デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.2.18

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
1款 第一国立銀行 株式会社第一銀行
■綱文

第4巻 p.5-34(DK040001k) ページ画像

明治6年6月11日(1873年)

栄一創立総会ニ出席シ、銀行営業方法、三井小野両組ヨリ役員撰任ノ件、総監役ヲ設クル件ノ三案ヲ提議シ、且ツ自ラ草案セル申合規則及ビ同増補ヲ一読シテ衆ニ詢リ株主ノ賛同ヲ受ク。席上取締役ニ推薦セラレシモ尚官職ニアルヲ以テ辞シ、翌十二日総監役就任ニ関スル契約ヲ締結ス。


■資料

渋沢子爵家所蔵文書 【明治六年五月三十一日 第一国立銀行発起人発布達】(DK040001k-0001)
第4巻 p.5 ページ画像

渋沢子爵家所蔵文書
来ル六月十一日東京海運橋兜町第一国立銀行ニ於テ株主一同集会致候条本日午前九時ヨリ御来会可被下候、且其節第一入金即株高之四割並実印等御持参可被下候、此段御布達申候也
  明治六年五月三十一日 第一国立銀行
                発起人共
 渋沢栄一殿


第一国立銀行株主初集会之節決議件々(DK040001k-0002)
第4巻 p.5-9 ページ画像

第一国立銀行株主初集会之節決議件々
  株主一同ノ初集会ニ於テ取締役撰挙ノ事
銀行条例第二条ノ趣旨ニ従ヒ当銀行ノ株主等ハ本月本日○六月十一日 ヲ以テ 発起人ヨリ前以通達セシ時日ナリ 都テ当銀行ニ集リ、株数ニ応ジ半高宛ノ入金ヲナシ、且衆議ノ上当銀行ノ取締役モ撰挙シ及銀行向後営業ノ要旨件々ヲ議定セリ、右集会ニ出会シタル人名如左
      当身出席ノ者
     株数    番号     姓名
    七千株   第一号    三井八郎右衛門
    千株    第六号    古川市兵衛[古河市兵衛]
    五百株   第八号    三野村利左衛門
    四百株   第十二号   渋沢栄一
    百株    第拾七号   斎藤純造
    百株    第拾九号   永田甚七
    百株    第弐拾号   行岡庄兵衛
    百株    第弐拾壱号  岡田平蔵
    百株    第弐拾弐号  奥村信蔵
    百株    第弐拾四号  江林嘉平
    五十株   第三拾号   脇田久三郎
    五十株   第三拾壱号  山県平八
    五十株   第三拾三号  松本常蔵
    五十株   第三拾四号  近藤軌四郎
    五十株   第三拾七号  向井小右衛門
    五十株   第四拾号   鈴木利兵衛
    五十株   第四拾壱号  近藤忠蔵
    三十株   第四拾三号  品川藤十郎
 - 第4巻 p.6 -ページ画像 
    十三株   第四拾七号  高石静治
    十弐株   第四拾八号  中山信徴
    拾株    第五拾号   金井之恭
    拾株    第五拾壱号  久野義人
    拾株    第五拾弐号  鳥山貞利
    拾株    第五拾三号  飯塚直諒
    拾株    第五拾四号  平尾福太郎
    七株    第五拾六号  成沢良作
    七株    第五拾七号  山下寛翁
    五株    第五拾九号  横山由清
    五株    第六拾号   沢太郎左衛門
    弐株    第六十五号  手塚光栄
    弐株    第六十六号  木村安宅
    壱株    第六十八号  星野慎吾
    壱株    第六十九号  星野和敬
    壱株    第七拾壱号  堀内信義
  合九千九百八拾六株     総計 三拾四人

      病気並ニ遠国ニテ名代ヲ委任セシ者
     株数    番号     姓名
    七千株   第弐号    小野善助
    千五百株  第三号    西川甫
    千株    第四号    三井三郎助
    千株    第五号    小野助次郎
    八百株   第七号    三井源右衛門
    五百株   第九号    小野善右衛門
    五百株   第十号    小野善太郎
    五百株   第拾壱号   島田八郎左衛門
    弐百株   第拾三号   副田欣一
    弐百株   第拾四号   永見伝三郎
    百五拾株  第拾五号   永見寛二
    百五拾株  第拾六号   松田勝五郎
    百株    第拾八号   小野善三郎
    百株    第弐拾三号  斎藤要助
    百株    第弐拾五号  田畑謙蔵
    五十株   第弐拾六号  石井与三次郎
    五十株   第弐拾七号  伊吹孫兵衛
    五十株   第弐拾八号  中原久兵衛
    五十株   第弐拾九号  浅井文右衛門
    五十株   第三拾弐号  戸倉孝三郎
    五十株   第三拾五号  津田文三郎
    五十株   第三拾六号  水谷勝蔵
    五十株   第三拾八号  井口新三郎
    五十株   第三拾九号  山中伝兵衛
    五十株   第四拾弐号  木村利右衛門
    三十株   第四拾四号  河崎清作
    三十株   第四拾五号  関戸良平
    拾八株   第四拾六号  林荘三
    拾株    第四拾九号  仙石政固
    拾株    第五拾五号  星野周次郎
    五株    第五拾八号  加納久宣
    五株    第六拾壱号  佐々木宇右衛門
    五株    第六拾弐号  村岡信方
    四株    第六拾参号  小林秀知
    弐株    第六拾四号  麻見義脩
    弐株    第六拾七号  飛鳥井清
    壱株    第七拾号   橋本欽一郎
  合壱万四千四百二拾二株   総計 三拾七人
 - 第4巻 p.7 -ページ画像 
 合総計弐万四千四百〇二株《(八)》 合総計七拾壱号 合総計七拾壱人
右株主等ハ同日午後第一時ニ議席ニ就キ各其姓名ヲ株主名前元帳ニ照会ス、此時発起人三野村利左衛門ヨリ今日ノ集会ハ取締役撰挙ノ儀ヲ第一トシ、向後銀行営業見込ノ儀ヲ第二トシタル会同ニツキ各其意見陳述アランコトヲ発言ス
諸株主等ハ皆銀行条例成規ニ照準シ確実ニ営業アランコトヲ望ムノ旨ヲ答フ、時ニ十二番株主渋沢栄一ハ発起人及諸株主ニ此銀行創立ノ原因詳密《(ヲ脱カ)》ニ陳弁シ、政府ノ御趣意ト発起人等ノ情態トヲ説明シテ後今日ノ実況ニヨリ向後ノ都合ヲ謀リテ左ノ三説ヲ立案ス
   第一条
 此銀行ノ営業ハ固ヨリ条例成規ニ準拠スヘシト云トモ、今我儕発起人ノ招募ニヨリテ此株主ニ連ナル者ハ、其株主募方布告第四条ノ要旨ニヨリ従来其業ニ習熟シテ且一般ノ共信アル三井小野両組ノ協同創立ニ付、其精確ヲ目シ其利益ヲ共ニセントノ所見ナレハ、向後銀行ノ方法ニ於テモ右一般ノ共信アル名目上ノ余栄ヲ保存シ、之ニ生スルノ享利ニ頼リ、且条例ト成規ニ照シテ毎事ヲ精確ニシ、漸ク方法ヲ整理スルコト
   第二条
 右ノ所見ヨリ之ヲ考フレハ、今取締役撰挙ノコトハ衆株主ニ於テ別ニ其人ヲ撰ムヲ要セス、従来両組隷属中ノ者ニ於テ衆議ノ上適当ノ人ヲ撰任シ、能ク旧情ヲ去リ公正ニ体シ其事ヲ取扱ハシムルヲ相当トスルコト
   第三条
 然リト云トモ両組自家ノ営業モ又此銀行ニ類似シ、且其隷属タリシ者銀行ノ役員タルモ或ハ自他混淆シ、又ハ争利奪益ノ弊ナキ能ハス縦ヒ之ニ至ラサルモ各相顧望シテ毎事調理セサルノ患ナキヲ免レス故ニ今取締役撰挙ノ上ニテ右等ノ矯正ヲ要スル為メ別段ノ申合規則ヲ設立シ、且毎事ヲ監正スルノ役員ヲ殊ニ株主中其器ニ当ル者ヨリ撰任シテ之ヲシテ充分ノ撿按ヲ為サシメハ、其効ヲ取リ其弊ヲ防クノ処置ヲ得、此銀行ノ成立ヲ期スルニ足ルヘキコト
右三件ノ考案ニヨリテ同氏ニ於テ仮ニ草案シタル申合規則増補 即チ第三件ニ云フ別段申合規則ノコト 件々ヲ一読シテ之ヲ衆ニ詢ル、此時間凡二時余
諸株主等ハ都テ此三件及仮ニ草案シタル申合規則増補ノ条款ニ於テ聊モ異見ナク、全相当適実ノ考案タリトノ答詞ヲ述フ
時ニ廿一番株主岡田平蔵発言シテ、取締役三井小野両組ノ中ヨリ撰任スルコトハ聊異見ナシト云トモ、渋沢氏モ亦其一人ニ列センコトヲ望ムノ旨ヲ衆ニ詢ル、衆之ニ同ス
渋沢氏ハ即今其身ニ御用滞在ノ命アルヲ以テ之ヲ辞ス、是ニ於テ撰挙ノ要件ヲ了局シ、外方ノ株主等ハ創立証書定款ノ浄書ニ調印シテ各退出ス
各株主等月賦入金ハ向後五ケ月割ニシテ、即七月十一日ヨリ毎月十一日ヲ以テ一割宛ノ入金ヲ為シ、十一月十一日ニ於テ株高皆納ノ旨ヲ各株主ニ達ス
渋沢栄一並ニ三井小野両組ノ株主等ハ後席ニ於テ更ニ議席ヲ開キ、取
 - 第4巻 p.8 -ページ画像 
締役ノ人員ヲ撰定スルコト如左
                   三井八郎右衛門
                   小野善助
                   三野村利左衛門
                   小野善右衛門
                   三井三郎助
                   小野肋次郎
                   斎藤純造
                   永田甚七
                   行岡庄兵衛
                合九人
右取締役等ハ各相協議シテ銀行諸役員ヲ撰定スルコト如左
               頭取
                   三井八郎右衛門
                   小野善助
               副頭取
                   三野村利左衛門
                   小野善右衛門
               撿査役
                   斎藤純造
               為替掛
                   永田甚七
               本店支配人
                   江林嘉平
                   松本常蔵
               副支配人兼録事
                   近藤軌四郎
               副支配人
        大蔵省出納掛     脇田久三郎
        同          山県平八
               本店勘定方
        大蔵省出納掛     向井小右衛門
        同          近藤忠蔵
               本店帳面方
                   熊谷辰太郎
                   野間益之助
                   本山七郎兵衛
               本店書記方
                   綱川晃南
               大阪出店支配人
                   井口新三郎
                   岡田金右衛門
               勘定改方
                   石井与三次郎
                   津田文三郎
               横浜出店支配人
                   鈴木利兵衛
                   戸倉孝三郎
               神戸出店支配人
                   山中伝兵衛
                   斎藤要助
              本店支配人以下合十九人
 - 第4巻 p.9 -ページ画像 
        総計二十八人
此他本店出店共附属ノ小役員ハ其場所ノ模様ニ従テ追々之を撰任スヘシ
右役員ノ撰任畢リテ後、申合規則並増補ノ条款ヲ議定スルコト如左
  〔両様ノ書ハ別冊ニ具、依テ玆ニ掲セス〕
右決議ノ上其草案ヲ稿シ其他ノ瑣事ヲ談決シ午後第十時退散


