊傑でも、其才気胆略を見出す先輩なり世間なりがなかつたなら其腕を施すによしない事だ。ソコで早く有力な先輩に知己を持つとか、親類に有力な人があるとか云ふ青年は、其器量を認められる機会が多いから比較的僥倖かも知れぬ。けれども夫は普通以下の人の話で、若し其人に立派な腕があり、優れた頭があれば例令早くから有力な知己親類がなくても、世間が閑却しては居ない。由来現今の世の中には人が多い。官途にも会社にも乃至銀行にも頗る人が余つて居る位だ。然し先輩が是ならと云つて安心して任せられる人物は少ない。だから何処でも優良な人物ならいくらでも欲しがつて居る。かく御膳立てをして待つて居るのだが、之を食べるか否かは箸をとる人の如何に在るので、御馳走の献立をした上に夫を養つてやる程先輩や世の中と云ふものは暇でない。彼の木下藤吉郎は匹夫から起つて関白と云ふ大きな御馳走を食べた。けれど彼は信長に養つて貰つたのではない。自分で箸をとつて食べたのである。何か一仕事しやうとするものは、自分で箸をとらなければ駄目だ。
誰が仕事を与へるにしても、経験のない若い人に初めから重い仕事を授けるものではない。藤吉郎の大人物を以てしても初めて信長に仕へた時は、草履取りと云ふつまらぬ仕事をさせられた、乃公は高等の教育を受けたのに、小僧同様に算盤を弾じかせたり、帳面をつけさせたりするのは馬鹿々々しい。先輩なんて云ふものは人物経済を知らぬものだなどと不平を云ふ人もあるが、是は尤ものやうで而も尤もでない。成程一廉の人につまらぬ仕事をさせるのは、人物経済の上から見て頗る不利益な話だが、先輩が此不利益を敢てする意趣には其処に大なる理由がある。决して馬鹿にした仕向けではない。其理由は暫く先輩の意中に任せて、青年はた〻゙ 其与へられた仕事を専念にやつて行かなけれだ[ば]ならぬ。
其与へられた仕事に不平を鳴して往つてしまふ人は勿論駄目だが、つまらぬ仕事だと軽蔑して力を入れぬ人も亦駄目だ凡そどんな些細な仕事でも、夫は大きな仕事の一小部分で、是が満足に出来なければ遂に結末がつかぬ事になる。時計の小さい輪が怠けて働かなかつたら大きな針が息まなければならぬやうに、何百万円の銀行でも厘銭の計算が違うと其日の帳尻が附かぬものだ。若い内には気が大きくて、小さい事を見ると何のこれしきなと軽蔑する癖があるが、夫が其時限りで済むものならまだしも、後日の大問題を惹起する事がないとも限られぬ。よし後日の大問題にならぬ迄も、小事を粗末にするやうな粗大な人では所詮大事を成功させる事は出来ない。水戸の光圀公が壁書の中に「小なる事は分別せよ大なる事に驚くべからず」と認めておかれたが、ひとり商業と云はず軍略と云はず何事にも此考でなくてはならぬ。
昔の語に「千里の道も跬歩よりす」と云つてある。例令自分はもつと大きな事をする人間だと自信して居ても、其大きな事は片々たる小さな事の集積したものであるから、どんな塲合をも軽蔑することなく、勤勉に忠実に誠意をこめて其一事を最も完全に仕遂げやうとしなければならぬ。秀吉が信長から重用された径路も正に之であつた。草履取りの時は草履取りの仕事を大事につとめ、一部の兵を托された時は一部将の任を完全にして居たから、其処に信長が感服して遂に破格の抜摘を受け、柴田や丹羽と肩を並べる身分になつたのだ。若し秀吉が乃公は天下の権をとる人物だと自恃して、草履をスツポカしておいたり、兵卒の調練を怠けて居たら、あれほど早く都合よく大手腕を示す機会に投じなかつたかも知れない。受附可なり帳附可なり、与へられた仕事に其時の全生命をかけて真面目にやり得ぬ者は、所詮功名利達の運を開く事は出来ない。
世の中には報酬の多寡で骨の折方を参酌するものがある。勿論労働に対する報酬と云ふ事は経済上の原則であつて、自分の労働に対して報酬を要求するのは立派な権利に相違ない。然し夫は傭主の側の心得にして、働く者は余り云はぬやうにしたい。そう云ふと先輩は自分勝手なことを説くと云ふかも知れぬが、其労を認めない傭主の塲合は格別、報酬の多寡や手当の心附は先方に任せて、こちらは一心に其仕事を仕遂げるのだ。月給が少ないから是だけしか働かぬとか、賞与を呉れぬから動かぬと云ふのは。報酬には忠であらうが仕事には誠意を欠いた話だ。商買をしても、其通りで是は儲けが少ないからよい加減にして置くと云はずに、利の少いものなら骨を折つて数をますことにつとめ、月給取りなら傭主が加俸をしなければならぬやうに正心誠意で働かなくてはならぬ。
何をしても初めはどうか御眷顧を願ふと頼むで行かなければならぬが、段々重要な任務を託されたり、仕事の手が拡がつて行くのは、最早先方の慈恵ではない。自分の手腕が認められるから先方も安心して託しもするし、是非君でなくてはならぬと頼むで来る。世間の先輩で種々の仕事に手を出して居る人は、何れも無能者流ではない。一廉の手腕があると認められるから。是もやれ彼もやれと持つて来られるのだ。商買をしても其通りで、いくら売出しに多数の楽隊を頼んで賑かしたり、広告を破天荒にやつて注意を牽いたりしても、商品が悪かつたり客の取扱ひがよくなければ、何で繁昌しやうぞ。商品もよく客の便利も図り、正直に誠意を以て店を張れば、何時もお客は店頭に集まつて来て、夫から夫へと註文が殖へて行く。だから「桃李もの云はず下自ら蹊をなす」で、大に成功しやうとするものは、先づ其要素たる自己を培ひ肥す工夫をしなければならぬ。
尤もいくら自分ばかり培ひ肥して居ても、時には其能力を発見される機会に投じない事がある。張良も黄石公に遇はなかつたら、彼の三巻の兵法を伝へられる術がなかつた。だから一面には自己の要素を作ると共に、他面には大に伯楽を吸ひつける力も養はなくてはならぬ。たゞ他人の吸ひつけて呉れるのを待つ鉄片でなく、大に此方から吸ひつける程の磁石にならなくてはいかぬ。夫も要は自己の実行実働にある。実行実働の青年なら、仕事がなくて困るなど〻云ふ事なくして成功しない事はない。
(雑誌向上掲載)