【社会公共事業】
国際・親善〔国際親善〕

2019年3月29日作成

1893年、渋沢栄一は外賓接待のため貴賓会を設立し幹事長となりました。また、日本と中国の交流のための東亜同文会、日本とインドの交流のための日印協会、日仏文化交流機関としての(財)日仏会館の設立に関わりました。更に1920年発足の国際連盟の目的と精神を普及する民間組織として、(社)国際聯盟協会の設立に尽力し初代会長となりました。

変遷図

日米親善より

会社名・団体名一覧

は渋沢栄一が直接かかわった会社・団体、はその後身会社・団体を表わします。

会社名・団体名 名称使用年 渋沢栄一の関わり
喜賓会 1893〜1914 幹事長、副会長
日印倶楽部 1902〜1903
日印協会 1903〜1939 会員、評議員、副会頭、会頭
(財)日印協会[1] 1939〜1945?
日印経済協会 1945?〜1952
(財)日印協会[2] 1952〜2010
(公財)日印協会 2010〜
東亜会 1897〜1898
同文会 1898〜1898
東亜同文会 1898〜1922 相談役
(財)東亜同文会 1922〜1946 評議員、相談役
(財)霞山倶楽部 1948〜1958
(財)霞山会 1958〜2013
(一財)霞山会 2013〜
(財)日仏会館 1924〜2010 理事長
(公財)日仏会館 2010〜
(社)国際聯盟協会 1920〜1933 発起人会座長、会長、国際聯盟協会聯合会副議長、国際聯盟協会聯合会幹部会名誉会員
(社)日本国際協会 1933〜1942
(社)日本外政協会 1942〜1946
(社)国際連合研究会 1946〜1947
国際連合普及会 1946〜1947
(財)日本国際連合協会 1947〜2011
(公財)日本国際連合協会 2011〜