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『竜門雑誌』第336号(竜門社, 1916.05)p.30-43

説話

◎銀行倶楽部新年晩餐会に於て

青淵先生

本篇は本年一月二十五日午後六時より帝国ホテルに於て開会せる銀行倶楽部晩餐会に於ける青淵先生の米国旅行談なりとす(編者識)

 会長、会員諸君、今夕は私もお招を戴いた方の一人ださうでございます、いつも主人の位置に立つことを寧ろ職分とし、且又光栄と致して居りますのでありますが、更に今夕は賓客として此席に参列することを得ましたのを感謝致します、新年早々の晩餐会に斯の如く多数のお集りは、半分主人たる私の最も喜ばしく諸君にお目に懸つて愉快を感じます所であります。

 唯今委員長から亜米利加の旅行をしたに就て、現在日本の銀行者の、将来に大に注意すべき点があるか、何か亜米利加の観察上から多少土産になることがある[あり]はせぬか、既に出立の前にも送別をしやうと思つたが、日の短い為めに其処に至らなかつた、幸に此新年宴会とも云ふべき倶楽部の晩餐会に来会し得られたのを喜ぶのである、旅行に感じたことを腹蔵なく茲に陳述するやうにと云ふお求は、御尤と心得ますが、唯如何せん折角帰朝歓迎の意味を以て、此席にお招を戴いても、申上げます好い土産話のないのを深く耻入るのでございます。昨年十月出立して一月四日に帰つた所の旅行でございますから、殊に見聞の少い私が、大なる期待は勿論なかつたのでありますが、殊更に少し西部、即加州のことに就て多少の時日を費しましたし、紐育では四五日居りましたけれども、或は此――東西通信社と云ふのがございます、やはり日本人の彼の地で組立つて居るもので、是等に就て幾分奔走もしなければならぬ用事があるとか、或は此処にも面会をする、彼処にも訪問をすると云ふやうなことで、何等取調べるとか聴合せるとか云ふ暇もなし、旁々以て唯評判に欧羅巴の戦争が、初めは大変に亜米利加に悪影響を及ぼし、殊に有価証券の如き最も悪しき影響を受けて、一時商業沈衰に赴いたけれども、それは暫時の現象で、爾来駸々と総ての事物に好い影響を与へて居る、鉄も沢山売れる、農産物も沢山売れる、工芸品も沢山売れる、従来は債務国たらざるを得ぬ亜米利加が、業に既に債権国に変化しやうと云ふまでに進歩しつ〻ある際に、今申すやうな有様が生じた為めに、殆ど今日は一転して債権国たる資格を持つと云ふ如き有様に、金融界では、申し居るやうに聞込みましてございます、唯斯の如き漠然たる御話では、何等諸君の御参考にもなりませぬが、甚が[甚だ]細かいことは聞き得ませぬで、左様な駸々と進む有様が、殆ど旭の昇るやうに見受けらる〻、紐育市の繁昌は此前参つたときは、一覧してもちよつと変る位に見受けたのは蓋し其内実の有様が外部に現はる〻のかと思ひます[、]殆ど申上る廉々に好い意見は持つて居りませぬけれども、二三思ひ居りますことを茲に陳上致して、或は御参考とまで申し得られぬか知らぬが、愚見は斯様であると云ふことの御聴置を乞ひたうございます[。]

 第一は此亜米利加の銀行制度でございます、御承知の通に千八百六十年に不換紙幣に対し兌換法を立てたいと云ふのが、国立銀行制度の始めであつて、其仕組は丁度明治三年に故伊藤公爵が亜米利加で見て[、]先づ之に依つて日本の銀行制度を造つたら宜からうと云うて、其規則を取調べて持つて戻られた、当時は私共大蔵省に居りまして、いかさま兌換制度を布くには、是等の法が宜しからうと、大に伊藤公の注意に賛同を表し、其時の大蔵省の専任地位には井上侯爵がお出になりました、井上侯爵が是非之を採用して、国立銀行制度を布かうではないかと云ふので遂に明治五年に此制度を布かれて、先づ我日本の銀行の成立がそれからである、故に今日は豹変して亜米利加と大に仕組が変りましたけれども、併し此百五十六の国立銀行は、即ち亜米利加の組織を移入して来たと云ふことは事実でございます