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『青淵百話 : 縮刷』(同文館, 1913.07)p.177-193

二六、日本の商業道徳

 現今日本の商業道徳が、如何なる有様にあるかといふことを論じようとするには、先づ日本の商業は如何なる状態を以て、今日の発達を為したかといふことから説くのが、順序であらうと思ふ。

維新以前の商工界

 元来日本の商工業と謂ふものは、商工業者が各自に其の事業に精励して、斯く発達を遂げたものであると自惚れるかも知れぬけれど、其の中に当業者の努力が加味されて居るには相違ないが、別に又幾多の原因があるのだ。試に維新の当時の商工業を回顧しても、今日の如き思想、今日の如き才能を有つた人は一人も無かつたと謂つてよい。商売柄に依つて『問屋』といふ名目はあつても、真正の問屋でない。第一、国家の租税の主なるものが米であつた。蠟、砂糖、藍、塩抔といふやうな品物をも徴収し、幕府若しくは諸藩が、其の収納した物品を自家の船舶で江戸、大阪へ運送して金と換へた。然らば其の海運は如何にしたかといふと、悉く政治の力でやつたものである。幕府が海運に力を注いだのは元禄から享保へかけて、例の新井白石が河村瑞軒を用ひ奥羽の海運を東航に由ることにしたのでも明瞭である。其の以前は西海岸の通行のみで、東海岸は船が通らぬものと思ふて居た。

 偖、幕府及び諸藩が収納した米、其の他の租税物品は如何にして売捌かれたかといふに[、]幕府及び藩々が江戸大阪等の都会にこれを運搬し、其の取扱を蔵宿といふものに命じて[、]それを又入札に附して商売人に売渡した。斯くして之を買受けた者が小売商人に分配した。尤も左様いふ方法ばかりでなく、此の外に自身で米を買つて売つた者、砂糖を売買した者もあらうが、重なる商品の販路は多く前陳の如き方法に拠つたものであつた。故に原動力は政治であつたといふ様なもので、細い売買ばかり民間で行はれたから、民間の商業といへば皆小売商人、工業といつても手内職、即ち日本の商工業と謂ふものは、手内職と小売商人との範囲を出づることは出来なかつた。其の間蔵宿とか御用達とかいふ者はあつたが[、]それ等は数代続きの家柄で、主人は奥の座敷で一中節でもやつて居ればよい、店は番頭が一手に引受けて渡世をし、何藩の御屋敷に出入をする、盆暮には附届をしなければならぬ。又其の役人に吉原で御馳走をするとか、新町に案内するとかいふやうなことが巧みであれば、それで業務は十分に出来たものである。

卑下されたる商工業者

 左様いふ有様であつたから、一般の商工業者は実に卑下されたもので、殆ど士人と同類の扱はされなかつた。明治維新後も官尊民卑の弊習が残つて居て、当初に商工業を盛んにしようと云つて、先見ある政治家が欧羅巴を真似て会社を起すのに[、]会社の頭取を政府から命じたものである。近頃松尾臣善氏と会同して昔譚をしたことがあつた。明治の初に大蔵省に通商司といふ役所があつて、氏が其の処の役人をして居た時の懐旧談に、本郷の追分に『高長』といふ酒屋がある。其の主人が廻送会社の頭取を仰付けられて、有難く思うて居る其の時、松尾氏が高長に向つて『君は仰付けられたといふけれども、廻送事業に損が立てば其の損を担はなければならぬぞ』と曰うたら、『斯うして御用を仰付けられて居れば左様いふ事は無い筈だ。其の証拠には御書附を戴いて居るのぢやありませんか』と曰つて弁解して居つたといふことである。其の頃『高長』が一番才能ある人といふではなかつたが、廻送会社の頭取を仰付けられて得意にして居たといふのは、今考へると実に馬鹿々々しい話で、それを又仰付ける政府の仕方も不道理なる者ではないか。故に仰付けられた人は皆事業に失敗した。為替会社、商社、廻送会社一として今日まで存立して居るものはない。併し乍ら此の事実を通じて見れば、如何に商売と政治とを混同して居たかゞ解るだらうと思ふ。それから少しく経過して、明治六年に第一銀行は出来たのであつたが、明治二三年頃の仰付けられ時代と相距ることが遠くなかつたから、斯く申す渋沢なども矢張其の一種の仲間に見做されたかも知れない。