東京第一国立銀行申合規則〔明治六年〕(DK040001k-0003)
第4巻 p.9-12 ページ画像

東京第一国立銀行申合規則〔明治六年〕
 取締役撰挙之事
   第一条
当国立銀行ノ株主等ノ集会ニ而新取締役ヲ撰挙スル事ハ毎年一月十一日朝第十時ヨリ第四時迄ノ間ニ当銀行ニ於テ之ヲ行フヘシ、尤此集会ノ日限趣意柄ハ一ケ月前ヨリ当銀行ノ頭取支配人之ヲ公布スヘシ
取締役等ハ又此集会ノ一ケ月前ニ株主等ノ内ヨリ三人ヲ撰ミテ之ヲ撰挙シ裁判役ト定メ置ベシ、此裁判役ハ撰拳ノ議論ヲ決断シタル上ニテ其撰挙ノ始末並撰挙シタル新取締役ノ姓名ヲ頭取支配人ニ報告スヘシ
   第二条
頭取支配人ハ右ノ裁判役ヨリ撰挙ノ報告ヲ得バ直ニ此事ヲ当銀行ノ日記ニ録シ、右ノ撰挙ニ応ジタル新取締役ニ通達シ、当銀行ニ於テ集会アランコトヲ申込ムヘシ
此集会ノ当日ニ至リテ右ノ取締役等過半出席セザル時ハ、追而過半ノ人員出席スル迄会議ヲ延スヘシ
   第三条
毎年撰挙ノ定日ニ当リ故障アリテ集会スルコトヲ得ザル時ハ其事故ヲ公布シ、追而集会ノ日限ヲ定ムヘシ、但シ裁判役ノ撰挙、裁判役ノ報告、新取締ノ撰挙等ハ都テ此規則ノ第一条第二条ニ従フヘシ
 銀行役人ノ事
   第四条
当銀行ノ役人等ト称スルハ
  取締役内 頭取副頭取
  支配人
  勘定方
  帳面方
  書記役等都而銀行ノ業体取扱ニ関係シタル人々ヲ云ナリ
   第五条
当銀行ノ頭取ハ退役転役放免ノ外ハ奉職ノ年限中必ス勤仕スヘシ
若シ取締役或ハ頭取欠員ノ時ハ取締役ノ衆議ヲ以テ代任権任ノ者ヲ命スヘシ
   第六条
支配人並ニ以下ノ役人等ハ取締役ノ衆議ニテ命シタル年限中奉職スヘシ
   第七条
頭取ハ銀行ノ事務全体ヲ注意シテ総テ其責ニ任スヘシ、然レトモ新ニ一事ヲ定メ、亦ハ之ヲ更正シ、又ハ之ヲ廃止シ及定例ナキ出納ノコト
 - 第4巻 p.10 -ページ画像 
等ハ取締役ノ協議ニ非レハ之ヲ決ス可ラス
   第八条
支配人ハ当銀行ノ有金積金其余大切ノ物品ヲ預リ其責ニ任スヘシ、亦頭取取締役ノ差図ニ任セ或ハ其差図ヲ受タル人ノ沙汰ニ任セテ之ヲ出納スヘシ
   第九条
勘定方ハ支配人其外ヨリ時々引渡シタル金銀並諸物品ヲ受持チテ其責ニ任スヘシ、亦取締役ノ差図ニ任セ或ハ其差図ヲ受タル人ノ沙汰ニ任セテ之ヲ出納ス可シ
   第十条
当銀行ノ諸役人等ハ其職務ヲ廉直ニ勤ムルコトヲ証拠トシテ奉職ノ節慥ナル請人両人以上ヨリ身許請状ヲ取締役ニ差出スヘシ、若シ此役人等ニ過失アラハ取締役ハ其請人ニ迫リテ相当ノ過怠謝金ヲ当人ヨリ取立テ以テ当銀行ノ損耗ヲ償フヘシ
 社印之事
   第十一条
取締役ノ衆議ニテ決定シテ採用シタル当銀行ノ印章ハ即チ如左
  印章ハ別冊ニ載ス依テ玆ニ略ス
 地面家庫譲渡之事
   第十二条
地面田畑山林家屋土蔵ノ類ヲ引取リ或ハ譲渡ス節ハ当銀行ニ於テハ取締役ノ協議ニ従ヒ、社印ヲ押シテ取扱ヒ頭取支配人ノ中ニテ之ヲ調印スヘシ
 元金増之事
   第十三条
当銀行ノ定款ニ従ヒ元金ノ高ヲ増加セント衆議ニテ決定スル時ハ、頭取取締役ヨリ株主等ニ増株書込ノコトヲ通スヘシ、元金増ノ節ハ株主等ハ銘々ノ株数ニ応シテ新規ノ増株ヲ所持スルノ権アル可シ
若シ株主等ノ中ニ此増株ヲ書込ムコトヲ怠ル者アラハ、頭取取締役ハ衆議ニテ此残株ノ処置ヲナス可シ
 銀行業体之事
   第十四条
一般ノ祝日並ニ休日ノ外ハ、当銀行ハ毎朝第九時ヨリ夕第四時迄ノ間商業ヲ取扱フヘシ
当銀行ノ取締役ノ内一人ニテ別ニ為替掛ヲ勤ムヘシ、此者ハ頭取支配人ニ詢リ諸為替手形並ニ証券類ノ取引売買ノ差図ヲナシ、定式ノ集会毎ニ其取扱振ヲ取締役一同ニ報告スヘシ、尤此為替掛ノ取締役ハ六ケ月毎ニ撰挙ニテ交代イタスコトアルヘシ
 記録之事
   第十五条
当銀行ノ創立証書定款、並ニ取締役撰挙ノ儀ニ付裁判役ヨリ差出タル報告、或ハ取締役定式ノ会議等都而当銀行ニ関係ノ書類ハ之ヲ記録ニ綴込ミ、頭取其末尾ニ調印シ支配人之ニ連印シ、之ヲ後日ノ証拠ニ蔵置ベシ
 - 第4巻 p.11 -ページ画像 
 株譲渡之事
   第十六条
当銀行ノ株ハ銀行条例ノ趣意ニ従ヒ当銀行ノ元帳ニ引合セタル上ニテ譲渡スコトヲ得ベシ、此元帳ハ諸株証券ノ売買ヲ取扱フ所ニ備ヘアルヘシ
当銀行ノ株ハ頭取取締役ノ許可ヲ得サレバ之ヲ他人ニ譲渡可ラス
此株譲渡ノ儀ハ取締役ノ許可ヲ得銀行ノ元帳ニ引合セタル上ハ何時タリトモ差支ナシ、尤其株手形ノ書替ヲナサヾル時ハ当銀行ヨリ割渡スヘキ利益金ハ新故ヲ論ゼズ其株ノ名前人ニ渡スヘシ
   第十七条
当銀行ノ株手形ニハ頭取並ニ支配人之ニ調印シ、此株ハ銀行ノ元帳ニ引合セノ上之ヲ譲渡スコトヲ得ヘシト記載ス可シ
此株譲渡ノ節ハ株手形ヲ元株主ヨリ銀行ニ受取リ、改メテ新株手形ヲ新株主ヘ相渡スヘシ
 銀行ノ入費之事
   第十八条
当銀行日用ノ雑費ハ支配人之ヲ仕払ヒ、毎月毎年遣払明細帳ヲ頭取ニ差出シ、頭取撿印ノ上取締役ヘ廻ス可シ
 約定之事
   第十九条
諸約定書類手形類並ニ受取書類ニハ、当銀行ノ頭取支配人ノ内ニテ之ニ調印スヘシ
 撿査之事
   第二十条
取締役ハ三ケ月毎ニ其内ヨリ一人ヲ撰拳シテ撿査役タラシムヘシ、此撿査役ハ当銀行ノ有高ヲ計算シ、勘定ノ差引ヲ改メ、諸帳面ノ締高等ノ正直ナルヤ否ヲ撿査シ、又当銀行商業ノ実際慥ニ立行クヘキヤ否ヲ撿査シ、其顛末ヲ集会ノ節取締役一同ニ報告スヘシ
 集会之事
   第二十一条
取締役其外之役々定式ノ集会ハ、毎月五十ノ日午後第四時ヨリ第六時マデヲ以定限トスヘシ、臨時ノ集会ハ頭取或ハ支配人ヨリ通達シテ来集ヲ乞フヘシ
 決議之事
   第二十二条
頭取並取締役ノ会議ニテ事ヲ論決スル時ニハ、連席人数半以上ノ説ヲ以テ衆議ト定メ之ニ従フヘシ
   第二十三条
此申合規則ハ取締役三分二以上ノ論ニ従フテ之ヲ改正スルコトヲ得可シ
右当銀行ノ頭取取締役衆議ノ上制定シタル申合規則ノ条款各恪守シテ敢テ違犯アルヘカラス、万一相悖戻スル所為アル者アラハ銀行条例第廿六条ニ照シテ之ヲ処置スヘキコト各相承諾スル所ナリ、故其証トシテ頭取取締役ノ余等ハ爰ニ姓名ヲ自記シ併テ調印イタシ候也
 - 第4巻 p.12 -ページ画像 
  明治六年癸酉六月十一日
           第一国立銀行
             頭取   三井八郎右衛門
             同    小野善助
             副頭取  三野村利左衛門
             同    小野善右衛門
             取締役  三井三郎助
             同    小野助次郎
             同    斎藤純造
             同    永田甚七
             同    行岡庄兵衛