、故に斯く申す私などは、其方から申せば最も古い一番弟子と云うても宜い方である、諸君の中にも大分国立銀行から変化なすつた方々が数あらうと思ひます、此銀行が現在如何なる有様であるか、御互の先づ師匠と申すべき、亜米利加の金融界の基礎たる銀行制度の成行に就ては、大に注目に値ひするものがあるだらうと思ひます、爾来亜米利加は全く地方分権制度で、国立銀行、又然らざるも「トラストコンパニー」と云ふもので、金融界を維持して居られるのです、其仕組がどの点に欠点があり、どの点が不完全であると云ふことまで、茲に明瞭に申上ぐる程の、私は識見もなし、知識もございませぬけれども、蓋し此中心力のないと云ふことは金融界には最も困る為めに、亜米利加の彼の富も進み、事業も繁盛の国であるにも拘らず時としては少し恐慌と云ふやうな有様があると云うと、大に逼迫を来して困ると云ふのが爾来の実况でございます、之を以て頻に是に中心力を附けたいと云ふことを論じますけれども、国の風習として中央集権と云ふものはどうしてもいかぬと云ふので、論じては仆れ言うては行はれずして、久しく経過したもので、丁度四十二年に私が亜米利加に参つたときに市俄古で銀行者が打寄つて、私が日本の銀行者であるからと云ふので、丁度日本で謂ふ銀行倶楽部のやうな所に、二十行ばかりの人々から午餐会に招がれました、其時に少し出過ぎた申分ではありましたけれども、今の中心力のないと云ふ亜米利加の制度は、或はそれで差支ないと諸君は思召すか知らぬが、日本は唯国立銀行組織ばかりではいかぬと云ふので経済に老けた政治家が、十年経つた即ち明治十五年に、中央銀行制度を開いた、故にお師匠さんのお手本を習いつ〻師匠と変つた有様に今はなつて居る、取引の数に於ては少ないけれども、金融調和の上に於ては、或は弟子が師匠に優つた点が、果して無いでもなからうと思ふと云ふやうな少し挑発的のことを申しまして、併し亜米利加の人々の智恵の優れて居る所で、斯る制度も尚且つ面倒なくやれると云ふならば、是は実に世界に優越せる国民と賞讃し得られるものであらうと多少揶揄的に申しましたが、どうもさう云ふ嫌味なことを云ふて呉れては困る、実際市俄古あたりでは大変困つて居る、何とかせにやならぬと吾々も始終論じて居るのだ、何れ何とかなると思ふ、日本は其処に至ると実に美[羨]しく感ずると云ふことを申して居りました、是は七年前の話でありますが、今度参りましたら果してそれが事実になつて、此間交換所の寄合の時にも、ちとつと[ちよつと]銀行倶楽部で其事を申上げました、一部の方々にはお聴き下されたらうと思ひますが、翻訳すると聯合凖備銀行と云ふ文字になるさうです、此聯合凖備銀行と云ふのは、一種の中央力を立てるやうにしやうとした所が、殊に民主党は之を嫌ひ、さうなると或は利益があるだらうけれども、又其弊害や実に測り知るべからず、故に先づ中央集権を余り著しくさせぬ度合に於て、中心力を持たせるやうにしたい、それには相当の方法がある、即ち其方法と云ふものは、華盛頓の大蔵省に一の中央局と云ふものを置いて、是は制度上を掌る塲所である、そこで実務に関しては紐育を初めとして、十二の都市に、詰り中央的銀行を組織して、其銀行は各国立銀行が資本を出して、銀行から銀行を造つて其銀行者が造られた銀行は、各銀行に対する金融の基礎になつて、其地方々々の有無過不足を相調和せしむる、而して其資金となるべき主なるものは、国立銀行の制度として、預金から二割五分を積んで置かなければならぬものを、一割八分に减じて、其七分は中央的銀行に預金に繰入れる、斯う云ふ趣向である、利益は資本に対して六分の配当をして、より以上の収益があつたら、国の収入に帰すると云ふやうになつて居ります、それには規則上種々なることがありますが、私もさう細かいことは記憶しませぬ、先づ大体さう云ふ趣向で十二の銀行が成立したのであります、又其成立に就て事実どんな働を為すかと云ふことを、或は市俄古[、]紐育、ボストン等で、実際に彼