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『青淵百話 : 縮刷』(同文館, 1913.07)p.231-237
現代に大実業家と称せられ、富豪と目せらるゝ人々の中には、今日の身分地位をつくる迄には種々の径路を経て、随分衆人の羨望を受け其の甚しきに至つては[、]兎角の批評は通り越して、人身攻撃までやられる者が少くない様である。而して世人は斯かる人々を例に取つて『悪人でなければ成功はせぬ。今の世は悪人栄えて善人亡ぶ』なぞ謂ふて、廉恥を重んずる学校卒業生抔になると、実業界に這入つて活動することを懸念する人もあると聞いて居る。『天道是か非か』とは古人の天命に対する疑の言葉であるが、今の世には果して左様いふ現象が存在するであらうか。善人亡びて悪人栄ゆるとは真に事実であらうか。此の問題に対して、世人は何と解釈を下すか知らぬが、余は『然らず』と断言するに憚らないのである。惟ふにこれは世人が観察を誤つて居るので、余は未だ善人の亡びたことも聞かなければ悪人の栄えたのを見たこともない。世人が目して悪人とする者は[、]何時の間にか其身柄の発達すると共に善人になつて居り、甞ては善からぬ手段で蓄財に熱中した者でも、今は善人たるに背かぬ行の人となつて居る。故に余は徹頭徹尾天道は是なるものと確信して疑はぬのである。
動もすれば世には悪果を積んで得々たるが如き考を持つ者もある。けれども悪事によりて得たる仕合せは决して永続せぬ。よし物質的に零落はせぬ迄も、精神的に社会から葬られる。人間の至情たる良心は何時も昭々として明かであるから、大概の人なら此処で翻然として善人に帰るが常である。悪事を働いて金を儲けた如く世間から見られる人々は、或は一時左様云はれる様なことを為したかも知れぬ。詐欺的方法を用ひたり、賄賂で其筋を誤魔化したりして、一攫千金を得た人の例は世間に少くないから、富豪は総て左様して金を蓄へたものだと世人から見られるのも無理はない。併し人間何時も悪事を行うて恬然たる者は少く、一時は悪人と目せられた者でも、前に言へる如く良心に省みて、何時の間にか善人に化して仕舞ふものである。左すれば一時は悪人であつたにせよ、それを後悔して善人になり、善果を積んで既往の悪事を補ふならば、『過つて改むるに憚ること勿れ』で、最早其の者の罪を責むる余地は無いではないか。併し何時までも悔悟せず、徹頭徹尾悪人を以て終らんとする者があるならば、それは道理上亡びねばならぬものと思ふ。天地間の事物は正当に行はれて居る。天道はいつも正義に与するものである。
悪運といふ言葉はよく人の口にする所であるが、世には此の悪運が強くて成功したかのやうに見える人が無いでもない。併し人を観るに単に成功とか失敗とかを標準とするのが根柢の誤解ではあるまいか。凡そ人は『人たるの務』即ち『人道』を標準として一身の行路を定めねばならぬ。誰しも人たるの務を先にし、道理を行うて世を益し、而して此の間に己をも立てゝ行くと云ふことを理想として貰ひ度い。世に所謂成功失敗の如きは全く問題外で、仮に悪運に乗じて成功した者があらうが、善人の中に運拙く失敗した者があらうが、それ等を以て羨望したり悲観したりするには当らぬではないか。唯人は人たるの務を完うすることに心掛け、自己の責務を果して行けば以て安んずるに足る筈である。彼の成功失敗の如きは、謂はゞ丹精した人の身に残る糟粕のやうなものである。