東京第一国立銀行申合規則増補(DK040001k-0004)
第4巻 p.12-17 ページ画像

東京第一国立銀行申合規則増補
  当銀行営業ノ順序ハ都テ条例成規ニ遵ヒ処分スヘキコト勿論タリト云トモ、創業ノ際未タ事務ニ習熟セサルヲ以テ頭取取締役等ノ衆議ニヨリ申合規則ヲ増補セシ条々如左
   第一条
当銀行ハ三井小野両組ノ発起ニシテ其株主モ多ク従来両組ノ隷属タリシ者ナレハ、向後撰挙ノ役員モ又其中ヨリ任用スト云トモ既ニ銀行ノ役員タル上ハ、都テ条例成規ニ拠リ銀行ノ成業ニ注意シ決テ旧情ニ泥ミ表裏偏頗ノ取扱ヒアルベカラス
   第二条
凡ソ銀行ノ事務ヲ取扱ヒ又ハ諸立則ヲ議判シ、及約束等ヲ定ムルニ当リ、其事従来両組ノ営業ト関繋セシモノハ能ク其分界ヲ明拆シ、決テ両組ノ便否ニ斟酌セス、唯銀行業体ノ昌盛ヲ務トシテ適正ノ処分ヲ為ス可シ
   第三条
三井小野両組ハ向後自家ノ営業モ亦此銀行ニ類似スルコトアルヘシト云トモ、凡ソ当銀行ノ役員ハ勿論株主ニ連ナル者モ常ニ此銀行ノ成立ニ注意シ、其殖益ヲ心掛ケ、決テ銀行ノ秘事ヲ漏洩シ又ハ表ニ銀行ノ為筋ヲ論シテ密ニ両組ノ裨益ヲ謀リ、又ハ両組ノ便宜ニヨリテ銀行ノ事務ヲ取捨スル等ノコトアルヘカラス、万一此等ノ数件ニ類スル所為アル者ハ何人ヲ論セス厳重ニ之ヲ罰ス可シ
   第四条
当銀行ハ東京海運橋兜町ヲ以テ本店トシ、横浜・神戸・大阪ニ於テ出店ヲ設置スヘシ
 但追テ事務ノ都合ニヨリテハ更ニ出店ノ場所ヲ増スヘシ
   第五条
当銀行ノ役員ハ固ヨリ条例成規ニ準拠スヘキ筈ナレトモ、当分ノ内取締役等ノ協議ヲ以テ紙幣寮ノ准允ヲ乞ヒ、頭取両人副頭取両人ヲ置キ都合四人ニテ一人ノ事務ヲ取リ一役ノ権利ヲ行フヘシ
 但頭取並副頭取ハ取締役ノ中ヨリ撰任スルニ付、取締役ニ付テノ権利ハ毎人之レヲ有スヘシ
   第六条
支配人モ東京本店ニ限リ両人ヲ置キ、一役ノ事務ヲ行ハシムヘシ
   第七条
頭取両人ハ名目上其職務ヲ有スト云トモ、現務ニ処セサルニ付其給料
 - 第4巻 p.13 -ページ画像 
ハ支給セサルヘシ、但シ副頭取以下ハ各員相当ノ定メアルヘシ
   第八条
各出店支配人ハ本店副支配人ノ中ヨリ交代詰ニテ在勤セシメ、本店頭取支配人ノ差図ヲ得テ各其出店ノ事務ヲ担当スヘシ
   第九条
各出店ニテハ支配人ノ次ニ勘定改方ノ役員ヲ在勤セシメ、支配人ノ事務ヲ補助シ及出店ノ諸事務役員ノ勤惰等マテ按察セシムヘシ
 但勘定方以下ノ役員ハ其他ノ事務繁閑ニ応シ、相当ノ定員ヲ設ケ、本店又ハ出店ニテ便宜之ヲ撰用スヘシ
   第十条
本店並ニ各出店共平常事務取扱順序及臨時処務制限等ハ別ニ相当ノ定則ヲ設立シ、各其権任ノ次第職掌ノ界限ヲ明示ス可シ
   第十一条
銀行役員ノ名称ハ銀行成規ニ其概略ヲ掲示セラルヽト云トモ、当分ノ内本店各出店共別冊銀行役員名称簿ノ通タルヘシ
 但現場ニ於テ尚要用ノコトアレハ之ヲ増加スヘシ
   第十二条
本店出店共大蔵省其他各省寮及地方庁等ノ出納取扱ハ其場処限リニ相当ノ約束ヲ設ケ、且其掛リ役員ハ別段ニ之ヲ命シ、極テ精確ノ取扱ヲ為サシムヘシ
   第十三条
銀行条例ニ照セハ支配人以下ハ必ス株主中ヨリ撰挙スルヲ要セスト云トモ、当銀行ニ於テハ当分ノ内勘定方迄ハ三十株以上所持ノ者ニ限ルヘシ
 但外国ノ事ヲ取調ヘ及通弁翻訳等ノ者ヲ雇入ルヽニ於テハ此例外タルヘシ
   第十四条
右役員等ハ株主衆議ノ節ニ於テ己レノ説ヲ出シ、亦ハ人ノ名代トナルヲ得スト云トモ、適正ノ名代人ヲ撰ミテ其者ノ考案ニ依頼スレハ其株高丈ケノ論説ヲ出スヲ得ヘシ
   第十五条
株主一同ノ衆議又ハ取締役等ノ衆議共都テ条例成規ニ従テ同説多キ方ニ決定スヘキ筈ナリト云トモ、其同説ナラサル者ハ充分ニ之ヲ討議シテ後決議ノ上ハ後日彼是ト之ヲ誹議セサルハ勿論、其決議ヲ以テ己レノ説ト心得信切ニ之ヲ処置スヘシ
   第十六条
頭取取締役支配人其他ノ役員共処務ノ制限ハ別ニ設立スル定則ニ従フヘキコト勿論ナレトモ、当分銀行創業ノ際ハ殊ニ百事ノ相協同スルヲ以テ要旨トシ、其処務ニ於テモ最モ慎密丁寧ナルヲ貴フニ付、頭取取締役等ハ別テ玆ニ注意シ、自然他方ノ引合先ニ於テ 官府又ハ商会商人等ヲ論セス 衆議既定ノ事務ノ外新規銀行ノ業ニ係ルコトヲ申談ルトモ、一己ノ考案ヲ以テ其約定又ハ引請等ノコトヲ取究ム可ラス
   第十七条
取締役ノ内為替掛一人検査掛一人ヲ六ケ月三ケ月ノ交代ニテ充ツヘキ
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筈ナレトモ、当分ノ内ハ其助勤又ハ代任等ヲ命スルコトアルヘシ
   第十八条
本店出店諸役員ノ月給、及用向ニテ旅行ノ旅費支給ノ差等ハ別冊月給旅費定則ニ従フヘシ
   第十九条
銀行諸般ノ経費仕払方ハ支配人ノ任ナレトモ、本店出店共可成丈ケ費用ノ定額ヲ立テ相当ノ掛ヲシテ其場所限リノ小仕払ヲナサシメ、之ヲ類蒐シテ其総計ヲナシ、合計ト内訳トノ区分及其計算トモ明瞭精確ニスヘシ
   第二十条
銀行ノ諸経費ハ可成丈ケ節略ヲ旨トシ決テ虚美ヲ求メテ財用ヲ費穈スヘカラス、亦銀行ニ於テ飲酒遊興ニ類スル所為アル可ラス、縦ヒ如何ナル事故ナリトモ之ニ類スルコトアレハ銀行ノ不取締ヲ表シ営業確実ナルノ信任ヲ妨クルノ基タレハ、各相注意シテ質素節倹ヲ事トス可シ
   第二十一条
金銀出納諸帳面並為替帳・貸附帳・日締帳ノ類ハ毎日頭取支配人之ニ検印シ、各分課ニ於テ大切ニ監守セシム可シ
   第二十二条
評議帳並日誌ノ類ハ掛リ書記役ニテ其時々会議ノ次第及決議ノ件々ヲ詳悉ニ具載シテ頭取ノ役場ニ蔵メ置クヘシ
   第二十三条
銀行諸役員ノ月給旅費其他常用臨時ノ入費共其掛リニテ明細ナル調書ヲ作リ、頭取支配人ノ検印ヲ受ケ出納方ヨリ之ヲ受取ル可シ
 但金銀出納ノ手続ハ都テ伝票ヲ以テ之ヲ保証スヘシ
   第二十四条
銀行日々ノ金銀出納高、及差引有高、貸附金高、為替差引勘定等ノ類ハ各分課ニ於テ計表ヲ作リ、毎日現場ノ摸様ヲ頭取支配人ニ差出シ其検印ヲ受ク可シ
   第二十五条
一般ノ祝日並ニ休日ニハ支配人為替掛リノ内一人申合セ出勤スヘシ
   第二十六条
金庫ノ鎖鑰ハ頭取支配人ノ内ニテ毎日之ヲ預リ大切ニ之ヲ監守ス可シ
   第二十七条
日々銀行泊番ハ賄方並八等以下手代ノ内ニテ三人ヅヽ交番ヲ以テ相勤ムヘシ
 但小遣以下ハ便宜定員ヲ立テ泊番セシムヘシ
   第二十八条
八等手代ノ内ヨリ両人ヲ撰ミ本店ノ賄方ヲ命スヘシ
 但出店ノ場所ハ其支配人ノ考案ヲ以テ相当ノ処置アルヘシ
   第二十九条
右賄方ハ銀行ノ諸雑費仕払方並諸器品ノ調達各所ノ掃除向亦ハ小普請戸締等ヲ心得、小遣ノ者ヲ支配シテ其使用ヲ心附ケ且火盗ノ監護等充分注意スヘシ
   第三十条
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銀行役員ハ毎朝出勤ノ節支配人ノ眼前ニ於テ出勤帳ヘ小印ヲ押スヘシ
   第三十一条
銀行諸役員ハ病気ニテ出勤シカタキ節ハ、定例出勤時限迄ニ書面ニテ其病気ノ趣ヲ同課ノ者ニ報ジ、同課ヨリ之ヲ頭取支配人ニ申立ヘシ
 但頭取支配人モ同様タルヘシ
   第三十二条
若シ病気長引キテ七日以上ニ及ハヽ、医師容体書ヲ添テ其由ヲ申立ヘシ、三十日以上 休日ハ関スヘカラス 出勤シカタキ病気ノ者ハ頭取支配人ノ考察ヲ以テ代人ヲ命ルカ又ハ其給料ヲ差引ク可シ
   第三十三条
火災其外非常ノコトアレハ銀行諸役員ハ速ニ駈付、各其持場ノ書類亦ハ器品等ヲ監護スヘシ、尤モ万一ノ節第一ニ持退クヘキ緊要ノ品々ニハ予メ人当ヲ配リ置キ、泊番ノ者ハ直ニ其処置ヲ為シ、且諸倉庫戸締防火目塗等マテ厳重ニ手配ス可シ
   第三十四条
非常駈付人足ハ常ニ之ヲ備ヘ置其者共ヘハ左ノ合印アル外套ヲ着セシムヘシ、尤モ持退クヘキ物品ヘモ常ニ右合印ヲ附置クベシ 合印ハ追テ取定ムヘシ
   第三十五条
銀行ニテ発行スル紙幣ハ名前書込ハ月番頭取支配人ノ名印ヲ用ユヘシ
   第三十六条
紙幣ヘ押捺スル印信ハ別段ニ備置キ他印ト混淆スヘカラス、尤モ頭取支配人ノ名印モ之ヲ印刷ス可シ
   第三十七条
銀行株手形ハ紙幣寮ノ指揮ニ従ヒ銀行ニ於テ之ヲ作リ、条例成規ニ照準シ元帳割印ノ上之ヲ株主ヘ交付スベシ
   第三十八条
銀行諸帳面並勘定方法諸計表式ノ類ハ当分従来ノ手続ヲ以テスト云ヘトモ、追テ本法ノ洋式習熟ノ上之ヲ改正スベシ
   第三十九条
銀行ノ私符並合符ハ毎年頭取取締役支配人限リニテ之ヲ作リ、用ノ者ヲ除クノ外堅ク他聞ヲ禁ズヘシ
   第四十条
毎年両度銀行総勘定ノ節、殖益金配与ノ割合ハ別冊銀行利益配当定則ニ従フヘシ
   第四十一条
銀行諸役員ヘハ各其月給ヲ支給スト云トモ、畢竟諸役員ノ勤惰ハ銀行ノ盛衰ニ関シ殖益ノ多寡ハ職トシテ之ニ由ルモノナレバ、等級七等以上ノ者ハ先ツ其月給ハ相当ノ割合ヨリ逓ニ之ヲ減省シテ仮ニ其制ヲ定メ、別ニ利益金ノ内ヨリ賞与支給ノ法ヲ設ケ殖益金ノ摸様ニ応シテ之ヲ配当スヘシ
   第四十二条
当銀行ノ諸役員等各相調和シテ諸般ノ事務ヲ整理シ、以テ銀行充分ノ成業ヲ遂ルコトヲ要スル為メ、当分ノ内、銀行事務総監役一名ヲ、重立タル株主中ヨリ任選シ、頭取取締役支配人ノ処務ヲ補助検案シ、銀
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行一切ノ事務立則ト現務トニ拘ハラス、都テ之ヲ管理シ、相当ノ考案ヲ立テ、頭取其他ノ役員ニ告諭亦ハ指命スルコトヲ司掌セシムヘシ
   第四十三条
右総監役ハ、常ニ公平適正ノ定案ヲ持シ、頭取・取締役・支配人其他ノ役員ニ至ルマデ、其奉務ノ実況ヲ監視シ、モシ条例成規又ハ定款申合規則同増補等ノ条款ニ悖戻スルカ、又ハ其他ノ約束類ヲ践行セサルコトアレハ、誰彼ヲ論セス、充分ニ之ヲ糺正懲戒スルヲ得ヘシ
   第四十四条
右総監役ハ、頭取・取締役ノ衆議席ニ於テハ議長ノ権ヲ有シ、相当ノ考案ヲ以テ衆議ヲ判決スヘシ、亦頭取・支配人ノ現務施為ノ場ニ臨ミテハ、其当否得失ヲ撿案シ、忌憚ナク之ヲ陳弁シ、又ハ己レノ考案ヲ出シテ、之ヲ衆議ニ詢リ、其事務ノ至当適実ニ帰スルコトヲ勤ムヘシ
   第四十五条
右総監役ハ、頭取・取締役・支配人其他ノ役員、又ハ銀行株主等ノ間ニ於テ紛議アレベ《(バ)》可成丈公裁ヲ乞フニ至ラザル様懇切ニ之ヲ協和シ、若止ムヲ得ザレバ適正ニ之ヲ論拆シテ曲直ヲ分別シ、其紛争ヲ了店《(マヽ)》スルノ権アルヘシ、故ニ申合規則第一条取締役撰拳ノ衆議ニ於テモ、其裁判役ノ一人トナルコトアルベシ
   第四十六条
右総監役ハ、常ニ銀行ノ当務ヲ視察シ、裨益ノコトト思考セバ、之ヲ頭取・取締役又ハ支配人等ニ申談ジ、協議ノ上之ヲ行ハシムヘシ
 但緊要至急ノ件タラバ、直ニ支配人以下ニ命シテ之ヲ取扱ハシムルヲ得ヘシ
   第四十七条
右総監役ハ、銀行ノ当務ヲ監視補助スルノ外ニ、銀行向来ノ営業ヲ考案シ、銀行事務練熟ナル外国人又ハ日本人ニ頼リテ、各種ノ規則方法等公債証書又ハ金銀地金売買ノ方法、諸切手諸為替預金ノ手続引請貸借ノ都合勘定方法諸帳面記載ノ式計表製方ノ類ヲ稽質諮詢シ、即今ノ実務ニ適当ナル様充分ニ之ヲ調査シテ、追々此銀行ノ業体精確昌盛ニ至ルコトヲ謀ル可シ
   第四十八条
右総監役ハ、銀行頭取・取締役ヨリ別段ノ約束ヲ以テ年限ニテ之ヲ雇ヒ、其勤向ノ次第月給旅費其外ノ支給マデ相当ニ之ヲ定約ス可シ
   第四十九条
右総監役ハ、其職務勤仕中ハ銀行最寄ニ住居シテ、銀行事務取扱時限外マテモ常ニ銀行ノ取締向万端ノ心附ケヲ為スヘシ
   第五十条
右総監役ハ、銀行中頭取・支配人役場ノ最寄ニ於テ一所ノ役場ヲ設ケ日々定例ノ時限中出勤セシム可シ
   第五十一条
銀行ニ於テ通弁並翻訳方又ハ事務伝習ノ為メ外国人等要用ノ節ハ相当ノ約束ヲ以テ月雇又ハ年雇トシテ之ヲ使用シ、其使用方ハ総監役之ヲ管掌スヘシ、尤モ一時ノ用向ニテ其事限リ使用スルハ其時ノ使宜《(便カ)》ニ従ヒ之ヲ処置スヘシ
   第五十二条
 - 第4巻 p.17 -ページ画像 
此申合規則増補ハ取締役三分二以上ノ論ニ従テ之ヲ改正スルコトヲ得可シ
右銀行申合規則増補ハ当銀行ノ頭取取締役衆議ノ上制定追加シタルモノニシテ前ノ正則ノ条款ト同ジク各相恪守スヘキモノナレハ、万一此条款ニ於テ相悖戻スル所為アル者アラバ銀行条例第二十六条ニ照シテ之ヲ処置スベキコト各相承諾スル所ナリ、故ニ其証トシテ頭取取締役ノ余等ハ爰ニ姓名ヲ自記シ併テ調印イタシ候也
  明治六年癸酉六月十一日
           第一国立銀行
             三井八郎右衛門
             小野善助
             三野村利左衛門
             小野善右衛門
             三井三郎助
             小野助次郎
             斎藤純造
             永田甚七
             行岡庄兵衛