此と聴いて見たのでございますが、紐育に於ける「フエデラル、リザーヴ、バンク」即ち聯合凖備銀行の頭取のストロングと云ふ人は先づ此方法で相当なる調和が出来て行く、又中心力が保てると云ふ意味に答へて居ります、併し其前市俄古の第一国立銀行の副総裁のアノルドと云ふ人に聴きますと、どうも到底是では六ケ敷からうと思ふ、私が二三の疑点を言葉を設けて問うて見ました所が、もう其等の廉々は頗る懸念して居ります、其第三番目にお前が問うた廉に於ては、現在其弊を受けつ〻吾々は困つて居る、斯う申して居ります、其私の問うた廉々は至て単純な問であります、第一に十二の頭があつて、それを制度上から華盛頓で支配すると云ふのが、全く一の頭になり得るや否や、どうしても是は出来ぬことになつて、やはり十二の頭になりはしないかと思ふ、すると統一と云ふけれども是は統一ではなく統十二になると斯う思はれるが、事実如何、それから第二には其十二は一体になるべく組立てられたと云ふけれども一体になるべき十二でなくて、一を十二に別けた主義になりはしないか、主義はさうでないにしても、十二は十二であるから、其間には必ず扞格衝突を来すと云ふやうな事が生ずるに相違ないと思ふが、如何、それから第三には自分が資本を預けてある銀行が、一般に向つての経営を勝手にすると云ふことになつて居つて、况んや一方資本者に向つては、六分の利子で宜しい、他は国の歳入に帰する[、]さうして其首脳者は皆政府から命ずると云ふことになると、どうしても事実は我物ではなくなつてしまふ、資本は我が入れて居るけれども、仕事は我以外になるから、勢ひ其銀行と、資本者たる国立銀行とは競争を生ずることになるに相違ない、試に金融が緩慢であつたら、必ず自分の預けた資本に依つて、自分の得意先に対し、今の中央銀行が競争をして来ると云ふことは生ぜざるを得ぬやうに思ふが、若し之を生ぜぬと云ふならば、亜米利加人の道徳は、吾々の到底企て及ばぬ所であると云ふやうな問を懸けましたら、なか〳〵さう云ふ道徳はありはせぬ[、]現に今此点に就ては市俄古では頗る苦んで居るとアノルドは言ひました[、]紐育でストロングに問ひました時はアノルドに対する如き厳しい問を懸けなかつたものですから、まあどうか行けますと云ふことを言はれた、其後華盛頂[華盛頓]に参つて、丁度ブライアンの設けられた午餐会に招がれた際に、大蔵大臣たる名は忘れましたが、人がお出になつて、私が今の銀行制度に就て色々聞合せたことをブライアンが承知して居つたものと見えて、丁寧に一つ聴いて御覧なさいと注意されましたが、余り丁寧に尋ねる時間もありませなんだ、若しお前が求めらる〻ならば、中央局の総裁に紹介するからと云つて呉れましたが、もう其日の六時に立たなければならぬ、其前に茶会にも招かれて居り旁々時間がありませぬので、其話は聴かにず[ずに]過ぎました[、]亜米利加の銀行制度が一歩進んで中央的組織が出来か〻つた、其中央的組織は果して是で以て都合好く行くか、更に斉一変せば魯に至らん、魯一変せば道に至らんと云ふやうになるものか、或はあれで都合好く行くものか吾々能く注目致したいやうに思ひます、どうも其点に就ては、此倶楽部の会員が残らず申合せて、どう斯うすると云ふ訳には行きますまいけれども、御互に日本銀行横浜正金銀行などに充分な御注意を乞うて、是等の変化がどうなるかと云ふことは、必ずしも対岸の火ではなからうと思ひますから、丁寧に注意したいやうに考へます、之が調査を怠らぬやうにして、此進みは斯うなる、是は斯く改革するであらうと云ふことは、吾々早く知り得ることが利益であらうと思ひます、茲に諸君と共に早く知り得る工風の立たんことを希望致すのであります。