 其の頃商人と役人との社会的階級の相違は甚しかつたもので、役人と商人とは大概同席で談話はしなかつた。極言すれば殆ど人類の交際はされなかつたものである。江戸では左様迄はなかつたかも知れぬが余の郷里なぞでは別して甚しかつた。殊に小藩主の代官なぞは限りなく威張り散らし、通行の時は百姓町人は土下座をさせられた。其の位であつたから、江戸でも身分高き武家が商人を待遇する時には、勿論席を異にして『どうだな、機嫌はよいか、家内は無事か、……それは芽出度い、市中の景気はよいか』といふ位の有様であつた。幾ら其の頃の商売人だとて、それ程馬鹿ではなかつたけれども、所謂顋を以て人を使ふ武家も、又それに頭を下げる町人も、悪くいへば互に相欺いて居つたのだ。併し町人が武家に向つて、弁論をするとか、意見を闘はすとかいふことは微塵も出来たものでなく、若し武家から無理を云ひかけられても、『でも御座いませうが、何れ熟〻考へて申上げます』此の位の挨拶で、同意せぬことは其の場を済ませたものである。真に町人の武家に対する態度は卑屈千万であつた。されば『高長』の頭取を仰付けられたのを有難く思ふといふのも、此の一例で了解されるであらう。

実業界開拓の使命

 兎に角左様いふ姿であつて、力は微々たるもの、範囲も狭く、社会的地位も卑いから、外国の実業家なぞに比して迚も及びもつかない。斯の如き有様では実業が発達し、国家が富むといふ理窟がない故、是はどうしても実業家の品格を高め知識を進め、力を大にしなければ国家を富強にすることは出来ぬ。政府の御書附を頂戴して有難がる時代では到底いかぬと余は深く感じた。それ故是非此の地位を進め品格を上げるといふことを実現させ度いものであると、恰も神仏に誓ふと同様の覚悟を以て、不肖ながら一身を犠牲に供してかゝつた次第であつた。斯う言ふと何んだか自分一人が商売人の元祖本元であるかの様に、甚だ高慢らしく聞えるけれども、併し明治六年に大蔵省を辞して第一銀行に入る時の観念は全く其の積りであつたのだ。

 商工業を盛大にしなければいかぬと云ふ事に就いては、其の頃も余以上に深く考慮した政治家、学者抔も沢山あつたであらうが、併し左様いふ人々は自ら商売人に成りもせぬ、又成れもしなかつた。当時のことを回想して見るに、よく商工業者が多少の力を致して少しく発達して見た所で、政治界の名誉と商工界の名誉とは同一のものでないといふ有様であつた。余が銀行者になつた時も、多数の友人は『渋沢もあんな馬鹿な真似をしなくてもよからうに』と、誹謗の言を放つた位である。然るに余は左様いふ時代だから、尚更これは必要的急務であると観念し、それと共に余は一度此の位置に身を置いた以上、実業界の開拓は余が天の使命であるから、終身此の業務を不変の態度で経営して見ようと決意した。爾来四十年間、余は銀行業者であつたけれども、有らゆる方面に世話をやき、製紙業、保険業、鉄道業、海運業、或は紡績に織物に、或は煉瓦製造、瓦斯製造といふやうに、其の会社の設立及び経営に助力し、また或る部分は自ら担任もして来た。而して左様に各種の事業に関係したといふことも、今日から観れば必ずしも褒めたことでは無からうが、其の頃自分の考としては、左様して出なければならぬ理由があると思つた。例へば日本の商工業は新開町の如きもので、其処へ店を始めるには一店で呉服屋、紙屋、煙草屋、荒物屋等何でも兼業にする、所謂『よろづ屋』でなければならぬ如く、商工界の開拓者たる使命を帯びた積りの余は、また各種の商工業に向つて手を下さねばならなかつた。それゆゑ何でも[、]各種の商工業を早く進め度いとの一念から、必要といふものは片端から起業した訳で、これは今日の一人一役となりかけた時代から見れば甚だ慾が深く気の多い様に見えるが、時勢の趨向で致方もなかつたのである。年月の過ぐること、事物の変化することは実に早いもので、彼の仰付けられた時代は昔話となつて、今日は百事進化して之を海外に比較するも、力は微弱だがそれ程笑はれぬ様になつたのは、一般に知識の進歩したのと、働きの敏活になつたとの結果で、実に喜ばしい次第である。

