デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第3巻 p.543-545(DK030136k) ページ画像

明治五年壬申十月(1872年)

大蔵省紙幣寮ヨリ出納寮ニ繰替貸ノ為メ新紙幣ヲ発行ス。栄一ノ発議ニ依ル。


■資料

青淵先生伝初稿 第七章三・第一〇―一三頁〔大正八―一二年〕(DK030136k-0001)
第3巻 p.543-544 ページ画像

青淵先生伝初稿  第七章三・第一〇―一三頁〔大正八―一二年〕
新紙幣は原来官省札及び旧藩札交換の用にして他事に発行すべきものにあらず、然るに或は五十銭以下の大蔵省兌換証券・開拓使兌換証券と交換し、或は開拓使への貸付に流用することゝなりて、目的一変せし上に、財政窮迫の為、繰替貸出の事亦行はれて目的再変したり。抑廃藩置県以来、中央諸官衙の事務伸張して、経費は俄に膨張し、諸県の貢租は概ね完納に至らず、財政上非常の逼迫を生じたり、大蔵省兌換証券の如きは、実に之が救済を図るにありしが、畢竟焦眉の急を防ぐのみ、永く国庫の欠乏を医するに足らず、此に於て明治五年十月始めて繰替貸出の名目を設け、金繰の都合により、随時紙幣寮所管の新紙幣を出して出納寮に貸附するの内規を定め、此内規によりて、同月より六年二月までの間に、都べて九回八百万円の繰替貸出を行へり。此八百万円の新紙幣は、所謂一時金繰の都合に従ひ、之を紙幣寮より出納寮
 - 第3巻 p.544 -ページ画像 
に貸付けたるものにて、公然天下に発行せるものにあらざれば、金繰の都合に従ひ、漸次出納寮より紙幣寮に還付し、以て一時の会計を利する権宜の手段なりき。此計画は先生が大蔵少輔事務取扱として専ら鞅掌せし所にて、五年十月の示達の如きは、実に先生の名によりて行はれたるなり。尚又為替会社の処分の為に、同じく繰替貸として新紙幣五十二万余円を出納寮に交付し、之を西京・大阪・神戸の各為替会社に貸付けたるも此際の事にて、主として其事に任じたるは井上なれども、先生が其議に参与して力を致せることは勿論なるべし。 為替会社の事下文参照 新紙幣は以上挙ぐる所の外、西南戦争の征討費支弁の為に二千七百万円を発行せしが、これは先生辞官後に属するが故此に省略せり。


明治貨政考要 中編 第九〇―一〇五頁〔明治二〇年五月〕(明治前期 財政経済史料集成 第一三巻〔昭和九年七月〕)(DK030136k-0002)
第3巻 p.544-545 ページ画像

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