第一国立銀行別段申合内規則(栄一筆)(DK040001k-0005)
第4巻 p.17-19 ページ画像

第一国立銀行別段申合内規則(栄一筆)(渋沢子爵家所蔵)
  当銀行創立ニ付而ハ其営業之順序ニ於てハ都而条例成規ニ遵ひ処分可致ハ勿論なれとも創業之際未タ事務ニ習熟せさるニ付頭取取締役等之協議を以て通常申合規則之外玆に別段申合内規則を制定したる条々左之如し
(外欄記事一)
   第一条
当銀行ハ三井小野両組之発起たるを以て其役員も多くハ従来両組之隷属たりし者より撰任すといヘとも、既に銀行之役員たる上ハ総而条例成規に拠り銀行之成業ニ注意し、決而旧情に泥み表裏偏頗之取扱致間敷事
凡そ銀行之事務を取扱ひ、又ハ諸務を議判し諸規則を設立するに当り其事務従来両組之営業と関繋せしものハ能其分界を剖判し、決而両組之便否に斟酌せす唯銀行業体之昌盛を務とし適正之処置可致事
(欄外記事二)
(欄外記事三)
   第三条
当銀行之役員ハ素より条例成規ニ準拠すへき筈なれとも、当分之内取締役等之協議を以テ別ニ紙幣寮之准允を乞ひ、頭取を両人とし、且其助勤両人を撰挙し各両人宛を以て壱役之事務を取り壱役之権利を行ひ可申事
 但頭取助勤之者ハ取締役之内より撰挙候事
支配人之義も東京本局に限り両人を置、壱役之事務を為取扱可申事
右頭取同助勤支配人等壱役之場処を両人又ハ数人にて相勤むるといふとも、其給料ニ於てハ壱役丈之割合より増加致間敷事
大坂横浜神戸共各出局支配人ハ本局副支配人之内より交代法にて在勤せしめ本局頭取支配人之差図を得て各其出局之事務を総轄担当可致事
各地出局にてハ支配人之次ニ勘定改方之役員を在勤せしめ、支配人之
 - 第4巻 p.18 -ページ画像 
事務を補助し、及諸事を按察可致事
 但勘定方以下之役員ハ其他之事務繁閑ニ従ひ相当之定員を相立、本局又ハ出局に於て便宜次第共撰用可致事
(欄外記事四)
本局事務取扱順序、及各出局事務取扱制限等ハ頭取支配人ニ於て別ニ相当規則相立可申事
本局及出局共大蔵御省其他各省寮等之出納取扱方ハ其場処限り相当之約束を相設け、別ニ其掛り役員を撰任し、極而精確之取扱可為致事
銀行条例に照してハ支配人以下ハ必す株主中より撰挙するに限らすといえとも、当分之内勘定方帳面方迄ハ三十株以上所持之者に限り、其他之者も咸く株主中より挙用可致事
右役々等ハ株主之衆議ニ於て己之説を出し、又ハ人之名代となるを得すと雖も適正之名代人に依頼すれハ、其者之考案を以名代人あれハ己れ等有之株高丈之論説を吐露するを得へき事
取締役之内為替掛壱人、検査掛壱人、六ケ月三ケ月宛之交代を以て可相勤成規なれとも、当分之内助勤又ハ代任之者相立候義も可有之事
本局出局共諸役員之月給、及用向にて旅行之旅費支給方之義ハ、別冊月給旅費定則ニ従ひ相渡可申事
毎年両度銀行総勘定之節、一切之殖益金之内にて月給旅費其他之諸経費を引去り、残余之純益金より銀行之積金及諸役員之酬労配与金等を除き、総株高に応し、分割配当を定むるハ別冊銀行利益配当定則ニ従ひ分与可致事
本局副支配人以上 但等級四等以上之者 ハ当分其月給を定めず、右銀行利益配当定則之内にて殖益金之模様に応し兼而相当配与之割合相立置可申事
頭取取締役之外当分之内銀行事務総検査役壱人を撰任し、頭取取締役支配人之事務を検案せしめ、諸規則を設立し、及現場事務取扱之便否得失等銀行諸般之事務立則と現務とに不拘都而之に渉猟し、相当之考案を立て頭取其他之役員ニ懇諭忠告し、銀行之成業之裨補ニ可充事
右総検査役ハ常ニ公平適正之定案を持し、頭取取締役共衆議之席又ハ頭取支配人現務施行之時に臨み其当否得失を検案し、忌憚なく之を陳弁し相当之処置を得せしめ、若頭取其他之役員之間ニ於て紛議あれハ之を協和し、又ハ密に銀行之諸条規に悖る処為あれハ之を監視糺正可致事
此総検査役ハ別段之約束を以て年限にて銀行へ相雇、其勤向之次第及月給旅費其外之支給迄相当之定約可致事
通弁並翻訳方等之者ハ其者限り相当之約束を設け、月給其外を定約して相雇可申事
 但通弁翻訳方等事務取扱方ハ総検査役之附属とし、総検査役より之を指揮可致事

  欄外記事一
   衆議ニテ定マリシコトハ縦ヒ己レ其時同説ナラサルモ後日彼是ト其コトヲ誹議スヘカラス、尤モ其定マリシコトヲ取扱フハ素ヨリ己レノ真意ヨリ出タル説ト心得、信切ニ之ヲ処置スヘシ
  欄外記事二
 - 第4巻 p.19 -ページ画像 
   頭取又ハ助勤又ハ支配人共臨時他方ノ引合先ニテ 官府又ハ他ノ商会商人ヲ論セス 衆議既定ノ事務ノ外新規銀行ノ業体ニ係ルコトヲ申談ラルヽコトアルトモ、決一己ノ考案ヲ以テ其約定又ハ引請等ノコトヲ為ス可ラス
  欄外記事三
      第二条
   当銀行ハ東京 大区 小区 町 番地を以て本局とし大坂横浜神戸共各出局を設置可致事
    但追而事務之都合によりてハ更ニ出局之場処は増可申事
  欄外記事四
   銀行役員之名称ハ申合規則第四条に掲載するといへとも、本局出局其当分之内別紙銀行役員名称及職掌略則之通相定候事
    但現場処務之都合により要用之節ハ更ニ増員可致事
   ○右ハ前掲セル東京第一国立銀行申合規則増補ノ草案ト推定セラル。