商工業道徳必要論

 併し能く考へて見なければならぬことは、僅々四十年来の商工業者で[、]しかも政治の力に依つて、誘導的に進んで来たものであるから根の張りが悪い。樹に譬へて云へば鉢植の嫌がある。動もすると政府に縋る。人に頼らうとする観念が無いとは言へぬと思はれるが、これこそ今日の実業界に於ける大患だと考へる。更に最う一つは、一般の商工業者は先づ富を増さうと謂ふ上から、各種の物質の進歩を図つて各其の利益を努める。素より商工業に利益を努めるのは当然の事であるが真正なる学理に稽へ、凛然たる気象を備へてやるといふことは少い。惟ふに依頼心の多い、自立の気象に乏しいのは其の根柢が鞏固でないからであると謂はねばならぬ。而して商工業者が一般に左様いふ病根を蓄へて居るといふは、これ独り余一人の偏見のみではないと思ふ。果して然らば実業家は各自に此の病根を除去するの覚悟を持たねばならぬが、此の覚悟を強くするには如何なる手段に依るべきか。余は直ちに答へて、商業道徳の進歩を計るにありといふを憚らぬのである。

 然らば商業道徳とは如何なるものであらうか。以下此の問題に就いて聊か論じ度いと思ふが、それに先だち余が不快に感ずるのは、商業道徳といふ名称である。惟ふに道徳とは等しくこれ人類の則るべき道理である。しかるに商業に対してのみ、商業道徳の名称を附したのは如何なる理由であらうか。若し特に商業に道徳をいふならば、政治道徳、学者道徳といふ者もあつてよい筈だ。道徳には商人に必要なものと、政治家、学者に必要なものといふ様な区別はなく誰にも必要で、不必要な者は此の世の中に一人も無い訳である。あらゆる階級の人、あらゆる種類の人に、同じ道徳が、同じ程度に於て必要であるのに、特に商業にのみ道徳をいふは分らぬ事ではないか。尤も武士には武士道といふ特殊の道徳があるけれども、あれは商業道徳といふ場合の熟字とは少しく意味が違うて居る。然るに何故商人にのみ、特に道徳が必要なるが如く見做されたか。これは遺憾ながら商工業者自らが悪かつたからである。旧来の商人は此の特別の名称を附けなければならぬほど、其の道徳が著しく劣つて居たのであつた。斯く観じ来れば今の商工業者は、自ら省みて一層奮励する所が無くてはならぬではないか。

商工業は不道理に趨り易い

 由来商工業は殖利生産を目的とするのであるから、他の学理研究等の仕事に比して、動もすれば不道理に趨り易い性質を帯びたものである。これは事柄其のものゝ有つて居る一つの病といつてよからうか。例へばアリストートルは『総ての商業は罪悪なり』と曰つてあるが、これなどは悪い方面ばかり見て斯く誤解したものであらうと思ふ。またセーキスピーアの書いた『ヴェニスの商人』といふ芝居にも、シャイロックといふ強慾非道の銀行家が、若し金を返さなければ其の代りに肉を切ると云つて居る。又支那の言葉にも『仁なれば富まず、富めば仁ならず』といふことがあつて、此等はアリストートルの言と一致して居る。蓋し殖利といふ事には、常に利益が余計あればよいとの観念が先に立つものであるから自然道徳に反し易い。併し富んだ人に仁者がない。貧乏人には賢者が多いとは少し解らぬ話である。此に就いては余が曾て『実業界より見たる孔夫子』、『竜門社訓言』等の諸項に詳細論じたる如く、道徳を学者の手に由つて誤り伝へられた結果で、それが為に今日も商工業者が特に道徳を云々されるに至つたものである。社会一般に、学問すれば商売には疎くなる。商売人は仁義道徳の観念があつては駄目だといふ思想を持つやうになり、終に学問と実務とを全く引放して仕舞つた。此の思想が大なる病根を為して、維新以前の商人の考では、商売人は極く下級の者となつて居ればよい。漢字の物なぞ読んでは家を潰す基だと云ふ様に思込み、商人は成る可く教育を受けさせないやうにして仕舞つた。それ故其の頃の商人は自然と社会に対する体面を保つことも出来ず、人に接遇するにも道理とか節義などいふやうなことに、殆ど頓着する必要が無い位までになつて仕舞つた。而して此の道理節義に頓着しなくもよいといふ観念が、商工界には尚今日に至るまで連続して居ると思ふ。

