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『竜門雑誌』第316号(竜門社, 1914.09)p.16-21

演説及談話

◎支那漫遊所観

青淵先生

本篇は青淵先生が「太陽」記者の訪問に対し語られたるものにて八月一日発行の同誌上に掲載せるものなり前号及前々号の支那視察談と又其趣きを異にする所あるを以て茲に之を掲載するの栄を荷ふ (編者識)

一 利権問題の将来

(イ)列強の経済的見地

 支那に於ける欧米列国の利権獲得運動は頗る猛烈を極め、従つて他国の一挙一動に就て注目監視懈らざるのみか、動もすれば猜疑の眼を以て之を観んとするの風あり、今次余が支那に漫遊するに方りても其の真意が利権の獲得にあるかを疑ひ「ノース、チヤイナ、デーリー、ニユース」の如き、或は本邦外字新聞「アドヴアー、タイザー」の如き斯の言をなし、又両三ケ月前倫敦「タイムス」も亦同じく日本の支那関係事業につき云為せり。英国は穏和なる国、倫敦「タイムス」は特に穏健を以て聞えたる大新聞なるに拘らず、猶支那に於ける我国の行動に神経を過敏ならしめたる如き、又以て支那に於ける利権問題が如何に紛糾せる一個の国際的問題となれるかを推知するに足らむ。

 支那に於て欧米各国が活動せる実際の状態を見るに、独逸は膠州湾青島を根拠として啻に其租借地の経営に努むるに止まらず、租借地以外にも活動の手を延ばして種々の計画をなし、又米国は曩に六国借欵よりせるも、此脱退たる支那に対する関係を全然断絶せんとするが為めにはあらで、新らたに新活躍の余地を求めんとする前提に過ぎずとせられしが、果せる哉最近に至り陜西省の石油事業に一指を染めんとし、支那にとりては前国務総長熊希齢氏之に関係し、巨額なる資本金に「ウオター、ストツク」をも加へて大会社を起さんとせり。蓋し陜西省の石油事業は我中日実業会社に於ても夙に之に着眼し、昨冬調査を為して支那官憲に交渉を試みたる由なるが、突然当春米国の一事業として現はれたものなり。又仏蘭西は中法銀行を起し、追つては支那中央銀行たらしめんとする計画なりと伝へられ、白耳義は露国の名義の下に鉄道事業に資金を放下し、英国が長江流域を其勢力範囲となし、大活動を為せるは、人の知悉せる所にして、長江航行の汽船会社には大估洋行、怡和洋行等あり、陸上の運輸には京漢線を其掌中に収め、又天津より浦口に到り長江に接する支那南北貫通大幹線所謂津浦鉄道の南半部を其経営の下に置けり。其他港湾、陸上諸設備等に至りては一々之を数ふるに遑あらず。

 以上は是れ余が今次実地に就き親しく見聞せる一二を挙げたるに過ぎず、此外に上記諸国の支那内地に放資若くは経営せる鉄道其他種々の事業枚挙に遑あらず[、]故に現勢より推測したらんには利権問題の将来が如何に国際的に紛糾し、如何に各国共に之が経営に競争すべきかは自から明瞭なるべく茲に予が喋喋を待たざるべし。

 次に政治上の影響につき述べんに各国の利権争奪、支那関係事業経営につきては之が背後に政治上の力を待つべきは勿論にして、各国は支那の政治状態の平穏ならんことを希望し、何人が統治の任に当るを論ぜず凡て動乱なく静謐の永続して経済界の攪乱さる〻なきを熱望するは又言を俟たざる所なり。

(ロ)支那将来の見地より見たる対策

 支那が天賦の富源に充ち、無尽の宝庫を擁せるは言を用ゆるまでもなく、欧米各国の相争ひて利権獲得に熱中せる一事を以ても、之を推知するに難からず、而して一方には支那人間に利権回収熱亦熾なり。然らば支那は将来各国より要求する利権を峻拒し、之を禁遏するを以て国家の利益となすか、将た各国の請求するま〻に彼等に利権を与ふべきか此対策如何にして可ならむ歟。

 近世の文明的産業組織未だ十分に発達せず、開拓の余地頗る多き支那に於て其宝庫を開かんとするには、勢ひ自国に欠乏せる資本と近世的殖産の知識を輸入せざるべからざること勿論なれば、偏狭なる思想に捕はれ之を拒絶するは策の当を得たるものに非ず、さればとて各国の請求するがま〻に一々其言を容れ利権を彼等に許さんか、殆んど際限なかるべく孟子の所謂交〻利を征して国危く、奪はずんば饜かずと云ふことにも立ち到らん。然らば如何に之を処すべきか、即ち与へざるも不可、与ふるも不可にして、要するに与ふべきは与へ与ふべからざるは与へざるを宜しとす。之を事物に付き分類して一々例証を挙ぐるは困難なるも国家の事業として飽くまでも保持せざるべからざるは断乎として拒絶し、自ら其経営に当るべく、然らざるものは惜む所なく外国の要求に応じ資本と知識とを入れて、其富源の開発に資すべきなり。是れ一挙両得にして、自国をも利し併せて他国をも利し而かも其半面何等の損傷を被むらざるべし。之を要するに許すべく、許すべからざるかの選択宜しきを得るにあり。