銀行全書 初篇一(DK040001k-0006)
第4巻 p.19-20 ページ画像

銀行全書 初篇一 (三井文庫所蔵)
(一行朱書) (朱印)
六月三十日受上局出ス(印)
明治六年六月廿八日七月五日済 権中属 竹島郁
  (朱印)
  (印)(印)       (印)(印)
  総裁 頭 助 属

今般第一国立銀行より別紙之通初集会決議之件書並申合規則其外差出候ニ付入御覧申候、就中申合規則増補之儀ハ条例成規に聊適合不致廉も有之候得共、為差不都合之廉も無之、殊ニ別紙願書之趣も無余義相聞候間、願之通承届申度、依而指令案左ニ相伺申候
   (朱割印)
   契紙
    書面願之趣無余義相聞候ニ付格別之詮議を以聞届候事
        但規則中頭取助勤ハ副頭取と可相改事
        年月日
                  紙幣頭 芳川顕正

御届書
  株主等初集会之節決議之件々御届書
当銀行株主等之初集会ハ銀行条例成規ニ従ひ兼而発起人より相達し置即本月十一日一同当銀行江集会之上別紙之通決議いたし候、依而写相添此段御届申上候也
  明治六年癸酉六月十九日
           第一国立銀行
             取締役
                行岡庄兵衛
                永田甚七
                斎藤純造
                小野助次郎
                三井三郎助
                小野善右衛門
                三野村利左衛門
                小野善助
                三井八郎右衛門
 - 第4巻 p.20 -ページ画像 
     芳川紙幣頭殿

  銀行申合規則増補条款之内銀行条例成規之適合不致件々当分御聞置之儀奉願候書付
当銀行之諸規則並ニ諸取扱向共兼而御頒布ニ相成候銀行条例成規ニ照準可致儀勿論之事ニ候得共、当銀行之儀ハ重立候株主とも従来銀行類似之営業致居各其名目上より世間之信用も有之候程之儀にて、此度協同立会之上株主相立候茂、多くハ是まて三井小野両組ニ関係之者共にて向後自他之分界ハ判然相立候得共、自然不得止情故も有之候間、今般株主一同之衆議ニ於て取締役之撰挙相済候ニ付、更ニ考案を尽し即今之便益を謀り当明治六年十二月まて之処別紙申合規則増補之通諸役員規程相定候様仕度、尤右条款中条例成規之御趣意ニ適合仕兼候件々も有之候得共、何分因襲之情勢俄ニ万般之矯正を為し候而も或ハ今日之営業ニ於て障碍無之とも難申候ニ付、唯此銀行之成立ニ注意し即今之都合将来之得失とを審量して漸ニ釐革仕度心得ニ候間、何卒当分之処別紙申合規則増補之通御聞届被下度候、依之此段奉願候也
  明治六年癸酉六月十九日
           第一国立銀行
             取締役
                行岡庄兵衛
                永田甚七
                斎藤純造
                小野助次郎
                三井三郎助
                小野善右衛門
                三野村利左衛門
                小野善助
                三井八郎右衛門
     芳川紙幣頭殿


第一銀行五十年史稿 巻一・第一一三―一二〇頁(DK040001k-0007)
第4巻 p.20-22 ページ画像

第一銀行五十年史稿 巻一・第一一三―一二〇頁
  東京第一国立銀行と渋沢栄一との契約書
東京第一国立銀行頭取取締役ハ、当府下第四大区小一ノ区住民渋沢栄一ヲ其銀行ヘ雇入レ、之ヲ銀行総監役ニ任スルニ付、右頭取取締役等ト渋沢氏トノ間ニ於テ、協議結約シタル条々左ノ如シ。
   第一条
渋沢氏ヲ銀行総監役ニ雇入ル時限ハ、試トシテ当明治六年癸酉七月一日ヨリ十二月三十日迄六ケ月間タルヘシ。
   第二条
然リト雖モ、来ル明治七年甲戌正月十一日銀行株主等ノ集会選挙ニ於テ、即今ノ頭取取締役等尚ホ其職務ヲ重年スル時ハ、渋沢氏雇入ノ儀モ此約定ヲ以テ来ル明治七年十二月三十日迄之ヲ取続クヘシ、且ツ又縦令其集会選挙ニ於テ転免新任ノ者アルトモ、其新任ノ頭取取締役ト渋沢氏トノ協議ニヨリテハ、更ニ幾年モ此約定ヲ永続スルヲ得ヘシ。
   第三条
渋沢氏ハ銀行雇入中、其総監役ノ職務ヲ取リ、銀行申合規則増補第四
 - 第4巻 p.21 -ページ画像 
十条《(マヽ)》ヨリ第四十九条《(マヽ)》マテニ掲載スル権任ヲ充分ニ践行スヘシ。
   第四条
渋沢氏ハ現今銀行ノ株主タレハ右総監役ニ任セラルヽト雖モ、株主相当ノ権利ハ常ニ之ヲ有スヘシ。
   第五条
渋沢氏ハ右総監役勤仕中ハ、銀行取締役議長ノ任ヲ有シ、其衆議ノ席ニ於テ之ヲ決判スルノ権アルヘシ。
   第六条
申合規則増補第四十条《(マヽ)》ヨリ第四十五条迄《(マヽ)》ノ要旨ヲ以テ渋沢氏ヲ此総監役ニ任スル上ハ銀行頭取・取締役等ハ向後銀行処務ノ際ニ於テ、同氏ヨリ忠告懇諭セラルヽ時ハ、能ク公正ノ理ニ体シテ其告諭ニ従ヒ、漫ニ之ヲ拒ミ又ハ之ト抗スヘカラス。
   第七条
渋沢氏モ亦此総監役ニ任スルニ於テハ、常ニ銀行条例、成規、定款、申合規則、同増補其他ノ諸規則ヲ遵守シ、誠意ヲ以テ其職掌ヲ尽シ、聊モ私利ヲ営ミ、又ハ依怙偏頗ノ所為アルヘカラス。
   第八条
渋沢氏ハ右雇入中、銀行申合規則、同増補ニ掲載スル銀行事務取扱時間中ハ必ス銀行ニ出勤シテ、其職務ヲ取扱フヘシ。
 但病気不参ノ事アレハ、申合規則増補第二十九条《(マヽ)》第三十条《(マヽ)》ノ例ニ従フヘシ。
   第九条
渋沢氏ハ右職務勤仕中、銀行最寄ニ来住シ、銀行ヲ以テ我居宅ト心得銀行事務取扱時限外ノ事マテモ、其取締向万端ノ事ニ配意スヘシ。
   第十条
渋沢氏銀行総監役勤仕中ハ、給料トシテ毎月三百円ヲ銀行ヨリ支給スヘシ、尤モ同氏勤仕中、格別其事務ヲ勉強シテ其効験アレハ、満期ノ節、相当ノ賞与ヲ銀行益金ノ中ヨリ支給スヘシ。
 但銀行ノ用向ニテ、臨時他方出張ノ事アレハ、第一等ノ旅費其外ヲ支給スヘシ。
   第十一条
渋沢氏ハ右雇入中、銀行ノ名ヲ仮リテ私利ヲ営ムノ所為アルヘカラサルハ勿論、縦令自己一身ノ商業其他ノ業体ニ於テモ、己レノ名ヲ以テ私宅ニテ其事ヲ取扱フヘカラス。
   第十二条
臨時已ムヲ得サルノ情故アリテ銀行頭取・取締役ハ此約定ヲ中廃セント欲スレハ、渋沢氏ヘハ此約定ノ第一条ニ掲載スル期月マテノ給料 第十条ノ給料タルヘシ ヲ与ヘテ之ヲ断ルヲ得ヘシ、若シ又渋沢氏病気又ハ其他ノ事故ニヨリテ之ヲ断ルトキハ、其勤仕ノ月マテノ給料ヲ与フヘシ。
右十二条ノ趣旨相協議結約セシ証トシテ、今爰ニ各々其姓名ヲ自記シ併テ調印致候也。
  明治六年癸酉六月十二日
           第一国立銀行
             頭取   三井八郎右衛門
 - 第4巻 p.22 -ページ画像 
             同    小野善助
             同助勤  三野村利左衛門
             同    小野善右衛門
             取締役  三井三郎助
             同    小野助次郎
             同    斎藤純蔵《(マヽ)》
             同    永田甚七
             同    行岡庄兵衛
                  渋沢栄一
本文各結約調印スト雖モ、渋沢氏ハ即今太政官ヨリ御用帯在《(マヽ)》ノ命アル者ニ付、当今ノ処、全ク内約トシテ仮ニ此約束ヲ以テ其職務ヲ取リ、追テ御用帯在御免ノ日ニ於テ、本約定ノ通リ践行スヘシ。
 但シ渋沢氏若シ別ニ太政官ノ命アリテ此約定ヲ践行ノコトヲ得サレハ仮リニ其職務ヲ取リタル日数ノ給料ヲ渡シテ此約定ヲ廃スヘシ。

   ○右ノ契約書ニ就テハ栄一自筆ノ草稿渋沢子爵家ニ所蔵セラル。
   ○「第一銀行五十年史稿」ハ大正十年ヨリ十一年ニカケ当時第一銀行ノ頭取タリシ佐々木勇之助ノ指示ニ基キ、維新史料編纂官井野辺茂雄及ビ佐々木清麿両氏ノ編纂セルモノナリ。各巻菊判百頁内外ノモノ全六巻。当時十部ヲ印行セシガ関東大震災ニ焼失シ、現在第一銀行ニ僅カ二部ヲ存ス。


第一国立銀行創立証書(DK040001k-0008)
第4巻 p.22-24 ページ画像

第一国立銀行創立証書
  大日本政府ノ公債証書ヲ引当トシテ紙幣ヲ発行シ之ヲ通用シ之ヲ引替ユル儀ニ付明治五年八月五日大日本政府ニ於テ制定シタル銀行条例ノ趣意ニ基キ、第一国立銀行ヲ創立シ、其商業ヲ経営セント謀リ、此証書第四条ニ連名シタル者共協力シテ此社ヲ結ヒ、左ノ創立証書ヲ取極メ候也
   第一条
此銀行ノ名号ハ第一国立銀行ト称スヘシ
   第二条
貸附金預リ金其他ノ業ヲ経営スヘキ此銀行ノ本店ハ東京海運橋兜町ニ取建ヘシ、又大阪高麗橋筋四丁目、神戸弁天ノ浜、横浜海岸通壱丁目等出店ヲ置ヘシ
   第三条
此銀行ノ元金ハ弐百四拾四万〇八百円ニテ百円ヲ以テ一株ト定メ、弐万四千四百〇八株ニ分割スヘシ
   第四条
此銀行ノ株主等ノ姓名宿所並所持ノ株数ハ左ノ表ノ如シ
  株主姓名      宿所         株金     株数
三井八郎右衛門    京都油小路二条    七拾万円   七千株
小野善助       京都烏丸押小路    七拾万円   七千株
西川甫        阿波国名東県     拾五万円   千五百株
三井三郎助      京都新町六角     拾万円    千株
小野助次郎      京都衣棚二条     拾万円    千株
古川市兵衛[古河市兵衛]      東京瀬戸物町     拾万円    千株
三井源右衛門     京都六角新町     八万円    八百株
三野村利左衛門    東京深川西大工町   五万円    五百株
小野善右衛門     京都烏丸二条     五万円    五百株
小野善太郎      大阪高麗橋筋五町目  五万円    五百株
嶋田八郎左衛門《(嶋田八郎右衛門)》 京都釜座御池 五万円 五百株

