出典を読む
『竜門雑誌』第325号(竜門社, 1915.06)p.23-26
◎商業道徳の骨髄(信)
青淵先生
本篇は帝国興信所に於て十五周年紀念号を発行するに際し同社員が青淵先生を訪ひて商業道徳に就ての所見を聴きて同号に掲載したるものにて固より青淵先生の校閲を経たるものに非ず(編者識)
興信の信は、道徳の心髄とも称すべきものにて、孔子も民信無ければ立たずと教へられてある。然るに五倫の順序よりすれば、朋友信有りの語を以て、其の最下に置かれあるは、聊か穏当ならざるやうに思はる〻が、這は人類進歩の径路を語るものにして、原始時代の人間に於て、先づ相愛し相親しむと共に父子、夫婦、兄弟の情義を生じ、次ぎに治者被治者の君臣関係となり、漸く社会的組織をなすに迨びて朋友なる者が出来群居応酬漸く繁雑なるに従ひ、相互の交情を厚ふし社会の秩序を維持する必要上偽らず欺かず、道徳的連鎖を堅固にすること〻なつたのである。
されば信の効用は、社会の進歩と共に愈よ其の価値を倍加し、範囲を拡大し、一町村より一地方に及ぼし、更に全国に亘り世界に拡めざるべからざるものである故に父子、夫婦、兄弟間の道徳的関係が一家内に止まるに反し、信の威力は、国家的、寧ろ世界的とも称すべきものとなつた。加之、忠といふも孝といふも此の信の力に依りて初めて光彩を放つものなれば、古人が信は万事の本と説き、一信能く万軍に敵すと言へるも、洵に故あることである。
併し此の信にも、時に除外例あることを忘れてはならぬ、論語に「信、義に近ければ言復むべし」と教へられたるは、如何に信の力偉大なりとて、義と遠ざかりたる事柄に就ては之を守ることは出来ぬのである例へば人と共に悪事をなすべく約束したるは既に義といふ主義を欠いて居るから其言は復んではならぬ、若しも之を固守すれば恰も情婦と密会の約束を破らじとて、橋下に待ちて溺死せる尾生の信の如きもので万事の本たる信を妄用したるものなれば、此の偉大なる信の文字に光輝あらしめんと欲する者は先づ其言の復むべきや否やを考察せねばならぬ。
ソコで商業道徳なる近来の流行語である。抑も道徳なるものは、苟も人間の必ず履行せざるべからざるものなれば、一般の交際に各事業の取引に、又公私の経営に任ずる人の何れもが、造次も背反するを許さ〻゙ る天則なるを以て、商業者、政治家、軍人等の職業に依りて、これを異にすべきものでない、若し商業者と政治家との間に多少の相違ありとせば、這は一の純金が、或は指環となり、或は箔となりて用ひらる〻も、其の質の黄金たるに変りなきが如く天然の法則が業務に依り塲合に依りて、多少の形式を変じたるに過ぎざるものなれば、商業道徳とか政治道徳とか、殊更名称を区別すべき訳はない。併し其の使用法よりして指環と云ひ、箔と呼ぶは、実際に於て極めて便利なる如く、地位職業に依り之を区別するも素より差支へはない、特に道徳の縁遠き業務に従ふ商工業者に対し、特殊の方式を以て、道義観念の啓発向上を勉むるは極めて必要のこと〻信ずる。
日本魂、武士道を以て誇りとする我国の商工業者に道義的観念乏しきは、実に悲むべき事なるが、其の由て来るところを繹ぬれば、従来因襲する教育の弊であると思ふ。予は歴史家にあらず又学者にあらざれば、遠く其の淵源を極むる能はざるも、由らしむべし知らしむ可からずといふ、朱子派の儒教主義は、近く維新前まで文教の大権を掌握せる林家の学に依つて其の色彩を濃厚にし、被治者的階級に属する農工商の生産界は、道徳の天則外に放置せらる〻と共に、己れ亦自から道義に束縛せらる〻の必要なしと感ずるに至つた。