これに就いて面白い話がある。それは余が少年時代に父が訓戒の例話として度々語り聞かせたものであるが、其の頃余の実家の附近に極めて謹直な勉強家の爺さんが住んで居た。此の爺さんは非常な働き人で、朝は寅の刻に起き夜は子の刻に臥すといふ位に、年中不断の家業に出精したが、其の結果相当な分限者になつた。けれども彼は貧乏な時と同一の心持で、金が出来たからとて奢侈に耽るやうなことはなく、相変らず朝から晩まで働き通したので、近所の人は何を楽みにあゝ勉強するのだらうかと却て不思議に思つた。そこで或の[或る]人が此の爺さんに向ひ『貴方は最う大分財産を蓄へたから、いゝ加減にして老後を遊んで暮しては如何か』と尋ねて見た。すると爺さんは『勉強して自分のことを整斉してゆく程世の中に面白いことはない。私は働くことが何よりの楽みだ。働いてゆくうちに楽みの糟が出来る。これが世の中の金銀財宝であるが私は身後に残る糟粕は意とする所でない』と曰つたさうである。これを野人の言として捨てゝ仕舞へばそれ迄であるが、此の戯言の中には無限の教訓が含まれて居ると思ふ。と父が此の話を以て屡〻余を誡められたは、今に至つて観れば成る程と思ひ当るのである。要するに現代の人は唯成功とか失敗とかいふことを眼中に置いて、それよりもつと大切な天地間の道理を見て居らない。人たるの務を忘却して居る。彼等は実質を生命とすることが出来ずに、糟粕と等しい金銀財宝を主として居る。此等の人々は此の無学の爺さんに対して愧づる所はないか。
広い世間には、成功すべくして失敗した例は幾らもある。智者は自ら運命を作ると聞いて居るが、運命のみが人生を支配するものでない、智慧がこれに伴うて始めて運命を開拓することが出来る。如何に善良の君子人でも智力が乏しくて、いざといふ場合に機会を踏み外したら成功は覚束ない。例へば豊臣秀吉と徳川家康が能く此の事実を証明して居る。仮に秀吉が八十歳の天寿を保つて家康が七十で死去したら如何であつたらうか、天下は徳川氏の手に帰せずして、却て豊臣氏万歳であつたも知れぬ。然るに数奇なる運命は徳川氏を助けて豊臣氏に禍した。単に秀吉の死期が早かつたのみならず、徳川氏には名将智臣雲の如く集つたが、一方豊臣氏は淀君といふ嬖妾が権威を恣にし、六尺の孤を托すべき誠忠無二の且元は擯けられ、反つて大野父子が寵用されるといふ有様。加之[、]石田三成の関東征伐の一挙は豊臣氏の自滅を急がしむるの好機会を造つた。豊臣氏愚なるか、徳川氏賢なるか。余は徳川氏をして三百年太平の覇業を成さしめたものは、寧ろ運命の然らしむる所であつたと判断する。併し乍ら此の運命を捉へることが六ケ敷い。常人は往々にして際会せる運命に乗ずるだけの智力を欠いて居るが、家康の如きは其の智力に於て到来せる運命を捕捉した。
兎に角人は誠実に努力黽勉して運命を待つがよい。若しそれで失敗したら、自己の智力が及ばぬ為とあきらめ、又成功したら智慧が活用されたとして、成敗に拘らず天命に安んずるがよい。斯の如くにして、破れても飽くまで勉強するならば何時かは再び好運命に際会するの時が来る。数十度の合戦に連戦連敗の家康が最後の勝利を得たではないか。人世の行路は様々であつて、殆ど一律に論ずることは出来ないものであるから、時に善人が悪人に負ける如く見えることもあらうが、長い間に善悪の差別は確然と付くものである。故に成功に関する是非善悪を論ずるよりも、先づ自ら誠実に努力するがよい。公平なる天は必ず其の人に幸して、運命を開拓する様に仕向けて呉れるであらう。
人は何よりも先つ道理を明かにせねばならぬ。道理は天に於ける日月の如く、終始昭々として居るものであるから、道理に伴うて事を為す者は必ず栄え、道理に悖つて事を計る者は必ず亡ぶることゝ思ふ。一時の成功とか失敗とかいふものは、長い人生、価値多き生涯に於ける泡沫の如きものである。然るに此の泡沫の如きものに憧憬して目前の成敗のみを論ずる者が多いやうでは、国家の発達進歩も思ひやられる。宜しく左様な浮薄の考は一掃し去り社会に処して実質ある生活をするがよい。若し事の成敗の外に超然として立ち、道理に則つて一身を終始するならば、成功失敗の如きはおろか、それ以上に価値ある一生を送ることが出来よう。況や成功は、人たるの務を完うしたるより生ずる糟粕たるに於ては、尚更意に介するには足らぬではないか。