 更にもう一つの事は、段々前にも申す通り、今までの債務国が債権国になると云ふに就て、或は云ふ[、]殆ど金融の中心が亜米利加に移りはせぬか、さう云ふ説を為す人が亜米利加人にも間々ございます、故に亜米利加の中心力を持つ人が如何なる考を持つて居るかと思ひました為めに、「ナシヨナル、シチー、バンク」のヴアンデリツプと云ふ人に、丁度十二月四日に特に、午餐の席に招かれて、種々話を致しました、其話の続きに問うて見ました、どうも亜米利加の方々が申さば、金融市塲の中心に就て将来を期待するが、如く云うて居つたが業に既に其位地に達するとまで貴所などは思ひなさるかと云ふ問を発して見ました、此ヴアンデリツプは至つて慎重の態度を以て之に答へました、それは亜米利加の人々は随分突飛なことを云ふ質だから、左様な妄想を云ふかも知れぬが、なか〳〵に亜米利加が世界金融の决済地になる、倫敦の中心が紐育に移ると云ふことは、决して今は――今どころではない、将来も何時であるかと云ふことを断言し能はぬ位である[、]成程債務国が債権国になると云ふことは事実でありますが、决して中心力が移ると云ふことを想像するのは、抑々空想的申分である、私はさう云ふ考は持ちませぬと、斯う判然答へて居りました、或はヴアンデリツプが左様に云うても、大に早く進むと云ふ塲合があるかも知れませぬ、或は早合点と考へる人の説が、必ず間違つて居るとも言ひ兼るかもしれませぬ、是等もどう云ふ変化を惹起すか、どう云ふ有様に変つて行くかと云ふことは、今の中央銀行の働きのことを調査すると同時に、充分に注目すべき問題ではないかと思ひます、故に此点などに就ては、既に日本銀行には派出員もございまするし、正金銀行は立派な人を支店に出して居られますから、是等に依つて大抵観察は届くであらうと思ひます、更に其観察の仕方を、もう一歩進んで斯う云ふ風にしたら早く分るだらうとか、其分つたことは吾々同業者に早く知らせて貰ふことを求め置きましたら、或は幾分利益あることになりはしないかと思ふのでございます。

 もう一つ申上げたいと思ふのは、今の段々債務国が債権国になると云ふに就て、亜米利加の段々力の伸し方に就て〻゙ ございます、此事も昨晩既に総理大臣官舎で申し、其他にも話をしたことがありまず[す]が[、]現に此亜米利加の「インター、ナシヨナル、コーポレーレヨン[コーポレーシヨン]」と云ふものが、今申したヴアンデリツプを中心として紐育に組織せられた、是は近頃出来たてのホヤ〳〵である、而して其資本は五千万弗、但し五千万弗限の組立ではないと申して居りました、其申した趣意を茲に意訳的に申上げて見ますならば[、]追々此戦争の関係から、今申す通り亜米利加が債務国から債権国になる、况や此中央銀行制度に依つて融通に供し得らるべき資金が沢山殖えて来た、其金が何でも二十億弗とか云ひました、其数字は判然申上げ兼ます、是は凡そと御聴置を願ひます、旁々以てどうしても相当なる放資先を見付ると共に、亜米利加は従来内の仕事にのみ力が這入つて、余所に発達すると云ふことが寔に少なかつた、追々に余所に物を売るとか、余所と商売をするとか云ふことにしなければならぬ、従来の亜米利加の商売は完全でないと思ふ、故に斯る機会に大に此点に就て充分に調査をし、調査をすると同時に発達を図つて行かなければならぬ、即ち其調査発展の第一機関として、亜米利加「インター、ナシヨナル、コーポレーシヨン」と云ふものを造つた、先づ第一に南米に手を着けやうと思ふ、第二には東洋に手を着けやうと思ふ、之が此会社を起した要点である、斯う云ふことを申されました、最も其事は今の会見の日に始めて知つたのではなく前以て承知して居りましたから、私は之に対して、少しく優慮[憂慮]して、南米に対しては左まで心配はないと思ふが、併し東洋と云ふは支那である、支那に対して亜米利加人が無遠慮に手を延すと云ふことになると、自然と吾々と衝突が生じはせぬか、若し其衝突が激しく来たならば、現在ある西部の土地に対する不感じよりより一層悪くなりはせぬかと私は優へ[憂へ]ました為めに、どうぞさう云ふことを起さしめないやうにと考へまして、果して私の一言が其効能ありとは思ひませぬけれども、先づ第一にボストンでエリオツトと云ふ人が、大分日本に対して種々なる心配をして呉れ、例へば日支交渉のことに就ても大に憂へて特に大隈さんに書面を寄せられたと云ふ位差出と云へは差出、親切と云へば親切であります、日本に参つた時も稍々親みを持つて居りますので、是等の人に其説を述べて見ました、ところが誠に御尤である、老人の気付きもあるべきことだ、どうぞ其事に就ては、私も御同意をして、実業界の人々には渋沢は斯う云ふた、自分もさう思ふから、どうぞさう云ふ不幸を来さぬやうにしたいと云ふことの注意を与へるから紐育に行つたら紐育の人々は余程丁寧に仰しやい[、]紐育人はボストンと違つて随分突飛向ふ見ずの人が多いので、成べく丁寧に説得しなければいけませぬぞと云ふ位に、問ひもし問はれもしました、それから丁度紐育に於てルーズベ[ル]ト氏に其話をしました、併し同氏はエリオツトのやうには之を充分引受けませぬで、それまでの心配はせぬでも宜いではないか、御互に注意しやつたならば、さう喧嘩をするまでのこともなからう、そして日本が東洋に於て大に力を伸し勢力を張ると云ふことは、亜米利加人は充分同意して居る、是は他の政治上の話から続いて申されたことでありますが、其等を綜合して解釈しますると、さう深く心配せぬでも宜からうと云ふ答でありました、局に当る人の話でありませぬから、以て満足する訳には参りませぬで、其翌日ヴアンデリツプと懇々と話をして見ましたがヴアンデリツプは私の懸念希望は充分に了解して、如何にも御尤だから成べくさう云ふことは早く注意するが宜からう、而して之を医する方法が何かあるかと言ひますから、成べくたけ共同に仕事をしたいと思ふ[、]双方の長所はお互に利用が出来やうと思ふ、其長所と云ふのは、第一亜米利加は機械を造る、亜米利加人は勇敢の気象に富んで居る、併し大勢の人を使ふと云ふやうな塲合に何処から人を連れて来る、又工塲の取締、小頭と云ふやうな人は何処から連れて来る、又事業をする材料は何処から持つて来る、是は総てとは言はないが日本に求めなければなるまい、更に強く云へば、若し其事業に妨害を受ける、危害を受けると云ふ塲合には、誰が其取締を附けて呉れる、斯く考へたならば、どうしても是は日米力を協せてやるが、亜米利加人にも利益なれば、日本人にも利益である、私は成べく事々物々皆とは言はぬが[、]力を協せると云ふ考を、双方の当業者が持つのが自他の利益であらうと思ふ、是は亜米利加の為め或は日本の為めと云ふばかりではない、双方の利益の為めにさうありたいと希望する、彼は答へて曰く、誠に御尤だ、唯併しどう云ふ方法にして宜いかと云ふことに就ては、段々攻究して見せなければならぬが[、]私がさう思ふではないか[が]、此処に疑点と思ふのは、現在に日本は支那に対しては、甚だ不人気ではないが頻りに「ボイコツト」などをされる、何かに附け日本のこと〻云ふと反対の意見を持つと云ふやうに承知する、果してそれであると、亜米利加が極く気に要らぬ人と道連れになつて、為めに自分が気に入らぬと云ふやうになりはしないか、其点はどうかと云ふ問などがありました、私は之に答へて、それは政治上或は今日日本が支那に対して不感じを持つと云ふことは、免れぬ話である、是等に就て多少の意見を異にして、其事の解决が無理に附くとすれば、其間に不感じを生ずると云ふことは、総ての人情上免れぬ所である、けれどもそれは政治上の関係で、実業界の関係が直接にまでなると云ふことはない、成程「ボイコツト」も一時あつたが、是は一時の話、支那人が諸君に対する塲合には、其意を迎へて、日本人は嫌ひだ、亜米利加は好きだと云ふかも知れぬが、又反対に吾々に向つては、亜米利加人は嫌ひだ、日本人が好きだ[、]貴方と成べく手を握らうと云ふかも知れぬ、さう云ふやうな現状に依つて過信して、物を誤ると云ふことがないとも云へませぬから、何より事実をお調べなさるが必要だ、貴方はそれを丁寧に調査したことがありますか、――未だない、――然らば一遍御覧なさつたらどうか、私も心懸けて居る、来年是非視察の為めに