 維新以後商工業に於ける物質的進歩が余り急速であつた為め、それと共に道徳をも加味して学んで行くといふことは事実に於て出来なかつた。例へば科学といふものに、道徳を組入れて教へやうもなければ学びやうもない。これが世人も八釜しく云ふ如く、明治の文明は物質的進歩のみで、道徳的修養が伴つて居らぬとは、余も亦所見を一にする所である。兎に角今日迄は物質的文明を輸入するに急にして、道徳を顧みる暇の無かつたといふことは、文明の過渡期たる過去に於ては仕方のないことであつたらう。けれどもそれが為に道徳を軽視するのは宜しくない。さうなれば人間たるの根本を放れて、空中楼閣を画くと同様なものではないか。

真の殖産には必ず道徳が伴ふ

 商売が仁義道徳に拘泥すると利益を得られぬといふ様な誤解は、幸にして今日は幾分か薄らいだらしいが、昔日の商人は殆ど道理や徳義などの考を持つ必要はないと迄自棄したものであつた。而して此の自棄の観念は尚今に至るまで継続して居るの嫌がある。利益に関しては道理を勘定に置かぬとか、利益の前には道理は度外視しなければならぬとかいふ一般社会の風儀は、何処までも間違つたものである。惟ふに斯くのごとき観念が、抑商工界に道徳の進まぬ最大原因となつて居りはしまいか。元来道徳といふものは左様したものではない。利益を棄てたる道徳は真正の道徳でなく、又完全な富、正当な殖益には必ず道徳が伴はなければならぬ筈のものである。例へば大学には何と書いてある。『明徳を明かにするに在り、民を新たにするに在り、至善に止るに在り』之を三綱領といひ、更に『明徳を天下に明かにせんと欲する者は先づ其の国を治む。其の国を治めんと欲する者は先づ其の身を脩む。其の身を脩めんと欲する者は先づ其の心を正しくす云々』とあつて、最後に『知を致すは物に格るに在り』と結び、『格物致知』と謂ふものが即ち明徳を天下に明かにするの根源であると教へてある。古の格物致知は今日の物質的学問である。此の言葉は孔子の教へた所で、明徳を明かにする、即ち国を文明にしようと思へば、格物致知をやらなければいかぬと説いて居る。此の例を以て推せば、生産殖利は道徳の中に十分含蓄し得るもので、殖利を完全にやつて行くには、是非共道徳の必要を感ずることゝなる。然るに、此の意味を取違へて、富と道徳とは一緒にすべからざるものゝ如くして仕舞つたとは、何たる早計、何たる誤解であらう。而して其の窮極する所は[、]商工業者を唯利己主義一偏のものとして、奪はずんば飽かずで、己のみの利益を計るのが商売人の常だというて、終に之を商人間の常習慣とするまでに至らしめた。若し此のままに打棄て置いたならば、商業は終に修羅道の如く成り果てるであらう。

商業道徳の実行

 故に余は思ふ。凡そ商業道徳といふものは、事業を完全に拡張し、道理正しい富を益増進させてゆく所に伴ふものである。此の意味より見れば、道徳は事業と共に何処までも向上するものでなければならぬ。誤つて我が利益だけを念とするならば[、]直に約束に背き、虚言を構へ、道理を外す様なことにならぬとも限らない。故に殊更に商業道徳を云々しなくとも、其の営業上の行為が総て道理正しく、誠実に処理されるならば[、]それが即ち真正なる道徳となるのである。此の位の事は今日何人も常識的判断を以て理解し得るので、敢て孔子の教を引いて例とする迄もない。現今商工業に従事する者が、其の言ふ所は皆真誠で、行ふ所もまた皆正実で、而も国家的観念を基礎として、国家を愛するの念を以て我が身を愛するのが、是即ち国家に尽す所以であるとの思慮を以てやるならば[、]それこそ完備せる商業道徳の実行である。果して其の様な域に達することを得んか、そは政治家が政治に力を尽すのも、軍人が戦場に命を捨つるのも、将た亦商工業者が営利的業務を行ふのも、其の働きは皆揆を一にするものと謂つてよからうと思ふのである。