此の学派の師宗朱子その人が、唯だ大学者と云ふ迄にて、実践躬行、口に道徳を説き、身に仁義を行ふ体の人物に非ざりしより、林家の学風も、儒者は聖人の学説を講述する者俗人は之を実地に行ふべきものとし、説く者と行ふ者との区別を生じ、之が結果として孔孟の所謂「民」即ち被治者階級に属する者は、唯だ命維れ奉じて、一村一町内の公役行事を怠らざれば足ると云ふ卑屈根性を馴致し、道徳仁義は治者の為すべきこと、百姓は政府より預りたる田畑を耕し、町人は算盤の目をせ〻つてさへ居れば能事了ると云ふ考へが、習ひ性をなして国家を愛するとか道徳を重んずるとかいふ観念は全く欠乏したのである。
鮑魚の市に入る者は自から其臭を知らずといへば恁る数百年の悪風に養はれ、所謂糞厮に臭きを忘れたる者を薫化し陶冶し、天晴有道の君子的人物となすは、固より容易のことにあらざるに、欧米新文明の輸入は、此の道義的観念の欠乏に乗じ、翕然功利の科学に向はしめ、愈よ其の悪風を助長すること〻なつた。
欧米にも倫理の学は盛んである、品性修養の声も甚だ高い、併し其の出発点が宗教に在りて、我が国民性と容易に一致し難き所あるより最も広く歓迎せられ、最も大なる勢力となりたるは、此の道徳的観念にあらずして、利を増し産を興すに覿面の効果ある科学的智識即ち功利の学説である、富貴は人類の性慾とも称すべきに、初めより道義的観念欠乏せる者に向つて、教ゆるに功利の学説を以てし、薪に油を注いで其の性慾を煽るに於ては、其結果蓋し知るべしではないか。
往時の下級生産者より出でて、天晴身を立て家を興し一躍倶瞻の地位に進みたる人も固より尠くないが、是等の人々は果して道徳信義に終始し、正路に歩し、公道を進み、俯仰天地に恥なきの心事を以て、能く今日あるに至りたるか、関係会社銀行等の事業を盛大ならしむべく、昼夜不断の努力を尽すは、実業家として洵に立派のことである、其株主に忠なる者と称するも不可なしと雖も若し会社銀行の為めに尽す精神が、由て以て自ら利せんとする所謂利己の一念に止りて、株主の配当を多くするは、自家の金庫を重からしむる為めなりとせば、若し会社銀行を破産せしめ株主に欠損を与ふるを以て自己の利益多しと云ふ塲合に際会せば或は之を忍ぶやも測られない、孟子の所謂「奪はれざれば饜かず」とは即ち是である。
又富豪巨商に仕へて、一意主家の為めに尽瘁する者の如きも、唯だ其の事蹟よりすれば、克く仕ふる所に忠なるものと云ふことが出来るが、其の忠義的行為が全く自家損得の打算より発し、主家を富ましむるは、自ら富む所以、番頭手代と見下らる〻は面白からざるも、実際の収入は遥かに尋常事業家に優るものあれば、我は名を捨て得を取る也との心事より出でたる者なるときは、其の忠勤振りも帰するとこはろ[ところは]利益問題の四字に止まり、同じく道徳の天則外に在る者と云ふて差支へあるまい。
然るに世人は此の種人物を成功者として尊敬し羨望し、青年後進の徒又これを目標とし何とかして其塁を摩せん[と]するに腐心する所より、悪風滔々底止するを知らざる勢となつて居る。
斯く云へば、我が商業者の総ては、皆な不信背徳の醜漢なる如きも、孟子も「人の性は善也」と言へる如く、善悪の心は人皆な之れあれば、中には君子的人物にして、深く商業道徳の頽廃を慨し、之が救済に努力し居る者も尠くないが、何にせよ如上数百年来の弊習を遺伝し、功利の学説によりて悪き方面の智巧を加へたる者を一朝有道の君子たらしむるは、容易に望み得らるべきでない、さり迚それを此の儘に放任するは、根なき枝に葉を繁らし、幹なき樹に花を開かしめんとするものにて、国本培養も商権拡張も、到底得て望むべきに非ざれば、商業道徳の骨髄にして、国家的、寧ろ世界的に直接至大の影響ある、信の威力を説明し闡揚し、我が商業家の総てをして、信は万事の本にして、一信能く万軍に敵するの力あるを理解せしめ、以て経済界の根幹を堅固にするは、緊要事中の緊要事にして、予が帝国興信所に望む所も亦た是れである。言ふ勿れ隻手江河を塞ぎ難しと、一家仁なれば一国仁に興るとは、先聖の我々に与へられたる不磨の金言でないか。