(ハ)日本の対策

 今次余の渡支するや、先づ上海にて海関総税務司アグレン氏に面会せるに、氏も亦余の渡支を利権獲得にあるやに誤解せるもの〻如く、利権獲得につき云為したるを以て、余は笑て之に対へて言ふに[、]日本が支那に於て、盛んに利権の獲得を争ふ時期に達すれば幸なるを以てせり。今日支那に於て各国が利権の獲得に熱中し、各〻他を見ること己が如く、余が渡支に方りても直ちに猜疑の眼を以て見張り、其目的を利権の獲得にありと邪推せるは独り氏のみに止まらず新聞紙上に現はる〻所に徴しても明瞭なるが、事実に於て果して我国は支那内地に於て如何なる活動をなし又如何なる大事業に着手せるか、個人の商業は別とし大組織にて支那事業に関係せるは誠に寥々たるものにて、南満洲地方は暫く別問題とし北京以南中部支那に於ては僅に大冶の鉄山、漢陽の鉄廠所謂漢冶萍の事業に関係あるに過ぎず。これとても実際我枝光製鉄所の原料を之に仰がざれば他に途なく全く已むを得ざるに出でたるものにして此外には日清汽船会社の長江航行に従事せるに過ざるなり。而して是等の事業は諸外国の利権問題とは全然其趣を異にし、政治的色彩を離れたる純然たる経済関係にあるものなり。其他には近来江西鉄道の借欵に関係せるに止まり、諸外国の活躍せるに比しては実に見るべきものなしと謂ふべきなり。然れども将来は我国に於ても支那内地の事業に益〻密接なる関係を着けざるべからざるは勿論なるも夫とても従来の如く純然たる経済的関係の下に自国の利益を計ると共に支那をも利益する策に出でざるべからざるものと信ず。

二 長江に於ける日英の利害は衝突すべきや

 独り長江と云はず、何れの塲所を問はず自利のみを主張して他の利益を眼中に置かざるに於ては自他の利害相衝突するは勢の免れざる所なり。然れども各〻其守る所を守り相犯さ〻゙ るに於ては互に衝突する懸念なく克く平和を維持して併立するを得べし。長江流域は昔時より英国の権力圏とせられたる所にて、英国の獲得したる利権も大に又英人の施設せる事業も目覚しきものありと雖も、夫の長江筋は大区域なり[、]英人の着手せる以外に他に遺利なきにあらず、又英国に於て必ずしも此大地方の経済的百般の事業を一手に独占せざるべからざる理由もなかるべし、又縦令其理由ありとするも、之に蒞みなば猶手に余る所あるべければ、其力の及ばざる所は宜しく他国に譲るも為に何等の痛痒を感ぜざるべきなり。况んや日英同盟国の関係あり[、]国交親善なれば長江の利権に関しても共に手を携へ己れ欲せざる所を人に施さ〻゙ る主義にて進むに於ては互に活動の範囲は十分に存して毫も利益の衝突を来さ〻゙ るものと信ず。

三 日支間真個提携の実を挙ぐる方策

 日支間は同文同種の関係あり、国の隣接せる位地よりするも、将た古来よりの歴史よりいふも、又思想、風俗、趣味の共通せる点あるに徴するも相提携せざるべからざる国柄なり[、]然らば奈何して提携の実を挙ぐべきか、其方策他なし、人情を理解し、己の欲せざる所は之は人に施さず、所謂相愛忠恕の道を以て相交はるにあり、即ち其方策は論語の一章に在りと謂ふを得べし。

 商業の真個の目的が有無相通じ、自他相利するにある如く、殖利生産事業も道徳と随伴して初めて真正の目的を達するものなりとは余の平素の持論にして、我国が支那の事業に関係するに際しても忠恕の念を以て之に蒞み、自国の利益を図るは勿論ながら併せて支那をも利益する方法に出づるに於ては日支間に真個提携の実を挙ぐること決して難しとなさ〻゙ るなり。

 之に就き先づ試みるべきは開拓事業にて、支那の富源を拓き天与の宝庫を展開して其国富を増進せしむるにあり。而して経営の方法は両国民の共同出資に依る合弁事業となすを最良法とす。独り開拓事業に止まらず其他の事業に於て亦其組織は日支合弁事業となすべく、斯くするに於ては日支間に緊密なる経済的連鎖を生じ、従て両国間に真個の提携を為し得べきなり。余の関係せる中日実業会社は此意味に於て発起設立せられたるものにて、其成功を期せんとする所以亦此に存す。