 - 第4巻 p.23 -ページ画像 
渋沢栄一       東京裏神保町壱丁目  四万円   四百株
副田欣一       横浜         二万円   二百株
永見伝三郎      長崎         二万円   二百株
永見寛二       長崎         一万五千円 百五十株
松田勝五郎      長崎         一万五千円 百五十株
斎藤純造       東京八町堀亀嶋町   一万円   百株
小野善三郎      横浜南仲町五丁目   一万円   百株
永田甚七       東京新和泉町     一万円   百株
行岡庄兵衛      東京若松町矢ノ倉   一万円   百株
岡田平蔵       東京品川町      一万円   百株
奥村信蔵       横浜         一万円   百株
斎藤要助       神戸八幡町      壱万円   百株
江林嘉平       東京浜町       壱万円   百株
田畑謙蔵       東京         壱万円   百株
石井与三次郎     大阪         五千円   五十株
伊吹孫兵衛      京都         五千円   五十株
中原久兵衛      大阪         五千円   五十株
浅井文右衛門     横浜         五千円   五十株
脇田久三郎      東京本銀町      五千円   五十株
山県平八       東京         五千円   五十株
戸倉孝三郎      京都         五千円   五十株
松本常蔵       東京海運橋兜町    五千円   五十株
近藤軌四郎      東京深川清住町    五千円   五十株
津田文三郎      大阪         五千円   五十株
水谷勝蔵       東京元大坂町     五千円   五十株
向井小右衛門     東京駿河町      五千円   五十株
井口新三郎      大阪         五千円   五十株
山中伝兵衛      京都         五千円   五十株
鈴木利兵衛      横浜         五千円   五十株
近藤忠蔵       東京         五千円   五十株
木村利右衛門     東京本銀町      五千円   五十株
品川藤十郎      長崎         三千円   三十株
河崎清作       加賀国大聖寺     三千円   三十株
関戸良平       神戸         三千円   三十株
林荘三        東京愛宕町一丁目   千八百円  十八株
高石静治       東京飯田町三町目   千三百円  十三株
中山信徴       東京関口水道町    千二百円  十二株
仙石政固       東京西ノ窪神谷町   千円    十株
金井之恭       東京駿河台紅梅町   千円    十株
久野義人       東京馬喰町四丁目   千円    十株
鳥山貞利       武蔵国北品川宿    千円    十株
飯塚直諒       東京小川町一番地   千円    十株
平尾福太郎      東京蠣殻町三丁目   千円    十株
星野周次郎      上野国勢多郡水沼村  千円    十株
成沢良作       東京下谷西町     七百円   七株
山下寛翁       東京増上寺中     七百円   七株
加納久宣       東京下谷金杉村    五百円   五株
横山由清       東京両国薬研堀    五百円   五株
沢太郎左衛門     東京愛宕下町三丁目  五百円   五株
佐々木宇右衛門    羽前米沢成田町    五百円   五株
村岡信方       摂津国豊嶋郡麻田村  五百円   五株
小林秀知       長州山口県      四百円   四株
麻見義脩       東京西ノ窪仙石邸内  二百円   二株
手塚光栄       東京西ノ窪仙石邸内  二百円   二株
木村安宅       東京本所小泉町    二百円   二株
飛島井清       加賀国大聖寺町    二百円   二株
星野慎吾       東京本所相生町    百円    一株
星野和敬       同所         百円    一株
 - 第4巻 p.24 -ページ画像 
橋本欽一郎      上野新田郡太田町   百円    一株
堀内信義       上総一宮       百円    一株
  総員七十一人           総金高 二百四十四万〇八百円
                   総株数 二万四千四百〇八株
   第五条
此証書ハ銀行条例ニ基キ、私共一同ノ利益ヲ謀ル為ニ取極メタリ右ノ証拠トシテ私共一同姓名ヲ自記シ調印イタシ候也
  明治六年六月十一日
                     株主連名印


第一国立銀行定款(DK040001k-0009)
第4巻 p.24-26 ページ画像

第一国立銀行定款 (株式会社 第一銀行所蔵)
  大日本政府ノ公債証書ヲ引当トシテ紙幣ヲ発行シ之ヲ通用シ之ヲ引替ル儀ニ付明治五年八月五日大日本政府ニ於テ制定シタル銀行条例ノ趣意ニ基キ、新ニ国立銀行創立スル為ニ銀行ノ株主等協議ノ上決定スル条々如左
   第一条
此銀行ノ名号ハ第一国立銀行ト称スヘシ
   第二条
此銀行ニテ諸為替貸附金預リ金等一切銀行ニ関係ノ事務取扱所ハ東京海運橋兜町ヲ本店トシ、大阪高麗橋筋四町目、神戸弁天ノ浜、横浜海岸通一町目ニ出店ヲ置ヘシ
   第三条
此銀行ノ元金ハ弐百四拾四万〇八百円ト取定メ、百円宛ヲ以テ一株トスヘシ
 但銀行条例第五条中ノ趣意ニ従ヒ此元金ヲ増減スルヲ得ヘシ尤モ元金増減ノ節ハ株主等ハ銘々ノ株数ニ従ヒ其割合ニ準シテ増減スヘシ
   第四条
此銀行ノ取締役ハ三十株以上ヲ所持スル株主ノ内ヨリ五人以上ヲ撰挙スヘシ、其撰挙ノ初集議ハ東京海運橋第一国立銀行ニ於而スヘシ、事宜ニヨリテハ此書面ニ連名ノ株主等衆議ニ従ヒ追テ其月日ヲ取定ムヘシ
   第五条
取締役ヲ撰挙スヘキ定式ノ会議ハ毎年一月十一日ヲ定日トシ、株主等ミナ銀行ニ集リテ議スヘシ
 但当日故障アリテ集会セサル時ハ便宜他日ヲ約スヘシ、尤此撰挙ハ右ノ条例ニ齟齬セサル様ニ取締役ノ取極タル規則ニ従フテ之ヲ行フヘシ
   第六条
取締役ノ衆議ニテ其中ヨリ一人ヲ撰ミ之ヲ頭取トナス、此頭取ハ規則ニ従ヒ年限中之ヲ勤ムヘシ
 但頭取タル者其任ニ堪サル歟、或ハ取締役ノ三分二以上ノ存意ニ依リテ退任セシムル時ハ此例ニ非ス
取締役等ハ又其内ヨリ副頭取一人ヲ撰ミ挙クべシ
   (下ゲ紙)撰ミ挙ク四字ハ他ノ二通ニハ撰挙ス三字ニ作ル稍矛盾スルト雖モ意味ニ差支ナキニ付此尽取上申候
 - 第4巻 p.25 -ページ画像 
 但此副頭取ハ頭取欠席スルカ、其他ノ事故ニ付テ其事務ヲ代理スルマテニシテ、平日勤向ハ取締役ト同様タルヘシ
取締役等ハ又銀行ノ事務ヲ取扱フヘキ支配人並書記勘定方帳面方等ノ役人ヲ撰任シ、又右ノ諸役人等ノ給料ヲ取定メ衆議ノ上ニテ銀行ノ得失ヲ考ヘ或ハ此役人等ニ重年ヲ命シ、或ハ之ヲ放免スルノ権アルヘシ取締役等ハ又銀行ノ書記及ヒ役人等ノ職掌ヲ分課シ、其身元ノ引受人ヲ約シ罰金ヲ予定スルノ権アルヘシ
取締役等ハ又向後ノ取締役撰挙ノ法ヲ定メ、此撰挙衆議ニ異論起ル時ハ之ヲ裁決スヘキ裁判人ヲ取定ムルノ権アルヘシ
取締役等ハ都テ銀行条例ニ従テ適任ノ職務ヲ取行フノ権アルヘシ、尤此条例ノ要旨ヲ遵奉シテ厚ク其銀行ノ便益ヲ謀リ、条例中ニ掲示スル諸禁令ノ条款等ハ各相担任シテ格獲セシムルコトニ注意ス可シ
  但取締役等ノ失任ハ銀行条例中ノ罰令ニ従テ其責ニ任ス可シ
取締役等ハ又銀行条例第四条ニ従ヒ、銀行ノ処務ニ緊要ナル申合規則ヲ議定スルノ権アルヘシ
此銀行ノ株主等ハ其所有ノ株高ハ全ク所持ノ財本ニシテ、決シテ他人ヨリ借財シテ株金ヲ出セシニ非サル旨、又何等ノ事故アルトモ取締役ノ承認ヲ得スシテ其株ヲ売渡ス可ラサル趣ヲ申合規則中ニ記載スル事ハ取締役等ノ権内ニアルヘシ
   第七条
此銀行ハ創立証書ニ調印シタル日ヨリ之ヲ永続スヘシ、但シ銀行条例ニ従ヒ三分二以上ノ株主等ノ存意次第ニ此銀行ヲ鎖ス事ヲ得ヘシ、尤株主等ハ一同ノ利益ヲ謀リテ銀行ヲ鎖店スルノ理アリト雖モ其手続ハ都テ銀行条例ニ従フテ之ヲ行フヘシ
   第八条
此銀行定款ハ株主等ノ衆議ヲ以テ何時ニテモ之ヲ改正スル事ヲ得ヘシ、尤モ銀行条例ニ齟齬ス可ラス
  但改正セシ次第ヲ紙幣頭ニ届出ヘシ
此改正ハ取締役等或ハ株主等三人以上ニテ立議シ、株主等一同ノ集会ヲ乞フテ決議スヘシ
右ノ条々ヲ取極タル証拠トシテ姓名ヲ記シ調印イタシ候也
  明治六年六月十一日 株主姓名連印
右ハ第一国立銀行定款本紙ノ正写ニシテ、其本紙ハ規則ノ通リ之ヲ紙幣寮ニ差上候、仍テ其保証ノタメ私共自ラ記名調印致候也
  明治六年六月十一日
           第一国立銀行
            支配人  松本常蔵(印)
            支配人  江林嘉平(印)
            副頭取  小野善右衛門(印)
            副頭取  三野村利左衛門(印)
            頭取   三井八郎右衛門(印)
右第一国立銀行定款ノ正写ニシテ其本紙ハ正ニ之ヲ本寮ニ受取候ニ付、明治六年七月三十一日余ハ大蔵卿ノ命ヲ奉シ、爰ニ紙幣寮ノ官印ヲ鈐シ、其事ヲ保証シ、之ヲ銀行ヘ交附致シ置候也
    明治六年七月三十一日
 - 第4巻 p.26 -ページ画像 
         紙幣寮印 紙幣頭 芳川顕正(印)
  ○第一国立銀行本店ハ兜町海運橋畔ニアリ。木造五階建ニシテ三井組ニテ為替座トシテ建築セル建物ヲ譲受ケタルモノナリ。明治三十五年改築シ昭和五年丸ノ内ニ移転スル迄長ク同行本店タリキ。
  ○創立当時ノ本行ノ内部事情ニ就テハシヤンドノ第一銀行検査報告書ニ審ラカナリ。同書ハ明治七年十二月三十一日ノ条ニ収録セルヲ以テ同条ヲ参照スベシ。