御旅行なさいまし、日本に於ては私が充分東道の主人となつて、我実業界の有様、それこそ帯を解いて皆お目に懸けるやうにしませうと云ふて別れました、果して当春視察旅行を試みられるか、そこは分りませぬが、今申[上]げましたことは御互銀行者として、直さま難局に当ることは先づなから[う]と思ひます、併し私は恐る〻、是から先、若し今の亜米利加「インター、ナシヨナル、コーポレーシヨン」が、強い力を以て支那に手を伸して来ると云ふことになりましたら、実業界の人々と或る衝突を惹起さぬとも限りませぬから、成べく斯かる事に就ては、未だ雨降らざるにどうぞ牖戸を綢繆したい[、]斯う考へるのであります、是等に就ては別に今日銀行者諸君が如何に考へたら良からうと云ふことを申上げる訳には参りませぬけれども、併し自分はさう思ひまするし、諸君に陳上致して、否それには斯う云ふ趣向がある、又さう云ふ心配には及ぶとすれば斯くするが、宜からうと云ふことは、自然御考慮あらつしやること〻考へまするで、即ち見聞の一端として此事を申上げて置くのでございまず、[す。]

もう一つ申上げたいのは、是は銀行関係ではございませぬが、妙な話で、日曜学校のことに就て、ピツツブルグのハインヅ氏と費府のワナメーカー氏とに面会を致しましたが、是等の人々が、実に通俗の事業を経営しつ〻も、宗教信念の甚だ深いと云ふことを感じました、私は或は一種の道楽若くは形容にもやつて居るかとまで、多少の邪推を持ちましたが、丁寧に話をして見ますると、决して左様ではなくて、全く信仰力から日曜学校の為めに尽力して居ることを知り得たのでございます、亜米利加人の物質上に激しい強い力を以てやるに拘らず、或る精神的のことには、外に深い信念を持ち、信仰力の強いと云ふことは成程あれだけの事業を為す国民には、他に一つ頼むべきものがあると云ふことを知て深く私は敬服したのでありまず[す]、御互此実業界は、先づ物質的の仕事は段々進んで参つたと申上げて宜からうと思ひますけれども、私は宗教[観]念と云ふ方に就ては日本の今日は極く放慢な思想界だと申しても宜いかと思ひます、又極く宗教的古風な教育が強く行はれて居るかと云ふと、是も甚だ私は力が乏し[い]やうに察します、斯の如きは極く精神的に論ずると、根拠甚だ薄弱と言はねばならぬやうに考へます、亜米利加の極く通俗的事業をやつて居る人に、人は自己の為めに生活するものでないと云ふことの強い観念を以て、左様な宗教事業に熱心に力を入れると云ふことは、是は深く注意すべき点ではなからうかと思ふのでございます、自分等誠に微力で、未だ精神修養ありとは自ら思ひませぬけれども、唯物質的にのみ進んで精神的観念の乏しい[と]云ふことは国の進むほど品行が悪くなると云ふ結果になりはせぬかと聊か自分は恐れて居るのて[で]ございます、此満塲の諸君には决してさう云ふ風習はなからうと思ひますけれども、今もハインヅ、ワナメーカーの極く通俗的事業に従事し而も大に成功した人であつてワナメーカーの如きは「デパートメント、ストーア」をやつて居る、殆ど広告に依つて商売を繁昌させると云ふが如き景気商売をして居る人であるやうに思ひますが、これに引替え宗教的観念の強く且つ鞏固のことは、なか〳〵に敬服に余あるやうであります、是は一笑に附すべきものではなからうと思うて、頻に討議もし、彼の心事も承り我思ふことも論じ合ひましたが、どうぞ吾々実業者も、もう少し精神的信念を厚うする、更に云うたら道徳心を鞏固にすると云ふことは、是非心掛けねばならぬこと〻思ひますので、彼を見た目を其の儘に申上げるのでございます。