四 史籍上にて観察せる支那と実際に視察せる支那及支那人

 余が史籍を通じて尊敬し居る支那は、主として唐虞三代より後きも殷周時代にして、当時は支那の文化最も発達し、光彩陸離たる時代なり。但し科学的知識に至りては当時の史籍に掲げられたる天文の記事の如き今日の学理に合せずと言はれども百事を現在の支那に比較して、今日の昔時に及ばざる感あるは当然のことなるべし、其後西東漢、六朝、唐、五代、宋、元、明、清に及び所謂二十一史にて通覧せる所に依るも、各朝に大人物輩出せるは言はずもがな、秦に万里の長城あり、隋に煬帝の大運河あり、当時是等大事業の目的が何辺に存せしかは暫く措き、其規模の宏大なる、到底今日の企て及ばざる所なり、されば唐虞三代より殷周時代の絢爛たる文華を史籍に依りて窺ひこれが想像を逞うして、今次支那の地を踏み実際に就き民情を察するに及び、恰も精緻巧妙を極めたる絵画によりて美人を想像し、実物に就き親しく之を見るに方り始めて其想像に及ばざるの恨を懐くと等しく、初め想像の高かりし丈け失望の度も深く、逆施倒行とも言ふべきか余をして儒教の本塲たる支那の到る処にて屡〻論語を講ずるの奇観を呈せしめたり。

 就中余の感をひきしは、支那に於て上流社会あり[、]下層社会あるに拘らず其中間に国家の中堅をなす中流社会の存在せざること〻、識見人格共に卓越せる人物少なしとせざるも、国民全体として観察するに個人主義利己主義発達して、国家的観念に乏しく、真個国家を憂ふるの心に欠けたることにて、一国中に中流社会の存せざると、国民全般に国家的観念に乏しきとは、支那現今の大欠点なりといふべし。

五 経済界の将来

 支那経済界の将来如何との問に対しては、先般外交総長孫宝琦氏に答へたるものを移して之を用ふるを得べし、即ち孫氏は余が北京を辞する前日特に駕を枉げ、余が旅宿を訪ひて言へるに、中日実業公司の目的が自他相利する純然たる経済関係にして政治的野心の之に加はらざるは貴兄の説明により十分に了解するを得たり、思ふに他の同僚等にありても亦同様に疑念氷解したらんと察せらる。然れども之れ一会社のことにして支那全般に対してにはあらず、冀くば支那全般に対する将来の方針に付き意見を聞きたしとのことなりしかば、余は之に対へ、全般に亘るものとしては政治より財政経済に及ばざるべからざるも政治に関しては全く局外者たるのみならず、亦自から之に与かるを欲せざれば従て之を言ふを好まず、已むを得ずんば財政経済に関することを述べむも余は実行の伴はざる空論を為するを常に避けたるが、支那現状より推察するに、恐らく余の言の実行を見るは近きにあらざるべしと答へたり。然るに孫氏は財政経済に関する意見のみにて可なりとし、且つ自己の参考に資すべしとのことなりしを以て、余は氏の請ひに応じ次の言をなせり。

 支那の財政経済の将来に関し、茲に最も重要にして最も意を用ゆべき三箇の点あり。第一に農商工其他百般の経済の発達は財政の整備と相待たざる可らず、財政にして紊乱するあらんか、経済界が如何に勉励して発展せんとするも得べからざるは恰も身に於ける脳と胃との関係の如し。胃の健全を保たんと欲せば先づ脳の健全を期せざるべからず、脳に故障ありて独り胃の強健なるを望むも得べからず、然るに余が目撃する所に依れば紙幣は濫発され、各種の貨幣は市塲に横濫して幣制に統一なし、即ち支那の幣制は紊乱せるなり、故に先づ第一に幣制の統一を計らざる可らず。第二には中央銀行の制度なり、日本に於ては明治五年初めて銀行制度を設け、初めは専ら米国の国立銀行の法制に傚ひしも、後に至り英国制度を採り、仏独墺諸国の制度にも鑑み、各国制度の美点を摂取して其制度を一定し年々改良進歩をなせるが、支那に於ても亦銀行制度を完備し金融の統一を計るは将来に於ける経済界発展のため最大急務なりと信ず。第三に財政上収支の適合なり、支那財政の現状を見るに国庫の収支は歳入を以て歳出を補ふに足らず、諸外国よりの借欵は其目的主として財政の運用にありて、借欵を歳入の一財源とし之に依りて国家の要費を維持せる如きは実に危険千万にて最も策の宜しきを得たるものにあらざれぼ[ば]向後断然之を改め国庫の収支適合には特に意を注ぎ借欵支弁に依らずして政費を支弁するの策を講究せざるべからず。

 以上の三点は焦眉の急務にして実に国家安危の繫る処といふべし若し此事にして改善せざるに於ては支那経済界の発展は期し難かるべし。