 欧米諸国、殊に英国の慣習を見るに、『嘘をつかぬが商人の資本』としてあり、又『信用は資本なり』とも云うて、商売上道徳の重んずべきことを教へてある。而してこれが一の慣習となり、商売上偽るとか、欺くとかいふことを固く警めて、商人は全く信用を以て利益してゆくことに定めて居る。此の例に稽ふれば、正当の利益、正当の富は必ず道徳と一致するものである。而して社会に利益を与へ、国家を富強にするは、軈て個人的にも利益を来す所以で、又個人的に利益しようとするに方り必ずしも人を欺き、人を偽らなければならぬといふ理由は少しもない。道徳と衝突せず、仁義と相反せず、しかも公益を害せざる範囲に於て富を得るの工夫は幾らもあらう。人を押倒して己一人小なる利益を獲得せんより、他人と協力して、却て大なる利益を得ることを忘れてはならぬ。

商業道徳の向上

 世人動もすれば維新以後に於ける商業道徳は、文化の進歩に伴はずして却て衰へたと謂ふ。併し乍ら余は何故に道徳が退歩、若くは頽廃したか、其の理由を知るに苦しむ者である。之を昔日の商工業者に比すれば、今日の商工業者と其の孰れが道徳観念に富み、孰れが信用を重んずるであらうか。余は今日を以て遥に昔日に優る者と断言するに憚らぬ。けれども今日他の事物の進歩した割合に道徳が進んで居らぬとは、既に前説の如くであるから、余は必ずしも世人の説を駁する訳ではない。唯吾人の此の間に処するものは、斯の如き世評の生ずる理由を詮索し、一日も早く道徳をして物質的文明と比肩せしめ得るの程度に向上させなくてはならぬ。それは前に述べたるが如き方法の下に、道徳を講ずるのが先決問題であらう。併しそれとても特別の工夫方法を要する訳でなく、唯日常の経営に於て左様心掛けて出れば足るのであるから、商業道徳というたとて左まで六ケ敷いものではない。

 維新以来物質的文明が急激なる発達を為したるに反し、道徳の進歩がそれに伴はなかつたので、世人は此の不釣合の現象に著しく注目して、商業道徳退歩と云ふのであるとして見れば、仁義道徳の修養に心を用ひ、物質的進歩と互角の地位に進ませるのが目下の急務には相違ないが、一面から考察して見ると、単に外国の風習ばかりを見て、直ちにこれを我が国にも応用せんとすれば、或は不可能を免れぬこともある。国異れば道義の観念も亦自ら異るものであるから、仔細に其の社会の組織風習に鑑み、祖先以来の素養慣習に稽へ、其の国、其の社会に適応する所の道徳観念の養成を努めなければならぬものである[。]一例を挙ぐれば『父召せば諾なし、君命じて召せば駕を待たずして行く』とは、即ち日本人が君父に対する道徳観念である。父召せば声に応じて起ち、君命じて召すことあれば場合を問はずして直に自ら赴くとは、古来日本人士の間に、自然的に養成されたる一種の習慣性である。然るに之を個人本位の西洋主義に比較すれば、其の軒輊は非常なもので、西洋人の最も尊重する個人間の約束も、君父の前には犠牲として敢て顧みぬもよいといふことになる。日本人は忠君愛国の念に富んだ国民であると称揚さるゝ傍から、個人間の約束を尊重せぬとの誹謗を受くるのも、要するに其の国固有の習慣性が然らしめたので、我と彼とは重んずる所のものに差違がある。然るに其の因つて来る所以を究めずして、徒らに皮相の観察を下し、一概に日本人の契約観念は不確実である、商業道徳は劣等であると非難するは、余りに無理といふより外は無い。

 斯く論ずればとて、余が日本の商業道徳の現在に満足せぬことは勿論である。兎に角近頃の商工業者の間に、或は道徳観念が薄いとか、或は自己本位が過ぎるとかいふ評を加へられることは、当業者の相互に警戒せねばならぬことではあるまいか。今日の実業界は富んだけれども、将た亦地位は高まつたけれども、道徳が衰へたと云はれるのは、実に商工業者の耻辱、且つ国民たるものゝ耻辱と言はねばならぬ、故に実業界に籍を置く者は相率ゐて此の事に心を尽し、漸次物質の進歩に伴ふ徳義の向上を謀り度いものである。

果して誰の責任ぞ(実業と士道)

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