〔参考〕佐々木勇之助氏座談会筆記(DK040001k-0010)
第4巻 p.26-28 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕第一銀行五十年史稿 巻一・第二九―五五頁(DK040001k-0011)
第4巻 p.28-34 ページ画像

第一銀行五十年史稿 巻一・第二九―五五頁
   国立銀行条例の制定
為替会社が破産に瀕して、金融界は混沌たる形勢に陥れる時に際し、政府は封建制度を撤廃して郡県の治を布くに意あり、明治二年六月には、諸大名の版籍を収めて、旧藩主を知藩事に任命し、四年七月には又藩を廃して県を置き、郡県の制度此に確立せり。然るに従来金融の衝に当れる両替屋、用達商人等は、専ら諸大名に対して融通せるものなるに、今や藩籍奉還、廃藩置県と、引つゞきて大改革を決行せられ二百数十の諸大名は玆に滅亡せしかば、貸金の回収は概ね無効に畢り之が為に産を失ふもの尠なからず。また札差は、是より先幕府の瓦解と共に、旗本御家人に対する貸倒れとなりて忽ち破産せるがごとき有様にて、有力なる金融業者の破滅は頗る悲惨を極めたり。ただ三井組小野組、島田組の輩は、幸にして新政府の御用為替方たるべき命を拝し、其保護の下に依然営業を持続せしかども、概して之を云はゞ、嘗て武家を対象として金融の衝に当れる富豪の大半は、資力の欠乏に悩まざるはなし。況や為替会社通商会社等の失敗ありしをや。但し一般商工業界は、維新以来興業の気運漸く高まりしが上に、政府の保護干渉政策また之を助けたれば、各種の企業は諸方に勃興して、資本の運転機関を設くることの必要漸く痛切なるものあり。
かゝる有様なれば、政府は金融機関整理の善後策についていたく苦心する所あり、初めは為替会社の破綻を未然に救済せんと試みたれども到底其不可なるを察して、更に新たなる方法を撰択せんとす。抑々為替会社の組織は、我邦固有の両替屋制度に、欧米の銀行制度を加味したる和洋折衷のものなりしが、いまや政府は、洋式模倣の時勢に駆られて、遂に純然たる銀行制度の採用を敢行するに至れり。
政府が、純然たる銀行制度採用の意を生じたるは、明治三年の頃にして、之が為に大蔵少輔伊藤博文は、同年十月米国に航して調査を重ね貨幣制度は金貨本位を採用すべき事、金札引換公債証書を発行すべき事、紙幣発行会社を設立すべき事といへる三事を建議せり。就中最後の一条は、米国のナシヨナルバンクの制に倣ひて、紙幣発行の特権を有する銀行を創立して政府紙幣を銷却すると同時に、金融を疏通するの機関たらしめ、一挙両得の策を講ぜんとするにありき。抑々紙幣銷却は当年の大問題にして、銀行設立の議は寧ろ之を基因とせるなりとまで称せらる。今其由来を按ずるに、政府は歳入の欠乏を補塡せんが為めに、明治元年より同五年までの間に太政官札、民部省札、大蔵省兌換証券、開拓使兌換証券など、巨額の不換紙幣を発行せり、後の両者は、はじめ正貨と交換する定めなりしも、財政不如意の結果、遂に
 - 第4巻 p.29 -ページ画像 
不換紙幣となりしものなるが、四種の紙幣の発行高は、六千四百八十万円に及べり。当時は政府の信用尚薄く、紙幣の流通停滞して其価格は日々下落し、会計の前途寒心に堪へざれば、之が整理銷却の処分を行ふべきは最大急務なりき。されば米国が、南北戦争の為に、巨額の不換紙幣を発行し、其価格大に低落せるに当り、公債証書を基礎として銀行を設立せしめ、紙幣の整理を行ひたる実例を我邦に移して、同様の成績を挙げんとす、これ伊藤博文の建議の基く所にして、政府部内に於ても同意賛成するもの多かりしが、之に反対する者も亦尠なからざりき。其意見によれば、紙幣銀行は我国情に適せざるが上に、之によりて紙幣銷却の目的を達せんこと難し、若し中道にして蹉躓せんか、却て新なる一種の不換紙幣を増加せしむるの結果を生ずる恐れあり、寧ろ英国の制度に則り、ゴールドバンク即ち金券銀行を設立するに若かずといふにあり。此説は、大蔵少丞より少輔に陞りたる吉田清成尤も熱心に主張し、博文が帰朝せる四年六月以後数ケ月の間は、両者の議論甚だ囂しく、互に相取りて下らざりしが、同年十一月に至り国立銀行論者は、其主張せる紙幣兌換主義を改めて正貨兌換となすことを諾し、金券銀行論者もまた公債証書を抵当として、銀行紙幣を発行するの計画に賛同し、玆に漸く一致を得たれば、政府は遂に、大体において米国の制度を基礎とする国立銀行を設立するに決したり。
国立銀行設立の議決するや、政府は直ちに大蔵省に命じて、国立銀行条例の起草立案に従事せしめ、更に討論修正の後ち、明治五年十一月を以て之を布告頒布せり。本行の前頭取たりし渋沢栄一は、当時大蔵大丞兼紙幣頭の任にあり、専ら条例の調査起草の事に当りたり。ナシヨナルバンクを国立銀行と訳したるがごとき、実に其撰定に係るといふ。今同条例の要点を挙ぐれば、国立銀行は少くとも五万円以上の資本を有することゝなし、且資本金の十分の六は政府紙幣を以て大蔵省に上納し、之と同額の公債証書を同省より受取り、更に其受取りたる公債証書を抵当として、大蔵省に納め、同省より同額の銀行紙幣を受取りて之を流通し、又資本金の十分の四は、本位貨幣を以て銀行に貯蓄して、発行紙幣の交換準備に充つると共に、此準備は常に紙幣発行高の三分の二を下る可らずといふにありき。条例の眼目が、政府発行紙幣の銷却と、金融の疏通とを兼ぬるにありしこと、此を以て察すべきなり、此時政府は、金札引換公債証書を発行し、まづ従来の政府紙幣を公債証書と交換し、他日時機の熟するを待ちて、更に正貨交換を行はんとするの議を定めたる際なりしかば、いま銀行をして紙幣を発行せしむるに当り、この金札引換証書を以て、其抵当に充てしめんとしたるなり。なほ同条例によれば、人口の多寡によりて其の地に設立すべき銀行の資本金に制限を加へ、其発行紙幣は壱円・弐円・五円・拾円・弐拾円・五拾円・百円・五百円の八種とし、公債の利子と、海関税を除くの外は、租税運上、貸借の取引、俸給、其他公私一切の取引上、正金同様に通用すべき能力を附与すると共に此条例によるの外は、総ての紙幣金券等の発行を禁止して、政府以外における紙幣発行権を専有せしめしが、其営業に関しては為替・両替・預金・貸金・諸証券及び貨幣地金の取引等を以て本務となすべしと規定し、なほ政府
 - 第4巻 p.30 -ページ画像 
の命令あらば、国庫金の取扱に任ずべき旨をも載せたり。
銀行条例の綱要ほゞ此の如し。之によりて考ふるに、国立銀行は、金札引換公債証書を抵当として紙幣を発行するものにて、公債の利子は頗る低利なれども、紙幣発行の特権を有するがゆゑに、之に伴へる利益は尠なからず。況んや預金為替其他より生ずる利益を加算せば、優に一ケ年一割以上の純益あるべきをや。民間の営利事業としては極めて有望なれば、銀行設立の計画相継いで起るべく、其増加するに従ひて、巨額の不換紙幣は、銀行の手を経て大蔵省に回収せられ、之に代るべき銀行紙幣は、正貨兌換の制なれば、信用の堅固にして流通の自在なる、不換紙幣の比にあらざるが故に、不換紙幣は次第に其跡を絶ちて財政の整理自ら行はれ、銀行紙幣は商工業者の需用に応じて、金融の疏通遺憾なきに至らんとは蓋し政府の期待せる所なりしに似たり。かくてこの重大なる任務を帯び、我国における最初の国立銀行として、且は純然たる欧米式金融機関の嚆矢として、国立銀行条例の下に其営業を開始せるものは、本行の前身たる第一国立銀行なりき。
   第一国立銀行の設立
為替会社通商会社等が、政府の大なる保護の下に営業を開始して一時事業の興隆を見るや、世人は始めて合本組織の利便を会得し、協同企業の観念を興起したるが、殊に其資本金の一半は政府の支弁に係れるのみならず、為替会社の紙幣発行権を得たるなど、いづれも従来未だ嘗て見ざる所の特典なりしかば、其衆目を聳動したること故なきにあらず。加之、政府は明治三年八月に制定せる通商司心得書中に、「為替会社を建てしむるは、各国バンクの法に倣ひて金銀融通自在ならしむるなり。尤も両替屋の輩、社を結び同様の業を営まんと欲するは、其資本の高を糺して許容す」と記して保護奨励の意を明にし、更に四年五月には、大蔵省において、「会社弁」「立会略則」を刊行して、会社の組織営業の方法を説き、之を中央及び地方の各官衙に送附するなど宣伝に努力せること大方ならず。本行の前頭取渋沢栄一、此時大蔵省にあり、専ら此種の事務に鞅掌し、「立会略則」は其自ら著述する所にして、「会社弁」は福地源一郎に托して起草せしめたるものなりき。此の如く、政府は或は模範を示し、或は方法を授けて、熱心に結社営業を慫慂せしかば、銀行及び銀行類似会社の設立を請願するもの漸く多からんとす、今其重なるものを挙ぐれば左の如し。
金融業に関して最も早く結社営業を請願せるものを三井組となす。即ち明治四年七月、其番頭たる三野村利左衛門を名代として、三井バンクと称する銀行を設け、七割五分の正貨準備を以て証券を発行し、政府紙幣と一般に之を流通せしめんことを請ひしが、尋で同年十二月、東京府下各大区御用掛総代長沢次郎太郎・片岡二左衛門等は、欧米のバンクの制に倣ひて紙幣発行の会社を起さんことを願ひ、翌五年正月重ねて資本金七百万円を以て東京銀行と称する紙幣発行権を有する銀行の設立を請願するあり。五年二月には小野組の小野善助は、欧洲諸国の法に倣ひて資本金三百万円の私立銀行を組織し、金融事業を営まんことを請ひ、さしあたりバンクの名称のみにても許可ありたしと願へるあり。同年三月には大津為替会社もまた其業務を拡張して、私立
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銀行となし江州バンクを組織せんことを請願せり。三井組の出願に対しては、政府は初め之を許可する方針にて、一旦其旨を伝へたれども幾もなく議変じて指命を取消し、四年十月に至りて大蔵省兌換証券の発行を同組に委託せしが五年正月更に開拓使兌換証券の発行をも許したり。東京銀行に対しては、其資本金が東京会議所の管理せる府民の共有金等を流用せんとするを不可として請を容れず。小野組銀行に対しては、バンクの名称は開業の際に許可すべきものなれば、予め其以前に之を許しがたきも、バンク創立の見込を以て家屋を建築することは苦しからずと指令し、唯将来において允許すべき旨を暗示せり。江州バンクに対しては、「会社一般の方法不日発令すべければ、それまでは従来の通り事務取扱ふべし」とて之も允可を与へざりき。此の如く大蔵省が凡て皆不採可の指令を与へたるは、各種の事情あるべしといへども、其重なる原因は、当時国立銀行条例制定の議ありて専ら調査立案中なるが為にして、該条例発布の後之に準拠して設立せしめんとの心より概ね抑留せるなり。