 もう一つ申上げたいのは、寔に卑近なことでありながら、吾々が始終――殊に私などは、それに就ては恥入つて、諸君にも始終迷惑を懸けますが、此物の切盛の附かぬ為めに、無駄な時間を費す、之がどうも事物の進むほど能く注意せねばならぬこと〻思ひます、従つて之が極端に行くと、能率が大変に悪くなる、能率の悪いと云ふことは職工か何かにある語ですが、職工ばかりではない、通常の事務を処する人でも、チヤンと時の極りが充分附いて、此時間に是だけの事をすると云ふことを、遅滞なく完全に遂げて行くことが出来ると云ふと、謂は〻゙ 人を多分に使はぬでも、仕事は沢山出来て来る、即ち能率が能くなる、事務に於ても尚然りと思ひます、自身にさう思ふが、さらば日本の皆様が、私ばかりが悪くて他のお方は寔に其権衡を得て、一日に何時間働く、其働く時間は仕事に仕事をして居る分量が、寔に完全に、時計の刻むが如くやれ得るかと云ふと、决してさうでない、或は使はぬでも宜い人を大に使ひ、一度で済むことを三度も人を走らせたり、さうして用は左まで〻゙ ない、費府でワナメーナカー[ワナメーカー]が私を接待して呉れた、其時間の使ひ方などを見て、あ〻感心なものだ、成程斯うやると寔に少ない時間にチヤンと多くの事が出来て、其日の仕事が完全に届くと思うて、頗る敬服したのであります、既にテーラーと云ふ人が斯う云ふ手数を省くと云ふことに就て、大に説を為して、或る雑誌に池田藤四郎と云ふ人が之を書いてある、能率を増進すると云ふ論でありますが、私は工塲の職工か何かに就て云うたものとばかり思うて居つた所さうではないです、もう日々御互の間に始終ある、ワナメーカーの私を待遇しました有様を見ますと、何も別に変つたことでもありませぬけれども、丁度ピツツブルグの汽車が五時四十分かに費府に着く、着いたならば自働車を出して置く六時までには私の店に来られるから、「ホテル」に寄らずに直ぐ来て呉れ、斯う云ふ案内であつた、そこで指図通に費府に着くと宿にも寄らずに、直ぐ自働車で行くと、六時二分か三分に着いた、先生は店に待つて、居つて、直に私を案内して、先づ店の有様を一通り見せました、寔に目を驚かすやうな大きな店で、入口には大きな両国の国旗を立て、立派な華電灯などを盛に点じて、而も其日に来た多数のお客さんが未だ帰らずに待つて居つたから、何か大なる劇塲のハネにでも出会つたやうな塩梅に、群集を為して居る、其処を主人が案内をして連れて歩く、先づ下の方の陳列所をズツと通りながら見て、それから「エレベーター」で二階へ上りますと、先づ第一に見せたのは料理塲、すつかり掃除をし綺麗になつて居りましたが、是は上等のお客の仕出をする所、其次は普通の客の仕出をする所、「コツク」の有様は斯う云ふ風である、それから其次には秘密室と云ふのがある、何か店のことに就て秘密な協議をする所である、四五千人[四五十人]の会議が出来ると云ふ程の広さであります、それから教育をする塲所、店の人に極く当用の教育を与へる所[、]さう云ふやうな所を見せました時間が軈て一時間位、それが済んで七時頃に私は「ホテル」に帰る、帰るときにワナメーカーが明朝は八時四十五分にお前を訪ねる、それなら朝餐は済むだらう、――済みます、――丁度翌朝の八時四十五分にキチンと来ました、是から大分長い話をして、正午頃まで話をして宜いか、宜しと云ふからして、頻りに日曜学校に力を入れた理由は斯様である、一体お前の出身はどう云ふ人であると云ふやうなことから、段々談話が込入つて参つて、つひ其為めには一時間も彼は余計予期したよりも長き話をしたかと思ひます、昼餐になるから私は帰る、二時に来るから、それまでに仕度をして待つてゐて呉れ[、]それから又二時にチヤンと来まして、今度は日曜学校の会堂に案内される[、]其会堂は当人の建てた会堂と云ふ訳であるかどうか知りませぬが、なか〳〵立派な会堂で、総体では二千人も這入ると云ふことです、大勢の会員がある、何時も此通で別に貴方が来たから多くの人を集めたのではないと云うて居りました、牧師が居りまして先づ牧師が聖書の講習をします、それから讃美歌がある、それが終つてからワナメーカーが私を紹介的の演説をしました、それから私にも日曜学校に就て感じたことを言へと云ふことで、私も演説をしました、更にそれに向つてワナメーカーが[、]此時には私も少し弱りました、是非孔子を止めて私に