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『竜門雑誌』第294号(竜門社, 1912.11)p.13-15
◎対米所感
青淵先生
本篇は桑港にて発行する雑誌「新世界」の需めに応じ特に青淵先生が寄贈せられたる論文にして同雑誌紀念号に掲載せるものなり
(編者識)
世界文明の進歩に伴ひ人智を以て天然の抗抵を征服し海にも陸にも種々交通の利便を加へて其距離を短縮するは実に驚くに堪へたり、支那に於ては往昔天円地方と称して地を方形の物と思惟し自国以外殆ど他国の存在を認めざりき我国とても当初は斯かる偏狭なる見解に依りて誘導啓発せられしを以て日本以外の国と云へば直に唐天竺を聯想するのみにして更に世界の何物たるを知らず五大洲の存在抔に至ては夢想尚且つ及ばざりしなり、現に余の幼時に聞ける童話中翼長左右三千里の大鵬にして尚且つ世界の果を見る能はざりしを説けるものありき。
夫れ然り世界の広大無辺にして人智の容易に之を究むる能はざりしは古来右に述ぶるが如くなりしに文明の進歩と共に交通機関発達して地球の面積漸次减縮せられ最近半世紀間に於て殆ど隔世の感なきを得ず、顧れば千八百六十七年那波翁第三世在位の時に当り仏国巴里に世界大博覧会の開かるるに際し我徳川幕府よりは将軍の親弟徳川民部大輔を特命使節として差遣せられ余は随行員の一人として渡欧せり。
当時一行横浜より仏国郵船に乗り印度洋及紅海を経て蘇西地峡に到りしに仏国人レセップ氏の経営に係る同所開鑿の一大工事は、既に着手せられしも未だ成らず為に一行は船を棄て〻地峡に上り鉄道に依りて埃及を横断しカイロを経てアレキサンドリヤに出て再び乗船して地中海を航し横浜出帆以来五十五日にして初めて仏国マルセーユに到着せり、斯くて翌年冬期帰途又蘇西地峡を過ぎりしも尚未だ運河工事の竣成を見ざりき。
其後(千八百二十九年[千八百六十九年]十一月)該運河開通して諸国艦船の通航を許すや欧亜の交通に一生面を開き両者間の貿易に航海に軍事に外交に一大変革を来たせり、之と同時に各国艦船は爾来益々其形体を大にし其速力を加へたるを以て太西洋は言を竢たす太平洋の面積も亦漸く减縮し更に進んで西伯利亜横断鉄道の竣工するありて欧亜の交通東西の聯絡爰に一新紀元を開き四海比隣の実漸くにして挙がらんとせり。
然るに爰に遺憾なりしは米大陸が其の半腹に帯の如き一地峡の存ずるに由り地勢為めに蜿蜒長蛇の如く南北に走りて徒に太西太平両海洋聯絡を遮断することにてありき、而して此の障壁の除却に就いてはレセツプ氏以下何れも多大の辛酸を甞め不幸にして比々失敗し去りたりしに思ひきや我東隣友邦の雄大なる経営に依りて遂に巴奈馬地峡開鑿の一大工事竣成し両洋の水乃ち相通し東西の半球全く比隣と化し去らんとす東洋の諺に命長ければ恥多しと云ふも輓近五十年間に於る世界交通の発達と海陸面積の减縮斯の如く顕著にして前後殆ど別乾坤の観あるを思へば身昭代に生じたる余慶として長寿寧ろ幸福なりしを喜ばずんばあらず。
巴奈馬運河の開通今や目睫の間にあり而して開通後之れが世界万国の交通東西両洋の聯絡に如何なる影響を与ふるやは深く研究するを要すべしと雖も余は当業者にあらざるを以て今茲に貨物の運輸旅客の通過に関して具体的に予想を述ぶる能はず只此一大水路の開通により万国の商業地図に莫大の変革を来すべきを信ずるなり就中最も痛切に之れが影響を感受すべきは米国を除けば我国を措て他にある可らず、故に本邦人は自家将来の経営に就き此際特に綿密なる考慮を加ふるを要す。
顧れば日米両国の緝睦は年と共に益々固く貿易の関係又愈々良好なり殊に米国は日本貨物の最大顧客なるを以て其の関係の益々拡張するを企望するも古来片貿易は决して繁栄せず又永続するものに非らざるを以て我又米貨の輸入を盛んならしめ以て利益の共通を計らざる可らず幸にして近年這般の趨勢頗る順潮に進みつ〻あるに際し爰に巴奈馬運河の開通せんとするに会す吾人は此機会に乗じて新たに興すべき貿易の種類を熱心に研究せざるべからず而して余は必らずや其人に乏しからざるを期待し深く当業者の注意を喚起せんと欲す。
惟ふに日米の国交は堅牢なること磐石の如くなるを以て余は聊かも之を憂へざるなり只窃に遺憾とするは太平洋沿岸に於ける一部労働者の日本人排斥運動なり数年来の実験に徴すれば此の運動たる或は学童放校問題となり若しくは土地所有禁止法案となるも就いて排斥の理由を糺せば外来の日本人が彼地に於て米国の習俗に同化せず能く其の隣保に親近せざるためなりと称せらる蓋し文物典章燦爛たる先進国に在りて自由平等博愛の国風に誇る人民が廿世紀の今日尚且つ異人種として他国人を排斥するは余の固より首肯し難き所なるも然ればとて他人の国に居住して其地の習俗に同化せず隣保に親和せず同郷同種相集団して別に一敵国を構成するの姿あるも决して善事にあらざるなり故に此等の弊は毎に之を矯め之を除き以て両者の調和と親善とを計らざる可らず是れ識者の共に念とすべき所にして而かも今回巴奈馬運河開通して我対岸桑港に於て之れが紀念として万国大博覧会の開設せられんとするが如きは絶好無二の機会たらずんばあらず。
最後に更に一言すべきは巴奈馬運河通航料問題なり余今茲に之を条約又は法律上より論せんとするものにあらず単に英米両国に対して深厚なる同情を表するものとして忌憚なく之を直言すれば飽迄も米国をして其の有終の美を済さしめんことを企望して已まざるなり顧ふに仏国人は蘇西地峡開鑿の経験と鉅万の富とを傾注し刻苦励精尚ほ巴峡開鑿の業を遂ぐる能はざりしも米国其の後を受け無限の資金と精巧なる技術と絶大の精力とを以て能く天工を奪ふて此の難工事を竣はり広く世界人類の幸福を進めて遠く千秋に其の偉蹟を遺さんとす其鴻業天下何人か感孚推戴せざらんや然るに其功成るに垂ん〳〵として通航船舶の待遇に於て遽に自他を区別し内外に差等を設け以て世界共通万民一致の福利を阻むことあらば是れ実に九仭の功を一簣に欠くものに非らずして何ぞや余は米国人の思を茲に致して其の大功と美名とを双つながら全ふするに至らんことを信ぜんと欲す。