かく幾多の出願者中注意すべきは三井小野両組の計画なり。この両組は、江戸時代より引続き、為替・両替等の営業に従事せる旧家なるが今や政府の為替御用として、島田組と共に官金取扱の任に当り、其保護を受くることも厚く、豪富にして民間の信用も大なれば、世人は政府の財政に対するよりも寧ろ多くの信用を両組に置きたり。政府が大蔵省兌換証券・開拓使兌換証券の発行を三井組に托したるも、全く此事情に基けるなり。是において、国立銀行の創設に際しても、専らこの両組の信用に籍りて模範を天下に示さんことは、政府当局者最初よりの心算なりき。かるがゆゑに、政府は両組の各銀行設立の請願に対しては、允許をこそ与へざれ、裏面においては両組の重なる人々に慫慂するに、国立銀行条例に準拠せる洋式の銀行を設立すべき旨を以てし、且島田組をも説きて、この三組の協同経営を促せり。これ実に大蔵少輔《(大蔵大輔)》井上馨・大蔵省三等出仕渋沢栄一の計画に出でたるなり。幾もなく、島田組は家道衰頽して之を辞退せしかば、爾来政府は専ら三井小野の両組を勧誘するに力を用ゐたり。
かくて三井小野の両組は、政府の熱心なる勧誘に従ひ、漸く協同して銀行を設立すべき意を決したれば、政府は明治五年八月五日、従来の為替方を廃し、三井小野両組の御用を免ずると共に、其翌日両組をして更に三井小野組合銀行を組織せしめ、之に大蔵省の為替御用を命じたり。この組合銀行といへるは、所謂銀行にあらず、為替御用の取扱所たるに過ぎざりき。蓋し追て許可すべき国立銀行の前提としての予備行為を為さしむるの目的なりしが如し、されば両組よりは之と殆んど同時に、銀行設立を大蔵省に出願せり。其文に曰く
   銀行創立願書
  御一新以降私共両組共、政府御為替方被仰付、金銭為替並ニ出納其外臨時御用向等、無滞奉事仕候儀、重々難有仕合奉存候、就而ハ方今之御時体奉恐察候ニ、追々外国御交際モ御更張被為在、専富強之根軸御着目相成、流通之利便、物産之蕃殖等、万般御鞅掌被為在候ニ付テハ差向真成之銀行御創立之儀、尤以御急務ニ奉存
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候、因テ先頃、私共両組合、各々特別ニテ銀行開業之儀奉願置候得共、尚熟考仕候ニ、所詮一身一個之独力ヲ以、各自其業ヲ相営候様ニテハ、終ニハ相牴触之患モ有之、殊ニ卑見陋才、加フルニ微薄之財力ニテ鴻業成立ハ無覚束、況哉毎々被仰出候協同戮力之盛旨ニモ相悖候次第ニ付、此度両組共全ク協力仕、差向弐百万円ヲ目的ニ致シ、確実之銀行共立仕度奉存候、尤右創立ニ付テハ追追組合相望之モノモ可有之ニ付、尚順序ヲ以、株主相募リ、且向後増高之見込モ有之候旁往々金五百万円之合集高ニ相満候様仕度奉存候、右銀行御規則等ニ於テハ、追々御取調モ被為在候趣奉仄聞候ニ付、毎事成規ニ照準仕、敢テ悖戻之所為仕間敷候間、何卒右願之通御許可被成下置候様奉願候、将又右銀行御允可之上ハ従来奉務罷在候御為替方ハ勿論、其他臨時御用向共都而右共立之銀行江被仰付、是迄之通戮力奉事仕度尤西京大阪横浜神戸長崎新潟箱館其他枢要之地江モ、夫々出店取設、諸為替向聊凝滞無之、内外之流通御弁理相成候様可仕奉存候、此段奉願候也
   壬申六月           小野善右衛門  印
                  小野善太郎   印
                  小野善次郎   印
                  小野善助    印
                  三井元之助   印
                  三井次郎右衛門 印
                  三井三郎助   印
                  三井八郎右衛門 印
   紙幣御寮
当時国立銀行条例は、いまだ公布せられざれども、其公布近きにあるのみならず、元来政府の勧誘に応じ其諒解の下に提出せるものなれば十七日に至り、「銀行創立の儀は承届けたり、名称は第一国立銀行と唱ふベし、開肆の儀は追々差図に及ぶべし」との指令ありて、第一国立銀行の称号を許可せられ、両組の組合銀行を以て事務取扱の場所となせり、今日の所謂創立事務所なるべし、かくて両組の重立たる人々は屡々会合して評定を重ね、日本橋兜町海運橋畔に新造せる三井組為替座を銀行に宛つることゝなし、更に頭取・取締役・支配人等の内選を行ふなど、著々其歩を進めたるが、十一月十五日国立銀行条例の頒布せらるゝや、第一国立銀行創立者は、株式募集の公告を東京日々新聞に掲載せり。曰く
    公告
  今般左ノ五名ノ発起人共、東京海運橋兜町ニ於テ第一国立銀行ヲ創立シ、三百万円ヲ以テ資本金トシ、横浜大阪神戸等ヘ枝店ヲ置キ、博ク事ヲ行ハント欲ス、四方有志ノ諸君、此ノ社ニ入ント欲セバ、壬申十一月廿日ヨリ新暦四月二日迄、東京本店発起人共ヘ株敷 ○一ニ株数ニ作ル 願書差シ出シ玉フベシ。資本金ハ、全資中既ニ弐万株即チ弐百万円ヲ三井組小野組ヨリ入社セリ、残リ壱万株即チ壱百万円ハ諸君ノ請求ニ応ジ分割スベシ。諸君冀クハ、協力同心シテ共ニ洪益ヲ謀ランコトヲ。
              発起人 三井八郎右衛門
                  小野善助
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                  三井三郎助
                  小野善右衛門
                  三野村利左衛門
この公告は、五年十一月廿二日の新聞紙に載せたるが、尋で六年一月六日の分にも之を再掲せり。
第一国立銀行の資本は、公告に見ゆるが如く三万株参百万円とし、其内二万株弐百万円は発起人にて引受け、残りの一万株壱百万円を公募せるなり。然るに当時一般の民衆、尚いまだ銀行事務の何者たるかを解せざるもの多く、株式の申込は予期の数に達せず、遂に其応募高と発起人の引受高との合計二百四十四万八百円といふ端数を以て、資本額と定むるの余儀なきに至れり。この株数は二万四千四百八株にして株主の総数は七十一名なりき。かくて発起人は、株金四割の払込を通知して、之を了せる後ち、六月十一日を以て創立総会を招集せり。渋沢栄一は、是より先、官を辞したるもなほ御用滞在の命を受けたりしが、此日株主の一人として列席し、発起人及び株主一同に対して、銀行条例制定の由来と、政府の趣意の存する所とを詳述し、更に銀行将来の営業は、条例と銀行の成規とに照らして、毎時精確を期し、漸く方法を整理すべき事、取締役は三井小野両組に隷属せる人々の中より衆議の上適当の人を選任する事、両組自家の営業は銀行と類似せるのみならず、重役もまた相同じきがゆゑに、自他混沌し易く、争利奪益の弊なきを保し難ければ、之を矯正する必要上、総監役を設け株主中其器に当れる者より選任して、十分の検按を為さしむべき事の三ケ条を提案し、之を衆に詢りたるに、株主一同皆賛成の意を表したり。かくて一般の株主は、創立証書及び定款に調印し、渋沢栄一及び三井小野両組の株主等は、別に議席を開きて取締役を選定せしが、各取締役は更に協議して頭取以下の諸役員を選定せる後、之を株主に報告し其同意を得たり、其役員左の如し。
       取締役頭取     小野善助
       取締役副頭取    三野村利左衛門
       取締役副頭取    小野善右衛門
       取締役検査掛    斎藤純蔵《(マヽ)》(三井組)
       取締役為替掛    永田甚七(三井組)
       取締役       三井三郎助
       取締役       行岡庄兵衛(小野組)
       本店支配人     江林嘉平(小野組)
       本店支配人     松本常蔵(三井組)
       本店副支配人兼録事 近藤軌四郎(三井組)
       本店副支配人    脇田久三郎(三井組)
       本店副支配人    山県平八(小野組)
役員の選定畢りて後ち、今後の払込は七月十一日より毎月十一日を以て、各一割つゝ徴集し、十一月に至りて株高皆納となるべき旨を各株主に報告し、また申合規則並同増補を議定して、玆に其日の会議を了したり。
創立総会において、渋沢栄一が銀行に総監役を選任すべき議を決したる結果として、栄一は三井小野両組の請によりて此任に当ることゝなり、翌十二日銀行と栄一との間に総監役就任に関しての契約を締結せり。いま申合規則増補により総監役の職掌を見るに、総監役は銀行の
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諸役員等相調和して諸般の事務を整理し、以て銀行十分の成業を遂ぐるを要するが為め、当分の間重立ちたる株主中より選任せるものにして、頭取取締役支配人の処務を補助検案し、銀行一切の事務立則と現務とに拘はらず、都て之を管理し、相当の考案を立て、頭取其他の役員に告諭又は指令することを司掌す、とありて、平時は常に銀行に出勤して事務を総攬し、重役会議・株主会議においては、議長の任に当るものとす。而して栄一はなほ御用滞在の官命を帯びたるがゆゑに、暫く内約として契約書に基いて職務を取り、御用滞在を免ぜられたる日より公然契約を履行することとなせり。また前日の総会にて頭取・副頭取各二名を択びしは、三井小野両組の権衡を保たしむるが為、特に政府の許諾を得たるものなりしも、畢竟頭取の空名に過ぎざりしことは、申合規則増補第七条に「頭取両人は名目上其職務を有すと云とも、現務を処せざるに付、其給料は支給せざるベし」とあるにて明なり。されば総監役は、頭取の名なくして其実を行ふものなりしなり。蓋し栄一は、嘗て欧洲に遊びて其事業に通じ、大蔵省在官中は銀行条例起草の任に当り、本行設立に関しては、諸般の手続並諸条規等皆其手に成りたれば、営業開始の暁において、実際上の首脳となり、指導者たるべき者なるが故に、三井小野両組の懇請により、政府諒解の下に其任に就きたるなり。