基督教に宗旨変をせいと云ふことの直接談判を大勢の前で迫られた(笑)是には私も返答に苦みました、それが終ると直ぐ其隣に婦人の聖書研究会がある、其処へ連れて参つて、此人は斯ふ云ふ訳で来たと云うて、又彼が演説をする、私も亦其処で演説をした、もう一つ一二丁隔つた所に、今度は労働的種類の人が集つてやはり基督の聖書研究所がある、此処へ連れて参つて、同じやうに自分も演説をし、又私にも演説を勧めた、それから此処では幸に東洋から、斯う云ふ老人が来たから、諸君は是非握手をしたら宜からうと云つたものですから、四百人も居りました、それが残らず握手をする、是にも随分閉口しました(笑)而も向ふは労働者ですから強く握られるので手が痛くなる位、到頭それで五時半頃になりました、六時に立つて田舎に行かなければならぬと云ふので、それから一緒に旅宿の前まで来て其処で別れました、別れる時にもう一遍是非会ひたい、是ぎりで別れるのも甚だ残念だ、何とか途はなからうかと云ふ話、私は又来る請[訳]にはいかぬ、是非今夜自分の宅へ宿つても宜さそうなものだ、約束があるからさう云ふ訳には行きませぬ、それなら已むを得ないが、紐育には何時行く、――三十日に行つて来月の四日まで紐育に居ります、――それならば私は二日に紐育に行く用事がある、二日に紐育でもう一遍会はう、何時ですか、午後の三時には立つて此地に帰らなければならぬ、それなら二時から三時までの間に紐育の貴方の店に行きませう、さうして呉れると忝ない、約束をしましたから二日の二時半、三時少し前でせう[、]少し遅くなつて遣損つては大に困ると思つて、大急ぎでやつて参りました、用事を済して先生三時何分の汽車で帰ることになつて居るので、来るか〳〵と待つてゐたらしうございます、行くと直さまお前能く来て呉れた、是で満足だ、私も満足であります、実はお前に御馳走は出来ぬから書物を進げたい、其書物は何かと云ひましたら、リンコルンの伝記、それからゼネラル、グランドの伝記[、]其他にも多少ある、私はリンコルンに私淑して居る[、]合衆国の大統領には名高い人が幾らもある、華盛頓は別として、其他にも大分あるが、私はリンコルンの人となりが寔に好きだ、是こそ本当の人物と云ふから、履歴を稍々読んで居る、之をお前に読せたいと思ふから進げる、それからゼネラル、クランド[グランド]は方面違ひの人だけれども、実に愛すべき人だ、此伝記も進げる、さう云へばゼネラル、グランドは明治十二年に我国へ来られて、而も私が歓迎委員長と云ふやうな名に依つて、歓迎会を催し、我天子の御臨塲を乞うて、上野で武芸を御覧に入れたことがあつた、そんな縁故があるか、それではお前は大分の老人だと云つて笑話をして別れましたが其僅かの会見談でありますけれども、其時間の切盛に一も無駄がない、話も寔に適切でございます、私は実に敬服をしまして、時間を無駄に使はぬこと斯の如くなれば、例の能率が如何にも増進するであらう、別に物を拵へる訳ではないが、詰り吾々が時間を空費して居るのは、丁度物を製作する塲合に手を空しくして居ると同じことで、吾々は実に無駄の時間を使ふ、是はお互注意して人間を無駄に使はぬのは勿論のこと、我自身をどうぞ無駄に使はぬやうに心懸けたいものと思ふのでございます、是等三つ四つが亜米利加の見聞でございまして、幾らか心して見た積りでございます、甚だ浅薄の事を申上げて、一向諸君を益することは出来ませぬけれども、併し此亜米利加の今日の有様は、実に今申上げた通、事に依ると潮の如き有様で、東洋を襲うて来ると云ふことは、御互が覚悟せねばならぬ、さればとて鉄砲玉を備へて覚悟すると云ふことは出来ませぬから、どうぞ吾々時間を無駄にせぬやうに、大に活動して以て之に備へたいと思ふのでございます、寔に駄弁を費しまして諸君の清聴を汚しました(拍手)

此にも能率増進法あり(実業と士道)

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